長門神社の猫又


 吾輩は猫である。名前をシャミセンという。
 どこで生まれたかとんと見当も付かぬ。だが、名前があるからには、誰かの飼い猫であった経歴があるということである。それは過去形でもあり、現在進行形でもある。吾輩は拾われて飼い猫となった。今の飼い主はその時の拾い主ではないが、その場にいた者の一人である。
 当時の吾輩は、極めて特異な特徴を有していた。人語を発したのである。それは吾輩が拾われた時に吾輩を選定した者の能力による一時的なものであった。その事実を周囲に知られてはいけないらしく、当時の飼い主はその事実を隠蔽するのに腐心していた事が思い出される。
 それはあくまで一時的なもので、以来至って平穏に、吾輩は普通の猫として時を過ごした。体内に情報生命素子を埋め込まれた事以外は、至って普通に。
 体内に埋め込まれた情報生命素子は、吾輩の肉体と知能に大きな影響を与えた。しかしその影響が判明するのは、埋め込まれてから相当後になってからのことだった。
 埋め込んだ張本人がその事に気付いていたかどうかは分からない。


 吾輩は、今はとある神社の神苑で飼われている。穏やかな時が流れるこの場所を吾輩は気に入っている。
 もう随分長い時間をここで過ごしているが、少しもそのような時間の経過を感じさせないのは、やはりこの神社に満ちた神気によるものかもしれない、などと柄にもないことも考えてしまうのは、この神社の大祭が近いせいかもしれない。
 都市化の波に飲まれることなく、小さな敷地ながらも悠久の時を感じさせるこの神社。
 ここでの吾輩の立場は、いわゆる一つの「マスコットキャラクター」である。御神体を護る『護り猫』兼参拝者を和ませる『眠り猫』。
 「情報生命融合体」だの「キャリア」だの、色々と好き勝手に呼ばれているが、吾輩としては由緒正しい『猫又』という呼び名が気に入っている。
 物の怪が神社の護り猫をしていて良いのかという議論もあるかと思いきや、猫も眠りこけるほどの安穏を体現しているということで問題ない、らしい。


 社務所の縁側でお茶を飲む神職が一人。
 本人の趣味で巫女装束であるが、この神社の開設者にして宮司。吾輩の現在の飼い主にして、吾輩に情報生命素子を埋め込んだ張本人。
 長門有希、その人である。
「……どうしたの。」
 彼女が声を掛けてくる。
「大したことではない。少々、小腹が減ったので、間食を所望するだけであるよ。」
 吾輩は『人語で』返答する。
「……そう。」
 静かに猫缶を開けて皿に盛る彼女。吾輩は皿にかぶりついた。
 猫缶を平らげる吾輩と、それを見つめる彼女。今日も穏やかな時間が流れる。


 「シャミセン」と名付けられてから、およそ300年の時が過ぎた。
 吾輩は今日もこの神社で、無口な飼い主と時折宇宙的な会話を楽しむ猫又としてのんびり過ごしている。


☆探訪情報

【長門神社】
創建:2XXX年
祭神:朝倉涼子命(アサクラリョウコノミコト)
所在:北口前より徒歩5分
イベント:5月には特別大祭あり


タグ:

◆eHA9wZFEww
+ タグ編集
  • タグ:
  • ◆eHA9wZFEww

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2022年01月07日 16:51