…二度と思い出したくも無いことだが、今からする話の為に前もって話さなければならんだろう。
文化祭前の映画撮影の件のことだ。

 

ファインダーを通して好きなように映画の世界を創りあげようとしたハルヒの願望がカメラから俺たちの世界に滲み出し
結果物理法則も踵を返して30光年彼方へ逃げ去ってしまいそうになっていたあの事件だ。
秋だというのに土手の桜の木は咲き乱れ、神社に集まる鳩はすべて天界からの使いと言えるべき純白な鳥に入れ替わり
朝比奈さんは条件さえ満たせばこの世に存在する全兵器を二つ三つ余裕で飛び越したような能力を使えてしまい
たまたま捕まえた三毛猫はツーと言えばカーと返すように人語を理解してしまっていた。

 

その一件は取り終えた素人映画の世界を作り物だとハルヒ自身の口から確認してもらうことで事なきを得た

 

…かにみえた。

現実は駅前の常連となっているあの喫茶店で食べるチョコレートパフェ程、そう甘くは無いようだ。

 

季節は移り俺たちが次の学年に進級した年の4月。
あの地方ニュース局のいいネタとなった桜の木は今年他の桜の何倍も長い間咲き乱れており
5月下旬にどこを向いても緑葉のオブジェだらけになってきた頃ようやく散り始める気配を見せたのだ。
勿論この件も地方局のいい餌となったのは言うまでも無い。
夏休みが近づき、町内会の人員募集によって嫌々ながら駆り出された祭りの準備の為に再度訪問することとなった例の神社には
うごめく鳩の白とグレーの比率がまたも可笑しくなりつつある。
まさか朝比奈さんはというと、長門によれば「いまだ能力は注入したナノマシンで制御中」とのこと。

 

とすれば懸念すべき事項は今俺のすぐ隣で煮干を優雅に食べている珍しき雄の三毛猫、シャミセンのことだろう。
いつ口を開き、猫らしからぬ学者のごとき物言いで俺を悩ましてくださることになるのか。考えただけで頭が痛い。
なんて懸案事項、結局解決しないままついにその時を迎えることとなってしまった。

 

 「少年よ。抱える頭を持つよりは柔軟な頭を持つ方が利口だろうて。」

 

おいおい、文化祭が来る前にまだ夏休みさえ通過してないんだぜ?

 「そう悲観するものではない。私にも食事と住まいを提供してくれることに対する恩義だってある。
  例のごとく、私は君の前以外では“にやあ”の言葉しか使わなければいいのだろう?至極、簡単なことだ。」

 

話が分かる猫様で何よりだが使う言葉は“にゃあ”がよろしいだろう。普通の猫とみせるのならば。

 

 「これは失敬。ニャア。」

 

とまあ、前年の件だけでこれだけ奇妙な事となりつつあるのだ。
もはや今年の映画では地球に相当なダメージを負わせる事になるやもしれん。

 

…それでいいのか、古泉。長門。朝比奈さん。

 

 

 

今俺のいる場所を説明していなかったな。
この異常事態により即座に3人を喫茶店に召集し、ただいまSOS団臨時会議(ハルヒ除く)の真っ最中というわけだ。
勿論シャミセンには植え込みの影で休んでもらっている。

 

 「…と、いう訳なんだが…これはなにか?ハルヒのわけわからん力がますます活発になってきますという予兆か?」

 

 「簡単に言えばその通りですが、もっと深く考えれば更に性質の悪いものの前触れとなりそうですよ。」
 「……周期的な改変における定着化の危険性が十分にある。」

 

古泉による家庭用ゲームにおける没頭の危険性の話を踏まえたうえでの遠まわしな説明によれば…
普段思いつきで自分の都合のよい状況に変えてしまう力を1,2回すれば飽きてしまうストーリー重視のRPGとすると
今起きている力の再発現は何度も繰り返してしまうパズルゲームだと例えられるらしい。

 

 「連続して改変するものだから癖づいてしまうと、そういう訳か。」
 「……そう。」

 

 「前回と全く違うストーリーを練っているのならば、今回のような事態には至らなかったでしょう。
  しかし察するに…どうやら前回のシリーズ物を構想中のようですね。」

それくらいはいちいち説明を仰がなくともピンとくるさ、俺でもな。

 

数ヶ月先に待っている映画撮影の心配を今からしないといかないとは…
明日授与される通信簿の心配で頭痛の原因を控えているってのに…

 

