10月ももう下旬となり、つい先日までは無駄にはりきる太陽様がうらめしく思えるほどであった残暑も急激に控えめとなるこの時期、多くの人間は一年が過ぎる早さと一月後に到来するであろう師走への憂鬱感を感じずにいられないであろう。もちろん俺もその例外ではなく、毎年行われる来年度の活動方針検討会とやらの準備のため本部へ足を運ぶ機会が多くなることの面倒さを嘆いている今日この頃である。・・・なんて、あいつの真似をして堅苦しいモノローグを語ってみたはいいが、やはり文才のない俺には似合わねえな。この話し方はどうにも肩が凝る。
今、俺はとあるオフィス街の一角にある喫茶店にいる。目的は、もうすぐ姿を現すであろう美しい女性との待ち合わせ・・・といえば聞こえはいいが、ただの上司との仕事の打ち合わせである。クリスマスも近いというのに、色っぽい話とは今のところまったく無縁だ。いやいや悲観するのはまだ早い、あと1ヶ月もあれば素敵な出会いの一つや二つくらい訪れるかもしれん。神よ、我にささやかなる幸福をあたへたまへ・・・!
「はいはーい、そんな君に女神様の降臨にょろよー!」
「・・・・遅いっすよ、本部長」
ようやく現れた女神様・・・もとい、上司である鶴屋本部長にメニューを手渡し、俺はもう冷めてしまったエスプレッソを一気に飲み干す。
「へへ、ごめんごめん。・・・あっすみません、カルピス1つね。濃いめで」
「かしこまりました」
カルピスって・・・ファミレスにきた子供じゃないんですから。
「だって、コーヒーは苦いから苦手なんっさ。まだまだ大人の味はわかんないにょろよー」
「で、なんで遅れたんすか」
「ちょっとねー、みくるんとこに行ってたっさ!この前ハルにゃんにSOS冬合宿用の場所提供できないかって頼まれててさー。んで、とりあえず目ぼしい宿見つけといたからみくるにそこのパンフを渡してきてたんさ」
「もう冬休みの計画?あいつは相変わらず行動が早いやつだ・・・。ちゃんと、そこはあなたのとこの別荘ってことにしてあるんすね?」
「もちろんっさ!まあ、本当は機関の運営費でとりおさえてるとこなんだけどね!ハルにゃんたちにはうちは資産家のとこのお嬢さんって設定になってるから、うちの別荘ってことにしてるよ」
「ならいいんすけど・・・。ところで、今年はアレ・・・大丈夫なんすか?」
「ああ、去年の有希っこの件かい?いまのとこ、他のTEFIからは何の警告もないし、もしまたそれが起こる危険性があれば今頃思念体が黙ってるわけはないからねぇ」
たしかに、彼女の言うことは正論だ。だが、雪の降る季節になると長門有希の状態がやや不安定になるのも事実だ。やっぱり、どうしても不安になってしまうんだよなぁ。
「・・・でもさ、こんなこと言っちゃうのは機関運営部の本部長としては失格だろうけど・・・正直、有希っこが改変してしまったあの世界、あたしはそんなに嫌いにはなれないんだけどね。キョンくんには、ちょっと失礼な話だけどさ・・・」
「お待たせしました」
ここで、店員が彼女の頼んだカルピス(濃いめ)を運んできた。まったく、俺がしゃべろうとしてるタイミングで持ってくるなよ、空気嫁。
・・・本部長。実は俺も、あの改変世界の俺が少し羨ましいんです。機関や情報統合思念体や未来人や、そんなしがらみなど一切無く、普通の一男子高校生としてあいつらと馬鹿やって過ごす。もし、俺に涼宮ハルヒや長門有希のような力があったら、去年のあいつと同じようなことをしていたかもしれない。
なんてことは、今言いそびれてしまったからもう言わないがな。だが、きっと本部長も普通の女子高生として過ごしていた改変世界の自分に多少なりとも憧れているのであろう。そう思ってしまう気持ちは、同じような立場である俺には痛いほどよくわかる。
「そんなことよりっ。冬になって精神不安定になるのは有希っこだけじゃないにょろ~?クリスマス前だってのに、恋バナのひとつやふたつないんかい~?チミは」
そんなことって・・・仕事でしょうがっ。あなた今日何しにここにきたんですか?
だいたい、そんな浮ついた話がこれっぽっちもないからさっき女神様に祈ってたんじゃないすか。そういうあなたこそ、色恋沙汰はどうなんすか?
