取り出したジャージは、使い物にならないほどに汚れ、そして切り刻まれていた。
うしろでくすくすと笑う声が聞こえた。
僕はキョンくんのところまで行き、謝ろうとしたが体育は始まっていて、結局間に合わなかった。
その授業が終わったと同時に僕は急いで校庭に出て謝った。
「体操服洗濯してて…、そのことを忘れてました…すみません。」
「……そうか。もういい、谷口が寒いのにわざわざジャージ貸してくれたから。」
ほとんど視線を合わさずそう答えて去っていく彼に僕はもう一度謝った。返事は無い。
「守れない約束をするって、最低だよ。」
国木田くんが僕にそう言って、キョンくんの後を追っていった。
谷口くんは僕のことを気にも留めず国木田くんと同じように彼の後を追っていった。
ある日のことだった。
朝比奈さんが泣きながら部室に入ってきた。まだ部屋に僕と長門さんしかおらず、僕はどう対処するべきか悩んだ。
すると良いタイミングでキョンくんが部室にきた。
泣いている朝比奈さんをみて彼は慌てて彼女に何があったかを聞こうと必死になっていた。
結局朝比奈さんは何も言わなかった。
帰り道、すっかり一人で帰ることに慣れてしまった僕は上履きから靴に履き替え、門を出て行こうとしたとき誰かに呼び止められた。
鶴屋さんだった。
彼女は僕に朝比奈さんが泣いていた理由を教えてあげようか、と行った。僕はうなずくしかなかった。
いじめられている僕と同じ部活の人間だからというだけで彼女もいじめにあっているということだった。
まっすぐに彼女が僕をみている。僕は目をそらした。
「…きみがいると私もみくるもとっても迷惑するんだ。」
先輩独特の威圧感が目を合わせようとしない僕を襲った。
「きみのせいで、ずっとみくるは苦しんできてる。…もう今後一切みくるの前にあらわれないでくれよ。」
いつも明るくて時々不思議な話し方をする彼女が、まるで別人のように冷たく言い放った。
僕が返事をしなかったことを肯定だと受け取ったのか、それじゃあ、と去っていった。
新川さんは今日は迎えにこなかった。
次の日から、閉鎖空間が大量に発生し僕は機関に至急戻るよう要請された。
話の内容は、学校を辞めてもらうということだった。
機関は僕のせいで涼宮ハルヒの不満が溜まり、閉鎖空間が大量に発生したのだと思っているらしかった。
確かにその可能性は大きかった。だから何も言えなかった。退学届けは昨日出したそうだ。
しかし残り3日ほど学校に通ってもいいと言われた。その3日で楽しかった思い出を噛み締めたまえ。とも言った。
1日目は何事もなく授業もHRも終わらせた。
部活に行こうと思ったが、鶴屋さんの言葉を思い出して部活を休んだ。
新川さんが迎えに来た。住んでいた家にはもう帰らない。
2日目はせめて挨拶だけでもと思い、部室に行く途中で教師に呼び止められた。
結局遅くなってしまったので部室に行くのを諦めた。
涼宮さんたちは僕がいないからきっと楽しく騒いでいるだろうなと思った。
最後の日になった。
鞄に乱暴に荷物を詰め込んで僕は部室に走った。予想以上にHRが長引いてしまったからだ。
部室からわいわいと声が聞こえる。扉を開けるのをためらった。
そのとき、僕を呼ぶ声がした。振り向くと同い年ほどの男子生徒が立っていた。
彼は僕の名を呼んだあと、こう続けた。
「いまさっき長門有希によりきみがSOS団にいたこと、この学校に存在していたという事実は情報操作により抹消した。」
「……え?」
「よってきみの存在はSOS団の団員達や学校の関係者全員に忘れられている。…いや、記憶から消えていると言ったほうが正しいな。」
「しかし…それでは、矛盾が生じると…」
「代わりに私がここに昔からいたようになっている。これは機関からの命令だ。」
「そんな…」
「きみはもう涼宮ハルヒから必要とされていない。」
僕は最後の挨拶を交わすこともできないのか。最後に謝ることすら許されないというのか。
彼がにぎやかな部室の扉をガチャリと音をさせてあけるとキョンくんがこっちに歩いてきた。
「××、遅いんだよ。ハルヒご立腹だぞ。」
「ごめん、ちょっと彼と話をしてたんだよ。」