あれこれと打開策を出してみたものの、余計深刻な状況を呼ぶ引き金になるだとかで一向に話が良い方に向いていかない。
結局この日はこれでお開きとし、ひとまず様子見という結論に終わったのだ。

 

参った。何が参ったって、朝比奈さんの発射する瞬間まで軌道も威力も不明なあの殺人ビームが一番恐ろしい。
それさえどうにかなれば桜の木や鳩や猫など些細な異常はどうでもいいさ。ある程度はな。
それについては3人も同意見であり、朝比奈さんにいたっては
 「サングラスをこよなく愛するヒロイン、なんてのを薦めてみる事にします…」
と、それはもう見ているこっちが元気がなくなりそうな程申し訳なさそうに言うもんだ。
悪いのは朝比奈さんではない。諸悪の根源はハルヒ以外存在しない。

 

 「なにか解決策でも見出せたのかね?」
さてね…ハルヒのやる事に解決策が見つかれば世界は3割増しで平和になるさ。
文字通り、猫の手も借りたいと言ったところだな。
 「わかった、力になろうぞ。」
…冗談だ。

 

しかし、人語が理解できるなんてのは、猫の世界で不都合になるものじゃないのかね?
いや、猫の世界に興味があるわけではないが。
 「そうでもない。同族との無駄な会話よりも異種族との有益な会話の方が、私の脳を満足させてくれる。」
そうかい。…しかし大した猫様だな。俺の代わりに期末テストを受けてほしかったぜ。

 

…これはひょっとすると意外に猫ならではの素晴らしい解決策がポンと出てくるのかもしれないな。

 

って風に問題を猫に丸投げするのも人間として流石に情けないのでしばらくベッドに横になり考えてみたが。
やはり様子見以外の策も見出せず、そのまま横から現れた睡魔にやられて夢の中となった訳だ。

 

 

 

 

 

…毎朝のこの生体目覚まし時計様の強烈な物理攻撃による目覚ましはお前もご存知だろう、シャミセン。
せっかくなら起こしてくれればいいものを。
 「ふむ。しかし私は熟睡中に起こされるのは嫌いな方でね。自分がされて嫌なものは他人も嫌だろうと思ったのだがね。」
ハルヒにそのまま聞かせてやりたいね。猫に負けてるんだぜ?お前の常識人度。

 

今日は1学期最後となる1日、つまり終業式だ。
蒸し暑い講堂で右耳から左耳へ通り抜ける校長の話のウェイトが半日授業&待ちわびた夏休みのウェイトでようやく天秤が釣りあう、そんな日なのだ。
この際数字を一つ一つ確認するのも是非遠慮したい通信簿授与までの話は端折ってもいいだろう。

 

岡部の話も終わり事実上たった今から夏期休暇の始まりな訳で、これから昨日に引き続き映画撮影対策を練るためにハルヒ除く4人と会議を開くことも考えていたが
それは俺の頭痛源その1である通信簿と共に授与されたプリント類を鞄に詰めようとしたところで起こった。

 

俺の所持する鞄どもはそれほどまでに居心地のいいものなのか。
妹に続きお前で2人目だ。隠密行動の手段を鞄に委ねたのは。
見なかったことにして鞄を戻すことにする。荷物は全員が教室を出て行ってからにしよう。
こんな1年のうちでも1番問題を起こしたくない日にゴタゴタを起こしたい人間は実に愚かだ。
俺の頭痛源その2、ハルヒが帰り支度を急かすが開けてしまえば鞄から嫌でも見えてしまう三毛猫の姿を見た拍子に
隣のクラスまで聞こえてしまう程の大声でこのシャミセンの存在を知らせてしまうことになりそうだったので
なんとか誤魔化し、先に部室に行ってもらうことに成功。
その他生徒も教室から出て行くまで俺は封印された鞄に触れることが出来なかった。

 

 「なんでお前がいるんだ!ここに!」
 「いやすまない。もう少し手際よく行きたかったのだがつい居心地が良すぎて眠りについていた。」
理由になってないぞ、シャミセンよ。

 

本当に気に入っているらしくいまだ鞄から首だけを出した三毛猫はこう説明する。
 「昨日言っていた彼女の事だ。なにか手を貸そうにも、彼女の動向が分からねば立てるべき策も見出せないだろう。」
そうならばそうで昨日の時点で言ってくれても良かっただろうに。
その辺りはやはり猫、といったところか?悠々自適というかなんというか。
だがハルヒの話などきっとお前の脳を不快にさせるだけの怪音波より酷いシロモノに違いないぜ?

