あたし達が高校を卒業してから7年目の7月7日、七夕の夜のこと。キョンから大事な話があると呼び出され、高校時代に不思議探索の時毎週通っていたあの喫茶店で待ち合わせた。
珍しくキョンが先に来ていて、緊張した面持ちであたしの到着を待ってたみたい。
ようやく決心がついたってところかしら?
「ハルヒ、随分時間かかって悪かったがこの指輪を受け取ってくれないか?その……なんだ、所謂プロポーズってやつだ」
「待たせ過ぎよ。でもしてくれたから一応許してあげる。幸せにしてくれるんでしょうね?」
「約束する。この世界で一番の幸せを、おまえに贈ると」
「相変わらず言うことが小さいわね~。あんたもSOS団員の端くれなら、この世界と言わず全ての世界の中で一番幸せにするくらいのこと言いなさい」
「あー、残念だがそいつは無理な相談だ。だから『この』世界って言い方で正しい」
今の台詞にあたしはちょっとカチンと来た。断ってやろうかしら?そしたらどういう反応するか見物だわ。
「な ん で 無理なのかしら?言っとくけどつまんない理由だったらTVコマーシャルでプロポーズしなさいの刑よ!」
「理由か。まあ元々プロポーズするって決めた時から言わなきゃならんと思ってた事だ。それはだな、この世界は一人足りないからだ。お前が消しちまったあいつが」
キョンの口から『あいつ』って言葉が出た時、一瞬見知らぬ顔が脳裏で揺らめいた気がした。でも、あたしはそれには気付かないフリをした。
「消したってどういう意味よ。あたしの記憶が確かなら、今までに殺人罪は犯した事ないつもりだけど?」
「物理的に命を奪ったってんじゃない。文字通り、存在ごと消滅させたって意味だ」
「だったらなんであんたが存在が消えた人のことを理解できるわけ?宇宙人でも、未来人でも、ましてや超能力者でもないあんたが」
何であたしこんなにムキになってるんだろう。神様じゃあるまいし、存在を消すなんて事出来る訳無いのに。
何であの娘のことになるとこんなにいらつくんだろう?
―――あの娘?あの娘って誰よ!!
「古泉流に言わせてもらうなら『分かってしまうから仕方が無い』、という感じだな。あいつが消える直前に遺した最後の置き土産みたいなもんだろう」
そんなデタラメな、論理ですらないものを否定するのは簡単。なのに、何故か反論出来ない。
「で……あんたはなに、その娘のこと好きだったとでも言うの?あたしよりも」
「俺はまだ『あいつ』としか言ってないぞ?なのにお前はまるでよく知ってる人物のような口ぶりだな。自分と比肩し得る魅力を持った女性を相手にしたときみたいに噛み付いて来てる」
「!それは……」
なんでそう思ったんだろう?さっきから頭の中でちらついてるこの女のせいなの?不安が、恐怖があたしの胸を満たしていく。
「ところでさっきの好きだったかどうかだが……正直わからん」
「!?わからんて何よ!あんたあたしをからかってるの?」
「からかっちゃいない。俺に残ってるのはあいつに関する知識であって、思い出じゃない。他人のアルバム見てるようなもんで、実際どんな感情抱いてたかなんてのはあいつの存在と一緒に消えちまってる。
だからどっちが好きだったかなんて較べようもないし、今更較べるつもりも無い」
「あ……」
思い出が消えた!?
もしキョンがあたしの事を忘れたら?考えたくない。あたしだったら、忘れられてしまうくらいなら、憎まれてでもずっと覚えられてる方がまだマシだわ。
思い出を消すなんて残酷な真似を……あたしが、このあたしがやったっていうの!?
「まあお前と一緒にいる時と同じくらい楽しそうではあったからな。俺にとって大切な奴の一人だったことは間違いないだろう」
――嫌。
「あいつにおめでとうと言って貰える未来もきっと有ったはずなんだ。だがお前はあいつを消した。多分、あいつに怯えて。あいつから祝福して貰える可能性を摘み取ったんだ」
―――止めて。
「お前は自ら、全ての世界の中で一番幸せになれる可能性を放棄した。俺にはそれが許せない。最もお前らしくない事をしたお前が」
――――言わないで。
「だが同時に俺は誰よりもお前を愛している。これもまた事実だ。だから――」
―――――名前だけは!
「俺が佐々木を知っていることを告げること。それがお前への罰だ。その事でお前が感じるであろう苦しみや悲しみを全て受け止めること。それが俺の愛情だ」
「イヤアアアアアァァァッッ!!!」
「全ての世界の中で、2番目に幸せになろうな、ハルヒ」