【時のパズル~迷いこんだ少女~】
第8章 『一人きりの日曜、戻ってきた土曜』


「い……い、いいやあああぁあぁぁあぁああああ!!!!!!!!!」

広場にあたしの悲鳴が響き渡る。キョンが倒れている。ぴくりともしていない、腹部に銃弾を喰らったせいだ。
古泉君は撃たれたキョンを見て呆然としている。そして、キョンに発砲した『犯人』がこちらを向いた。
「……なんだ、ハルにゃんもいたのかい? これは手間が省けたね」
……その犯人『鶴屋さん』は、こっちを見て笑っていた。状況が把握出来ず、あたしは固まっていた。一体何がどうなってるのよ?
「今まで事故に見せかけたりさ。古泉君のせいにしようとしたり、面倒な事してたけどさ……。上手くいかなくて困ってたんだ……」
鶴屋さんがぶつぶつ呟きながら広場の中心へと向かって来る。片手に拳銃を握りながら。
「……それにしてもさ」
そして、この凄惨な場面に似つかわしくない、いつも通りの笑顔で鶴屋さんは『言った』。

「ほんと、あの時ハルにゃんが死んでくれれば、『キョン君も死なずに』済んだのにね」

その言葉をあたしの脳が理解した瞬間、固まったままだったあたしの体が意思とは関係なく動き出した。
「……ッッこぉんのぉぉぉおおおおーーーー!!!」
あたしは、鶴屋さんに突進する。許さない……この人だけは……こいつだけは……許さない! 今のあたしは、それだけを考えていた。
あたしの突然の行動に驚いた鶴屋さんが、手にしていた銃の銃口をあたしに向ける。しかし、そんな事も今のあたしには関係ない。あたしは更に距離を詰めた。
そして、残り数メートル……。
「―――いけませんっ、涼宮さん!!」
そう誰かの声が聞こえたと同時に、あたしはなにかに突き飛ばされた。そして……
『ズドォンッ!』
次の瞬間、再び『凶弾』が放たれた。
あたしが地面に倒れこむ寸前に見た光景は、あたしに体当たりしていた古泉君の姿だった……。






頭が割れるように痛む。あたしは地面に倒れていた。どうやら古泉君に突き飛ばされた後、頭をぶつけたようだ。
真っ暗だ。さっきまで、まだぼんやりと太陽が残っていたのに……。意識を失っていたのだろうか?
あたしは起き上がろうとしたが、体が動かない。
……なに?
そして、ようやく気が付いた。『なにか』いる……。あたしの上にのしかかり、あたしの動きを封じている『なにか』が。
パンッ
顔を叩かれた。それでようやく、あたしははっきりとその『なにか』を確認する事ができた。
「どうしたのかな? 逃げれるもんなら逃げてみなよ」
今、あたしの上に覆いかぶさり、ナイフを振り上げている人物。……この声は……『あいつ』だ。
それに気付いた瞬間、あたしの頭には、さき程の怒りが再びぶり返した。
人の良い振りをし、あたしたちに近づいてきた……ゆっくりと麻薬のように……。
信じていたのに……! あたしを殺そうとした。古泉君を利用した。そして……そして……キョンを撃った―――――!!

『絶対に許さないっ!!』

「鶴屋さんっ!あんた、よっくもぉお!!」
あたしの突然の罵声に、あたしの上にいた覆いかぶさっていた物『鶴屋さんは』驚いて顔を上げた。
その顔には正体を隠すためであろう銀行強盗がつけているようなマスクが付いていた。
腕の拘束が緩んだ。動かせる。
『腕が使える』
あたしは不意に思い出し、鶴屋さんのがら空きの脇の下に掌底を叩き込んだ。ここは急所の一つだ。
「っがふっ!」
覆いかぶさっていた体が離れる。
『膝が使える』
そして、立ち上がる勢いのまま目の前にある顔に向けて膝蹴りを喰らわした。
「ぐぎゃっ!」
浅い。でも、十分過ぎる威力があったようだ。さっきとは逆に今度は鶴屋さんが仰向けに倒れた。あたしは自由になった。
あたしは素早く立ち上がり、周りを確認した。キョンを探したのだ。
鶴屋さんが発砲した『凶弾』に当たり、倒れていた筈のキョンを。しかし、その姿が見当たらない。
代わりにあったのは、すぐ横に落ちていた本屋の買い物袋だけだった。あたしが買った物だ。
と、いうことは今は……。
「……うぅ……」
呻き声が聞こえた。鶴屋さんが、上体を起き上がらせようとしている。
しかし、それよりも先にあたしは袋を手に取り、一目散に公園を後にした。

今は『日曜日』。
あたしはまた跳んだんだ。キョンは無事だ。『今』はまだ……!

