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 いよいよ年の最後の月に入り、高校生たちが二学期の終わりを楽しみにすると同時にテスト勉強に励んでいる中、
彼らは今日も駅前に集い、馴染みの喫茶店へ足を運んだ。
 五人の中でも一番活発的な女友達Aは、いつもと違う刺激を求めてある提案をしだした。
「今日は、どっか遠い所に行ってみない?」
 
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 十二月一日。一年の終わりの月。ディセンバー。
 街は真冬を感じさせる人の雑踏が溢れている。この土曜日にも涼宮ハルヒ創造SOS団の義務化した休日行事、不思議探索のためにわたしはマンションを出た。
 不自然に思われぬよう、コートを羽織って。わたしには体温調節機能が設けられているから、別に要らないのだけれど。
 
 午前八時半ジャスト。パーソナルネーム古泉一樹を駅前で確認。たまにわたしより先に到着している、律儀な人間だ。
 その十二分五十二秒後。涼宮ハルヒがパーソナルネーム朝比奈みくると一緒に駅前到着。
 これは、その時の音声記録。
「さっきばったりみくるちゃんと会ったのよ。で、やっぱりキョンはまだなのね……。」
「待ち合わせ時刻は九時ですし、彼は朝に弱いようですから仕方が無いんじゃないでしょうか。」
「ダメよ古泉くん、苦手なものは克服していかないと、どんどん人間はダメになっていくわ! キョンも苦手なことを無くしていかないとダメ人間になっちゃうもの。」
「なるほど。」
「誰がダメ人間だと言うんだ、おい。」
 彼が駅前に到着。今日は珍しく――わたしが観測した限りの情報では――八時四十四分三秒と、早い内に到着した。
「あらキョン、今日は珍しく早いのね。特別に罰金は無しにしてあげるけど、喫茶店代は払ってよね。」
 彼が「罰金無しになってないじゃねぇかっ!」と言いたげな表情で涼宮ハルヒを見て、その後に小さく溜息をついて肩をすくめた。
「とりあえず喫茶店に入りましょ。立ち話も寒いしねっ。」
 わたしたちはカランカランと音をたたせて喫茶店の扉を開き、店員の案内の許、それぞれ椅子に腰掛けた。
 
 
 
◆◆◆◆◆
 
「十二月に入ったってことで、今日はどっか違う場所に行ってみない?」
 それが席に着いたハルヒの第一声だった。まず”十二月突入”と”違う場所に行く”という言葉の関連性から説明してもらおうか。
「それでね、今日は不思議探索は中止して電車で遠い所へ行ってみようと思ってるんだけど、どう?」
 この女め、俺の話は無視か。とことんマイペースだな、くそっ。
「何か行く場所の当てがあるんですか?」
「ううん、ないけど。何処か行きたい場所ある?」
 もう必然と言っていいだろうが、ここで突然挙手した後に立ち上がって「○○に行きたいです!」なんてことを言う好奇心旺盛な奴なんかこの団――ハルヒを除いて――には居ないわけで、だからハルヒの意見が押し通されてしまうってのが俺たちの日常のプロセスになっている。
「うーん……あっ、そうだ!」
 ハルヒは目にいつもの輝きを潜ませ、人差し指を顔の前に持ってきて、
「休日の遊び場所の代名詞、遊園地なんてどうかしらっ!」
 と希望に満ち溢れたような表情を浮かべて提案してきた。どうせ否定しても押し通すんだろうに。
「思い立ったが吉日よねっ!早速行きましょ。」
「待てハルヒ、一体何処の遊園地に行くというんだ?」
「ああそういえば。」
 というのは古泉の前置きで、手をポンと叩いた後に、
「僕の遠い親戚に遊園地を経営していた人が居たのを思い出しましたよ。ここから八駅ほど離れていますが、そこはどうでしょう。」
 とことん『機関』の力は絶大だなおい。お前らはハルヒの動きを予測出来るのか? 限りなく不自然なのは今や問題ないだろうから、目を瞑っておいてやる。
「本当ね古泉くん! じゃあそこへ行きましょう!」
 そうなんだ、この涼宮ハルヒという女は楽しけりゃなんでもいいのだ。不自然とか違和感だとか、そんなもんは塵同然なのさ。
 
