喫茶店から二十分ほどかけて、僕たちは蝉の声が鳴り響く河川敷へと着いた。  そこに流れる小川はたいそう美しく、僕らの心をより清らかにしてくれる。  などと、どこかのお茶のラベルに掲載されそうなポエムを詠みに来たのでは更々なく、もちろん彼とデートしに来たのでもまったく無い。 

  彼にその気がないように、僕だってブルーセックスになんて興味ないやい。 

 

 

 「……なにをごちゃごちゃ言ってるんだ。 

  いや、聞き取れなかったがなんとなく聞きたくない」 

 

 

  こっちだって、話しませんよ。 

 

 

    河川に沿って僕たちは歩き、ベンチまで来たところで腰を下ろす。  先に僕が座ったので、彼が続くようなかたちで隣同士に並ぶ。  この状態のまま二人が頬を赤く染め合ったりなんかしたら、確実に僕たちはホモだと誤解される。  彼もそう思ったのだろう、座った途端にすすと腰を横にずらし僕から三十センチほど間隔を空けて落ち着いた。 

  いや、お互いに赤く染め合った場合ですって。  そんな離れること無いじゃないですか。  せめて、三センチに- 

 

 

 「っで、お前の話ってのはどうなんだ」 

 

 

    彼が僕の言葉を遮ってまで、催促してくる。  それほどまでに僕の話を聞きたいとは好い心がけです、ご褒美に僕からあなたに近付いて差し上げ- 

 

 

 「寄るな、気持ち悪い」 

 

 

  ………………。 

 

 

    言っておきますが、僕はホモではありません。 

 

 

 

-------------------------------- 

 

 

 

 「では、始めましょうか」 

 

 

    僕が優雅にそう切り出すと、「なに、勿体振ってやがんだ。  さっさと、しろ」と彼が上から目線で物言う。 

  言われなくたってしますよ。  べジータ気取りですか、あなたは。 

 

 

 「単刀直入に言いましょう、 

  もう嫉妬されるのは止めていただけませんか」 

 

 

 「はぁ?」 

 

 

    とぼけたように彼が声を上げる。  いや、実際に彼の顔には「なに言ってんの、こいつ?」と書いている。 

  まったく以って、白々しい。 

 

 

 「『焼き餅焼くとて手を焼くな』という諺もあるように、 

  必要以上の嫉妬は取り返しのつかないことになりますから」 

 

 

 「……………」 

 

 

    僕は彼の疑問の声を無視して言葉を続けた。  が、彼はまだ僕の顔を覗き込むようにして首を傾げる。  こちらとしては図星を突いたのですが、いやはや、しらばくれるのが上手い。 

  そう思った僕は、仕方なく『その言葉』を言ってあげた。 

 

 

 「『いいコンビだ。  付き合うといい。 

  長門に読書以外の趣味も教えてやれ』 

 

  思い出していただけましたでしょうか。 

  部長氏のお宅であなたが言い放った、この『極めて嫉妬にまみれたお言葉』をね」 

 

 

    彼がぐっと考え込むように右手で頭を押さえる。  その姿を僕が見つめていると、不意に彼が頭を擡げて 

 

 

 「あぁ、そういえば言ったな。  けど-」 

 

 

    全身をこちらに向け 

 

 

 「なんで嫉妬だと言える」 

 

 

    と、主張してくる。  何故と申されても、それが真だからですよ。 

 

 

 「ふざけるな、言い掛かりも大概にしろ。 

  なんで俺がお前に嫉妬しなきゃならないんだ。 

  それに、その言葉だってたまたま何気ない一言で言ったに過ぎな-」 

 

 

 「それは、無いですよ」 

 

 

    僕は彼の言葉に、きっぱりと断言した。 

 

 

 「僕はそれ以前に、似たような事をしてるんです。 

 

  六月の初旬の野球大会で、涼宮さんが朝比奈さんに対してサードベース上で取った行動と意図を『解説』しました。 

  そして、七月七日の七夕の時の部活中、

  僕は涼宮さんがあなたに掛けた問いに『即答』し、彼女を常識的な人だと『肩を持つ』ようなことも発言しました。 

 

  ですが、あなたはその時々で一度も、 

  『付き合うといい』なんて僕と涼宮さんに言わなかったのですから」 

 

 

    彼が真剣な顔で僕の話を聞き入ってるが、 

 

 

 「……………」 

 

 

    返って来たのは沈黙だった。  まさかの無言に僕は少々呆れつつ、もう一押ししてみる。 

 

 

 「そんなあなたが、 

 

  どうして長門さんを『フォロー』するようなことを言うと、 

  僕に『付き合うといい』などと言ったのでしょうか?  不思議に思いませんか」 

 

 

  涼宮さんをどうでもいい存在と思うなら、 

  同じくどうでもいいと思う長門さんに対しても、同じように『聞き流せ』ばいいだけですからね。 

 

 

    僕の問い掛けに一瞬反応したものの、やはり彼から返ってくる返事は 

 

 

 「……………」 

 

 

    沈黙だった。  少し顔が歪んでいる、ただの沈黙。 

  しかし、僕が望んでいるのはこんな答えじゃない。  明言とした、『嫉妬した』だ。 

 

