朝というのは多くの人にとって一日の始まりであり、窓から降りそそぐ日光と共に今日という日へにこやかなる挨拶を告げる時でもある。
 俺は寝起きが良くも悪くもないが、大抵置きぬけ三十分くらいは頭がぼんやりしている。
 そんなわけでその日もゆるゆると目を覚ましたのだが、何か違和感があった。

「朝だよー、おーきーてっ! キョンくんっ!」
 これは妹の発言……のはずだが、何かが決定的におかしかった。
 あからさまに声が違う。小学五年生十歳、それがわが『妹』のステータスだったはずで、つまり第三者的に見て女の子の声がしなければおかしい。
 が、聞こえる声は明らかに男のもので、それも少年ではなくもう少しだけ成長した、まぁカテゴリで言えば少年になっちまうのかも知れないが、少なくとも声変わりしてることだけは間違いない。
 しかも、まだ胡乱な俺の頭を頼ればの話だが、聞き覚えがある。つうか毎日聴いてる。
「もー。朝ごはん抜きにしちゃうよっ!」
 例えばこのセンテンスを文章だけで見たならば、何ら違和感なく、むしろ可愛げのある発言とすら思うかもしれん。
 だが、違うのだ。それこそもう何から何まで全てが違う。

 俺は、本当にゆっくりと目を開けた。

「……なぁあああああああああああああああああああああっ!!!!!」

 朝からお盛んねぇ、違う! そんなんじゃねぇ! 俺だって好きでこんなロックなシャウトしてるわけじゃない!

「ここここここここいずずずず古泉!!!!!!!!!!!????」

「どしたの? キョンくん」


 そこには、全裸の古泉が立っていた。


――こいずみくん一斉大売り尽くし――


「あああああああああああ……」
 別に文字を選ぶのがめんどくさくて命名神マリナン様の罰則を喰らいそうなことを呟いてるんじゃないぜ。
「早く降りてきてねっ!」
 目の前の古泉はにっこり笑うと、寝ていたもう一人の全裸古泉を軽々と抱えて部屋を出て行った。

 ……もう、一人?

「なぁああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 早くも今日一日分の叫びを使い切った。もういい、悪夢なら覚めてくれ、白昼夢なら夜になれ。
その他の理由ならとにかく俺を正気に戻してくれ。それか世界をだ。
 俺はまず落ち着こうと思った。これまで経験したあれやこれは何のためにあったと思ってる。今さら古泉がマッパで二体現れたくらいで俺の思考回路は乱れたりしないぜあはははは!

 まず、顔を洗おうか。
 バシャバシャバシャ、キュッ。

 どうした俺。当惑しっぱなしだぞ。顔が妙な感じにひん曲がってるぜ。そりゃ笑みか? 動揺か?
 俺は深呼吸をして階下へと下りた。十分に身構える体勢はさながら敵地に踏み込んだ尖兵、地雷はどこに埋まっているんだ? 無駄死にだけはゴメンだぜ。

「おはよう」

「………………!!!」

 だぁあああああああああああああああああああああああっ!!! と俺は心中で叫び、間もなくドアを閉じて回れ右して自室に戻った。

 裸体の古泉が、四人になっていた。

 待て待て待て待て待て待てぇ!!!!! 俺のツッコミ回路もようやく弱暖房くらいには暖まってきたぜ。なんだあの光景は! なぜウチにあいつがいるんだ!
 いやそれはまだ許せる。すっぽんぽんなのもあいつの数々の変態属性を考慮すれば強引に解釈できなくもない。が、なぜ四人いる! 一番おかしいのはそこだろっ!
 俺は心中を荒れ狂う台風直撃の日本海ばりに波打たせつつ、まず制服に着替えてしまうこととした。
 オーケーオーケー。穏やかなる日常は身だしなみを整えることから始まる。ボタンを二つもかけ違えて、チャックに指を二回挟んだなんてのは些末な問題に過ぎないのさ。ははは。

 俺は朝飯を抜いて学校へ向かうことにした。いるか定かでないオフクロに投げやりな一声をかけて。
 正直朝食への未練はばりばりだったが、古泉四人の裸体に囲まれる可能性を考慮すると、そもそも考えるまでもなく脊髄反射的に身体が逆を向くので、俺は本能に従ったまでだ。

 チャリを出して晴れ渡る空を眺め、気持ちを半分落ち着けていざ漕ぎ出でん!
 チリンチリーン♪

 どがっしゃぁああああああああああああああああん!!!