「お帰りハルヒ、どうしたの? そんなに息を切らせて?」
家に到着すると、母さんが居間から顔を出し聞いてきた。
「はぁ……はぁ……ちょっと……はぁ……走って帰ってきたから……」
そう返事をし、あたしはすぐに二階の自分の部屋に入った。そして、部屋に入るなりあたしはベッドに倒れこんだ。
息も絶え絶えにして、枕を掴みシーツに噛み付きながら、あたしは震えていた。
あたしは『鶴屋さん』に習った護身術で『鶴屋さん』から身を護る事ができた。……皮肉なものだ。
でも、そんな事はどうでもいい。そんな事より、今はキョンの事を考えないといけない。
キョンは土曜日あの公園で撃たれる。鶴屋さんによってだ。弾は腹部に命中したようだけど、死ぬかもしれないのだ。
あたしはどうしたらいい? キョンを助けるためには、どうすればいいの?
今のうちにキョンに伝えようか? いや、それは無駄だ。時間を再構成させる云々じゃない。
『今』のキョンが、信じてくれる筈がないからだ。水曜日のキョンでも、あたしを信じてくれなかったんだ。
日曜日になんて、信じてくれるわけない。少なくても、木曜日以降の事情を理解したキョンでないといけない。そのキョンじゃないと……あたしの味方にはなってくれない。
あたしの味方……。そうだ……キョンはあたしの味方になったから撃たれたんだ。
キョンが撃たれてしまったのは、あたしの責任だ。あたしがキョンに頼ったりしたから、あんな事に……。
なら、なんとしてもキョンを助けなければいけない。これまで何度となくキョンは、あたしを助けてくれたんだ。なら、今度はあたしがキョンを助ける番だ。
そう……だからだ。キョンを助けるためだからこそ、あたしは日曜日に戻ってこれたんだ。
命の危険が待ち受ける日曜日に。

でも、その方法はどうすればいい? 時間を置いて相手に情報を伝える。少なくても木曜日以降になるまで……。
「……! 手紙よ!」
そうだ、あの犯人探しをするために使った手紙。あれと同じ事をやればいいんだ。
「でも……誰に出したらいいの?」
手紙を出す人物。必要な時期が来るまで、手紙を黙って保管してくれる人物だ。
三通の手紙を預かってもらっていた人物である鶴屋さんは問題外だ。
キョンはさっき言ったように、木曜日になるまでに手紙を手にしても意味がない。キョンから相談されて、協力してくれた有希も同様だ。
古泉君……駄目だ。古泉君は鶴屋さんに利用されていたようだ。なんらかの監視や制約を受けていたと見たほうがいい。
それなら他に誰がいる……? あたしが信頼できて、尚且つ約束の時間まで、手紙を黙って保管してくれる人物は?
そして、あたしは一人の少女を思い浮かべた。
「……みくるちゃん」
そうだ。あの子がいた。一つ年上のあたしたちSOS団の仲間。みくるちゃんなら、きっと助けてくれる。
でも……あたしは鶴屋さんを思い出した。信頼してたのに、裏切られた。もしかしたら、みくるちゃんも裏切るかもしれない。
……いえ、みくるちゃんはそんな事しないわ。あの子はそんな器用な事が出来る子じゃない、なにより……

「団長が、団員を信じないでどうすんのよ……!」

「……四通目」
これを出してしまったら、もしかしたら過去が再構成されてしまうかもしれない。
この『四通目』は、キョンに『真犯人』と『キョンが撃たれた事』を告げるためのものだ。
これを書けば、時間が再構成されるのは間違いなかった。
あたしたちが、この一週間必死になって避けていた時間の再構成。それをあたしはやろうとしている。
この手紙を出せば、時間は再構成される。土曜日だけではない。『土曜日にキョンが撃たれた』からこそ、あたしは日曜日にいるんだ。
土曜日に撃たれたキョンがいなくなれば、ここにいる『日曜日のあたし』も変わってしまうだろう。
そうすれば、キョンは土曜日に犯人と対峙するという危険な事も止める筈だ。でもそうすると、あたしのタイムリープは解除されなくなるかもしれない。
それでも構わない。キョンが撃たれる未来、そんな未来がなくなるのならば、そんな事まったく構わない。