 

    あれから相も変わらず彼は黙坐し続け、かれこれ十分が経とうとしている。  言い逃れを考えているのか認めるのに時間を要しているだけなのかは見当も付かないが、いい加減痺れを切らした僕はある加虐心が芽生えた。 

  此れの此処とこの部分だけを使えば、立派な『裏腹の裏付け』が出来上がるのです。  まぁ、彼の行き詰まった顔が見たいだけですから程々にはしましょう。 

 

 

 「成る程、嫉妬したのではないとおっしゃりたいのですか。 

  なら、あなたには二つの内どちらかが当て嵌まると言うことですねぇ。 

  それは…、 

 

  あなたは涼宮さんに、俺にしか相応しくないと思うほど『ぞっこん』という見解か…、 

  長門さんなど、『嫌いだから、さっさと他の男のものになってしまえ』と思っているかのどちらかです」 

 

 

 「……………………、……!!」 

 

 

    しばらく呆然としていた彼だったが、やおら立ち上がると 

 

 

 「違う!  それは違う!!」 

 

 

    と、猛然と否定しに掛かってきた。 

 

 

 「俺はあいつに命を助けてもらったことだってあるんだ! 

  あいつを嫌いになるわけがないだろう、素っ頓狂なこと言ってんじゃねぇ!!」 

 

 

  前者の見解は無視ですか。  まぁ、いいですけど。 

 

 

 「そうでしょうか。 

  あなたは『五月から七月のカマドウマの事件まで』、僕が見てきたまたは聞いてきた中で 

  長門さんに対する見方及び表現が、『とても粗雑』なように思いますが。 

 

  それに、 

  『嫉妬無し』に、『いいコンビだ。  付き合うといい』など好きな相手に言えますかね?」 

 

 

 「……………っつ…!!」 

 

 

    悔しそうに下唇を噛み締める彼。  しどろもどろになりながら必死に言葉を探す彼の姿は、とても悲愴でとても真剣でとても愉快だった。 

  このまま放って置くと唇を噛み千切るだろうか、という辺りまで楽しんだ僕は自身の言った見解を否定して上げることにした。  流石に、彼がかわいそうなのでね。 

 

 

 「大丈夫ですよ、安心してください。 

  回答は、僕から言って差し上げますから」 

 

 

    彼は、じっと僕を見つめた。 

 

 

 

-------------------------------- 

 

 

 

 「先ほどの僕の主張を覆すには、あなたの孤島での行動と言論が証明してくれます。 

 

  あなたは部屋割りを決める際にこう言っているのです、 

 

  『さてどうするか。  俺は『誰と』相部屋になってもいいが、メンバーは五人なので 

   二つに分けると一人余り出てしまい、 

   『どう考えても』長門がひっそりと取り残されそうだった。 

 

   かと言って『俺が』ルームメイトに名乗り上げたところで、長門は気にしないだろうが 

   ハルヒの逆突きパンチのよって瞬殺されるのがオチだ』っとね」 

 

 

 「なんで、お前が俺のモノローグを!!  ってか、長ぇよ!」 

 

 

  おや、あなたはしばしば独白が科白となって出ていることがありますから 

  一概に否定出来はしないのでは? 

  それと、僕の記憶力をなめて貰っては困りますね。 

 

 

 「………まぁいい、続きを聞かせろ」 

 

 

    彼はそれ以上僕に突っ込まず、この言葉に含まれる意味を求めてきた。  若干素っ気ないなと思ったが、これも仕方ないかと諦めた。 

  僕だって、思ってもしないことを否定できなかったら、否定してくれる人の話を聞くさ。 

 

 

 「あなたが言ったこの言葉を、無意識的に言ったものだと仮定しましょう。 

  するとあなたの深層心理下では、僕と長門さんが『お似合い』だとも『付き合え』だとも思っていないのです。 

  何故なら、 

 

  『誰とでも』と言ったあなたは、長門さんと同じ部屋になろうとは思いません。 

  それに、『付き合え』と『本当に』思っているあなたなら、長門さんと同じ部屋になる人間に『僕』を推奨しますからね」 

 

 

    彼があごに手を当てながら、前のめりに「そう…、だよなぁ…」と溢している。  まっ、何でもいいですが。 

 

 

 「そして、あなたが言ったこの言葉を、意識的に言ったものだと仮定しましょう。 

  そうすれば、あなたが長門さんと同じ部屋になる必要はまったくありませんねぇ。 

 

  何故なら、長門さんを一人にしない方法は他に三つあるからです。 

 

  一つは、『あなたが朝比奈さんと同じ部屋になること』。 

  二つは、『あなたが涼宮さんと同じ部屋になること』。 

  そして、三つ。  『僕と長門さんが同じ部屋になること』です。 

 

  各々の場合、一つ目と二つ目は『僕』が。 

  三つ目の場合には、『あなた』が一人部屋になればいい。 

 

  『誰でもいい』と言ったあなたには、『長門さん』以外の選択肢が三つもあるのです。 

  確率にして、四分の三。  パーセンテージで言えば、七十五パーセントですよ」 

 

