ベッドに入る。冷えた足を暖めようと、足を丸める。
でも、足の芯までは暖まらない。
ふと、窓の外を見る。
冬はもう終わるけれど、建物の隙間から見える星は、何か物憂げに光っていた。
下の道路は街灯で茶色に静まっている。
信じれば夢は叶う、、。とか。言ってくれる人が近くにいない。
言って欲しい時だってあるものだ。人間なんだから。気まぐれな人間なんだから。
手を繋いで欲しい時だってあるよ。人肌が恋しい時だってある。
これは、私が日記を書き始めてからわかったことだけど、読み返してみたら、いろんな気持ちがあるものだ。
よくある。
本を読んでいて、こんな感情は無い。と断言してしまうような感情があるのだ。
星を見てセンチメンタルになることだってあるんだよ。キョン。
たまにはいつもと違うことをして欲しい時もある。
だから私を決め付けないで欲しい、、かな。
私は、私。なの。キョンがキョンなことみたいに。同じなんだよ?
「自分」なんだから。
キョンが見てる私の、もっと奥を見てみてよ。
たまには見つめて欲しい。すぐに顔を背けたりとか、めんどくさそうな顔したりとかしないで。
青春なんだから、ちょっと違うことしようよ。
私もちょっと変わるから。
恥ずかしいようなことをしてみようよ。
日記を書いてみて、わかった、の。
私は、みんなと同じで、いろんな感情、が、あるの。
たまに、たんぽぽを、見ていたくなるこ、と、だっ、、て。
あるんだよ、、。
ああああ。眠い。やだやだ。
小鳥の囀りがやかましい。
制服を着終わった俺は、玄関へ走る。廊下が冷たくて嫌になる。瞼が重い。
花粉症って年間のイラつきの大半を占めているんじゃないだろうかね。
こう、ドアを開けると花粉が攻撃してくるようでやかましい。
急いでドアをバタンと閉める。
玄関先で大きな欠伸でもして笑顔で登校したいものだ、が。マスクをつけて目を掻きながら行くのが俺の日課だ。
おまけに今日は軽い段差にけっつまずいた。
道路に手を着いた俺は、鞄をぶん投げてくれようかと思う。
でもそれはちょっと恥ずかしいので、さまざまな鬱憤を溜めて登校する。
少し出た涙が花粉症の涙と混ざって右頬を伝う。
そこに風が吹き付けて、たちまち冷えた。
強い風だ。
右頬へと吹き付けて止まらない。
いよいよ鞄をぶん投げようかと思ったが、荒野を進む保安官のように風を受けながら進む。
だんだん強くなって来た風から逃げようと、登校路から少し右に逸れ、塀に隠れて顔を背ける。
それでも四方からやって来る風は避けられない。
「春一番かよ!」
「春を伝える突風かよ!」
へんなテンションで叫んでみる、が、風は答えずずんずんやってくる。実際そういうものだ。
風に押されて登校路から離れて行く。
緩急のある風は恐ろしい。少し緩まったと思うと、すぐにトラのように突撃してくる風がやってくる。
不意に吹いた強風に押されてまたつまづく。
死のうかと思った。今度は手もつけずに地面にへばりつくようになってしまった。
ちょっと興奮したのもあってさすがに鞄をぶん投げる。
ぶん投げた鞄が風を受けて飛んでった。ていうか軽いリュックだ。置き勉リュックだ。どんどん飛ぶ。
リュックはたまにコンクリートにぶつかりながら道路を右に曲がっていった。
登校路から右に曲がった道を、更に右に曲がった方に飛んでいった。Uターンだ。
今日はなんか俺最悪な日だな、、。と思いながら追っかける。
まるで木の葉のようにゆらめいて届きそうで届かない。逃げるのだ。
―だが、幸い、奥は行き止まりのようだ。塀に囲まれている。それに、一つ人影が見える。俺は大きな声を出した。、、と思う。
「とって下さい」みたいなことを言った。、、、、んだと思う。
ただそのとき、俺はすごく驚いていて、リュックとかなんだとか、そんなものは見えていなかった。、、、んだと思う、、、。
10mほど先に大きな木があるではないか。
そこには、蕾が実っていた。
桜の蕾だ。
ビュウウウ!