あたしは起き上がって、机の引き出しからレターセットを取り出した。
手紙を書くためだ。でも、そこでふと思いついた。そもそも四通目の手紙を出さなくても、三通の手紙を用意しなければ未来は変わるのではないか?
……いや駄目だ。キョンたちはただ手紙を受け取るだけではいけない。事情を木曜日までは知らないといけないんだ。
この手紙は、そこに組み込まれたものである。木曜日以降のキョンをたちは、事情を知らなければいけないんだ。
ならば、あの三通の手紙も用意しないといけない。恐らく、これを手にした鶴屋さんは内容を改竄したんだろう。古泉君が疑われたのも、きっとそのせいだ。
だが、やるしかない。あたしは忌々しく思いながらも階下へ降り、タウンページで鶴屋さん宅の住所をメモし、それをレターセットと切手と共に鞄にしまった。
ついでに、忘れないうちに月曜日の時間割も鞄に詰め込んでおいた。

そして、四通目の手紙を書くため、あたしはまず、宛名にみくるちゃんの名前と住所を書き込んだ。
それと、差出人の所には【木曜日を過ぎたら、何も聞かずに、すぐ俺に渡してください『キョン』】と、他の三通とは違う文を書き記した。
便箋を取り出し、あたしは文面の作成に取り掛かった。どう書くべきだろうか……。
あたしは少し考えて、日曜日の事を書いた。鶴屋さんがあたしを襲った事、それがタイムリープの原因になったこと。
月曜日に頭が痛かったのも、そのせいだという事。そして、あたしが無事逃げ延びた事。

そして、あたしは土曜日の事を書き込み始めた。
キョンが古泉君を犯人と勘違いして、公園に呼びだした事。古泉君は無実であった事。二人の推理は鶴屋さんによって操作されたものだった事。
そして……キョンが腹部を撃たれた事。

『鶴屋さんは、とても残忍で、容赦のない人よ。お願いだから古泉君を呼び出すのは止めて、必ず彼女も来る事になるわ。
 あたしの事は心配しなくても大丈夫。二人のお陰で、この一週間で色々学べたし、時間が再構成されたとしても、一人でなんとかしてみせるわ。
 だから、逃げて。キョンは死んじゃいけないの、お願い。もう一度言うわ、お願い死なないで。』

あたしはペンを置いた。『手紙』を折りたたみ、封筒に入れて切手を貼り付けた。
そして、すぐに家に近くのポストに投函しに行った。今はもう真夜中だ。回収に来るのは月曜日になる。
その後、みくるちゃんの家に届き、木曜日か金曜日には、キョンの元に届く事になるだろう。

あたしは存在しない『四通目』を書いた。手紙も出した。時間は再構成される筈だ。でも、それはどのように変化を起こすのだろう?
ひょっとして、もう再構成は始まっているのか? だとしたら、『明日』はいつになるのだろうか?
二人がいれば、疑問に答えてくれたかもしれないけど、ここにはいない。あたし一人しかいないんだ。

その後、夕ご飯と入浴をすませた。お風呂に入ったお陰で、後頭部のたんこぶは熱を持ち、痛みを増したように思える。
『訓練』を受けた後のあたしなら受身も取る事ができただろうが、押し倒された『時点』のあたしは受身の『う』の字も知らなかったのだから仕方がない。
でも、その衝撃がなければ、タイムリープ現象は、発現しなかったかもしれない。
だとしたら、それはきっと幸運な事だったんだろう。タイムリープがなければ、あたしはきっと鶴屋さんの凶刃の餌食になっていたんだから。
最初は、疎ましいと思っていたこの現象だけど、タイムリープはあたしを助けてくれたんだ。

しかし、この頭の痛みはどうにかならないのかしらね? これでは、眠りたくても眠れないではないか。
タイムリープをするためにベッドの中に潜り込んでいたが、あまりもの頭痛で眠るどころではなかった。
実際、眠らなくてもこのまま日曜日を終わらせれば、勝手にリープするのだろうけど、いつまでもこの痛みに付き合うのも嫌だった。
仕方がない……そう思いあたしは、階下に降りた。