 

    僕の言葉にうんうんと頷いて、「なるほどなぁ…」と言っている。  まぁ、どうでもいいですが、人が真顔で首を縦に振り続けている姿とは奇妙ですね。  端から見れば、ストレンジャーにしか見えません。 

 

 

 「それにですね、『俺が』というのもまた可笑しな発言なのです。 

 

  あなたがもし涼宮さんに『ぞっこん』であるならば、 

  間違いなくあなたは『涼宮さん』と同じ部屋になることを望むか、 

  それが照れ臭いならば、他の女性に目移りすることなく『一人部屋』を選択するでしょう」 

 

 

  万に一つとして、魅惑のボディーを持つ『朝比奈さん』なら 

  目移りしても仕方ないですが  長門さんにですか…、まぁ、無量大数に一としてあると言って置きましょう 

 

 

 「そして、あなたが長門さんを『嫌い』であるならば 

 

  あなたはルームメイトになろうなどとは『思うはずも無く』、 

  それよりも、そんな面倒な女、『僕に』任せてしまおうと-」 

 

 

 「おい」 

 

 

    言葉半ば辺りで、彼が僕の言葉を遮った。 

 

 

 「撤回しろ」 

 

 

  すみませんが、これは仮定の話ですので-。 

 

 

 「仮定の話だろうがなんだろうが、長門は面倒な女なんかじゃない。 

 

  だから、撤回しろ」 

 

 

 「……先ほどの僕の発言に誤りがあったようです。 

 

  済みません、あなたに失言をお詫び申し上げます」 

 

 

 「………ふん」 

 

 

    彼は鼻で返事をすると、前に向き直って憤然と腕を組んだ。 

 

 

 

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    あのあと、僕は不機嫌なままの彼の横で切りまで話し終えると、 

 

 

 「さて、これらを踏まえてあなたに聞きたいことがあります」 

 

 

    と、質問した。 

 

 

 「何故あなたは、涼宮さんのときは付き合えと『言わなかった』のか。 

 

  何故あなたは、長門さんのときは付き合えなどと『言った』のか。 

 

  何故あなたは、僕と長門さんに『付き合え』と言って置いて、 

  同じ部屋になればいいと『思わなかった』のか。 

 

  何故あなたは、僕に『付き合え』と言った長門さんと 

  僕を差し置いてまで、ルームメイトになろうと『思った』のか。 

 

  これらの終始一貫しないあなたの言動・思想の根本は 

  長門さんに対するなにから来ると思われますか?  お答えしてください」 

 

 

  長かった…  当初の目的の『嫉妬と言わせる』からは随分逸れてしまったが、 

  彼に『これ』を言わせれば同じことだから、まぁ、いいでしょ- 

 

 

 「………わからない…」 

 

 

  はぁ? 

 

 

    僕は耳を疑った。  聞こえる筈のない言葉、『ワカラナイ』が聞こえたからだ。 

 

 

 「すみません、もう一度言ってくれませんか?」 

 

 

 「……だから、わからないんだ。 

  なんであんなこと言ったのか、なんでそう思ったのかが…」 

 

 

  何でって、それはあなたが長門さんを…。 

 

 

    そこまで言って僕は、口を噤んだ。  言おうとしたのだが、やめたのだ。 

  何故なら… 

 

 

 「それはあなたが、何れ気付くことです。 

  いえ、気付かなければ行けないことでしょう。  僕が教えて上げる義理など、微塵もありません」 

 

 

 「そうかよ」 

 

 

    と、不貞腐れたように彼が言った。 

  僕は、そんな子供っぽい彼の態度を微笑ましく見ていたのだが 

 

 

 「そろそろ、時間ですね」 

 

 

    携帯に目を遣り、一言そう言った。  午前も遅刻したので、二度の遅刻は不味いと思ったからだ。 

 

 

 「そうだな。 

  また遅刻するわけにもいかないし、今から行っとくか」 

 

 

    次で本日三度目となってしまう彼も相槌を打った。 

 

 

 

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    まだまだ暑い真夏の日差しが、三時半頃になっても弱まることなく降り注ぐ中、僕と彼は汗だらだらに喫茶店への道を帰る。  僕も彼も暑さの所為か、帰り道の途中までは両者無言だったのだが、僕は彼の助けになればと思い 

 

 

 「あの孤島のビーチで、僕が何故あなたに

  『楽しみかたは人それぞれですよ』と言ったのか考えてみてください。 

 

  それがわかれば、 

  僕が言いたかったことに行き着くかは判りませんが、 

  それに一歩でも二歩でも近付けることは明らかでしょうから」 

 

 

    っと、進言してみたところ、彼は肩を竦めて 

 

 

 「わかった。 

  一応、がんばってみるよ」 

 

 

    と、素直に言った。 

 

 

  ………いつかそうやって、長門さんに素直になれたらいいですね 

 

 

    僕は歩きながら、横行く彼にそんなことを思った。 

 

 

 

 

 

 

     ― To  be  continued ― 

 

 

 

  

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最終更新:2007年12月14日 01:27