 その場の成り行きで電車で揺られること八駅分。駅のホームを出ると、目線の一直線上に十分の一ほどに縮小された観覧車が視野に飛び込んできた。
「あれがそうなのね。みんな、今日は思いっきり遊び尽くしちゃいなさいっ! 今日は大出血サービスよ!」
 誰が大出血するんだか。
 そう言ってから駆け出すハルヒに、朝比奈さんと古泉が続いて俺と長門も後を追う。やれやれ、今日も盛大に疲れそうだ。だが個人的にもそこそこ興味はある。遊園地なんて何年振りだ? ずいぶん昔に妹がキャッキャとはしゃいでいたくらいしか覚えてない。
 
 
 十分ほど歩いたか。俺らが歩を進める度にゆっくりと、確実に大きく見えつつあった観覧車は、遊園地到着後にもう一度顔を見上げて見ると風貌ある巨体でしっかりと地面に直立していた。
 受付で入園権五枚をひらひらさせて持って来た古泉はそれらを配り終わったと思うと、
「それでは、行きましょうか。」
 と珍しく先陣を切って歩き始めた。ハルヒはさっきからずっと変わらずニカニカとした笑顔で、朝比奈さんはワクワクとした子供っぽい――そしてなにより可愛らしい――表情を見せてくれ、長門も心なしか面白そうにそれぞれのアトラクションを注視しているように見える。
 俺もニヤニヤした顔になっていたのかもしれないな。さっきから高い声の奇声と轟音のハーモニーを奏でているあのジェットコースターにも興味がある。妹も連れてきてやりたかったな。
 遊園地内は休日ということもあって、親子連れの客がほとんどだった。なんとなく子どもたちのワイワイと騒ぐ声も心地良いね。妹の面影を感じるからなのかもな。
 そんな脳内モノローグを続けていると、子どもたちと混ざっても不審がられないんじゃないかと思うくらいはしゃいでいる我等が団長さんが言い放った。
「ね、ねねっ、ねぇ! 最初は何に乗ろうかしらっ! うんと、じゃああれに決定! みくるちゃん行くわよっ!」
 朝比奈さんの手首を掴んでジェットコースター乗り場に一目散に走って行る二人の姿は雑踏の中へ消えて行った。
「では、僕はちょっとだけ用がありますので、数分ほど失礼しますね。」
「お前の組織関係か?」
「ふふ、ご察しの通りですよ。本当にちっぽけな用ですので、どうぞ遊戯をご堪能ください。では。」
 古泉のニヤケ面も奥の方へと消えて行った。……さて、何故か俺は長門とのツーショットの時間が与えられたわけだが。
「……長門、興味あるか?」
「…………」
 長門は何かそわそわしている。どうしたんだ? まさかまた地球外から運ばれてきた珪素なんとかウィルスが居るとか言うんじゃないだろうな。
 
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 彼らが訪れた場所。そこは休日なこともあってか、耳に余るほど子供達がガヤガヤ騒ぐ声で満ちた遊園地だった。
 彼女にとって初めて訪れたその場所は、彼女の興味をそそり、そして彼も嬉々を感じさせる笑みをこぼしていた。
 
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◇◇◇◇◇
 
 似ている……いいや、全く同じと言ってもいい。今日のこれまでの出来事は、ことごとくこの本の描写と一致している。
「長門、どうした?」
 彼がわたしを呼んでいる。でも、まだ続きが読めていない。
 
 ――この本の通りに動けば、全て上手くいく。
 
 そんな感情が、わたしの心の片隅に置かれた。その根拠はない。その理由はない。ただの直感。とりあえず、わたしは続きを読まなくてはならない。
 すぐに栞を挟んだページを開く。そして、速読する。
 
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「じゃあ何に乗る?」
「……あなたが選んで。」
「俺がか? うーんと……じゃああいつらが乗ったジェットコースターでもどうだ?」
「うん、それでいい。」
 彼は「じゃあ決まりだな」と言って彼女を誘うように駆ける。彼女も、誘われるように駆けた。
 
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◆◆◆◆◆
 
 あの……長門さん? 黙ったかと思えばすぐに本を広げちゃって……どうしたんだい?
 俺がもう一声かけようとすると、パタン、というお馴染みの効果音が聞こえてようやく長門がこっちを見てくれた。
「えーとだな、何に乗りたい? それともそれ読んでるか?」
「……あなたが選んで。」
「俺がか? いいのか、それでも。」
「そう」
「そうか、ならあのジェットコースターはどうだ? 結構スリリングで面白いぜ。」
 長門は一瞬目を見開いたあと――珍しい表情だな――に肯定の仕草を見せてくれた。
「じゃ、行こうぜ。」
 
