Extra.4 喜緑江美里の報告


こん××は、皆さん。
ご存知の通り、長門さんが自分の分の報告で精一杯の状態なので、代わりに今回はわたし、喜緑江美里が報告します。
題するなら、そうですね……『朝比奈みくるの死闘』とでもしましょうか。なお、わたしは長門さんほど現地語の表記に慣れていないので、一般的な表記で報告します。
何分このような形での報告は慣れていないので、至らない点もあるかとは思いますが、よろしくお願いします(任務の一環として、議事録はよく取ってるんですけどね。)。

 



文芸部部室。地響きがしている――と思ってください。そして人の声。激しい物音。
ふむ。もうしばらく掛かりそうですね。
遮音領域を展開しているので周囲に音が漏れることはありませんが、このままではわたしもここを離れられません。この部屋に集う面々には、長門さんに足止めしてもらうようお願いしてあります。その他に人が来ることは、まずないでしょう。もし来ても、それはその時にわたしが対応すれば良いでしょうし。
それでは、こうなった発端から、順を追って説明していきましょう。
時間は、放課後直後。涼宮ハルヒが来ているこの部屋に、朝比奈みくるがやってきたところから始まります。
…………
………
……

(一度使ってみたかったんですよね、この三点リーダの連続。)


「あれ? 涼宮さん、今日は早いですね?」
「なあに、みくるちゃん? あたしが早く来てたら何か問題があんの?」
「ひっ!? い、いえっ、そんな訳じゃ……」(ひぇぇぇ……今日の涼宮さん、何かすっごく機嫌が悪い……)
彼女は恐る恐る鞄を置いた。
「あの、えっと、着替えますね……」
「みくるちゃん、今日は新しい衣装に挑戦してみましょうか。」
「え……新しい衣装、ですか?」
「そ。」
と言って、ハルヒはある物をみくるに示した。みくるの目が見開かれる。
「ちょ、ぇゑゑゑ!? それって!?」
「スクール水着。」
と簡潔に答えるハルヒ。
「これで男共を悩殺しなさい。」
「そそそそそそそそんなぁああああ!? い、いやですうう!!」
「うるさいっ! 良いから着替える!」
そう叫ぶとハルヒは、みくるの制服に手を掛けた。
「い、いやぁぁぁぁっ!! それだけは、それだけは!!」
その時、嫌がるみくるの肘が、ハルヒの鼻を捉えた。
「つっ……!!」
見る間に吹き出す鼻血。
「あっ……! ご、ごめんなさい、すぐ手当てを……」
「触るなっ!」
「ひっ!?」(うわー、どうしよう……涼宮さん、本気で怒ってる……)
床にいくつかの赤い斑点が作られる。部室をハルヒの不機嫌オーラが満たしていく。みくるは怯えている。
「みくるちゃん……あんた随分偉くなったもんね……」
「ひっ!? そ、そんなこと……」
「ちょっと可愛くて胸が大きいからって、調子乗ってんじゃないの? 図に乗るのも大概にしなさいよ?」
「ち、違いますぅ!!」
「何、そのぶりっ子。男に媚売ってんの?」
「そ、そんなんじゃ……! これは元から……」
「はぁ? 何だって!?」
「う……元からの……元からのものなんですっ!!」
