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目が覚める。
辺りを見回す。
何もない部屋を。
 
現在、午前7時。
普段なら、布団から抜け出して、学校へ行くための準備をするのだが、何故だか気が進まない。
 
頭が痛い、様な気がする。
風邪を引いている、みたいだ。
いや、体調自体は悪くないのだろう。至って健康だ。
これは1種の、気の病のようなものだ。
 
じゃあ、何故?
何が私の気を病ませているの?
 
答えは簡単だった。
でも、答えたくなかった。
 
昨日の、彼と涼宮ハルヒの姿を思い浮かべる。
怒っていても、溜息をつきつつも、心の奥底の楽しさを隠しきれていないあの2人。
 
それは、今まで私が読んだ、恋愛小説の中の『恋人同士』の関係に近かった。
いや、本人達には自覚はないのかもしれない。
しかし、周りから見るとそれは紛れもなく『恋人』の関係だった。
 
この時、私が感じた思い。
悲しくて、苦しくて、心を貫きそうな感情。
 
これが嫉妬というもの?
恋愛小説の中で似た様な情景を見たことがある。
それがこんなにも辛いものだったなんて・・・・・・。
 
 
 
私は布団から抜け出すと、朝食を作るのでもなく、服を着替えるのでもなく、電話の受話器を手に取った。
そして、北高に電話をかける。
 
体調が優れないので本日は欠席いたします、と。
 
何をやっているの?
 
心の奥底の自分が叫ぶ。
そう、私は何をしているの?
これじゃ、彼に会えない。
もう残された時間は少ないというのに・・・・・・。
 
これでいいのよ。
 
心の奥からさっきとは相反する、別の声が聞こえてくる。
その言葉は、私の心の全てを覆い尽くす。
さきほどまでの思いも消し去ってしまった。
いいんだ、これで。
 
 
 
昨日、彼が帰った後、1人でじっくり考えてみた。
そして、分かった。
 
私はここでは異世界人。
いつかは必ず元の世界に戻らなければならない。
彼に会って、彼の事を想っても、その想いが報われることはない。
 
それなのに、私1人で勝手に舞い上がって、喜んで、興奮して・・・・・・。
馬鹿らしい。こんなこと、全く意味がないというのに。
 
ああ、もう1人の私が帰ってこなかったらいいのに。
そしたら、私はこちらの世界でずっと過ごしていける。
彼ともずっと一緒にいれる。
なのに・・・・・・。
 
彼の、もう1人の私を見る眼を思い出す。
彼女の事を心から心配し、彼女がこちらの世界に戻ってくることを激しく願う、そんな思いに満ち溢れていた彼の眼を。
 
何で?
何でそんな眼をするの?
私がここにいてはダメなの・・・・・・?
 
 
 
最低だ。
今の私、それは嫉妬に狂い乱れた、紛れもなく最低の女だった。
よくある恋愛小説の中だけじゃない。
ここにも、そんな女はいるのよ・・・・・・。
 
 
 
さて、これからどうしよう。
どうせ、やることもないし・・・・・・。
 
私は、通学用の鞄から、ノートパソコンを取り出し、電源を入れた。
せめてこの小説だけは終わらそう。
こちらの世界での唯一の思い出にしよう。
 
デスクトップが現れるやいなや、砂時計が消えるのも待たずに、書きかけの原稿を表示させる。
そして悲しみや、苦しみや、憎しみの念を一旦心の中から消去して、私はキーボードに手を置いた。
 
 
 
 
 
文芸部誌の締め切りも間近へと迫っていたある日、私は1人で部室にいた。
 
今日は、晴美は陸上部の大会が近いということで、そちらに行っている。
勿論、原稿は仕上げ済みだ。
 
そして、恭平はというとまだ来ていない。
というか、もう3~4日彼の姿を見ていない。
 
恭平は学校にすら来ていなかった。
恭平は、部活はサボっていても学校をサボることはなかった。
ということは、本当に体調を崩したのだろう。
私は少し、いやかなり心配していた。
大丈夫かな・・・・・・。
 
