夜中の12時。わたしはハサミを持って部屋を出た。どこに行くのって?
わたしのお兄ちゃん、キョンくんの部屋に行くの。
今日は、キョンくんの部屋にはハルにゃんが泊まりに来てる。あたしの敵、ハルにゃん。
キョンくんはわたしだけの物なのに……絶対に譲らないもん。
こっそりとドアをほんの少し開けて、中を覗くと……えぇっ!?
「んっ……キョン、ちょっと痛い……」
「あ、悪い。……ゆっくり動くぞ、ハルヒ」
「んっ、あっ……気持ちいい……」
危ない……声が出ちゃいそうだった……。何やってるかは子どものわたしでもわかる。
キョンくんが隠してるエッチな本とかに載ってるようなことを二人でしてる。
最低だよ、キョンくん。ハルにゃんも。隣りの部屋にわたしがいるのに……。
ほんとは、二人が寝てから行こうと思ったけど……決めた。邪魔しちゃうもん。
だって、キョンくんを取られたくないから。
わたしは悪い子だから、邪魔しても全然悪く思わないもん。
わたしは勢いよくドアを開けて、電気をつけた。
「……? おい……何してるんだよ?」
「い、妹ちゃん……?」
キョンくんは、ハルにゃんに覆い被さったまま止まってる。
ハルにゃんは、下からキョンくんに抱きついてる。
二人にかけたい言葉はただ一つしか思い浮かばない。ごめんね、キョンくん。言わせてもらうね。
「最低」
キョンくんとハルにゃんの顔がみるみる青ざめていくのがわかる。だけど、これだけじゃ終わらせないもん。
わたしは、ハサミを持ったまま二人に近付いた。
一歩歩くごとに、感情と涙が溢れでてくる。キョンくんが好き……だけど、だけど……。
怖い。こんなことしちゃってどうなるかわからない。体が震えちゃう。けど……けど!
二人のすぐそばに寄って、わたしは開いたハサミを持つ手を振り上げた。
「ご、ごめんね……ハルにゃん。わ、わ、わたしね、キョンくんを取られたくないんだ……」
まだくっついたままの二人の体が、涙でぼやけて見える。
「おい、何する気だ! そんな物さっさとしまえ!」
「妹ちゃん……ま、まさか……?」
大丈夫、キョンくんには当てない。……えいっ!
ハサミは、ベッドに突き刺さってる。キョンくんとハルにゃんは横に転がって避けた。
え、えへへ……、わたし悪い子。だから、テレビで見る犯人みたいに息が粗い。
そのとき、拳を振り上げるキョンくんが視界に入ってきた。あ……わたし、殴られちゃうんだなぁ……。
「キョン、やめなさい!」
は、ハルにゃん……?
「ハルヒ、黙ってろ。こいつは俺達……いや、お前を刺そうとした。兄として躾なきゃいかん」
「あんたが黙ってなさい、この鈍感バカキョン。……ごめんね、妹ちゃん」
ハルにゃんは裸のまま、わたしを抱き締めて、ゆっくりと話し始めた。
「キョンをいきなり取られたから嫌だったのよね。こんなのでも、たった一人のお兄ちゃんだったから……好き、だったのよね?」
ハルにゃんは全部わかってる……? だから避けられたの? なんでわたしに謝ったりするの?
「ふふ……キョンを好きな気持ちはわかるわ。あたしも大好きだから」
やめて、言わないで。この先を聞いたら、わたし何も出来なくなっちゃうよ……。
「あたしは、キョンと両想いで付き合ってる。わかるわね? だから、許してね」
……聞きたくなかった。これを聞いたら、認めなきゃいけない。どうしてって?
だって……だってわたしは二人とも好きなんだもん! ハルにゃんも知ってる、だからわたしに付き合ってるって言ったんだ!
宣言されたら邪魔出来ない! 口では『悪い子』だなんて言っても、わたしは、本当は邪魔するなんて出来ないよぉ!
そんな勇気はないもん! だってまだ小学生だよ? 傷つけたり出来ないよぉ!
「お前……そんなに俺のこと好きなのか? でも、兄妹なんだぞ……いてっ!」
キョンくんは、言葉の途中でハルにゃんに叩かれた。
「あんたは本っ当にバカね! 誰でも最初の恋はお兄ちゃんとか、従兄弟だったりするもんよ! あんたもそうなんじゃない!?」
そうだよ。みんなそうだもん。ミヨキチだって、お兄ちゃんとか従兄弟とかがいないからキョンくんを好きになったんだもん。
わたしも、キョンくんを誰にも取られたくないんだもん……。
「でもね、妹ちゃん」
わたしはハルにゃんに両方のほっぺを平手で挟まれた。とっても優しく、包まれるような感じで。
「二度目は無いわ。次にこんなことしたら……あたしが痛い目に逢わせるわよ。……わかったら、部屋に戻って寝なさい」
そのときのハルにゃんの顔は、本気で怒ってて怖かった。やっぱり敵わないよ……、ごめんなさい。
わたしは、部屋に戻って、布団にくるまってずっと泣いちゃった。
ハルにゃんを傷つけようとしたことに、完全に負けちゃったことに、そして……失恋に。
もう、迷惑はかけないよ、キョンくん。でもね、ずっと好きだから……。
おわり