「へぇ~、元から媚売るような口調なんだ? なんだ、生まれついての×××ってわけだ。」
「!! な、何てことを……!!」
「うるさい! あんたなんか、男に媚び売るしか能がない役立たずのくせにっ! 身の程を弁えなさいっ!」
「!?」
みくるが硬直する。
「……やく、たた……ず……?」
「そうよっ! 考えてもみなさいよ! あんた、これまでイベントやら何やらで、一体何してきた!? いつもいつもいつも、おろおろおどおど、キョンにフォローされてばっかりじゃないの! あんたの色香に迷って世話を焼くキョンもキョンだけど、そうやって女を武器に男を惑わすあんたを見てると、ムカムカすんのよ! 汚らわしい!! この×××っ!」
「あ……あたしは……」
「ふん! 泣けば許してくれるのは、すけべな男だけよ!」
「……じゃ、ない……」
「はぁ~ん? 聞こえんなぁ~!?」
「……あたしは……あたしは……っ!!」
みくるはハルヒを真っ直ぐに見据えて叫んだ。
「役立たずなんかじゃないっ!!」
 ぱぁん。
みくるの右手が閃き、ハルヒの左頬を正確に捉えた。
「くうっ……今のは効いたわ……」
ハルヒはのけぞりながら呟いた。
「さて、みくるちゃん……団長であるこのあたしに、ここまでのことをしてくれたんだから、当然、覚悟はできてるんでしょうね?」
ハルヒは、仕事に着手した世界随一の狙撃手のような目でみくるを睨み付けた。
「ひくっ!? い、ううっ……」
「役立たずのくせに、生意気なのよあんたはぁぁぁぁ!!」
ハルヒの右正拳突きがみくるのみぞおちにめり込む。
「ぐっ……!」
「鼻血出したあんたの顔はぁぁ! さぞ間抜けでしょうねぇぇぇぇ!!」
今度はハルヒの左肘が、みくるの鼻を直撃する。見る間に鼻血を吹き出すみくる。
(何で……何でこんなことに……お願い……正気に戻って、涼宮さん……)
「何よ、その目はぁぁ!! 気に入らないっ!!」
ハルヒの右後回し蹴りがみくるのこめかみを撃ち抜いた。
「へぇ、まだ立ってられるとはねぇ……執念だけは、それなりにあるんだ。」
ハルヒは余裕の笑みを浮かべる。
「それも、いつまで持つかしら。」
ハルヒの右中段蹴りがみくるを襲う。
次の瞬間。
ハルヒの体が宙を舞った。
ハルヒは混乱していた。何が起こったのか分からない。みくるは、さっきまでハルヒが立っていた位置に、前傾して両手を前に突き出した姿勢で止まっていた。
「さっきから……黙って聞いてれば……人のこと散々好き放題言ってくれて……」
「へぇ、このあたしに楯突こうっての?」
ハルヒは起き上がりながら言った。
「ばかにしないで!!」
と叫ぶみくる。
「あたしだって、あたしだって……」
肩を震わせながらみくるは叫んだ。
「怒るときは怒りますっ!!」
みくるは……キレていた。
「役立たずかどうか、あなたの身体に教えてあげますっ!!」
「上等じゃない……」
部室は、二人から立ち上る闘気で満たされていた。
「今日という今日は、あんたの身体に役立たずの刻印を刻み込んだらあぁぁぁ!!」
二人が交錯する。
…………
………
……