その時、急に部室のドアが開いた。
 
「うっす!久々に参上仕ったぜ・・・ってあれ?美樹だけ?」
 
え・・・恭平?
大きな音を立て私を驚かせたドアの向こうには、何やらたくさんの紙束を持った恭平が立っていた。
 
「そう、私だけ。というか何で恭平がここにいるの?学校、休んでたでしょ?」
 
「休んでたぜ。だけどな、この作品が出来上がったらよ、いてもたってもいられなくなったから、つい家を飛び出してきちまったぜ。」
 
そういう彼の格好は完全フリー、いわゆる私服という奴だ。校則を著しく侵している。
 
「はぁ~・・・頼むから、これ以上私に迷惑をかけないでよ。」
 
「いいじゃねぇか、人がどんな格好でここに来ようとよ。今日、俺は勉強しにここに来たんじゃねぇしな。」
 
「そう。で、何しに来たの?」
 
「は?だから言っただろ?これだよ、これ。」
 
そう言って、恭平は持っていた紙束を突き出した。
 
「重村恭平作、本格ミステリー第一弾、『消えたワイングラス』だぜ!」
 
その紙束には、ワープロで打たれた字が並んでいた。
 
「いや~最初は興味本位だったんだけどよ。書き出したら止まらなくなっちまって。つい学校に来るのも忘れて、没頭しちまったよ。」
 
・・・呆れた。つまり、この男はこの原稿を仕上げるだけのために学校を休んでたの・・・・・・。
 
「どうだ、読んでみろよ。なかなかの名文だぜ。」
 
恭平が書いた「消えたワイングラス」なる物語は、そこらへんのミステリー小説をかき集めて、それを混ぜ合わせたようなものだった。
ただ、物語の中心となる、事件のトリックは自分で考えていたらしく、またそれはかなり凝ったもので、実際、解答編を読んだ私はあまりの出来につい唸ってしまった。
 
「・・・ふ~ん、あなたにしちゃなかなかの出来ね。」
 
得意げにこちらを見ている恭平にこう言ってやった。
 
この時まで、私も恭平の作品という思いがけないものを見ることが出来たことに喜びを感じ、気分も良かったのだが、次の瞬間、それはつまらない気分へと変わった。
 
「だろ?やっぱりな。ま、俺もやれば出来るって事よ。あ~あ、晴美にも早く見せてやりたいぜ。あいつ、なんて言うだろうな?」
 
え・・・・・・?
 
「・・・ん?い、いや、あいつ、いつも俺の事、馬鹿にしてるからな。少しギャフンと言わせたいだけだぜ?別に・・・ただそれだけだよ。うん。」
 
私の表情の変化を感じたのか、やけに慌てた口調で話す恭平。
動揺が隠しきれていない。
 
やっぱりね。
やっぱり、恭平は晴美のことを・・・・・・。
 
3人で同じ部活をやっていると、どうしてもこんなシーンに出くわしてしまう。
恭平と晴美がお互いを意識しつつも素直になれなくて、ふとある拍子につい本音が出てしまうと、それを慌てて訂正する、そんなシーンに。
 
私の思い違い?
そんなことはない。
じゃないと、2人が付き合っているなんていう噂なんか流れっこないもの。
 
先ほど言ったように、私は恭平の事が好きだ。
でも、この想いは心の奥に閉じ込めて鍵をかけている。
 
この想いを伝えたい、そう思ったこともあるが、それは昔の話。
そんなことしたら、私達三人の関係はめちゃくちゃになってしまう。
私の唯一の親友がいなくなってしまう。
私の居場所がなくなってしまう・・・・・・。
 
それが怖かった。
 
なのに、恭平への想いは消すことが出来なかった。
我ながら、諦めの悪い女だ。
 
 
 
「じ、じゃあ、この原稿、印刷してくるからね。」
 
2人の間に生まれた気まずい空気を振り払うようにして、私は恭平の原稿を印刷するべく、部屋を飛び出した。
 
「お、おい美樹!ちょっと話したいことがあって・・・」
 
後ろで恭平が何か言っていたようだが聞こえないフリをした。
 
 
 
「あ、美樹。今、練習終わったから、後で少し部室行くからね。締め切り近いんだし、美樹1人じゃ、大変でしょ?」
 
印刷室への道を歩いていると、陸上部の練習を終えた晴美と出会った。
私は、恭平の事を教えるべきかどうか、少し悩んだが、晴美に嘘をついてはいけないと思い、こう伝えた。
 
「あ、1人じゃないよ。今さっき、恭平がきたから。まあ、あいつがいても、大変なことには変わりないけど。そうそう、何か、恭平が原稿仕上げてたよ、ミステリーもんの小説を。」
 
「え!?恭平が!?あいつしばらく学校来てないと思ったら、そんなことしてたの!?全く、ほんっとうに馬鹿ね!!1つのことに集中したらそれしか出来ない、まるで猪みたいな奴だわ!」
 
と怒る晴美だが、どこか嬉しそうにも見える。恭平の作品が楽しみなのだろう。
 
はぁ、またか。
嫉妬心が芽生えた私は、それから晴美には何も言わずにその場を後にした。
 
 
 
 
 
ふぅ、ひとまずこれくらいにしとこう。
 

現在午後12時。

 

もう打ち始めて5時間近くも経ったことになる。
これだけの文を書くにしては、遅すぎるのかもしれない。
私は、タイピングの速度が遅いので、どうしても時間がかかってしまうが、今回はそれだけではない。
 