 ドリフも数世代前のギャグマンガも真っ青になるほど思い切り電柱にぶつかった。
 アホかと自分にツッコミたくなるが、そんな場合ではない。つうかマジで世界オワタ\(^o^)/


 道行く人全員が、裸の古泉だった。


 俺は早々に血を流し始めた頭頂部を押さえつつ、激しい衝撃でひん曲がり使い物にならないだろう自転車を放置して歩き出した。鞄を忘れていたが気づいたのはもっとずっと後になってからだ。つかどうだっていいそんなこと。

「…………」
 ガクガクブルブル。むむむ、無理っす先輩。自分もうこの世界で生きていく自信がありません。
 俺は身を震わせた。それこそマグニチュード8でもまだ利かないくらいに。

 登校中に見る人間はすべて一糸纏わぬ古泉だった。
 全員が制汗剤を思わせる爽やかスマイルで、しかし俺にはまったく見向きもしなかった。
 俺はぶっちゃけ五滴ほどちびりながら、ようやくもっていつもの坂道にたどり着いた。

「ようキョン!」
 ばしっと肩を叩かれ、振り向くとそこにいたのも当たり前のように古泉(裸)だった。
「さよならぁああ!!!」
 俺は変態を振りほどいて逃げた。目指すは山頂! 学校!

 ……浅はかだったと思う。
 冷静さもなにもなかった。つか何も考えられなかった。

 学校は全裸古泉の巣だった。魔窟だった。一生モノのトラウマである。

「おはよ。何か顔色変よ? 悪夢でも見たの?」
 今見てるっつうの。つうかお前も悪夢の構成要素だ。
 後ろの席の全裸男を俺は極力見ないようにし、しかし前を向くともっと大量に全裸古泉がいるのだった。失神しそうだ。あぁ、いっそそのほうがラクかもしれんな。

 そよ風だけが清々しく、まぁこの状況もある意味清々しかった。が、俺は吐きそうだった。
 この状況の仮説ならとうに立てていたさ。

 全ての人間が古泉(裸)に見えている。

 それでほぼ間違いない。原因は何一つ分からんが、ハルヒが何かしら噛んでるんだろどうせ。
 もういい。分かったから事態をとっとと片付けようじゃないか。

「ほら皆席に着けー」
 とハンドボール馬鹿の全裸古泉が言い、 
「起立! 礼!」
 と今日日直の全裸古泉が言い、俺以外の全裸古泉が礼をした。

 県立北高校。本当にキた。来なくていいもんが来ちまった。

「ねぇキョン! ちょっと! 何で無視すんのよ!」
 ハルヒの口調で喋る全裸古泉。……違う、ハルヒが全裸古泉の姿と声をしてるんだ。どっちでも一緒だけどな。
 俺は何も答えずひらひらと手を振って、昼休みまでマジで失神した。


 俺が昼休みに向かったのは一年九組である。
 昼飯も財布も持ってきてないから、全裸古泉二名との昼食会は強制棄却だ。食った瞬間吐く事も請け合いだろうしな。

「古泉! 来い!」
 俺が誰がどれか分からない生まれたままの姿の古泉の巣窟に向かって叫ぶと、その全てがこちらを向いた。やめろ。夢に出る。
 うち一名が席を立ってこちらに歩いて来た。もちこいつも全裸だ。おそらくオリジナルなのにやっぱり全裸だ。もうやだ。これまで描写してなかったものがぶらんぶらんしてる。そしてそこそこにわさわさが引っ付いてる。ママ、僕おうちにかえりたい。
「どうしました?」
 本物古泉が言った。全裸で。
「来い、いいから来い」
 俺たちはあの丸テーブルへ向かった。