「……?まさか相談者とかじゃないよな?」
「あはは、そんなんじゃないよ。私の友達だ。今日転校するから最後の会話を楽しんでたってわけだ。」
「そうだったのか。まあ間違ってもこんなとこに相談はこないよな。」
キョンくんと楽しそうに話していた彼は僕を見て手を振った。
「さようなら。古泉一樹くん。」
僕はいつもどおり笑って挨拶する。
「…よろしく、お願いします。さようなら。」
踵を返して僕は廊下を歩いていく。
部室の扉がしまる音がした。
キョンくんも朝比奈さんも、涼宮さんも、もう僕のことを覚えていない。
唯一、長門さんだけが僕の存在を知っている。
機関に戻ればまた訓練と戦いの毎日なのか。
いや、もしかしたら雑用扱いかもしれないし、機関を辞めさせられるかもしれない。
僕は与えられた使命を守りきれなかったから今後どれほど好成績を残したってきっともう出世することも無い。
一度のミスは一生のミスなのだ。
帰り道、僕は呆けていた。途中で公園を見つけ、そこのベンチにずっと座っていた。
完全に僕は自信をなくしていた。これから心を入れ替えて頑張ろうという気力さえもなくしていた。
あの数ヶ月間は輝いていた。忙しくても、神の理不尽な思いつきで苦労しても、嫌だと思ったことが無かった。
考えてみれば、僕にとってそれは青春だった。
キョンくんとゲームで遊び、長門さんと時々話し、朝比奈さんのお茶を飲んで、涼宮さんに尽くした。
携帯がなり、機関の人にはやく戻れとお叱りの電話をもらった。
そろそろ帰らねば。僕はふらりと立ち上がり、機関のある場所まで何も考えずに歩いた。
途中で僕は携帯をとりだしてある人物にメールを送った。
後ろからクラクションとブレーキの音が聞こえた。
食堂へ国木田と谷口と一緒に向かっていたときだった。
谷口がそういえば知ってるか?と俺に問いかけてきた。
「キョン、昨日事故あったんだぜ?知ってたか?」
「ん、いや、知らんな。いつごろあったんだ?」
「昨日の放課後だよ。谷口と一緒に帰ってたときにね、人だかりができててさ見に行ったらここの高校の生徒が車に轢かれてたんだ。」
「ぜんぜん知らない生徒だと思うんだけどよ…。でもなんか見たことあるんだよなぁ。」
「僕も知ってるような知らないような気がして…僕らと同じ一年なのかな?」
「けど俺聞き込みしたけどどこのクラスも一人も減ってなかったぞ。」
「じゃあどっかですれ違った程度だろ。それよりも腹へった…」
「んーそうなのかなぁ。」
国木田が少し不満というか納得できなさそうに首をかしげている。
そんな話はどうでもいい。早く食堂につかなきゃ俺は餓死しちまう。
廊下の途中で俺は呼び止められた。
「貴方に話がある。」
「長門じゃないか。」
長門は、できれば二人がいいと言った。俺は了承して谷口と国木田に片手を前にしてすまん、とポーズをとった。
二人はうなずいて先に食堂に向かっていった。
屋上につくと肌寒い風にもう秋だなと感じた。
「さて…どうした?」
「……彼は、昨日貴方に伝言を伝えてほしいとメールを送ってきた。」
「?」
「僕の代わりが貴方の幸せを保証します、と。」
「誰からだ?」
「古泉 一樹。」
古泉…?聞いたことない名前だな。
いやでも最近聞いたような気がするような…。
「…すまんが長門、俺はその名前知らないんだが…詳しくたのんでいいか?」
「分からないならそれでいい。私の役目は伝言を伝えるのみ。それ以上の事は話せないし、話す必要は無い。」
「…?そうか。」
「伝言を伝えおわったため私が彼に関する情報をもつ理由がなくなった。古泉一樹に関するデータを破棄する。」
「おいおい、消しても大丈夫なのか?」
「…構わない。彼に関するデータはもう不要。」
いつもと同じ無表情で長門は淡々と答える。
俺はよく分からないまま長門のいう消去作業を見ているしかなかった。
「…破棄完了。それじゃあこれで私は失礼する。さよなら。」
「お、おう。またあとでな。……古泉…一樹…か。まあ誰だっていいな。」
俺は先に屋上からでていく長門の後ろ姿をぼーっと見つめていた。
何か大事なことを捨てた気がしたが、すぐにそんな事も忘れて食堂に向かった。
終