という具合に二人の空前絶後の大喧嘩が始まって、今に至る、というわけです。
はっきり言ってこれは、一般的な地球人の女の子同士による喧嘩の範疇を超えています。
涼宮さんは、優れた身体能力の持ち主。女子格闘技大会に出たら、簡単に世界一になれるでしょうね。
そして朝比奈さん。意外に思われるかもしれませんが、彼女は強いんですよ? 何せ時間移動を行う身ですから、彼女達のいる時間平面で使われている便利な道具が、移動先でいつもいつも使えるとは限りません。故障でもしたら、大変です。
そこで彼女達は、特殊な訓練を受けています。主にサバイバル方面で。その中の一つに、武術があります。人間にとって、最後に頼れるのは己の肉体なんですね。男性も女性も、服を着ていれば分からない状態を維持したまま、鍛錬を重ね、『鋼の肉体』を作り上げます。もちろん、幼いとはいえ、彼女も時間移動を行って涼宮さんの監視を行うくらいですから、相当鍛えています。普段は彼女達の言う『禁則事項』に該当するので、身体能力は制限されているようですが、今回彼女は回し蹴りをもらって、生命の危機を感じ、制限が外れたようですね。
……もっとも、どうやらそれだけでもないみたいですが。その辺りの人間の感情については、長門さんの方が詳しいと思うので解説は譲りますが、わたしにも分かる範囲で言うと、朝比奈さんも表には出しませんが、涼宮さんに含むところがあった。それが今回爆発した、ということでしょう。
それでは彼女達の闘いの流れをお伝えします。敬称略です。
最初は、まだまだ無駄な動きの多い、喧嘩の動きでした。二人でお互いの頬を張り合いながら、怒鳴り合っています。
「この××! ×××! ××が××のくせに××なんて、×××!!」
「(禁則事項)が(禁則事項)だからって、(禁則事項)よっ!!」
上手く言語化できません。ひどい悪口雑言だと思ってください。だんだん過熱した彼女達の動きが鋭くなっていきます。
張ろうとしたハルヒの手首を取って、みくるが逆向きに捻りました。すんでのところでハルヒが振りほどきます。
その隙を突いて、みくるのローキック。これは防ぎます。ハルヒは一歩踏み込んで……猫だまし。みくるの動きが一瞬止まりました。
そのままハルヒはみくるを掴んで豪快に背負い投げ。長机ごと吹き飛ばされるみくる。立ち上がろうとするみくる目掛けて、ハルヒのドロップキック。容赦ない攻撃ですね。
みくるは本棚に叩き付けられました。ハルヒの左正拳突きが追加されます。その瞬間、みくるが動きました。ハルヒの正拳を頭突きで迎撃します。苦悶の表情を浮かべるハルヒ。
解説すると、人間の頭にある骨、頭蓋骨は、最も重要な器官が集中する頭部を保護するため、とても硬く頑丈にできています。殴られ続けるのは危険ですが、防具を何も着けない拳に頭突きで対抗するのは、とても有効な技なんです。あの様子だと……ハルヒは手を骨折したでしょうね。
拳を押さえたために低くなったハルヒの脳天に、みくるの踵落としが突き刺さりました。たまらず倒れるハルヒに、馬乗りになったみくるの拳の雨が降り注ぎます。ハルヒは頭部の防御で精一杯です。上がりきったハルヒの脇を差したみくるは、ハルヒの腕を取ると、一気に極めに行きました。腕拉十字固め。きれいに決まりました。
しかしそこが闘いの非情な所。みくるはハルヒに降参させる機会を与えようとしたのでしょう。肘を一気に折ることはしませんでした。ハルヒには一瞬の余裕が生まれます。ハルヒは迷わず、みくるの脚に噛み付きました。これは『試合』ではありません。『死合い』です。非情になりきれなかったところが、みくるの弱点だったと言えるでしょう。とても彼女らしいですけどね。
一瞬、極める力が弱まりました。すぐにハルヒは脱出します。一気に立ち上がると、みくるにストンピング。本気です。わき腹にもトーキックを入れていますね。みくるに降り注ぐハルヒの足の裏。しかし顔を踏みつけようと、一瞬予備動作が大きくなったのが命取り。
みくるはハルヒの踏みおろす足を捕まえることに成功します。そのままヒールホールド。今度は一切の余裕を与えなかったみたいです。一瞬でハルヒの膝が破壊されました。
再びマウントポジションを取ろうとするみくるにハルヒの目潰し……はかわしましたが、その隙にハルヒはみくるを右腕一本で引き倒します。こんな豪腕にネクタイを掴まれて締め上げられる彼も大変ですね。
ハルヒが上になりますが、もはやほとんどまともに動けません。膝が破壊されていて踏ん張れないので、殴っても大した威力がありません。殴る方が疲れるだけです。
すると彼女は何を思ったか、みくるの豊かな胸を鷲掴みにしました。
「……羨ましい。ああ羨ましい。羨ましい。」
とブツブツ呟くハルヒ。
「痛っ! 離してっ!!」
「このでかい胸……!!」
ハルヒは掴む力を増します。
「あたしにも分けろ――――――――!!」
「それが本音かぁ―――――――――!!」
みくるの拳がハルヒの顎を捉えますが、ハルヒは破壊された膝でみくるを挟んで離れません。何という執念でしょう。再び掴みかかったハルヒは、突然みくるの唇を奪いました。
「んむっ!? んううぅぅ~~~~~!!」
混乱のあまり、みくるの動きが止まります。ハルヒは口付けをしながら、器用にみくるの頚動脈を圧迫しています。苦悶と恍惚が入り混じった表情になるみくる。
余談ですが、このように絞め落とされる瞬間、人間は快感を覚えるのだそうです。
やがて、みくるの身体が動かなくなりました。『落ちた』ようです。
「ぷはっ……やった……!?」
勝利の雄叫びを上げようとした瞬間、ハルヒの身体は崩れ落ちました。
何という執念でしょう。意識を失う瞬間、みくるは四本貫手をハルヒの右脇腹に突き立てていたのです。そこにあるのは、肝臓。人間の急所です。脳内物質の影響でダメージに気付かなかったハルヒですが、みくるを絞め落とし、勝利を確信した瞬間、脳内物質の影響が切れたのでしょう。一気にダメージが押し寄せたのでした。
1R5分19秒、ダブルK.O.
タイミングとしてはハルヒの勝ちでしょうが、みくるの有効打撃は落ちる前に入っていた点、そして何より二人の死闘に敬意を表して、ドローということにしましょう。現に、闘いが終わって立っている者はいなかったのですから。