 俺たちは首尾よくジェットコースターの最後列に乗ることが出来た。最前列の方を覗いてみると、ハルヒが片手で朝比奈さんの細い腕を掴んで離さず、ニンマリとした笑顔で輝きを放っていて、その隣の朝比奈さんはというと「これから何が始まるの?」といった表情を隠せず、いかにも不安そうな顔をしていた。
 席に座ると、シートベルトらしき黒物体が降りてきた。いつも思うけど、なんかこれじゃあちょっと心配になるよな。
 段々ビビってきた心を紛らわすため、目線と左へ落としてみる。そこにはいつも通りの長門がいつもの表情で、そして腕には本を……っておいっ! 本は置いて来いよ、長門!
「……平気。」
 まあバレなきゃいいのかもしれないな。その代わり、しっかり持ってろよ? その大事な本。
「了解」
 
 カタカタカタカタとまるで俺の心臓を叩くような音をたてて上がっていくジェットコースターはまだまだ上るのをやめようとしない。おいおい、何処まで上るんだよこれ。
「……高い。」
 長門の可愛い感想が漏れた。それは俺もさっきから身に感じてるさ。どうして最高潮の高さに達した観覧車のゴンドラの中の人と目が合うんだよ。ここまで高いのは生まれて初めてだぞ、おい!
 最後列だから何処までレーンが続いているのか確認できない。何処までも笑顔なハルヒと顔を真っ青にして硬直している朝比奈さんを伺い見ても、何ひとつ情報を得ることが出来ないぜ。
「……来る。」
 長門が降下の合図を知らせてくれた。出来れば一生来ないで欲しかったのだが、冷静に考えるとそれもかなり危ういことなので俺は思考するのを放棄して必死に耐えてみることにした。乗らなきゃ良かったぜ、チキショウ。
「キャーッ!!」
「きゃあああああああぁぁぁぁれぇぇぇ~たすけっ……きゃあああああぁぁぁっ!!」
 視界が遮断された世界で二人の叫び声が聞こえる。俺は目を瞑っているから視界ゼロなのさ。
「…………」
 長門の無表情顔が見なくとも察することが出来る。もしかすると「これのどこが楽しいんだよ。それに隣の男は何故目を瞑ってるんだアホみたい」なんて思ってるのかもしれないけどな。
 
 一分ほどの地獄を味わったあとに、放心状態の朝比奈さんを引き連れたハルヒと合流した。
「すごかったわね、今の! みくるちゃんなんてもう顔がすごかったんだからっ!」
 お前は朝比奈さんの顔を伺う余裕まであったのか。是非お前が怖がるものが知りたいね。今後、何かに利用できそうだ。
「もっかい乗りましょ、ほら行くわよみくるちゃん!」
 硬直したままの朝比奈さんがもう一度ハルヒに引っ張られてコースターに乗り込む。ご愁傷様です。
「あんたらも乗ったら?」
「遠慮しとくよ。」
 トラウマになっちまったら困るしな。
 
 
 丁度良い場所にベンチを見つけて、そこに座ってハルヒたちを待つことにした俺は大きな溜息をこぼす。ただの安らぎの一腹というやつだ。
「おや、お二人ともまだ何にも乗ってないんですか?」
 ずいぶん早かったな、古泉。
「ちっぽけな用だって、言ったでしょう? ちょっとした挨拶をしてきたんですよ。」
 この遊園地にもお前らの組織のエージェントたちが散乱してるのか?
「ええまあ、少々。ですが気に留めなくて大丈夫です、たった数人ですから。」
 最初から気に留める気はない。というか、俺が気に留める理由はないね。そんな役はハルヒだけで充分だ。
 古泉はふふふと不適な微笑を浮かべる。どうせ、それでは意味がないですよ、とか言いたいんだろ? 今のはジョークだ、気にするな。
「おっ、みんな集まってるわねっ! やっぱり全員で行動した方が楽しそうだわ、みんなで行きましょ!」
 もはや人形と化してしまった――巨乳美少女というオプション付きの置物だが――朝比奈さんの先を歩いて団長さんが帰ってきた。
 まず朝比奈さんの生死の確認をしなければならないかもしれない。
「で、次は何に乗る?」
「涼宮さん、あれなんかどうでしょうか?」
 まるで訊かれるのを待っていたかのように古泉が即答で提案した。人差し指を向けたその先にあったのは、ゆっくりと回る大きな円――観覧車だ。
 