「ねえ、親父。お酒一杯もらえない?」
あたしは居間で晩酌していた親父に酒をねだった。睡眠剤代わりにする為だ。
しかし、親父もその横にいた母さんも激しく難色を示した。
「ハ、ハルヒ!? なにを言ってるんだ?」
「そ、そうよ!? お、お酒なんてハルヒにはまだ早いわよ!?」
? 二人の様子はなんだかおかしかった。どうしたのかしらね?
「大丈夫よ。ちょっと寝付けないから、薬代わりにしたかっただけだから」
「で、でもねハルヒ……」
尚も、二人は難色を示していたので、あたしは我慢できなくなり、テーブルに置いてある。親父の飲みかけのグラスを掠め取った。
「「ああ!?」」
そして、あたしはそれを一気に飲み干した。一気飲みしたからだろうか、急激に血行が良くなってきて逆に痛みがましたように思える。
「もう……! こんなもんじゃ足りないわね」
そう言って、あたしは固まっている二人を余所に浴びるように酒を飲んだ。
そうしてボトルを一本開けたぐらいで、ようやくあたしの目はトロンとしてきた。
「ハ、ハルヒ? もういいんじゃないか?」
「そうよ、明日も学校でしょ? もう寝ましょ? ね? いい子だから」
二人は明らかになにか焦っているようだったが、あたしも早く寝たかったから、それに黙って頷いた。
二人がなんとなくほっとしてるような顔をしていたのはなんでなのだろうか?

そうして、ベッドに潜り込んだあたしは意識が離れる前に考えた。
あたしの『明日』は、『いつ』になるのかしら? 時間が再構成されるとは、一体どのような事が起きるのだろうか?
再びあたしはこれまで過ごした一週間を繰り返す事になるのかしら? それとも、『再構成された後の土曜日』に、直接リープするのか?
あたしにはわからないし、またそんな事どうでもいい。ただ、キョンが撃たれるという未来さえ変わってくれれば……。

お願いキョン……無事でいてね――――
ただそれだけを願って、あたしは目を閉じた。





目を開く。夕暮れに染まる空。ここは公園だ。と、いう事はあたしは『土曜日』の夕方に戻ってきたのか。再び、リープしたんだ。
それに気付いて、あたしは遅まきながら周囲を確認した。
そこには……。

すべて同じだった。目の前に広がる光景は、なにもかも『跳ぶ前』と変っていなかった。
少し離れたところに、『跳ぶ前』とまったく同じ体勢でキョンが倒れていた。
「……だ、大丈夫ですか?涼宮さん?」
真横には、息を荒くさせた古泉君がいた。見れば、その肩は古泉君自身の血によって真っ赤に染まっていた。
そして……。
「まったく君はどれだけの人を巻き込めば気が済むんだい?」
そして……銃を手にしたままの鶴屋さんも『跳ぶ前』と同じように立っていた。

「……な、なんで……?」
あたしは、掠れた声で呟いた。
あたしは日曜日確かに、『四通目』の手紙を確かに出した。なのになんで?
手紙は届かなかったの? それとも、やっぱり『自然の復元力』のようなものが存在し、時間の再構成を妨げ修正したのか。
キョンは絶対に撃たれる羽目だったの?
「……嘘でしょ」
「嘘じゃないっさ、現実だよ」
鶴屋さんがあたしの呟きに答える。見れば、少し距離が離れている。飛びつかれないように、距離をとったのだろう。