「ふふふ、くくくく……それは災難ですね」
 古泉はものすごくおかしそうに笑った。笑うな馬鹿。
「失礼。ですが、それは二度とできない体験で――
「したくねぇっての!!!」
「失敬。まぁ、結論から言うと涼宮さんが原因でしょうね」
 全裸が爽やかに言った。もう接頭語つけんのもめんどくさい。
「何でだよ。あいつがフルボディのお前を世界配置する必要がどこにあるんだ」
「それは少し違いますね。おそらくあなただけが全ての人をそのように見ているんですよ」
 そこまでは考えなかった。つまりお前には俺や他の人の姿が正常に見えているってことか。
「えぇ。そして理由はおそらくこうです。涼宮さんは僕とあなたがよく話すことで、僕に少なからず羨望の念を抱いたのです。だから彼女はあなたが見たとき僕に見えるようにした」
 待てーい。なぜ他の人間までお前なんだよ。
「涼宮さんだけが僕になったのではバレてしまうからでしょう。自分を見てほしいということがね」
 全裸なのはどうしてだよ。
「まぐれじゃないですか」
「……もういい」
 言葉も出ない。
「どうすりゃ元に戻る」
「涼宮さんに告白したらどうですか」
「嫌だ」
 仮にも相手は全裸古泉だ。その手の行為は前面却下だ馬鹿。
「いつにも増して言葉が乱暴ですね」
「お前の配置そのものが乱暴だろうが」
 古泉(オリジン)はまたくすりと笑う。やめろ。ノイローゼになる。
「では長門さんに頼ってはいかがでしょうか?」

 と言い出すので校舎に戻って溢れかえる全裸古泉の輪を抜けて一年六組を目指すがその途中。
「やっほーキョンくん!」
 裸体の古泉二人連れが俺を呼び止めた。二つ並んだ股間。泣きたい。もうやだよぅ……。
「どしたい? なんか元気ないよっ」
 ぽんと肩に手を置いてくれる全裸古泉。分かってる。鶴屋さんと朝比奈さんだ。あぁ、あなたたちまでこんな映像で網膜投射されるなんて、俺は今すぐ壁に頭をめり込ませてしまいたい気分です。
 俺は適当にやり過ごして道に戻る。あんな二人の姿を一秒だって見ていたくない。笑えば笑うほど心臓に悪い。言葉の使いどころを謝っている気もするが真実なのだから仕方がない。

 さて俺は一年六組にたどり着いた。相変わらず裸祭りである。ある古泉は談笑し、ある古泉はまだ弁当を食べ、ある古泉は勉強し、ある古泉は寝ていた。何の恨みもないがマジで消えてくれ。
「長門! 来てくれ!」
 またも全裸軍団がいっせいにこちらを向いた。これもう永久記憶だよばあちゃん……。
「なに」
 まっすぐ前を向いていた後頭部が立ち上がり、くるっと無機質な表情を向け歩いてきたがやはりこいつも古泉だった。真面目な表情が余計に痛々しい。

「……というわけなんだ」
 俺は部室にて長門に全てを打ち明けた。古泉、じゃない長門はしばし目をパチパチさせていたが、
「わかった。至急古泉一樹を結合解除する」
 待てい! 早まるな! さすがにそれはまずい! 俺も本心じゃ同意したいがそれは一時の感情でしかないんだ。そういうもんは大概後で過ちとして悔いるハメになると相場が決まってる。
「ではあなたのジャミングを解く」
 初めからそうしてくれ。ありがたい……
「そののち古泉一樹を私刑に処す」
 待てって! 分かったから。もうちょっと落ち着けって。
「じゃぁ今度の日曜わたしとデートして」
 あの長門さん? どさくさに紛れてキャラ変えてませんか?
「じゃぁジャミング解かないもん」
「わかったわかったわかった!!!」
 古泉の姿した長門に拝み倒すのは何か癪だったがしゃぁない。
「はい、解除」


 ……という夢を見た。

 だが俺は今長門と街を歩いている。
 どっからどこまでが夢なんだっ!!!

「……計画通り!」


(おわり)

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最終更新:2020年08月21日 02:05