【時のパズル~迷いこんだ少女~】
終章 『まだ終わらない』


キョンの家に到着したあたしたちは、勘定を済ませて(あたしとキョンは財布を持っていなかったので、有希が払ってくれた)門を潜った。
「もういいぞ」
玄関に辿り着き、キョンは肩を支えていたあたしにそう言ってきた。
「なに言ってんのよ」
「あいつには、余計な心配かけさせたくないんだ。大丈夫、部屋に行くだけだろ。一人でも問題ないさ」
「…………」
『あいつ』とはきっと妹ちゃんの事だろう。あたしもキョンの気遣いがわかったから黙って回していた腕を解いた。
「でも、きつかったら意地張らないですぐに言うのよ?」
「ああ」
そうして、あたしたちはドアを開いた。

「ただいま」
「あ、キョン君おかえり~」
部屋の奥から妹ちゃんの声が聞こえてくる。ぱたぱたと近づいてくる足音がする。
「あれ?」
妹ちゃんはキョンの横にいるあたしと有希に、気付いたようだ。その顔がだんだんと緩んでくる。
「わぁ~ハルにゃんと有希も来てたの? なに? なに? 今日はSOS団の活動なの?」
「そんなとこだ」
キョンが答え玄関から上がる。お腹が痛むだろうに、ぐっと堪えてなんでもない風を装っていた。
「そうなんだ! ねぇ、キョン君。わたしも一緒に遊んでもいいでしょー?」
「駄目です。お遊びじゃないんだから、お前はシャミセンとでも遊んでなさい、貸してやるから」
「ぶ~キョン君のいじわるっ!」
そう言って、妹ちゃんは居間の奥に消えてしまった……
「ハルにゃんと有希はゆっくりしていってねー」
と思ったら、ひょっこり顔を出して言ってきた。

なんとかキョンは階段を上り終え、ようやくあたしたちはキョンの部屋に来た。
? なんだろう……? キョンの部屋には何回か入ったけど、つい最近入ったような気がする。既視感(デジャブ)ってやつかしらね?

「手当てする。見せて」
立ち尽くしていたあたしを余所に、有希がキョンの手当てを始めた。
「いいよ、道具を貸してくれ。自分でやるよ」
「駄目」
有希が譲らないと分かったのだろう。キョンも仕方なしに、ブレザー、Yシャツと順に上着を脱いだ。
さすがにTシャツは脱がなかったけど、シャツをめくり上げるとキョンのお腹には、さらしがぎちぎちと巻いてあった。
そうして、それを解くと光を放つ物が見えた。なんだろう? そう思ってあたしが覗き込むとそこには薄い鉄板のようなものが貼り付けてあった。
「それは?」
「特殊合金で作った鉄板」
有希が答える。そうして、ようやくさらしを巻き取り終え、鉄板だけになったよく見ると、真ん中の少し横に銃弾がめり込んでいた。
さらしを貫通して、その位置で止まったのだろう。そして、留め金を外し鉄板を取ると、銃弾がめり込んでいた部位は赤黒く腫れ上がっていた。
「ひどい……」
思わずそう呟く。有希が軽くそれに触れてみた。
「ッッ!!」
とても痛そうだ。キョンは歯を食いしばって痛みに堪えている。
「すぐに治療する。大丈夫、内出血により腫れ上がっているけれど、これならすぐに治る。骨や臓器は損傷していない、ただの打撲」
有希が素早く的確に診断する。そして、どこから出したのか救急道具が入った袋を取り出し、中から無臭の湿布と真新しい包帯を取り出した。
そうして、有希は湿布を貼り付け、どこか手馴れた動きで包帯を巻いた。
「……ちょっときついぞ」
「少しぐらいきつい方がいい」
そうしてキョンの治療が終わった。