今までで一番強い風が、大きな桜越しに俺の顔に吹いてくる。
少しよろめいてから、前を見る。風が、止まる。
いつも歩いた道を少しだけ曲がると、こんな景色が見えるのか。
ほんの小さな区画にある桜。
区画こそ小さいが、上の方は大きく開けている。
もしこれが咲いたらどうなるだろう。
ぽかーんと桜を見つめていた俺だが、我に帰って、前を、見直すと、そこに朝比奈さんがいて俺のリュックを持って立っていた。
まあ、言うほどのことじゃないけど、人影は朝比奈さんだった。
風は少し優しくなって、この空気を流れていった。ふわっ、、、。と。
まるでなにかの少女まんがのようだ。
少しロマンチックすぎて、声がかけられない俺だったが、空気の読めないみくるが俺に近づいて来た。
キョンくん。おはよう。
ふわっ。
朝比奈さんの髪の毛も揺れる。
「おはようございます。」
少し笑いながらリュックを受け取る時に手が触れたとかもう気にしない朝比奈さんが、桜を振り向いて髪を手櫛で整える。
桜は二人の目から見ても、間違いなく美しい。
朝比奈さんは春っぽいので、綺麗だ。
「花粉症ですか?」
「はい。散々です。」
「うふふ。綺麗な大きな桜ですよね。」
「ぶしゅん!」
くしゃみが液体がかった音を立てたので、俺は恥ずかしくなった、、とか気にしない朝比奈さんが可愛い顔で言った。
「私はたまにこの桜を見に来るんです。春は多めに来ます。」
へえ、、。
「すごい桜ですよね。咲いたところはさぞ綺麗でしょうね?」
「うん。すごいです。この塀をくぐってね、一人でお花見をしたんでう。」
でう?朝比奈さんも花粉症かしら。
「今年も。するんですか?」
「うーん。どうでしょうね。」
朝比奈さんの目は赤い、花粉症かどうか聞きづらい。
泣いてるんですか?という意味になってしまうからだ。でも多分花粉症だと思う。いや。なんとなく。でも多分。そうだ。
「今年は、みんなとしたいなあ。」
「そうですね。」
そして遅刻しそうになってることに気づく。
二人で走る。桜風が見送ってくれた。
「また見ましょうね。」と言って朝比奈さんはターボをかけた。
前を走る朝比奈さんのパンツが見えたりしないところがなんだかやるせない。
さくらんぼのパンツだったりするのだろうか。
遅刻した。
座って、窓からあの木を探してみる。
だがそれは市民会館みたいな建物に隠れているらしかった。
後ろのハルヒに聞いてみたら、なんだかハルヒのテンションが少し高いので困った。
その後も積極的なハルヒを、無視して、谷口とかと喋っていたら涙目で睨まれたので少しトイレで泣いた。慰める谷口はうざかった。
放課後前に謝ったら、意外にもすぐ許してくれた。
今日は機嫌がいいのかもしれない。と思った。いつもと違う気がする。でも、別に嫌な感じはしない。少し恥ずかしいけど結構こういうウイウイしいのも好きだ。
谷口は軽くうざったらしかった。
二人で部室まで行く。
「キョン、、。」
妙にしおらしいので少し驚く。
「ん?なんだ?」
「私と深い話してね。」
といって顔を背けるハルヒ。可愛い。
「ははは、、、え!?」
「、、、。」
深い話というのはなんだ、、。
いいけどね。友好的なようだし。
「ああ、いいぞ。」もったいぶって言った。
「本当!?」
「どんな話だ?」
「青春についてとか。」
「ああ、いいぞ。」
なんなんだろう?まあいいけど。
というわけでドアノブに手をかけたが、その手の上に重なる優しい手に、遮られた。
「ん、なんだ?」
「い、いや。」
「、、、。速いうちに一緒にかえろうか?」と俺が言う。
「うん!そうね。」
みたいなことがあって、入った部室には古泉と長門が存在していた。本当になんてことはない。
夕暮れの紅い光が差す。綺麗だ。
終わりよければ全てよし。と。
朝比奈さんが入ってきた。
着替えてお茶を淹れて、暇ができたところに桜の話題を振る。
「あの桜はなんなんですか?普通の桜ですか?」
「、、私にとっては普通では無いんですが、、。古くから生きてきた桜です。」
ハルヒがこっちを見ているような気がしたので、俺はお茶を飲んだ、、。とかそういう雰意気のわからない朝比奈さんが続ける。
「明日の朝お話しましょう。またあの桜の前で。少し早くに来てください。」
ハルヒに、。聞こえてなかったらしい。よかった。
なんだか猫みたいにひっついてくるハルヒがそこにいるわけだ。
―長門はなんか小ぶりで可愛い。小動物系の可愛さを持っている。
ハルヒもそれが芽生えてきたのかもしれない。
古泉が帰ったので、じゃあ俺も、と言ってハルヒに目くばせする。
今日も、一日が終わった。
なんだか変わった日である。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。
