わたしの名前は古泉一樹。
どこにでもいる、普通の、って言ったら語弊があるけれど、有る特殊能力を除けば、そんなに変わったところの無い15歳の女の子かな。
わたしの持っている特殊能力は二つ
一つは『涼宮ハルヒ』が閉鎖空間を発生させた時に表れる神人を退治する能力。
もう一つは、自分の外見の性別を変える能力。
前者はともかく、後者の能力がどういう意味を持つのかは、わたしもよく知らない。
わたしは別に男の子になりたいというわけでもないし、男の子の姿になってやりたいことがあるわけでもないし……、それに、性別を変えられると言っても特定の外見になれるだけだから、あんまりメリットも無い。
まあ、それを言ったら前者の能力にもわたし自身に対するメリットなんて殆ど無いんだけど。……でも、こっちは一応、その能力が存在すること自体の意味とか関連性って物を見出すことは出来るんだよね。でも、後者についてはそれが出来ない。
使おうと思えば使えないことはない能力なんだろうけど、わたしは別にそんな能力が必要だなんて思っていなかったし、必要な事態になって欲しいとも思ってなかったんだけど……、世の中、そうは簡単にいかないみたい。
「……男の子の格好で、ですか」
「そうよ」
目を白黒させつつ呟くわたしに、鋭い口調で言い切る森さん。
あ、森さんって言うのはわたしの上司だよ。
今日森さんは、かねてから決まっていたわたしの転校の予定が事情により早まったことを告げるためにわたしのところへやってきた。
そこで言われた、衝撃の事実……どうやらわたしは、男の子の格好で潜り込まないといけないらしい。
「でも……」
「でもも何も、すでに決定事項です」
「ええっ、そんなあ……無理ですよっ!」
男の子として、だなんて……そりゃあ、男装とはわけが違うから、外見からばれる心配は無いだろうけど……でも、そんなの、嫌だなあ。下手するとオカマさんみたいな振る舞いになっちゃいそうだし。
「無理でも無茶でもやらないとダメです」
「ええ……。ですけど、涼宮さんに警戒されないためには、女の子の方が、」
「警戒されないためにこそ、男の子の格好で、ということなのですよ」
「……ほへ?」
思わず間抜けな声を上げちゃうわたし。
ええっと、それって、どういう……。
「そのままの意味です」
う、自分で考えろってことか。
「えーっと……、あ、もしかして、女の子だと恋敵として見られる可能性が有るとか……、え、ええ、あの涼宮さんに、好きな人が?」
「そのようです」
自分で想像しておいてびっくりだけど、森さんにあっさり頷かれちゃって二度びっくり。
まさかあの涼宮さんに……、いや、うん、会ったことは一度も無いんだけど、経歴とか生活環境のこととかは結構知っているし、その、閉鎖空間に呼ばれるときに、ちょこっとだけど、その、彼女の心情みたいなものが、断片的にだけど、伝わってくるわけだから……。だから、最近では、親近感みたいなものも沸いちゃっていたりするんだよね。
ああでも、涼宮さんに好きな人が出来たのかあ、ちょっと意外だなあ。
けど、見てみたいかもなあ。
一体、どんな子なんだろう。……やっぱり、変わった男の子なのかな?
「そういうわけで、あなたには男の子として転入してもらいます」
「え、あ、で、でも……」
「これは決定事項です」
うう、森さん、怖いんですけど……。
ああでも『機関』の決定事項じゃ、覆せないんだろうなあ。駄々をこねて行かないっていうことは出来るかもしれないけど……、ううん、でも、せっかく、涼宮さんと同じ学校に入れる機会なんだしなあ。
本当の自分の姿で会えないのはちょっと残念だし、男の子として学校に通うなんて大変そうだけど、でも、やっぱり……。会ってみたい、かな。
「転校は明後日。必要なものは全て揃えてあります。それまでに男子として生活するために必要な能力を身に着けてもらいますからね」
森さんはちゃっちゃとそう言い切ると、どこに用意していたのか、男子高校生が読んでいそうな雑誌や本をどんっとテーブルの上に置いた。
「……これで、ですか?」
「そうです。読んで勉強しなさい」
「で、でも、これで……」
「良いから読みなさい!」
「は、はいっ!」
う、ううん、こんなので勉強になるのかなあ……。すっごく不安なんだけど。
そもそも男子高校生以前に、わたしは、普通の中高生の生活というものを全然知らないわけで……、流行とかにも疎いというか、そういうことを気にかける余裕も全く無かったし。
よくよく考えたら、そんな人間に潜入を命じるって時点で、無謀も良いところって気もするんだけど……。
「それから、一人称も直しなさい」
「ええっと『わたし』じゃ変だから……、『俺』とかですか?」
「『僕』の方があなたの外見には合うでしょう。喋り方は……、そうね、敬語を徹底した方が良いかもしれないわね」
「敬語、ですか……」
「敬語と言うかですます口調なら、男女差は余りで無いでしょう?」
「ううん、確かにそうかもしれませんね……」
自分で喋っていても思うけど、確かに、ですますが後ろにつく喋り方だと、あんまり性差は感じないかも。うん、じゃあそれで行こう。どうせ大人相手が多い『機関』では何時も敬語が基本だったしね。……間違いの多い敬語だって指摘されたことも有るけど。
「口調はそれで決まりねえ、後は、そうねえ、」
それからわたしは、森さんと一緒に延々と打ち合わせめいたものを続けていた。
打ち合わせと言っても、結構大雑把だったんだけど……、というか、そもそも何で森さんが教師役なんだろう? 男子高校生の何たるかを教えるって意味でなら、男の人の方が良いんじゃあ……『機関』に男子高校生は居ないけど、大学生くらいの年齢の男の人なら何人か居るんだし。
それなのにどうして、森さんが?
ううん、何だか不思議だなあ……。まあ、慌てて色々身に着けようと思っていたわたしがそのことに気づいたのは、転校初日の朝になってからだったんだけど。
「よし、完成!」
ふう、やっとネクタイ結び終わったあ。
これって結構難しいんだよね。何度も練習しちゃったし……、もしかしたら、このネクタイを結ぶ練習が一番時間を割いたかもなあ。
今、鏡の中には男の子の姿の自分が居る。
最近あんまりなってなかったからっていうのも有るんだけど、やっぱり、変な感じ。
これがいっそ元の自分と全然違う姿だというのならばともかく、殆ど同じ顔で……、男女差は有るけど、すっごくよく似た年の近い兄弟姉妹みたいな感じなんだもん。
「お疲れ様、一樹くん」
準備を終えたところで、話しかけてくれる人が居た。
多丸裕さん。『機関』の中でよくお世話になっている一人。
「あ、裕さん。……ああ、やっぱり『くん』づけになるんですよね」
仕方ないことだとは分かっているけど、何だかちょっと残念かも。
今日からはこっちの、男の子の姿で過ごす方が標準仕様になりそうだし。……うう、本当は違うんだけどなあ。
「……そりゃね。けど、君も大変だね」
「うん、まあ……。でも、仕方ないですよ、これも任務ですから」
任務じゃなかったらこんなことしたくありません。
「そうだね。……まあ、頑張りなよ。あと、喋り方が時々女の子っぽくなっているから、そこは気をつけたほうが良いよ」
「うっ……、分かりました」
わたしは一応、こうしたら男の子らしいかな? というポイントを踏まえつつそう言ってから、裕さんに行ってきますの挨拶をして、学校へと向かった。
ああ、不安だなあ……。