実をいうと、今の私は、恋愛小説など書きたくない。
自分が1つの恋を諦めたのに、何故、他人の恋話など書かなきゃいけないのだろう。
 
しかし、どうしてもこれだけは仕上げたかった。
もしやめてしまったら、自分からも逃げているようで情けなかったからだ。
 
書いてはやめ、しばらくぼーっとして、そして思い出したように書き始める、そんな感じで、ここまで何とか進めてきた。
だから、ここまで時間がかかったのだ。
 
 
私は一旦パソコンをシャットダウンさせると、適当な昼食をとることにした。
メニューはレトルトのパスタ。
私にはレトルトものぐらいしか作れない。
 
そして、その後、何故か猛烈な眠気に襲われた私は、昼寝をした。
ずっと画面を見つめっぱなしだったので疲れていたのだろう。
だから、目を閉じると、すぐに寝付いてしまった。
 
 
 
そして、私は夢をみた。
どんな夢だったか、くわしい内容は覚えていない。
ただ、それはまるで今の自分の無力さと無意味さを象徴するような、そんな悪夢だった、それだけは覚えている。
 
そして、その夢がきっかけにでもなったかのように、心の奥に追いやっていた嫉妬の心が、また私を支配する。
 
パソコンを起動させる。
原稿を表示させる。
私は、今の思いをぶつけるようにして物語を進めた。
 
それは、私が心の中で考えていたものとは違う結末になった。
 
 
 
 
 
印刷が終わった。
恭平の原稿はかなり長いものだったので、印刷したもの全てを1人では運びきれない。

あとで、恭平と晴美にでも手伝ってもらおう。

 

とりあえず、持てるだけの原稿を持って、フラフラしながらも部室へと向かった。
 
 
 
部室に辿り着いた私は、両手が塞がっていて、ドアノブを回せないことに気が付く。
中の人に開けてもらおう。
そう思い、声を出す。
 
「お~い、誰か・・・」
「俺は、お前の事が好きだ!!」
 
・・・え?
 
私は、一瞬、自分の耳がおかしくなったのかと思った。
 
「ずっと前から・・・お前にこの部活を勧められたときから・・・・・・。」
 
「・・・・・・恭平。」
 
私の耳は正常だった。
部屋の中から、ちゃんと恭平と晴美の声が聞こえる。
 
「ずっと我慢してきた。美樹に悪いと思って。でも・・・もう我慢できねぇ!晴美、俺はお前が好きなんだ!俺は、この気持ちを隠したくねぇんだ!」
 
「・・・でも、美樹が・・・・・・。」
 
「大丈夫だって!きっと、あいつも分かってくれる。それに、俺達が今までどおりに接してやれば、それでいいだろう?」
 
「・・・・・・。」
 
「で、返事はどうなんだ?」
 
「・・・・・・私も、あんたのことが・・・・・・。」
 
 
 
その先は分からない。聞いていない。
 
私は、持っていた原稿を全て床に落とすと、そのまま走り去った。
行く当てもなく。
 
いつかはこうなると分かっていた。
心の中で覚悟もしていた。
 
でも・・・やっぱり辛かった。
辛くて、悲しくて、胸がいっぱいになった。
 
涙。
涙が自然と溢れ出す。
 
私はその水滴を拭いもせず、ただ走り続けた・・・・・・。
 
 
 
 
 
「美樹、例えバラバラになったとしても、私達はずっと友達よ!」
 
晴美が、目に涙を浮かべながら、私の手をとる。
 
「・・・・・・うん。」
 
生返事を返す。
 
 
あの日から数ヶ月、私の高校生活は終わった。
あまりにも早く、あまりにもあっけなく。
 
今日は、卒業式の日だったのだが、それも1時間ほど前に終わった。

今、私は、晴美と恭平との別れの時を迎えている。

 

晴美は県外の有名校、恭平は作家になるための専門学校へ行くことになった。
恭平は、あの作品を書いて以来、作家デビューすることを目指している。
私はというと、市内の普通の公立校。
2人と違う場所をあえて選んだ。
何故だか、よく分からないけど・・・・・・。
 
晴美と恭平は、あの日から正式に付き合い始めた。
ただ2人とも、私に気を遣っているのか、部室では、全く恋人同士のような素振りを見せなかった。
普段どおりに接してくれた。
 
それはそれで嬉しかったのだが、逆に悲しくもあった。
私の見ていないところでは、2人が仲良くしていることを思うと、胸がキュンと痛んだ。
 
しかし、私は成長した。
恭平への思いを完全に断ち切ったからだ。
あの2人のことを思った時の痛みも、今ではほとんど感じない。
 
晴美も、恭平も、私と仲良く接してくれる。
それだけで十分。
私達は、ずっと親友よ・・・・・・。
 
 
 
「じゃあな、美樹。俺の作家デビュー、楽しみに待ってろよ!」
 
恭平が私に向かってこう言う。
そして、晴美の手を握って、校門へと歩き出す。
私の前で見せる、初めてのカップルらしい光景だった。
 
「・・・じゃあね、美樹!バイバイ!」
 
涙を流しながら手を振る晴美を、面倒くさそうにひらひらと手を振る恭平を、私はただ立ち尽くし、ずっと見つめていた。
 

涙は出てこなかった・・・・・。

 

    Different World's Inhabitants YUKI~カヨウビ(その三)~~続く~

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最終更新:2020年03月13日 01:25