翌朝、一番に教室にやって来たあたしは鞄を机に掛けるなり部室へと向かった。このあたしとした事が携帯電話を部室に置き忘れるとは…。まったくもって不覚だ。と言うよりも、あの場所に三人も居て誰一人気付かない状況の方がどうにかしているとは思うのだが。
見慣れたドアの鍵を開けてドアを開ける。朝にこの場所に来るというのはなかなか新鮮だ。廊下よりも少しだけ温かいのは化学が証明してくれるのか、それともただの心持ちか。

 

「あれ……?」

 

一瞥しただけで分かる。机の上に目当ての物は無かった。昨日は団長机に座っていないし、鞄の中や制服のポケットに至っては昨日の内に散々引っかき回した。故に、ここにしか無いという事を確信していたあたしは軽く頭を抱える事となる。すぐさま椅子を引っ張り出したり机の下を覗き込んだりしてもそれは一向に現れる様子も無く、溜息を吐くのと同時に予鈴が鳴ったのだった。

 

 

教室に戻った私の目に飛び込んできたのは、またしても空のままの前の席だった。

 

「(また……?)」

 

そう思うのと同時に威勢のいい声が教室中に響く。朝からけたたましい声を上げて生徒を席に着かせる担任。その声はいつも以上に私の虫の居所を悪くさせる。昨日までのいやに上機嫌な私は一体この胸のどこら辺を彷徨っている事やら。

 

「何だ? キョンの奴また休みかよ?」

 

何とも忌々しい声が教室中に響く。朝一から間抜けなトーンで声を上げてくれるな。

 

「先生、何か連絡入ってますか?」

 

お? 意外と良い質問をする奴も居るじゃないか……と思ったら相方の国木田だった。まあアホの谷口よりは頭が回るのだろう。

 

「あ~、まだ入ってないな。昨日も連絡が入らなかったし、先生が後で連絡しておこう」

 

……正直驚きはしなかった。自分や他の団員に連絡が入っていないのに学校に連絡を入れているとは甚だ思えなかったからだ。だが、それとは別に何かもやもやとしたものが立ちこめてきた気がして窓の外に目をやる。しかし、そこにはガラスの向こうの風景に映り込む半透明の空席が居座っていて、あたしはすぐさま身体を机に突っ伏すこととなった。まだ今日が始まってから九時間ばかりしか経っていないというのに……憂鬱だ。

 

 

 

 

「ハルにゃ~ん!」

 

昼休みの部室でもう一度鞄の中をひっくり返している時、聞き慣れた声と共に爆竹が破裂したような勢いで笑顔をを撒き散らす上級生…もとい、SOS団の名誉顧問が突撃してきた。

 

「おめでとさんっ! キョン君に告られたんだって? 鶴屋さんへの報告がまだだよっ!」

 

挨拶も返さない内に用件を全て聞いてしまっていた。相変わらずなマシンガントーカーだ。

 

「あ……だ、だr」
「みくるだよっ!」

 

だろうけど、カウンターがちょっと早すぎやしませんか?先輩。

 

「いやぁ~感慨深いねぇ~。スポーツで汗を流して、鍋と雪山で温め合って育んできた愛が実ったなんてお姉さん嬉しいさっ!」

 

それ全部鶴屋さんが関わってるイベントじゃない。

 

「それだけ印象深い出来事だったってことさっ! それにしてもうらやましい!北高一の美男美女カップルの誕生だねっ!」
いや、冗談なのは分かってる。それでも顔に血液が流れ込んで来たのは「美男美女」という言葉の後に続いた外来語のせいだ。

 

「カ、カップルって……」
「実際そうじゃんか!」

 

ケタケタとお腹を押さえて笑う名誉顧問。その言動に悪気がない事は分かっているが、どうもからかわれている気がしてならない。というか十中八九そうなのだろう。目に涙まで浮かべている。

 

「先越されちゃったねぇ! キョン君も羨ましい限りっさ! ハルにゃんが彼女だなんてそこら中の男どもが黙って無いよっ! あ、この場合はハルにゃんを羨ましがればよかったかな?」

 

意地悪く、確実に意地悪く私の脇腹を肘で突く名誉顧問。今日はどうも上手くペースがつかめない。二の句が継げない。何も言葉が出てこない。

 

「もうこれ以上ないくらいの幸せカポーになるんだよっ! 名誉顧問からのお願いさっ!」

律儀な事に以前進呈した腕章を何処からともなく取り出し、右手の人差指でくるくると回しながら名誉顧問その人もくるくると回っている。何処だ?何処でそんな器用な曲芸を身に付けた?

 

「んで、何でこんな所に居るんだいっ? 探し物?」

 

ピタッと音の鳴る様な止まり方で回転を止め、新体操の終演で決める様なポーズを作る名誉顧問。実に綺麗に決まっている。

 

「うん……。携帯が無いの。昨日ここに忘れて帰ったと思ったんだけど何処にも無くて……」と、そこまで言った所でもう少し前に気付いても良かった疑問が脳裏に浮かんだ。

 

「……ってか、何であたしがここに居るって分かったの?」

 

まだ昼休みが始まってから五分も経っていないというのに。よくもここに居る事が割り出せたものだ。

 

「ああ、キョン君との事は昨夜の内にみくるから電話で聞いたんだけどね、じっくりとハルにゃんをからかおうと思って昼休みに突撃する計画を立てたのさっ。んで今さっき教室に冷やかしに行ったらハルにゃんもう居なくってね。そしたらあの映画の撮影で一緒になった子が居てさ、『涼宮ならさっさと出て行きましたよ。多分アジトです』って教えてくれたのさっ!何て言ったっけ?ほら、あのみくると一緒に池にダイブかました子!」

 

谷口。アホの、谷口。

 

「そうそう! で、言われた通りここに来たわけっさっ!」

そう言う事だったか。つまりあと少し教室を出るのが遅れていたらあたしはこの爆裂年中春色マシンガントーカー名誉顧問(いい意味で)とクラスの連中の視線と言う大艦隊群からマグマも溶かす様な集中砲火を受ける事になっていたわけだ。普段から鍛えている韋駄天パワーがこういう時に役に立つとは思わなかった。

 

「ん、そういやキョン君も見なかったね? お休みなのかいっ?」

 

分からない。すぐに口から出た。

 

「昨日は無断……欠席で、今日も連絡入れてないみたい。携帯に着信でもあるかと思って朝も部室に来たんだけど……」
その肝心の携帯電話が無いのだ。現在の所そこで物事が詰まっている。

 

「なるほどね……。そりゃ~ミステリーっさ!」

そう言いつつ椅子に座ってずっと左手に持っていた包みを開く名誉顧問。

 

「食べ終わった後で一緒に探すにょろ! でも今は脳が使う栄養が勉強のせいで全部出て行っちゃってるのっさっ!」

 

補給補給、と笑いながら早速玉子焼きを口に放り込む姿を見て新たな疑問が浮かぶ。

 

「あれ?お弁当はいつもみくるちゃんと食べてるんじゃなかったっけ?」

言い終るか終わらないかの内に飛んでくるカウンター。

 

 

「休みだよっ!」




赤色エピローグ 3章-2

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最終更新:2010年03月17日 16:33