「あたしかい?そりゃあもう、てんでさっぱりだねぇ~あっはっはっは!」
「あっはっはって・・・」
「まあまあ、君もあたしもクリスマスは暇みたいだし・・・どうだい?いっしょに過ごすかい?」
遠慮しておきますよ。っていうか、どうせまたSOS団でパーティでもやるんでしょうし、『大勢のほうが楽しいから、ついでに』みたいな「ついで要員」として俺とあなたも呼ばれるでしょうから、案外クリスマスは暇でもないんじゃないすか?
「なんだいっ、こんな美女の誘いを断るっての?・・ははあ・・・・・・・まだ、彼女のこと好きなんかい」
「・・・・・・・・・・・前にも言ったじゃないすか。俺はあの女に5分でふられちゃってる記録の持ち主なわけで。今更どうこうする気にゃなれませんよ。・・・・・・・・・それに、今のあいつには・・・キョンがいるし・・・」
「おやおや、キョンくんにやきもちかい?まあ、あたしはそのことでとやかくいう気は無いけど、仕事に支障をきたすことはしないどくれよ?・・・・・・本部長補佐、谷口くん」
そう、俺は機関運営部本部長補佐であり、同時に涼宮ハルヒの監視と保全という現行最重要任務の最前線に立っている諜報員古泉一樹の監査役を務めている。このことは、キョンや朝比奈みくる、生徒会長のような機関外関係者はもちろん、古泉本人にも知らされていない。機関には、古泉のような超能力をもたない人間も少なからず存在している。俺のように潜入捜査に長けている者もいるし、情報収集能力に長ける者、対神人戦術を考案する者など、超能力だけでは補えない分野をカバーするために多くの優秀な人材が集められている。本来、涼宮ハルヒの監視役として俺が任命されており、実際中学時代からずっとあいつと同じ学校に潜入していたのだが、高校入学後間もなく思念体と未来人の2大勢力が接近してしまったために急遽能力者である古泉を転校生として入れた。古泉は俺の存在を知らないため、その監査役としてはまさに俺は適役である。
というのが、表面上の理由であるのだが、早い話が俺は涼宮の監視役を降ろされたのだ。
・・・なぜかって?簡単な話だ。
俺は、監視対象であるあいつに恋愛感情を抱いちまったうえに、告白までしてしまった。
すぐにふられたからよかったものの、一歩間違えれば世界の崩壊に繋がりかねない危険な行動だ。普通ならば、俺は即刻監視対象から引き離され、厳罰処分を受けても仕方が無いような失態だ。しかし、そんな俺のことを査問委員会でずっとかばい続け、上の人間にしつこく掛け合ってくれた人物がいた。それが、今俺の目の前におられる鶴屋本部長である。未だに俺がこうしてこの任務の重要な役目を背負う立場にいられるのも、彼女のおかげである。
本当に、部下思いな方だ。まったく頭があがらねえよ。
「『部下思い』・・・ねえ。はあ、君もキョンくんと同じなんだねぇ・・」
・・・は?よく意味がわかんないんすけど。
「もう、いいっさ・・・・・それより!橘さんはじめとする敵対勢力が最近めがっさ不穏な動きをみせてるみたいだからっ、しばらくは気合入れていくにょろよっ」
不穏な動き・・・ねぇ。未だに天蓋領域のスペックも未知数なわけですし、あまり気はぬけないっすね。そろそろ、やつらが何か仕掛けてきそうな気もしますしね。・・・いや、ただの勘ですが。
「まっ、この件が一段落ついたら、そのうちゆっくり飲みにでもいこうっさ!いい店しってるんだよね~!」
こらこら未成年でしょうが、あんた。
・・・・ま、たまにはいいっすね。じゃ、キョンたちも呼んで盛大にいきますか!
「はあ、この馬鹿にょろっ!」
痛ッ・・・何するんすか!伝票で殴んないでくださいよ。
「鈍感は立派な罪にょろよ!じゃ、罰金てことでお会計よろしくっ」
まったくわがままな人だなぁ。まあ、別にカルピス1杯くらいいいけどよ。
・・・一段落ついたら、か。
俺は、これから来るであろう橘たちとの抗争を思うとやや不安であった。俺たちは、本当にキョンや涼宮たちを守れるのであろうか・・・・
まあ、今考えても仕方ない。
まだ何も起こっていないこの平和な時間を、今は大切に生きよう。
そんなことを考えながら、俺は二人分の会計を済ませるべく伝票を手に取った。
「カルピス高っ!!」
最終更新:2007年10月28日 09:41