「じゃあ、説明する事にするか」
「もういいの?」
まだ、キョンは傷が痛むだろう。説明は訊きたかったが、一応確認してみた。
「ああ。話をするぐらいなら、なんでもないからな」
「わかったわ」
多少は苦しいのだろうけど、キョンはそれを隠そうとしているんだ、ならば野暮な事は言わない事にしよう。
「それで、なにから訊きたいんだ?」
「なにって……全部よ。わかんない事全部!」
「全部ね……なにから話すかな……」
「取りあえず、鶴屋さんが真犯人だってキョンには分かってたんでしょ? それはどうしてよ?」
あたしは一番気になっていた事をまず聞いた。
『……うまくいったんだな……』キョンは目覚めた時こう言っていた。つまり、鶴屋さんが犯人だと気付いていたという事だ。
「それなんだがな……実は今日の途中まではわからなかったんだ」
「どういう事よ?」
「……ああ、実はな―――」
そう言って、キョンはまず脱ぎ捨てたブレザーを引き寄せ、ポケットから一通の封筒を取り出して見せた。
「これを見て気付いたんだ」
「それは……」
見覚えのある封筒。それは、あたしがキョンを助けるために、みくるちゃんに出した『四通目』の手紙だった。
「今日の訓練中。朝比奈さんが俺を訊ねてきただろう?」
あたしは思い出す。そういえばそんな事もあった。
「あの時、この手紙を渡されてな。それで気付く事が出来たんだ」
「……でも」
「ん?」
「どうして、それを今日キョンに渡したのよ?」
そうだ。その手紙には【木曜日を過ぎたら、何も聞かずに、すぐ俺に渡してください『キョン』】と書き記しておいたんだ。
普通は木曜日。遅くても、金曜日にはキョンの手に渡っていた筈だ。
「ああ、その事か……。金曜日の事を思い出してみろ」
「金曜日?」
あたしは思い出してみる。そうすると……あ。
「そうだ。朝比奈さんは水曜日から金曜日まで、鶴屋さんの家に泊まっていたんだ。だから、家には不在だったんだよ」
「そっか、だから気付くのが遅れたのね」
「ああ。朝比奈さんの話では、火曜日にはまだ、ポストになかったそうだから、水曜日に入ったんだろう。だから、水曜日から家を空けていた朝比奈さんは、その手紙に気がつけなかったんだ」
「そうだったのね。でも、鶴屋さんもほんとタイミングの悪い時に、そんなことを計画したわね」
「逆だよハルヒ」
「逆?」
「そうだ。水曜日から金曜日のお泊り会。これが最善のタイミングだったんだ」
「どういう事よ?」
これは朝比奈さんから聞いた話だけどな、とキョンは付け加えて、
「鶴屋さんは、朝比奈さんに手紙の事を話したらしいんだ」
「手紙って『四通目』を?」
「違う。その前の三通についてだ。朝比奈さんに俺たちの事を知っているか確認したそうなんだ。おそらく同じSOS団の仲間からなら、なんらかの情報を聞きだせると思っていたんだろう。
 もちろん朝比奈さんはそんな手紙の事は知らないかった。それがよかったんだ」
あたしは黙って訊く。
「いいか? もし、この手紙が『火曜日』に届いてたとする。もちろん朝比奈さんは不審に思うだろう。俺たちの事情を知らないんだからな。
 もちろん鶴屋さんが犯人だなんて、あの時点では想像すらしてない筈だ。手紙の内容も勿論分からないだろう。そんな時に、もし鶴屋さんが、似た文面の封筒朝比奈さんに見せていたらどうなっていたと思う?」
「…………」
あたしはキョンの説明を聞き、その場合に起こりうる事を想像し背筋が寒くなってきた。
「そして、木曜日にこの手紙を見つけた場合、俺に直接知らさせてくれる可能性の方が勿論高いが、高確率で『四通目』があった事は、鶴屋さんの耳にも入っただろう。
 つまり、『水曜日から金曜日の夜』までは、絶対に手紙を受け取ってはいけない期間だったんだよ」
あたしは血の気が引いていた。鶴屋さんが、結果として水曜日から金曜日にみくるちゃんを拘束してくれたからよかったものの、もし失敗していればあたしたちは全員死んでいたかもしれないのだ。
「鶴屋さんは、自分の罪を偽装するために朝比奈さんを『利用』した。だが、結果としてそれが自分の首を絞める結果になったんだ」

