彼がいなくなった次の日。今日ばかりはさすがに耳に入らない授業を淡々とこなし、放課後の文芸部室へと足を早めました。部室の前に来ると、ノックもせずドアを開き、目的の人物の姿を確認すると、手短に用件を伝える。
「…………」
黒曜石のような瞳が僕を凝視する。しばらくして、こくんと首が僅かに下がる。
「協力に感謝します、長門さん」
僕が無感情顔に感謝の笑みを送っていると、コンコンとノックの音が聞こえ、どうぞと言うと童顔の上級生が複雑な面持ちで入ってきた。
「…あの、その、昨日は…私、混乱してて、キョン君が辞めちゃったと思ったら今度は涼宮さんがキョン君のこと忘れちゃってて、私どうしたら…その…」
「大丈夫ですよ。きっとなんとかなります。僕も全力で問題解決に取り組んでいますので、少々、待っていって下さい。ああ、それとお願いが」
「はい?」
「これから起こることを黙って見ていて下さい」
「え、何かするんですか?」
「ええ、まあ、少しばかり。朝比奈さんは、そちらに座って待っていて下さい。すぐ済みますので」
少し、考えるようなそぶりの後、
「…解りました」
そう言って、朝比奈さんは近くのパイプ椅子に腰をかけた。若干、寂しそうな表情をしている。今回は未来人の役割はありませんので申し訳ないですがおとなしくしていて下さい。
それに、彼が今どういうことになっているのかご存知ないでしょうから。

 

およそ三分後、ドアが跳ね飛ばされるかの様に開いた。
「お待たせ!頭の中は元に戻してきた?」
それはもうと、満面の笑みで答える。
反応に満足したのか、ズカズカと団長席に歩いていきドスンと座る。パソコンを立ち上げると、
「よくよく考えたらVFXとかってどうやって入れるのかしら?ボタン一つで入れば楽なのに」
愚痴をこぼす涼宮さん。悟られないように僕は長門さんに目配せをする。首か数ミリ傾くのを確認する。
「だいたいこのパソコンがなってないのよ!持ち主の意図を自動で映像化するくらいしなさいよ。まったく、メーカーに文句でも…」
いつの間にか長門さんが涼宮さんの後ろに守護霊の如く立っていて、そうかと思うと涼宮さんが机に突っ伏した。…さすが、長門さん。鮮やかな手際ですね。戦慄ものですよ。
「涼宮さん!?」
朝比奈さんが青ざめた表情を浮かべている。
「問題ない。眠っているだけ」
無表情が淡々と告げる。
僕は団長席に歩き寄り、涼宮さんの上体を起こして背中に乗せる。まったく起きるそぶりもない。
「この格好で校内をうろつくと目立ちますね」
「不可視遮音フィールドを展開する」
「それは助かります」
「え、え、何してるんですか!?」
慌てふためく朝比奈さん。
「少々、散策に出かけてきます。お茶でも淹れて待っていて下さい。すぐに戻りますよ」
唖然とする朝比奈さんを一人残し、僕たちは文芸部室を後にする。

 

移動中、何人かの生徒と教師にすれ違いましたが、長門さんの不可視フィールドのおかげで気づかれずに目的の場所にたどり着きました。校舎の最上階、屋上へと続く扉の前に。
「では、長門さんお願いします」
呪文の詠唱が始まり、一瞬で終わった。
全てが白い空間に、色を塗り間違えたかのような僕たちが立っている。行きましょうと、階段を下る僕に長門さんが無言でついて来る。そのまま校舎を出てグラウンドへ向かう。
白い巨人が昨日見たときと同じようにただ立ち尽くしている。僕はグラウンドへ降りる階段の下段に涼宮さんを寝かせた。とても愛らしい寝顔でしたので少し眺めていようか迷っていると、長門さんの手が涼宮さんの頭にそっと触れる。
「んっ…ううん?」
涼宮さんが目を覚ます。僕と長門さんは少し離れたところまで下がる。
「…あれ…あたし…」
寝ぼけた目を擦りながらあたりを見回している。
「…ここどこ?みんなは?なんか白い。霧でもかかってるの?…違う、どこなのここ…気味が悪い」
不安そうな顔できょろきょろしている。そして、とうとう目の前の巨大な物体に気づいたようです。
「なにアレ?」
巨人を呆然と見上げる涼宮さん。ん?心なしか嬉しそうな表情をしているような。
「…なんか見たことある気がする。前にもこんなとこで、でかいのがでて…」
そうです。涼宮さん、あなたはこれと類似した空間を前にも訪れたことがあります。
「でも…あたし一人じゃなくて誰かいたような…んっ、頭痛い」
そうです。誰かがあなたと一緒にいました。その誰かを思い出してください。
「校舎が崩れて、そいつに引っ張られて走って…」
頭を押さえながら誰かを思い出そうとしている。
「でも少し楽しくて…それで…」
なぜ楽しかったのですか?
「…誰?前はいたのになんでいないの?」
近くにいますよ。そう、目の前に。
「ああもう、誰かいるんだったら出てきなさいよ!」
全てはあなた次第です。思い出してください。
「一人でどうしろって言うのよ…バカ…」
そのバカはあなたが選んで連れて来たのですよ。
「…バカ?……」
ええ、バカです。
「…………」
SOS団を一時の感情で抜けてしまうような、
「………あ」
あなたを一人にするような、
「…あ…あ」
あなたを泣かせるような、
「…バカキョン!!!!」
ただのバカです。
涼宮さんの叫びに呼応するかのように空間が崩壊を始めました。白い空にひび割れが走り、そこから光がもれる。そして、ひび割れが空一面に広がった瞬間、色の付いたもとの空間が現れました。どうやら、屋上の扉の前に戻ってきたようです。ただ、来たときと違い床に男女が二名ほど転がっていますが。一人は寝巻き姿のままです。眠っているところ悪いのですが、寝巻きの方は痛みをともなってでも目覚めてもらわなければ。

 

「…あれ、あたし眠ってた?」
「ええ、いきなり机に突っ伏してぐっすりと」
「…そう。なんか変な夢見てたわ。」
寝起きの目で部室を見渡す涼宮さん。誰かを探しているのですか?
「ねえ、キョンは?」
「彼なら、先日SOS団を脱団されたばかりですよ。お忘れですか?」
「…そうだったわね」
途端に表情が暗くなる。
「ところで、涼宮さん。今日は、SOS団にぜひとも入団したいと言う方が参られているのですが」
「どこのどいつ?普通なやつはいらないわよ」
「まあ、とりあえず会って見てやって下さい。入っていいですよ」
ドアを開けて入ってきた姿を見ると、涼宮さんはとびきり邪悪な笑みを浮かべた。
長門さんはいつものように窓辺でハードカバーを読み、朝比奈さんは丁寧にお茶を淹れ、
僕は新団員の顔が苦痛に滲む様子を笑顔で眺めていた。

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最終更新:2009年03月30日 00:47