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「うーん……」
湧き出てくる汗をパジャマの袖で拭い、僕は寝返りをうった。同時に体温計がピピピと電子音を立てる。38.3度。
風邪を引いたのはいつ以来だろうか。そんな事を考えている間にも頭の中でジンジンと何かが振動し、僕は思わず頭を抱えた。
僕とて機関の一員だ。いつでも戦闘に出れるように、体調管理には人一倍気を使っている。それなら原因は……昨日のあれか。と記憶を辿る。

団活が終了した頃、雨が降っていた。僕は幸いな事に置き傘を所持していたが、隣に佇む小柄な宇宙人、長門さんはじっと降りしきる雨を眺めていたのだ。
「傘、持っていないんですか?」
僕の疑問に長門さんは少し顔を持ちあげ、微弱に頷く。
「それではこれを」
「……あなたが濡れてしまう」
「僕の事はお気にせずに。家も近いですし、このまま走って帰りますから」
微笑みかける。彼女には風邪を引くという概念はないのかもしれないが、それでもこのまま放って帰るのは憚られる。それなら僕が濡れたほうが随分マシだ。
僕の言葉に、「そう」と長門さんは透き通る声で呟いた。

それでこのザマだ。情けない、と心の中で自分を叱咤する。
今日は不思議探検がなくてよかった。とパラパラと振る小雨に感謝していると、
――ガチャ。僕の耳が正しければ、それは家のドアが開く音だった。この家は機関から個別に提供されているもので、もちろん僕以外にこの家に住む者はいない。
もしかして、泥棒か? 思わず身を構える。しかしその考えは、十秒も経たない間に崩れ去った。

 

「……長門さん?」
「あなたの体調を考えて、玄関までは来る事は体力を消耗させると判断した。許して欲しい」
「いや、あの」
ガラスのように透き通った二つの瞳が僕を見据える。僕の現在の服装はパジャマで、おそらく髪もボサボサだろう。「古泉一樹」のイメージには完璧にそぐわない。
それに風邪を引いた原因も、彼女だけには知られたくなかったというのに。
「……すみません」
思わず言葉が漏れる。その言葉に、長門さんは首を傾げた。
「どうして」
この場をどうして取り繕うかと頭を回転するものの、それを頭痛が阻止した。その姿を見かねて、長門さんが持ってきた鞄を探る。そして取り出したものに、僕は驚いて二の句が継げなかった。
「……これ」
「えっと、何ですか、これ」
「紫蘇」
長門さんは簡潔に要旨を述べる。それは見れば分かった。緑色の大葉、独特の匂いが鼻をくすぐる。
「食べて」
二枚ほど入った袋を僕に押しつける。
「あの、長門さん?」
「これを用いると健康を取り戻すと聞いた。……違う?」
僕の記憶が正しければ、それは食中毒の話だったはずだ。
「そう」
長門さんは視線を僕から紫蘇に移す。その瞳がどこか寂しげに見えたのは気のせいだろうか。

 

それでも僕は、それが嬉しかった。
彼女は僕を気遣ってくれているのだ。以前の長門さんからは考えられない行為だろう。宇宙に作られたアンドロイドの、感情の芽生え。
思わず顔が綻ぶ。長門さんが不思議そうに僕を見た。
「ありがとう、ございます」
そう言って紫蘇を受け取る。僕の熱と、雨の中を歩いて来た彼女の冷たさがあいまって、その手はとても心地よく感じた。
コクン、と長門さんが頷く。雨の音を子守唄に、僕はゆっくりと目を閉じた。


「……早く、よくなって」

夢の世界へと入る前、そんな声を聞いた気がした。

 

最終更新:2020年03月11日 23:30