でも、あたしには一つ分からない事があった。
「鶴屋さんが犯人だと気付いた方法はわかったわ。でも、なんでキョンは古泉君と対峙したのよ? あたしは、止めてって書いた筈よ。どうして逃げなかったのよ?」
「時間を再構成させて、それでもなおハルヒを助ける自信が俺にはなかったんだよ」
あたしはようやく分かった。
キョンはあたしの手紙によって、『撃たれる事』が『撃たれる前』に分かっていたんだ。つまり、『予備知識』を持っていたんだ。
キョンが手紙を読んだ事により回避したとするならば、そこで時間は再構成されてしまった筈だ。
だから、あえてキョンは『撃たれる事』を前提として、自分の身を護るための手段を考えたんだ。
「じゃあ、途中で有希が帰ったのは……」
「俺の体を護るための物を調達してもらっていた。そして、俺がハルヒを家に送って、一時間待たせていたのは、それを身に付け策を練るためだ。時間ぎりぎりだったからな、かなり焦ったよ」
「それにしたって……」
いくらあたしの手紙で、腹部に銃弾が当たる事が分かってたとしても、有希が調達した『防具』がそれを防いでくれる保証はなかった筈だ。
現にキョンは、かなりのダメージを受けている。
それなのになんで?
そうすると、キョンは罰が悪そうな顔をして言った。
「さすがに恐怖はあったし、気が引けた、逃げようとも思った。でも、ハルヒに逃げるなって言った俺が逃げるなんて、格好悪い真似出来なかったからさ」
「……ばか」
「そうだな……俺もそう思うよ」
あたしはなんてキョンに言っていいか分からなかった。あの対峙の前、あたしはキョンを非難した『所詮、他人事だ』と。
なのに、キョンはあの時にはもう『撃たれる事』を知っていた。
たとえ、『予備知識』があったとはいえ、それも絶対ではない。本当に死んでしまう危険性もあったのに、キョンはやってくれたんだ。
時間を再構成させないために、あたしを助けるために、『逃げよう』としていた、あたしのために。

「…………」
黙っていたあたしを見てキョンは言ってくれた。
「気にするなハルヒ。俺が自分で選択した事なんだからな」
「……でも」
「それより、まだ話してない事があるんだ。そっちの話でも訊けよ、な?」
「……わかったわ。それで、まだ話してない事って?」
「古泉の事だ」
古泉君……そうだ。キョンたちが、最初に犯人だと疑っていた人物だ。
「さっきも話した通り、朝比奈さんが『四通目』を渡してくれるまで、俺たちは古泉を犯人として疑っていた」
「うん」
「録音したものを聞かせた時、言ったよな、『武道場から出て行った一回目に録音したもの』だって」
確かに、そんなことを言っていた。
「つまり、その電話の時点では俺たちは古泉と対決する為の準備をしていたんだ。正直運が良かった」
「なにが良かったのよ?」
「電話の仕方さ。俺はハルヒを襲ったのは古泉だとは一度も言わなかったんだ。ただ、ハルヒに何かが起きているのを知っているな?それだけを言ったんだ」
「別に変なとこはないと思うけど……」
「古泉は、上司……おそらく鶴屋さんに命じられてハルヒを陰で観察していた筈だ」
その通りだ。キョンが気絶している間に、鶴屋さんが喋っていた。
「だから、ハルヒを観察していることが、何故俺に知られたのか、わからなかったんだろう。そこで、もし俺がお前が殺そうとしているなんて言われたら、はったりを言ってると思われて話に応じてくれなかったかもしれない」
なるほどね。
「確かに運が良かったわね」

