いつもの昼下がり。文芸部室には長門が一人。時おり、ぱさり、ぱさりとページをめくる音だけが聞こえる。がちゃり、とドアノブを回す音がして入って来たのは古泉だ。
「おや、めずらしい、長門さんおひとりですか。他の皆さんは?」
長門は本から顔をあげもせずに、校庭の方を指さす。
「またですか」
と古泉はいつもの笑顔で苦笑いしながら席についた。最近、ハルヒは来年の文化祭で撮影予定の「朝比奈ミクルの冒険01」の企画に夢中で、「カメラテストをする」と言ってはカメラマンにキョンを指名して、朝比奈ミクルに片っ端から様々な衣装を着せて校庭でテスト撮影を繰り返している。衆人環視のもとで奇妙キテレツな服装をさせられる朝比奈さんこそいい迷惑だ。
「....」
朝比奈ミクルも、キョンも、ハルヒもいない部室と言うのも妙に静かだ。長門はもともと何も話さないし、古泉はハルヒやキョンとしか基本的に会話しない。実際、長門と古泉が二人っきりと言うシチュエーションはかなり珍しいと言える。古泉が口火を切った
「長門さん」
長門は無表情なまま顔をあげる。キョンだったら長門の表情に怪訝そうな表情が浮かんでいるのに気づいただろう。
「ちょうどいい機会ですので、ひとつ、意見させてください」
「なに?」
「我々は所属する組織こそ異なっていますが、目的に大きな共通点があります。涼宮ハルヒの精神的な安定を保つこと。違いますか」
「否定はしない」
「そのことについてですが、わたしの見るところ、SOS団内部の人間関係には大きな不安定要因があるのではないでしょうか?」
「朝比奈みくる?」
「いえ、そうではありません。確かに、キョン氏は朝比奈さん、朝比奈さん、と騒いではいますし、一見、朝比奈さんもまんざらではなさそうですが、実際には彼らはそれほどまじめな意味でお互いを意識しているわけではありません。」
「同意する」
「涼宮さんも表面的にはやきもちをやいているかのように振る舞っていますが、しょせんは、恋人がふらふら浮気をしているという程度の認識で、本当にライバル関係にあるとは思っていないでしょう」
「おそらく。」
「ですから、この前の危機的な閉鎖空間の生成は、朝比奈さんは、御自分がキョン氏といちゃついた結果起きたことだと思っていますが、実は違うのではないかと私はにらんでいます」
「本当の原因は何?」
「あなたですよ、長門さん。」
「私?」
「キョン氏が本当に好きなのは、あなたでしょう。キョン氏自身、本当には意識していないでしょうし、例えば、この僕が彼に面と向かって長門さんに好意を抱いているかと尋ねれば彼は言下に否定するでしょうが、彼があなたに好意を抱いているのはまごうことなき事実です。これは否定できない。そして、あなたの方も『まんざらではない』のではないかと推察します。対ヒューマノイドインターフェースであるあなたが「好意」、あるいはそれに類する感情を人間に対して抱くことができるのかどうか、我々にはさだかではありませんが、もし、可能であるとするなら、それに極めて近い、感情、あるいは、あなたがたの言葉で言えば『ノイズ』というべきかもしれませんが...」
「あなたの分析の前半は正しいが後半は正しいとは言えない」
「これは驚きましたね。あなたが、他人の発言を途中で遮って発言されるとは。その様な経験を一度もしたことは...」
「あなたの分析の後半50%は誤っている」
「ほう、つまり、あなたが『まんざらでもない』と言う部分ですか?確かにインターフェースがその様な感情を抱くことができるといういこと自体には大きな..」
「そうではない」
「とおっしゃいますと?」
「私と言う個体が『好意』に類する感情を抱くことは必ずしも禁じられてはいない。涼宮ハルヒの監視に支障が無く、かつ、涼宮ハルヒ個人の精神的な安定性を損なう恐れが無い場合には問題は無い」
「ですから、この場合は、問題なのだと。あなたが、キョン氏にまんざらでもない感情を抱いていることを涼宮さんがうすうすでも感じることは精神的な安定を破壊してひいては閉鎖空間の危機的な生成を再発...」
「私が好意、あるいは、それに類する感情を抱いている個体はキョンと言う通称で一般に呼称されている個体ではない」
「それはまた、意外なことを。SOS団以外の「人間個体」との接触は避けておられるものとばかり..」
「わたしが好意を感じている人間個体は、SOS団の外部には所属していない」
「また、解らなくなりましたね。さきほど、あなたはキョン氏には好意を抱いていないとおっしゃたばかりでは」
「私が、好意、あるいはそれに類する感情を抱いている人間個体は『古泉一樹』と呼称されている」
「ご冗談を。一体、全体、どこからその様なジョークを発する機能を獲得されたのですか」
「ジョークではない。そして、『古泉一樹』と呼称される個体はこれがジョークではないことをよく認識していることを私は知っている」
「しかし」
「そして、『古泉一樹』と呼称される個体が『長門有希』と呼称される対ヒューマノイドインターフェースに、心密かに『好意』を抱いていることも既に分析は終了している。だから、あなたの先程の分析は前半50%しか正しくは無い」
「...。そこまで御存じでしたか。参りましたね。なぜ、いままでそれを一度もおっしゃらなかったのですか」
「聞かれなかったから」
「で、これから我々はどうすべきでしょう?」
「あなたが望むなら我々は「つきあう」ことができる。人類が「でーと」と呼称している行為を周期的に繰り返すことも可能だ」
「いや、おっしゃるとおりですね。しかし、どうでしょう、涼宮ハルヒの前で我々があからさまに「つきあう」ことは、彼女にどの様な精神的な影響を与えるのでしょうか」
「その分析は簡単ではない」
「私は、個人的には、彼女の精神的な安定性をます方向には決して働かないと思うのですが」
「否定はしない」
「となると、つき合うわけには行かないのではありませんか」
「その結論は論理的に妥当なものであると判断される」
「それでは、一件落着まで『おあずけ』ということでいかがでしょう?」
長門は答えなかった。答えずにいつもながらの無表情で古泉をじっとみつめた。それから再び、ひざにおいた本に目を落として読書を再開した。
「いや、それにしても、安心しました。長門さん、あなたが、キョン氏に好意を抱いていないと言うことを伺って。これで涼宮さんの精神的な安定性を破壊する要因がひとつ減りました」
「あなたは嘘をついている」
「はい?」
「あなたが『安心した』のは、涼宮ハルヒの精神的な不安定要因が減少したからではない」
「...。正直にもうしあげましょう。そのとおりです。私はあなたに好意を抱いています。ですから、あなたがキョン氏にではなく、私個人に好意を抱いておられることを伺って非常にうれしく感じました。安心したのはそのせいであるともいえます。長門さん。あなたは、正しい」
長門は再び、本に目を落とした。
「先程、我々が涼宮さんの面前でつきあうのは不安定要因でないまでも、安定を増す方向には働かないだろうと申し上げましたが、涼宮さんの面前でなければ大きな問題が無いのだということもできます」
「?」
「つまりですね、長門さん。涼宮さん達が戻って来る前に、わたしとあなたが、ですね、涼宮さんを閉鎖空間から引き戻すためにキョン氏が涼宮さんと行った行為をここで密かにする分には問題とはならないのではないかと..」
長門がだまって立ち上がって、古泉に近付いた。二人が身を引きはなしたのはかなり長い時間が経ち、長門が
「涼宮ハルヒが接近している」とつぶやいてからのことだった。
|