「ハルにゃんには手こずらせられたけどね、もう助けてくれる人はいないよ。キョン君はあの通りだし。古泉君も、もう動けないだろ?」
確かにそうだ。もうあたしには、この状況を打破する手立てなんて残されていない。
「鶴屋さん……なんでこんな事を」
「…………」
しばらく静寂が続いた。そして、ようやく鶴屋さんが話し始める。
「…………十四人」
「え?」
「十四人、なんの数だかわかるかい?」
「…………?」
「わからないだろうね。まあ、当然だよね。これは君のせいで命を落とした部下の人数だよ」
「……な」
な、なにを言ってるのよ?
「鶴屋さん、それはっ!」
古泉君が、鶴屋さんを制止する。でも、なんの話をしてるのよ? あたしが殺した?
「うるさいよっ、古泉君! その女は知る必要があるんだよ! 自分が生きてるだけで、災厄を撒き散らし続ける害悪だって事をね!」
「…………」
古泉君が黙る。その銃口を己へと向けられたからだ。
「いい? 涼宮ハルヒ。さっき話したのは事実だよ。君は知らないんだろうけどね。君はその力を使って、十四人もの人間を殺したんだ。
 あたしだって最初は我慢したさ……これは仕方がないことなんだって。ハルにゃんもわざとやってるわけじゃないって納得……ううん、ごまかし続けてきた」
鶴屋さんが延々と喋り続ける。そして、不意にその声の質が下がった。
「でも……でも、お前は……あたしの親友まで殺した……! 幼い時から一緒だった……。高校に上り、別々の学校に別れても友達だった……あたしの親友を……。
 機関が出来て、あたしは上司としてあの子は部下として助け合っていた。でも……でも……そんな彼女も、お前のせいで死んだんだよ……!」
鶴屋さんがこの世全ての怨念を込めたような声を、そのまま叩きつけてくる。
「だから、あたしは決意した。こんな不幸のレールなんて壊してやるって。……だから、ハルにゃんを殺す事にしたんだよ」
そして、話は確信へと近づいていった。
「最初はさ、日曜日だったね。あの日、ここで君を殺そうとした。でも、逃げられちゃった。あたしは焦った。計画が失敗した。ばれたってね。
 でも、月曜日・火曜日と君を観察し続けていたけど、特に変った様子はなかった。あたしは思った、勘違いだったのかなってね。
 誰もあたしの事を口にしない、ならもう一度、そう思って水曜日『美術室』から植木鉢を落とした。キョン君のせいで避けられちゃったけどね」
「……でも、あの手紙には」
「そう、なにをハルにゃんがしたのかはわからないけど、あの手紙には水曜日の事が書いてあった。標的の仲間から手紙が来たんだよ? 開けるに決まってるじゃないか」
「……じゃあ」
「そう、内容は変えさせてもらったよ。そんな事一日もあれば、楽勝だったよ。筆跡をまねて捏造するなんてね」
「じゃあ……じゃあ、古泉君が屋上にいたというのも嘘なのね?」
「それは違うよ。あたしが変えたのは『美術部』の一枚だけさ。彼はその時間、ほんとに屋上にいたんだよ。機関への定期連絡をするためにね」
「機関?」
まただ、さっきも同じ言葉が出てきた。
「もちろん、あたしはそんな事は知らなかった。でも、あの手紙を見て、気付いた。そこで、あたしは考えたのさ。……古泉君を影武者に仕立ててやろうってね。
 運のいいことに、古泉君は日曜日に閉鎖空間で傷を負って、学校を休んでいたし、代役には持って来いだったよ」
更に語り続ける。
「そして、手紙を改竄する事を思いついた。運よくそれが出来る立場に、あたしはいたからね。そして、金曜日バイクで撥ねてやろうと思ったけど、これも失敗だったよ。
 高校生に見せかけないといけないと思ったから、車は止めてたんだけどね。今思えば車にしておけばよかったと思うよ」
「僕はそんな事、まったく気が付きませんでしたけどね……」
古泉君が口を挟む。鶴屋さんは古泉君の方をちらりと見る。
「それはそうだよ。そうなるように、あたしが仕向けたんだからね。あたしは上層部の一人だよ? 下っ端の部下の一人や二人に、偽の情報を持たせて、行動させるなんて朝飯前だよ。
 涼宮ハルヒの命を狙っているものがいる。だから、対象にばれないように、影から監視し続けろってね」