そこであたしは、更に一つの事が疑問に残った。
「ねえキョン? 古泉君はキョンが電話した時点では、犯人が鶴屋さんだとは知らなかったのよね?」
「そうだ」
「なのにあの対峙の時、古泉君はなんで事情を知ってるようだったのよ?」
キョンはにやりと笑った。
「それも朝比奈さんのお陰さ」
みくるちゃん? まだ、なにかしてくれていたんだろうか?
「『四通目』を読んだ直後、俺は武道場に戻ってきて長門を呼んだ。そこで、朝比奈さんが言ったんだよ。『わたしにも手伝わせてください』ってな」
「ええ」
「俺たちは正直迷った。もしかしたら鶴屋さんに感づかれる事になるかもしれない。だが、『予備知識』によると『古泉と対峙する事』は『規定事項』だった。
 それを守るためには、どうしても後一人は協力者が必要だった。だから、教える事にしたんだ」
「協力者が必要?なんでよ?」
「いいから、最後まで聞け。俺たちがしないといけない事は『対峙する事』だ。ならば、敵じゃないとわかった古泉とどうやって『対峙する事』を演出したらいいのか? と考えたんだ」
「演出?」
「そうだ。古泉に俺達が書いたシナリオをどうしても教えないといけなかったんだ。けど、俺と長門だけでは、時間が絶対的に足りなかった。長門には俺の『防具』と場所の警戒。
 俺はハルヒと鶴屋さんから目を離すわけにはいかなかったからな。そこで朝比奈さんが言ってくれたんだよ。『わたしが古泉君に教えます!』ってな。勿論、電話での連絡なんて駄目だ。
 盗聴される危険性があったからな。現に、その状態にあったと古泉も言ってたそうだ。だから、尚更直接出向いて事情を説明する人物が必要だった。」
「それが、みくるちゃんだって事ね?」
「そうだ。あの人がいたから、なんとかなったんだ。俺は結局最後まで古泉と連絡取れなかったから、あれはアドリブだったんだぞ?」
「そうなの?」
「ああ、要点だけは決めていたけど、それ以外は即興だ」
「へー、あんた結構演技上手いのね」
キョンは少し照れていた。

「で、次なんだけど」
「まだあるのか?」
「ええ、こうなったらすべて訊いてやるわよ。あんたあたしが、『日曜日』に跳ぶ前にあたしが、『殺される』か『殺されない』か、分からないだなんて、よくも嘘言ったわねね?」
そうだ、キョンは『予備知識』により、『日曜日』のあたしが助かる事を知っていたのだ。それなのに、わざと矛盾した事を言って、あたしを混乱させた。
普段なら気付いてたかもしれないが、『あの時』は古泉君が犯人だと聞かされたショックで鵜呑みにしてしまったのだ。
「なんだ、そんな事か……わかるだろハルヒ? お前が、『四通目』を書く。このことをお前に知らせるわけにはいかなかったんだよ。『予備知識』は持たせられないんだ。
 それなのに、俺が『無事だった』っていうのはおかしいだろ? 殺されないのはわかってただろうけど、何もなかった事を知られるのはまずかったんだよ」
「それにしたってやり方があったんじゃない? 古泉君が犯人だって嘘まで付くし」
それが『予備知識』によって必要な事だとは分かっていたが、到底納得は出来なかった。あたし、頬を膨らませて不満を顕にしていると。
キョンは悪戯を考え付いた子供のような顔で言った。
「オーラスも近かったからな、仕方がなかったんだよ、分かってくれ。それに昔から言うだろ? 『敵を騙すには、まず味方から』って」

