それはハルヒとふたりで下校した冬の日のことー・・・
「あー、寒いわねぇ、寒い寒い。」
「そんなに寒い寒い言うな、うんざりする。」
北高通学路のうんざりするくらい長い坂道を俺たちは下っていた。
その日はたまたま古泉も、朝比奈さんも、長門もいなくて、 俺とハルヒはふたりだけだった。
「寒いんだから仕方ないでしょ。」
ハルヒはいつもの様に悪態をつき、俺はいちいちその言葉に突っ込んでいた。
いつものことだ。
俺はハルヒとこうしてふたりでいることに何の違和感も持っていなかった。
別に恋人じゃないが、ハルヒとふたりで歩いていることは自然なことで、当たり前のことだと、いつからかそんな風に思うようになっていた。
ハルヒもそう思っていてほしい、なんてな。
何かを話すたびに白い息が出て、手袋をしていない手が冷たくて痛い。
ハルヒはコートを着て、マフラーを巻いて、手袋も装備しているのにミニスカートで、下半身の方は大丈夫なのだろうか。まぁ、ニーソックスらしきものを履いているからな。それと毛糸のパンツでも履いているのだろうか。おっといけない、ちょっと今のはないな。
今後のSOS団の活動のことや、クラスでの出来事を話しているうちに、あっという間に俺の家路の中間地点まで差し掛かった。
そのあたりでふいに頬に何か冷たいものが触れた気がした。
「あっ、雪」
ふたつ、みっつ
「雪だわ、雪よ、キョン」
降ってきた雪はもう数え切れないほど絶え間なく空から降ってくる。
ハルヒは立ち止まり、空を見上げていた。さっきまで悪態をついていたのに、うっとりと空を見上げている。 その瞳はいつものハルヒらしくなく、どこか寂しげで、真っ黒な瞳がもっと深い闇のような色に染まっている気がした。
きっとコイツも寂しい気持ちを抱えているんだな。
ところで、俺はハルヒのことをどう思っているんだろう。
ハルヒは俺のクラスメイトで後ろの席、そして俺の所属しているSOS団の団長。別に好きってわけではない。けれども、ハルヒの全てを受け入れることができるのは俺だけだ、なんて心のどこかで自惚れている自分がいるような、いないような・・・まぁ、変わり者のハルヒを受け入れることができる人物なんて身内以外早々いないだろうな。いたとしても俺ぐらいだ。
そんなことを考えていると腕に衝撃が走る。
「何ボサっと突っ立ってんのよ。」
ハルヒが持っているかばんでぶん殴ってきたのだ。
まったくコイツはー
「ボサッとしてて悪かったな。」
俺はそんなことをぼやきながら、ハルヒの手を握った。
「ちょっと、何すんのよ。」
しまった。
「いや、俺手袋なくてつい、な」
「あ、手真っ赤じゃない。しょうがないわね。」
手袋をしているハルヒの手はあたたかい。
ハルヒと俺は手を繋ぎながら雪の中を歩いた。
気がついたら周りは誰も歩いていなし、車さえも走っていなかったから、まるでいつぞやの閉鎖空間みたいに俺たちしかこの世界にいないような感じだった。
ハルヒも俺も何も話さずに歩いた。
俺が何も話さなかったのは、話したら余計なことまでハルヒに言ってしまいそうな雰囲気だったからだ。心の底で眠っている言葉を話してしまいそうでな。それとも手を繋いでいるから俺の今の気持ちがハルヒに伝わってしまうのではないかーそんな幻想を抱きながら周りに誰もいない雪の中をハルヒとふたりで歩いた。
手を繋ぐのがやっとで、ハルヒがどんな表情をしていたのかはわからなかったがな。
しばらくお互い無言のまま、手を繋ぎながら歩いて、ハルヒと俺の家路が別れるところに差し掛かった。
俺はハルヒの手を離し、「すまんな」と一言呟いた。
「別に。もうここでお別れね。」
ハルヒは俺を見ないで話す。
「ああ、じゃあな。」
俺たちは別々の方向に別れた。
この気持ちは何だろう。
俺は後ろを振り返った。そうするとハルヒが俺の方を向いて突っ立っていた。
「お前、帰んないのか。」
「あんたこそ。」
俺たちはしばらく見つめ合っていた。何故なのか、このまま家に帰りたくなかった。
「なんか雨じゃないけど傘ないから濡れるな。」
「・・・そうね、雪も結構濡れるわね。」
俺はほかに話すことがないか探した。
ハルヒとあと少し一緒にいるための口実。
「雪やみそうにないし、コンビ二で傘買わないか。」
ハルヒはしばらくじっと俺を見て、「それもそうね」と呟いた。
「でもあたし傘買う気ないから、あんたが買いなさいよね?」
「はぁ?」
「だってあたしは何本も傘いらないもん。あんたが一本買えば十分よ。」
やれやれ、それは家まで送れってことですか。
まぁ、別に悪くはないかな・・・って思えてくる自分が嫌になるぜ。
「あっ、あと寒いから肉まんおごりなさいよ!」
ハルヒは急に満面の笑顔になって言った。 ったく、さっきまでおとなしかったのにすぐこれか。
ああ、やれやれ、やれやれだな。
俺はハルヒに対する密かな気持ちをしばらくはそっと胸にしまっておこうと思った。