「……お陰で僕にはアリバイもなくなり、まんまと容疑者へと仕立て上げられたという事ですか……」
「そ? よく考えたでしょ? でも、いつハルにゃんたちの前に、古泉君が飛び出すんじゃないかって、正直気が気じゃなかったよ。古泉君は、少々SOS団に肩入れしすぎてたからね」
「…………」
「そして、金曜の夜。駅前に呼び出された。……これは、あたしにとっても一つの賭けだった。もしかしたら罠かもしれないって、思ってたからね」
そして、不意におかしそうに笑い出した。
「でもさ、あっはははははっ! まったく気付いてないんだもん! 正直笑っちゃったよ? こんな事なら、みくるを利用しなくてもよかったってね!」
その言葉に、あたしは驚いた。もしかして、みくるちゃんは共犯者だったの? 手紙がキョンに届かなかったかもしれないのは、そのせいだったの?
「みくるちゃんも? みくるちゃんも共犯者だったの?」
「ん? ……ふふふっ、みくるは違うよ。みくるはなにも知らない、利用しただけさ。ただ、みくるにはあたしのアリバイを証明するのに近くにいてもらいたかったからさ」
「アリバイ?」
「そうさ。いくら古泉君を身代わりに仕立て上げようと、あたしに辿り着かないとは言い切れないだろ? だから、みくるには計画を思いついた水曜日から、あたしの家に泊まらせておいたのさ。
 お泊り会と称してね。同じ仲間から、その時間にあたしが家にいたという証言があれば、あたしが犯人だなんて、夢にも思わないでしょ? ま、あたしも家から出るために、そっくりさんを探したりで大変だったけどさ」
そうか……そう言えば金曜日の夜、鶴屋さんがそんな事を言っていた。あの場にみくるちゃんを連れてきたのは、そのためだったんだ。
「正直さ……みくるを騙すって事だけは、ちょっとだけ気が引けたけどね」
「じゃあ、なんで護身術をあたしに教える事に了承なんてしたのよ?」
そうだ、確かにおかしい。自分の首を絞める事をなぜ、標的のあたしに教えたのだろうか?
「それも簡単だよ。油断させるためさ。あたしが協力者だって思わせれば、まさか、自分を狙う犯人だなんて思わないだろ?
 そうすれば、あたしが近くにいても油断してくれるからね。ほんとに、めがっさ上手く行き過ぎて、逆に怖いくらいだったよ」
そんな……あの『稽古』にもそんな裏があったなんて。
「そして、ほんの少しの間だけ人の良い先輩の振りをしようと思ったんだけどね。比較的早くチャンスが巡って来たんだよ」
「チャンスですって?」
「そうチャンスだよ。キョン君から、今日犯人と対決するって聞いたのさ。あたしは、古泉君に連絡入れられた事で少しだけ焦ったけど、気付いてないようだったからさ、利用させてもらったんだ。
 まさか、こんなに早く邪魔者をまとめて葬れるチャンスが来るとは思わなかったよ」
そうか、あの更衣室から聞こえていた会話は、やっぱりその事だったんだ。
「古泉君に罪を擦り付けようにもさ。話したらばれちゃうだろ? だから、一度にあたしの邪魔をする奴らを一掃するチャンスだったんだよ。
 彼らさえ始末してしまえば、もうハルにゃんを助けてくれる人はいないからね。ま、大物も一緒に喰らい付いてたけど」
そうして、鶴屋さんは銃口をあたしに向けた。
「長々と話したけど、これで終わりだね。なんで水曜日にあんな手紙を用意出来たのか、それだけは分からなかったけど、それももう関係ないし、別にいいよ。
 最後に、武道場であたしが言い掛けて止めた言葉を教えてあげるよ。……『君子危うきに近寄らず』世の中には絶対に勝てない相手もいるんだよ。
 そんな人の前にのこのこと出てきちゃ駄目って事さ。今度はしくじらないよ。そのために、わざわざ『こんな物』まで用意したんだからね」
完敗だ……。この人は、裏の裏まで考えていたんだ。緻密な計画を立てて、あたしの命を狙ってたんだ。あたしたち三人は、鶴屋さんに負けたのだ。
「ハルにゃんには手こずらせられたけどさ、これで終わりだよ。葬式ぐらいは出してあげるからね? 安心していいよ」
そうして、鶴屋さんは引き金に指をかけた。

あ……また……跳ぶ……。
あたしが、そう思った瞬間。

『終わったのは、あなたのほう』

不意に声が聞こえ、有希が現れた。手にもってるのは……銃?
突然の乱入者に鶴屋さんは動揺し、あたしに向けていた銃口を有希に移そうとした、しかし、それより一瞬早く有希は『発砲』した。
『プシュンッ』
鶴屋さんの銃とは違って、その銃は本当に弾が出たのかと疑うぐらい音がしなかった。サイレンサーが付いていたのだろう。
そして……。
鶴屋さんが、その『銃弾』によって『倒れた』。