「じゃあ、最後の質問よ」
「ようやくか」
「なんであそこに鶴屋さんが現れるって核心が持てたのよ?」
「それか。いいか? 鶴屋さんは古泉を犯人に仕立て上げようとした。そこまではいいな?」
「ええ」
「だが、古泉は勿論そんな事はしていないし、犯人が鶴屋さんである事も知らなかった。だから、俺が古泉に問い詰めたらまずいと思い、陰から探らせてたんだ。
 しかし、土曜日に俺が古泉と対決するという。これは俺が武道場でわざと教えた。 鶴屋さんにその後の事後処理を手伝ってもらいたいという事と、俺と古泉の二人っきりで行うという嘘を織り交ぜてな。
 鶴屋さんはもちろん焦った。『そんな事は危ないからやめろ』、と俺を止めてきたが、ひょっとしたら半ば本気だったのかもな。
 だけど、俺の意思が固いと思ったんだろう。そして、決めたのさ『俺も殺そう』ってな。多分、その場にいた古泉ごとだ」
あの短い時間で、そんな駆け引きをしていたのかまったく驚かされるわね。
「そして練習後、朝比奈さんが古泉に事情を話し終わった後、古泉に確認の連絡があったんだとよ。ほんとにタッチの差だったってわけだ」
もう一度やれと言われても無理だろうな、と付け加えて、ようやくこの長い質問タイムは終わりを告げた。

「キョン君~電話だよー」
そう喋りながら妹ちゃんが階段を駆け上ってきた。キョンは慌ててさらしと鉄板の上に制服を被せて隠した。
バタンッと勢いよく扉を開けて、妹ちゃんは入ってきた。片手には電話の子機を持っている。
「はい、キョン君」
「誰からだ?」
「古泉君だって、なんか携帯に電話しても繋がらなかったからって」
「……そういや鞄に入れっぱなしだったな。さんきゅ、出てっていいぞ」
「えー? ここにいてもいいでしょ?」
「だーめ、人の邪魔をするのはめーなの」
そう言って、キョンは妹ちゃんを追い出し電話に出た。

「もしもし……ああ、大丈夫だったか? ……そうか。…………分かった。……ああ、大丈夫だ。……なんとかしてみるよ……。ああ、わざわざありがとな……」
電話は比較的早く切れた。
「古泉君なんだって?」
「ああ、怪我は無事に治りそうだって事だ」
「そう、よかった」
「……それと鶴屋さんの事だ」
「……それで?」
「ああ、目を覚ましたらしいんだがな。どうも鶴屋さんには解離性同一性障害のけがあったらしくてな」
「解離性同一性障害?」
「詳しいことは俺もよくわからないんだが、二重人格のようなものらしい。それにより、凶暴になったり、よく分からない事を喋ったり、狂言癖があったそうなんだ」
「そうなの……じゃあ……」
「ああ、断定はできないけどな。お前を狙っていたのもその衝動によるものなのかもしれない」
「…………」

『二重人格』
あたしがタイムリープを起こして、最初に考え付いた事だ。鶴屋さんは実際にそんな物を持ち合わせていたと言う。
二重人格と思っていた二日間。それだけでも、苦しいのに鶴屋さんはずっと苦しんでいたんだろう。
そして、タガが外れてしまったんだろう。それを思うと、あたしは鶴屋さんを恨めなくなってしまった。
「安心しろハルヒ」
キョンが言ってきた。
「幸いこれが初犯らしいし、お前を殺そうとしたのも未遂だ。俺自身もな」
だから、証言で弁護してやればいいんだよ。
「ああ、俺たちに警察が詳しい話が聞きたいって言ってるんだとよ。後日、訊ねに来るらしいからばっちり理由を考えようぜ」
キョンがそう言う。
「そうね。鶴屋さんは、SOS団の名誉顧問だしね。きっと罪を軽くしてみせるわ!」