今日は、日記に、なんて書こうかしら、、。
今日はキョンに積極的に話した。そしたらキョンは期待通りにしてくれた。
私のことを見てくれただろうか。
こんなのもいいな。と思ってくれただろうか、、。
私への固定観念を捨ててくれただろうか、、。
私を、好きになってくれているのだろうか、、。
どうも鉛筆が進まない。
寝よう。
明日は今日の帰り道にはなした続きを話そう。
私をわかってもらおう、、、、、、、。
星はキラキラ。道路は静まり、今日もまた眠りに落ちる。
不安定なこの気持ち、自分でもわからぬこの気持ち。
ただ、キョン、と、そして、青春の匂いが鍵を握る。
あああああ。あ。眠い。急がなければ、早くあの桜の場所に行かなければ。
春一番を終え、小鳥の囀りと木々の萌える生命の光が、宇宙の奥まで見えそうな空を賛美しているようだ。
大空。桜へと急ぐ。
青い空が、街を和ませているように感じる。走って感じる風が気持ちいい。
タッタタッタと駆ける。
気持ちいい。
右に曲がって、右に曲がる。
いた。朝比奈さんだ。
桜は多少開いたらしく、仄かな匂いが風とともにくるようだ。
「朝比奈さん。おはようございます。」
「はい。おはようございます。」
といって笑う目が赤いような気がした。
今日は花粉予報が悪くないし、俺も平気なんだけど、、、。彼女の目は幽かな桜色だった。
今日は時間があるから、といって彼女は結構大きな塀の下をくぐった。
俺も続いてくぐる。
桜の匂いが強くなる。塀をくぐるとそこは四方が塀で囲まれているようだ。狭くはないが、広くはない。6畳ぐらいじゃないだろうか。
木の根が荒々しく強く、血管のようにうねっている。
空は狭い。家が額縁となって、名画のようにも見える。
綺麗だ。
「―、この木は、私を遠い地へ飛ばしてくれます。」
「、、、思い出。ですか。」
かさかさ梢が揺れる。
「そうです。未来人が過去に行って植えたものなのか、それとも私が未来で見てきたものなのか、それは禁則事項ですが、私の思い出の木です。」
そのまま続ける。
「えへへ。こうして見ていると落ちつくんです。」
「綺麗な、、木ですね、、。」
どうして朝比奈さんはこんなことを俺に話したんだろう?
ただ、見上げる彼女の横顔が、とても美しかった。
朝比奈さんは話したかったんだろう。
自分を教えたかったんだろう。
古くからの友人が、こんなに窮屈なところにいるという事実を、だれかに相談したかったのかもしれない。
彼女は涙を拭いた。
花粉症だろうか。
いや、ちがう。
泣いているのだ。
そんな気がした。
今日は遅刻しなかった。
春だ。
春だ。
空は青い。
青春だ。
日が暮れ、帰り道のことだ。部活に朝比奈さんは来なかった。
「ねえ、キョン。」
「ん?なんだ?」
「私たちは、時間があるのかな。ないのかな。」
「それは、「時間の早さ」に対する見方が重要なんじゃないか?」
「、、、、。いや。違うよ。」ハルヒの声に真剣みが籠もってきた。
「そうかもしれない。でも、「私たち」に対する見方が大事なんだよ。」
「、、、え?」
「「私たち」は、明日にはもういないかもしれない。」
「、、、、、、、、。」
「ごめん。ちょっとキャラじゃなかったね、、、。」
「ハルヒ。」
「え?」
キスをした。
なんだかわからないけれど。
春の風がそうさせたのかもしれない。
桜色の唇は柔らかかった。
「ハルヒ。」
名前を読んだ。
「今度みんなで花見をしよう。いいところ知ってるんだ。俺。」
「うん。」
ハルヒは泣いた。なんだかわからないけれど。
俺がこういったんだ。
「お前はたまに俺の胸のなかに入れてやりたくなる。お前は、奥が冷えている気がするんだ。俺の思い上がりかもしれないけれど。」
夕日が光っていた。
俺はハルヒと別れて、家に戻る。
そして立ち上がり、外へ飛び出す。
桜を見たくなったのだ。
桜が、待っている気がしたのだ。
はっっ。はっっ。
走る。
夕暮れは頬に差す。
右に曲がる。
そしてまた右に曲がる。
塀をくぐると、そこに朝比奈さんがいた。
「朝比奈さん。桜はこう聞いたらなんというのでしょうか。」
「あなたは変わりましたか?と。」
はあ。はあ。
「きっと、こういいますよ。」
「あなたは、美しい。と。」
今までのは改行されていなかったで誠に申し訳なく思っております。
勢いだけで特に意味は無いんだですが、右に曲がってまた右に曲がるというのはuターンみたいな意味があります。
uターンすると思い出があったりとか、ハルヒは自分で認識する自分が変わるのを恐れていたりとか、春という季節に自分を探している青春みたいなね。
でもやっぱりそんな無限のようなやるせない悩みはキョンの肌と優しさが包んでくれたりして、長く生きる桜から見ればただ美しいみたいな。