「大丈夫? ごめんなさい……証拠を掴むぎりぎりまで、助けるのを見逃していた」
有希が、安否を謝罪と共に、訊いてくる。
「……え、ええ。それは構わないけど……でも、殺しちゃったの?」
あたしの質問に有希は、手に持っていたシルバーボディーの『銃』を持ち上げ、短く言った。
「麻酔銃。しばらく目覚めないけど、死んではいない」
じゃあ、眠っているだけなのか。よく耳を澄ませてみれば呼吸音も聞こえる。あたしを殺そうとした彼女だけれど、死んでいないとわかって、なぜか少しだけほっとした。

「キョン君! キョン君! しっかりしてくださぁ~~い!!」
突然の泣き声に驚き、また次の瞬間思い出した。一番大事なことを、キョンはどうなったの?
あたしはキョンの傍に駆け寄った。
「キョン!」
キョンの横にみくるちゃんがいたけど、そんな事を気にしている余裕はなかった。
「キョン! キョン、ねぇ! 目を開けなさいよっ!」
あたしは、ぴくりともしないキョンの体をぐらぐらと揺さぶった。
「落ち着いて」
あたしの横に立った。有希が言った。落ち着けですって!? キョンが……キョンが撃たれたっていうのに!
「大丈夫、彼は気絶しているだけ」
「は? 何を言ってるのよ? だって……だってお腹を撃たれたのよ!?」
「腹部だから大丈夫。現に血は出ていない」
本当だ。目を凝らし見てみると確かにYシャツに銃弾が命中した跡があるのに、そこからは血が全く出ていなかった。
「今、起こす」
そう言って有希は、キョンの上体を起こし、背中に回って活を入れた。
「うっ……」
キョンの口から、呻き声が漏れた。良かった……生きている。キョンは生きている……!

キョンは頭を振り、そして、ゆっくりと目を開いた。
「……うまくいったんだな……」
目を開き、辺りを見回したキョンは本当に安心したように呟いた。
あたしはキョンの無事に安堵し、そのあまりの嬉しさに抱きつこうとした。
「キョ… 「キョンくぅ~~~~~んっっ!!」 ンぐっ!?」
抱きつこうとしたその時、あたしよりも『先に』みくるちゃんがキョンに抱きついた。
「あ、朝比奈さん!?」
キョンはいきなりのびっくり展開に慌てふためいている。
「良かったです! 良かったですぅ! わたしキョン君が撃たれちゃった時は、どうしようってぇ~……」
みくるちゃんがその可愛い顔を涙でぼろぼろにしながら、キョンに抱きついている。
正直、あたしもさっきまでこみ上げてくるものがあったんだけど、このショックですっかり引っ込んでしまった。
まぁ、いいわ。あたしには『涙』なんて似合わないしね。
そうして、しばらく無言でその様子を見ていたが、なんかどんどんむかついてきたわね……。
「…………っとに! あんたらいつまでいちゃついてんのよっ!」
そう言って、あたしは背中からみくるちゃんをむりやり引き剥がした。
「きゃっ!?」
「いたっ!」
ついでに、キョンの顔を一発はたいてやった。
「ってぇ~……ハルヒ、お前なにすんだよ? 俺は怪我人なんだぞ?」
恨みがましくあたしを見詰めるキョンにあたしは言ってやった。。
「ふ~んだっ! 怪我人なら、怪我人らしくしてなさいよ! なによっ、いつまでもデレデレしちゃって!」
「デレデレって……お前なあ……」
「まあまあ、いいじゃないですか?」
キョンがあたしに反論しようと、口を開いた時、今まで黙っていたままだった古泉君が発言した。
「こ、古泉君!? 大丈夫だったの!?」
……いけないすっかり忘れていた。古泉君もキョンと同じで、鶴屋さんに撃たれていたのだ。
しかもキョンとは違って、その肩からは夥しい量の赤色の液体が伝っていた。明らかに彼の方がやばそうだ。
「ええ、まあ……命には別状ありません。応急処置として止血もしましたし」
そう言われ、古泉君を見てみると上着を脱ぎ捨ててシャツを破って傷口の止血をしたのだろう、ところどころ赤くなった布が巻かれていた。
「でも、病院には行かないといけないでしょうけどね」
そう言って古泉君は苦笑いした。