実は、もうあたしは『ある事』思い出していた。キョンは気付いていないけど、タイムリープは『まだ終わっていない』のだ。今からその準備をしないといけないわね。
「電話終わったでしょ? 子機戻してきてあげるわよ」
「別にいいぞ?」
「いいのよ。ついでになんか飲み物も持ってきてあげるわ」
そう言い残し、あたしは階下に降りていった。さあ、早くしないとね。
「妹ちゃん?」
居間でテレビを見ていた妹ちゃんを呼ぶ。
「ハルにゃん、どうしたの?」
「えっとね、これどこにおけばいいのかしら?」
電話の子機を目の前に、持ち上げて見せた。
「わざわざいいのにーごめんねハルにゃん」
「いいのよ、それより飲み物を入れたいの。手伝ってちょうだい?」
「うん!」
居間を出ると、そこには有希が立っていた。
「有希? どうしたのよ?」
あたしは平静を装って訊ねる。
「ちょっと出掛けてくる」
「出掛けるって、どこによ?」
「わたしの家。彼の鞄を取ってくる」
「そ、そう。わかったわ。いってらっしゃい」
有希はコクリと僅かにだけ頭を動かし、玄関に向かった。そして、振り返り言った。
「まだ、終わっていない。でも、あなたたちなら大丈夫……ごゆっくり」
「…………」
あたしの目の錯覚かは分からないけど、有希がにやりと黒い笑みを見せた気がする。……いえ、錯覚ね。そう思っていた方がいいわ……うん。
それにしても……。
「あの子……どこまで知ってるのかしらね?」

「ね? ハルにゃん」
二人で並んでお茶の準備をしている時、妹ちゃんが訊ねてきた。
「なぁに?」
「そろそろキョン君とは、お付き合いしないの?」
あたしはなんと答えるか少し迷ったが、こう答えることにした。
「実はね、一週間ぐらい前から付き合ってるのよ」
「!? 本当!?」
「……ええ」
「わぁ~よかったね!」
「あ、ありがとね」
あたしはそう答えた。さぁ……これでもう逃げられないわね。

二人分のカップをお盆に載せる。それを運ぶ前に、あたしは妹ちゃんに頼んだ。
「クッションとか座布団があったら、貸してくれない?」
「いいけど……なにに使うの?」
「ちょっとね」
「?」
妹ちゃんは首を捻っていた。

キョンは机に向かってペンを持ち、なにかを考えてるようだった。
「お待たせ……ってなにしてるのよ?」
「警察に説明するためのことを、順序良くまとめようと思ってな」
「ふーん。で、どうなのよ?」
「難しいな、やっぱり」
「そうでしょうね。有希が戻ったら三人でやりましょう」
「そうだな。おっ、サンキュ」
キョンは、カップを受け取りながら言う。
あたしはキョンの横に座って、一つ深呼吸して決心する。

「ね、キョン?」
「なんだ?」
「今回のタイムリープは、もう終わったのよね?」
「そうだぞ。さっきも言っただろ」
「でもさ、もしまたあたしが怖い事があったら再発するんじゃないの?」
「そしたら、また相談しに来いよ。今度はいつでも助けてやるよ」
「でもね、怖い事が起こってからじゃ遅いかもしれないじゃない」
「? なにが言いたいんだ?」
キョンは本当にわからないようだ。はぁ……しょうがない、この男の鈍感が今に始まったことじゃない。こっちから言ってあげるわ。
「にっぶいわね~。だから、これからも一生あんたは、あたしから目を離すなって言ってんのよ!」
「…………」
キョンはあたしの方をじっと見たまま黙ったままだ。恥ずかしいんだから、さっさと答えなさいよ!
「わ、わかったの!?」

そうして、ようやくキョンは視線を緩ませ、笑いながら言った。
「わかったよ、危なっかしい団長さんの横をこれからも歩かせてもらうよ」
「だから……団長とか、そんなじゃなくて……」
「ハルヒ……わかってるよ」
「ふん、疑わしいもんね」
「……じゃあ、どうしろってんだ?」
「そうねぇ~……証拠を見せてもらおうかしら?」
「証拠?」
「ええ」

そう言って、あたしは目を閉じた。キョンの息を呑む声が聞こえるが、あたしは微動だにしない。
体中が熱い、きっと顔は真っ赤だろう。恥ずかしさに堪えながらあたしは待つ。

そうして、ようやくキョンが立ち上がった気配を感じながら、高まり続ける鼓動の音と、熱くなった体温を抑えて。

ただあたしは、『その瞬間』を待った。


終章 了。