さて。物音が止んだので、わたしも中に入ることにします。
部屋の中は惨劇と言っても良い有様です。机は飛び、本は散らばり、あちこちに血痕があります。お掃除が大変ですね。本と壁に付いた血痕だけは消去することにしましょう。掃除しても取れませんからね。後はそのままにします。部屋の様子が彼女達の記憶と大幅に違ってしまうといけません。
さて、お二人さん。そろそろ目を覚ましてくださいな。
「ん、んううう……」
「あ、ふあああ……」
「どうしたんですか!? 一体何があったんですか!?」
わたしは、さもこの部屋の惨状を見て驚いたように装います。
「んあ、あれ? 確かあなたは……」
「生徒会書記の喜緑江美里ですっ! 一体これは何の騒ぎですか!?」
「ああ、えっと……」
涼宮さんは、朝比奈さんを見ながら言いました。
「ちょっと彼女と、友情を深め合ってたのよ……」
「どんな深め合い方ですか!?」
「あのぉー、それは。」

 と朝比奈さん。
「ちょっと言葉だけでは伝え切れないことがあって、その。」
「拳で語り合ってたのよ。」
そう言うと二人は、血まみれの顔で見つめあいました。
「やっぱり涼宮さんには敵いませんね。」
「いやいや、みくるちゃん、あんためちゃくちゃ強かったわよ。」
涼宮さんは、そう言うと朝比奈さんを抱き起こしました。
「ごめんね、あたしの身勝手で酷いことして。」
「いいんですよ、涼宮さんの身勝手は今に始まったことじゃないですし。」
「お、みくるちゃん。言うようになったわね~」
「はい。言いたい事言って、思いっきり殴り合って、なんかすっきりしちゃいました。」
朝比奈さんは、片目を閉じながらぺろっと舌を出しました。
「あんまり言いたいことを溜め込むのは、良くないですね。」
そして朝比奈さんは、涼宮さんの頭を抱き締めて言いました。
「それにしても、涼宮さん。あたしの胸が羨ましかったんですかぁ~。涼宮さんもスタイル良いのにな。」
「それは……」
「キョンくんの視線ですか?」
「!? ば、ばか、ち、違うわよっ!!」
「うふ。ここまで語り合った仲ですよ? 今更隠し事はなしです。」
「むー。」
涼宮さんは、顔を真っ赤にして黙り込んでしまいました。朝比奈さんはそんな彼女を見て優しく微笑んでいます。
二人とも、顔も血まみれで、ボロボロなんですけどね。二人はとても仲が良さそうに見えます。人間の言葉で言うと、『雨降って地固まる』ということでしょうか。雨の降り方が半端じゃないですが、それも涼宮さんだからでしょうね。
「……とにかく、二人ともすごいことになってます。保健室に行きますよ?」
『はぁい。』
二人の声が見事に揃いました。本当に仲良しさんですね。
(了)

文責:喜緑江美里

 



(補注)


今回、なぜ涼宮ハルヒがここまで暴走したか、不思議に思われるかもしれない。そもそもの原因は、雪山の事件の時と同様、広域体宇宙存在によるコンタクト。今回彼らは、SOS団を仲違いさせ、その反応を観測しようとしたと思われる。しかし、そこに涼宮ハルヒの意識が加わり、ややこしいことになった。
彼女の意識は、仲違いをさせるという意思を感じ取り、とっさにあるものを連想した。それは、『少年まんが』。そこには、夕日を背に、拳で熱く語り合い、友情を深めるという定型が記されている。
それに巻き込まれたのが朝比奈みくるだった。
こう表現すると、彼女にとっては不運だったとしか言いようがない。しかし、実は彼女にもストレスが溜まっており、放置しておくのは良くない状態だった。今回の事件は過激だったが、結果的に朝比奈みくるのストレスをも解消し、正に少年まんがに記された通り、以前より強固な友情で、涼宮ハルヒと朝比奈みくるが結ばれることに役立った。
レアケースだが、このような場合もあるという貴重な例と言えよう。
なお、喜緑江美里は、致命的な損傷以外は彼女達の治療を行っていないが、これも彼女達の記憶との整合性を保つための処置である。


補注文責:長門有希

 



「報告しときましたよ。」
「ありがとう。協力に感謝する。」
ここは、長門さんのマンションの部屋。わたし、喜緑江美里は、長門さんの代わりに報告を行ったことを伝えるために来ています。わざわざ対面しなくても情報は伝えられるのですけど、長門さんの様子を見たかったこともあって、訪ねてみました。
「長門さんの方は、報告は順調?」
「…………」
首を横に振る長門さん。
「頭の中の情報を文字にするのは、難しい。」
「現地語で報告してるんでしたっけ? 大変ですね。」
「大変。それに……わたしに起きていることを報告するのは、何となく恥ずかしい。」
あらあら。『恥ずかしい』ですか。インターフェイスに、そのような概念が生まれるとは驚きです。わたしにもそのような概念を理解する日が来るのでしょうか。何だか、長門さんがちょっとだけわたし達より進んでいるような気がします。
さて、用も済んだし、お暇することにしましょう。
「待って。」
「何ですか?」
「お礼がしたい。食べていって。」
「あら、夕食をご馳走してくれるんですか? やっぱりカレーでしょうか。」
「そう、カレー。」

 と長門さん。
「ただし今回は、香辛料の調合から行った本格派。自信作。」
何となく、長門さんの無表情が、得意気に見えます。
「一人より、二人で取る食事は、美味しい。」
そう言って長門さんは、台所へ向かいました。
「……あなたにも、それを知ってほしい。」
小声で長門さんは、そう呟きました。


【参考:Report.17 長門有希の憂鬱 その6



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最終更新:2020年03月15日 18:58