『涼宮ハルヒのプリン騒動』
―1日目―
掃除当番で遅れるハルヒを後ろに、俺はいつもどおり部室へと足を運ぶ。
朝比奈さんのエンジェルボイスを期待しつつ、ドアをノックすると、
「はい、どうぞ」
忌々しいことに部屋の中に居たのは古泉だけだった。
「お前だけか……。長門もいないみたいだな」
「長門さんなら少しコンピュータ研の方に行くと言っていましたよ」
なるほどな。なら朝比奈さんが来るまでこいつと二人っきりってことか……。
「で?何をそんなにニヤニヤしてやがるんだ?」
何故だかわからないが古泉がいつもの三割増しといったにやけづらを浮かべている。
「いえ、いつもどおりだと思いますが?」
そうかい。だといいんだがな。
「ところで、これでも召し上がりますか?」
そう言って古泉はなんだか妙に高そうなプリンを差し出してきた。
なんだ?まさか毒でも入ってるんじゃないだろうな?勘弁してくれよ。
「いえいえ、そんなことはありません。美味しいと思いますよ。どうぞ」
まぁくれるっていうんだからありがたく頂くとするか。まさかこれのせいでやっかいごとを頼まれたりしないだろうな?
それにしてもこれはうまいな。
高そうな見た目に合ううまさだ。これならいくらでも食べれそうな気がするぜ。
「それにしても古泉、お前こんなのわざわざ持って来たのか?」
「いえ、それはそこの冷蔵――」
バタンッ!!
いつものように凄まじい勢いで部室のドアが開かれる。
だからもっと丁寧に開けろといつも言ってるってのに聞きやしねえ。
「あら、二人だけ?有希もみくるちゃんもまだなのね。……って!」
ん?なんだ?
何故だか知らないが凄まじい顔でハルヒがこっちを見ている。って、怒ってる!?
「あんた……なにあたしのプリン勝手に食べてんのよ!それ手に入れるの苦労したのよ!」
って、え?これハルヒのかよ。
「え、いや、こ、これは、古泉がくれたんだ、よ」
と、古泉の方に目を向けるとさらにニヤニヤしてやがる。まさか……?
「ほんとなの!?古泉くん?」
「いえ、僕も今来たところなので。部屋に入ると彼はもう食べてました」
いや!ちょっ!?……おいおい!?まじかよ。こいつ裏切りやがった!
いや、ひょっとするとはなからこのつもりだったのか?ハメやがったな、このやろう!
「古泉くんもこういってるわよ。どうやらあんたにはお仕置きが必要なようね……。どうしてやろうかしら?」
「あ、そういえばこの近所に新しくケーキ屋ができたようで、そこのプリンは絶品とのことですよ」
「そうなの?じゃあ今からそこ行くわよ!もちろんあんたのおごりね。古泉くん、あとまかせたわ」
「やれやれ……って、わかったわかった。だからネクタイを引っ張るなって!」
「うっさい!さっさと行くわよ」
そうしてハルヒに引きずられて、ケーキ屋に向かうことに。
部屋を出るとき後ろから、「……計算どおり」と、密かに聴こえたような気がしたがおそらく気のせいだろう。
くそ、古泉め、覚えてやがれ。
◇◇◇◇◇
『涼宮ハルヒのプリン騒動』
―1日目(裏)―
「と、まぁこんな感じですね」
「さすが古泉くん、演技じょうずですねぇ」
「ご苦労さま」
「それにしても僕がとぼけたときの彼の顔はとても愉快でした。吹き出すのを我慢するのが大変でしたよ」
「ですよねぇ。私も思わず笑っちゃいました。長門さんなんて爆笑してましたよ」
「……爆笑まではしてない」
「まぁ楽しんでもらえて何よりです。……おや、お二人が店内に入られたようですよ」
『へぇ、けっこう綺麗なお店ね』
『ばか、お前声がでかいっての。恥ずかしいな……』
『あんたこそうるさいわよ』
「……いきなりケンカしてますねぇ。これでだいじょうぶなんですかぁ?」
「まぁなんとかなるでしょう。おそらく」
『じゃああたしはこれにしよっと』
『ほう、うまそうだな。じゃあ俺は――』
『え?あんたも食べるの?さっきあたしのプリン食べたでしょ!』
『いいじゃねぇか。それともお前が食べるのを眺めてろとでも言うのか?……それもいいか』
『な、何を変なこと言ってんのよ!……仕方ないからあんたも食べていいわよ』
『ありがとよ。じゃあ俺が持ってくから席の方よろしくな』
『あ、あら、気が利くのね。頼んだわ』
「少しいい空気になってきたようですね。まだ少しばかりぎこちないですが」
「それにしてもどのプリンもおいしそうですねぇ」
「右から二番目のプリンが一番おいしい」
「へぇぇ、そうなんですかぁ。……って、長門さん全部食べたんですかぁ?」
「食べた。下調べは重要」
「そ、そうですかぁ。……あんまり関係ないような気もしますけど」
『このプリンおいしいわ!あんまり高くないのに』
『そうだな。これもうまいぜ?食べてみるか?』
『そう?じゃあありがたく頂くわ。……へぇ、これもおいしいわね』
『だろ?あ、それもう全部食べていいぜ』
『ほんとに?もう返さないわよ』
『ああ、いいぜ。今日お前のプリン食べちまったからな。悪かったな。……古泉のせいなんだが』
『いいわ。こうやっておごってもらってるし。きっと古泉くんもここまで計算してたのよ』
「おっしゃるとおりです」
『どうだかな。ただ俺に嫌がらせして楽しんでるだけじゃないのか?』
「おっしゃるとおりです」
『まぁこのぐらいならいいんだがな。……ハルヒと二人っきりだし』
『ん?何か言った?』
『い、いや、なんでもない。……あ、ちょっとトイレ行ってくる』
「あ、キョンくんが席を立ちましたぁ。涼宮さんが一人になりましたよ」
「それでは店員にあれを渡させましょう」
『店員さんに渡されたけど、何かしら?……へ、へぇ。こんなのあるんだ』
「やはり気になっているようですね」
「狙いどおり」
『どうしよう。いきなりこんなのやってだいじょうぶかしら?……でも……』
「あ、涼宮さん、すごい顔が赤くなってるみたいですぅ」
「思うつぼ」
「おっと、彼が帰って来ましたね」
『ん?おい、どうしたんだ、ハルヒ?大丈夫か?』
『な、なんでもないわ。大丈夫よ。気にしないで』
『ならいいが。無理はするなよ』
「キョンくん優しいですねぇ」
『あんた、ちょっとここで待ってて』
『ん?構わないが。どうした?』
『なんでもないわ。待ってなさい』
「涼宮ハルヒが動き出した」
「店員さんのところに行くみたいですねぇ」
『これって今日もやってるんですか?』
『はい、本日も承っております。ご希望ですか?』
『そうなんですけど、……今は二人なんで後で出直してきても構いませんか?』
『はい、もちろんです。お待ちしております』
「……コンプリート」
「どうやらうまくいったようですね。僕も明日が待ち遠しいです」
『で、なんだったんだ?』
『なんでもないわ。あんたは気にしなくていいのよ』
「あ、お二人がもう出るみたいですよぉ?」
「さすが涼宮さんですね。思い立ったらすぐ行動ですか」
「じゃあ私たちも今日は解散ってことにしますかぁ?」
「そうですね。それではまた明日」
「明日」
プリン騒動1日目 ―完―