 

 

 

 「…と、いうわけ。」
どういうわけだ?と数回ほど繰り返さざるを得なかったハルヒの話を要約すれば、
また去年のように不思議探索の効率向上の為に今年も合宿をする必要がある、とのことだ。
といってもハルヒが前回と同じロケーションで満足する性格を欠片も持っていないことは百も承知。
やはり合宿地提供者である古泉の説明を仰ごうとしたその時、それも遮って一際ご機嫌に
 「今年は幽霊が出る事で有名な旅館なんだってね!?古泉君!」
と言い放つハルヒ。朝比奈さんの顔がみるみるうちに青ざめていくのがハッキリと確認できる。
しかし、幽霊旅館とはどういう冗談だ?古泉。
 「いえ、一字一句間違いないですよ。紛うことなき幽霊が僕達を迎えてくれることでしょう。」
ハルヒは終始上機嫌。朝比奈さんは見てられぬ程の顔色。長門は相変わらず本に目を落としたままだ。
 「あの~…今回は私はパスという訳には…」
そんな天使のオーラを纏う朝比奈さんの最後の願いは
 「しあさってには行くことになるから。皆その日から3日間は予定を入れないようにね!それじゃ解散!」
悪魔長の如きハルヒの命令で無視される。

 

なぁ、古泉。幽霊がどうのってどこまでが真実なんだ?
 「やだなぁ。本気にしないでください。そう言っておいた方が前回の時よりも効率よく涼宮さんの退屈を紛らわせられるでしょう?
  つまり今度行くことになるその旅館はそれなりの雰囲気は醸し出しているものの、極普通の旅館ですよ。経営も機関が担当しています。」
それを聞いて一安心だ。朝比奈さんはその10倍の安堵の顔となっている。
 「しかし…相手は涼宮さんですからね。彼女が望めばあるいは…と、注意しておきましょう。」
もう朝比奈さんの顔色をこれ以上説明する必要もあるまい。

 

1学期最後のこの日もやはり、長門の閉じる本が号令となり帰り支度の開始となる。
帰る前に疑問になっていたことを聞いてみてもいいだろう。
 「なぁ、長門。幽霊なんてもの、この世に存在すると思うか?」

 

 「……肉体を持つ生命体でも肉体がなくなれば格納されていた精神が場所を失い、宙を漂うことも考えられる。
  この地球上では進化の水準から人間だけがこれに値する。質量を持つために空気の流れにくい場所に溜まりやすい。
  質量を持つおかげで霧散して消え失せる事を防ぐため物体を拠り所にする本能を持つ。
  一種の思念体であるためにこちらも思念で話しかければ通じることもできる。
  これはこの世界で言うところの“祈り”。宗派、名称は違えどこの行為は全て違いはない。」

 

…だそうだ。
意外と言えば意外だったがここでバッサリ否定されて死ぬと完全に無に還る、なんて言われないだけマシなのかもしれない。
未来人である朝比奈さんが極端に幽霊を怖がるのも納得できるな。
まぁそんな違和感があるのは、俺の中で未来人=超現実主義ってイメージが強いせいでもあるが。

 

で、シャミセン様よ。あの話に何か参考になった点はありましたでしょうか?…と。
 「実に素晴らしい考えだと思うがね。日常に非日常を見出して面白おかしく生きるというのは私には共感できる部分だ。
  人間だって全くそういった物を好まない訳でも無かろうに。」
そりゃテレビで見るような傍観で済ませられるものならまだ笑って済ませられる。
が。これは当事者となって厄介ごとを自ら背負いに行くようなことなんだぜ?
山道を登るために岩をリュックに入れる馬鹿はいないだろう?

 

 「その場合はな。リュックに岩を入れないように別の何かで一杯にしておくのさ。」
へぇ。例えば?
 「私がその別の何か、だろうな。この場合。」
…着いてくる気か!

 

 「貸すほどの手があれば良いが。…霊体と会話することくらいなら朝飯前だが。どうか?」
猫は霊的なものとの疎通ができるってどっかで読んだ気がしたのを思い出したが。
しかし。…この場合はいらん特技だ。

 

 

 

つづく

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最終更新:2007年10月01日 02:33