「悪かったな古泉。危険な橋を渡らせちまって」
キョンが言う。
「いえ、それはあなたも同じじゃないですか、お互い様ですよ。気にしないで下さい」
そう言って、古泉君はフォローした。

「警察と救急車を呼ぶ」
そう言って、有希が携帯電話を古泉君に手渡した。
「僕がやるんですか? 一応怪我人なんですが……わかりました。呼びますよ」
そう言ってなんだか色々な事を諦めたような顔をして、古泉君は電話した。

「――呼びましたよ。それじゃあ涼宮さんと長門さんは、彼と一緒に行ってください」
携帯電話を有希に返し終わり、古泉君が言った。
「いいのか? 古泉」
「ええ、ここは僕と朝比奈さんに任してください。ね、朝比奈さん?」
「え? あ、は、はい! 任せてくださぁい」
突然話を振られたみくるちゃんは、驚きながらも了承した。
「本当にいいの? 古泉君、みくるちゃん?」
「ええ、今はまだお二方共々混乱していますでしょう? だから、今日は帰ってください。僕たちでなんとかします」
「……でも」
古泉君は、怪我もしてるのに……。
「だ、大丈夫ですっ! 涼宮さん。わ、わたしも手伝いますからっ!」
みくるちゃんがそう言ってくる。二人は、あたしたちを気遣って言ってくれてるんだ。なら今回は素直に甘える事にしよう。

「立てる? キョン?」
「……ああ」
そう言って立ち上がろうとしたキョンは、立ち上がろうとした瞬間口を歪ませた。血は出てなかったけど、やっぱりダメージを受けていたんだ。
「大丈夫!? キョンも病院に行った方が……!」
「大丈夫だ。ただの打撲だろうからな」
そう言って、キョンは苦しいだろうが、なんとか一人で立ち上がった。
しかし、すぐによろめいてしまう。
「キョン!」
あたしは、すぐにキョンの肩に手を回した、支えてやるためだ。
「……大丈夫だハルヒ」
そんなつらそうな顔をしてなにが大丈夫なものか! キョンはそんなことを言う。だから……
「うっさいわねっ! ふらふらしてるくせにかっこ付けてんじゃないわよ!」
思ってることを、そのまま言ってやった。

「じゃあ、行くわね」
「待って」
有希が止めてくる。
「どうしたのよ?」
「レコーダーはどうしたの?」
「……あ、いけない。飛び出した時に落としたままだったわ」
「おいおい……」
キョンがやれやれとでも言いたげに、首を振る。
「わ、悪かったわよ。有希、ちょっとお願い」
あたしは有希にキョンの支えをお願いして、茂みに落ちたレコーダーを回収した。録音ボタンが、動き続けていたままだったので、スイッチを切った。
「それじゃあ、僕に」
そう申し出た古泉君にあたしは、イヤホンを外してICレコーダーを渡した。
「お願いね」
「ええ、承りました。さあ、早く行ってください。逃げられなくなりますよ」
鶴屋さんをちらりと見て言った古泉君の言葉に頷き、あたしは再びキョンに肩を貸し、三人で『公園』から出て行った。

公園を出て、どこに向かうのか訊ねるあたしに、有希はキョンの家を指定した。
「あたしの家の方が近いわよ?」
「彼は怪我をしている。治療するには自分の家の方が落ち着ける筈」
納得出来るような出来ないような事を言うが、キョンが自宅を指定したのであたしたちはキョンの家に行く事にした。
あたしたちは通りがかったタクシーを捕まえ、一路キョンの家に向かった。
発進した後、少しして遠くの方からサイレンの音が近づいてくるのがわかった。

タクシーの中で、キョンが聞いてきた。
「で、ハルヒ? 日曜日はすべて終わらせてきたんだろうな?」
「ええ。でも、わからないことだらけよ」
「それは家に着いたらゆっくり教えてやるさ。それよりも、ようやくゲームセットだ。お前の日常もこれで元通りだ」
「……ほんとに?」
「ああ。そもそもタイムリープを起こした原因を壊したんだ。空白もすべてなくなったし、もう跳べる『時間』もない。これで終わりだ」
「……そっか」
「ああ、お疲れ様だったな。ハルヒ」
「ううん、こちらこそ」

そうして、あたしたちを乗せたタクシーは走る。キョンの家に、安息を求めるために。


第8章 了。