「ふふん、こういうゆっくりしたのもいいわよねっ、早速乗りましょ!」
「ちょっと待てハルヒ。そこの定員数をちゃんと見ろ。」
「定員数? えーっと、四人……?」
「そういうことだ。つまり一気に全員は乗れないようだ。」
「えーっ? 仕方ないわね、じゃあ二つのペアに分かれましょ。」
 ここで俺は勝手な妄想を始めた。アトラクションの説明を見ると、一周十五分と書いてある。観覧車といえばゴンドラがあるな。ゴンドラといえば個室だ。その個室の中で、もし男女が二人っきりの状況になったらどうなる? しかも十五分間も。いや卑猥なことなんて考えてないが、この美少女三人の内どの人とペアになっても、俺は精神的な急勾配にに侵されちまうだろうぜ。
 ハルヒはどこからか五本のクジを取り出して、引け、という合図を送る。直感でクジを引いてみると赤い印が目に飛び込んできた。落ち着け、俺。赤い印ってことは二人のペアだ。ってことはだな、ってことはだな……!
 
 
 
「高いですねぇー、街が一望できますよ。ほら、見てください。……あ、もしかして高所恐怖症ですか?」
 何たる神様のいたずらか。それともハルヒの陰謀か。ああ、神とハルヒは同義だったか? まあそんなことはどうでもいい、俺が言いたいことは何故こいつとペアになっちまったんだってことだ。
 天国が見え始めたところでまた地獄に叩き落されちまったぜ。
「もしかして、僕と一緒になって残念ですか?」
 別にどうもでいい。どうせ俺にデメリットはないし、俺とお前との間には結構な信頼関係があると思ってるしね。少なくとも残念とは思ってないさ。
「それは光栄です。ほら、涼宮さんが手を振ってますよ。」
 光栄なら光栄で、もうちったぁ嬉しそうな顔をしろ。お前は常時ニヤケ顔でないと死んでしまう呪いでもかけられているのか?森さんあたりに。
 古泉はいかにも紳士的な雰囲気を醸し出しながら女性三人が乗っているゴンドラに手を振っている。とりあえず俺はこの景色で残り数分を楽しむことにしよう。
 さっきの恐怖にまみれての見物ではなく、このゴンドラ内という安全地帯で。お、ジェットコースターの奴と目が合った。……グッドラック。
「ああ、そうだ。」
 古泉が俺の心地よい気分を打ち破ってきた。なんだよ、唐突に。
「長門さんのあの厚い小説……詳細が解かりましたか?」
「いいや、まだ何も。ん、何故お前がそのことを?」
「あなたと長門さんの会話を聞き逃すわけがないでしょう? この僕が。」
 盗み聞きかよ。なんか誇らしそうだが、それは良いことではないぞ。むしろ悪趣味だ。
「僕としても興味がありましてね。機関の監視対象としてではなく、僕一個人として。」
 ほほう。だが、長門はお前に教えてくれるだろうかね。俺はもう見せてくれるという約束を交わしたんだぜ、ザマミロ。
「そんな水臭いことを。もし解かったら教えてくださいよ?」
「分かったよ、いつかな。」
 古泉は安堵した顔で肩をすくめた。そんなに気になるのか? まさかお前、長門のことが……?
「馬鹿なこと言わないでください、僕は悠長に恋をしていられる身ではありませんから。そうですね……ある意味で、涼宮さんのことで頭がいっぱいですよ。」
 古泉が微笑するのに釣られて、俺も笑みをこぼした。……たまにはいいな、こういう世間話というのもね。
 
 
 
 それから俺たちは普通の高校生五人グループかのように――実際そうであって、そうではないのだが――数時間この遊びのテーマパークで楽しい時間を共有した。
 帰りの電車でも今日の出来事を振り返るように雑談をして、いつもの駅前で皆と別れを告げた。
 いつしか俺は、徐々に近づいてくる一年の大イベントを、何の不安要素もなく待つことが出来ている。本当はこれが本来の待ち方だったんだな。ごく普通の一般人として、街が色付いていくのを心ときめかしながら待つのが常識ってもんなんだ。
 無邪気にシャミセンとじゃれ合っている妹を見ていたから、改めて知ることができたぜ。
「サンキュな。」
「え? キョンくん何か言った~?」
「いいや、なんでもない。」
 黄昏るのもこれくらいにしておこう。キザなナルシストと間違われては敵わないからな。

 

 第三頁へ 

 

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最終更新:2020年08月21日 02:15