涼宮さんのつぎは、古泉くんの番でした。
 もっとも、大泣きしたためのメイク直しなどもあったので、すぐにというわけにはいきませんでした。
 やっと準備がととのい、涼宮さんがでていったのは、予定よりも大幅に時間が超過してからでした。彼女とほとんど入れちがいという感じで、古泉くんが部室にはいってきました。
「やあ、なにやらお取りこみだったようですね、朝比奈さん」
「す、すみません、お待たせしちゃって」
 タイミングの早さから考えて、古泉くんは、部室のすぐそばで待機していたのでしょう。それも、予定の時刻からずっとにちがいありません。わたしは、申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
「えっと……。まずは、これをどうぞ。卒業記念の贈り物です」
 とりあえず、例のぬいぐるみをわたすことにしました。男子がふたりいて、両方ともブレザーでは芸がないので、古泉くんのは体操着姿のものでした。
「おや、これはこれは。どうもありがとうございます」
 そういって、古泉くんはにこりとほほえんでくれました。彼の場合、いつも笑っているので、微妙にわかりにくいのですが、いちおうよろこんでもらえたと信じることにしました。
「おもに鶴屋さんがデザインして、わたしがそれにあわせて縫ったんですよ」
「ほう」
 しばらくは、ぬいぐるみについて説明をしました。男のひとが相手なので、興味をもってもらえたかは疑問でした。ただ、見た感じ、古泉くんはおだやかな笑みをうかべたまま聞いてくれていました。
「それで、あの……」
 さあ、いよいよ、本題です。でも、どう切りだしたものか、つかのま、わたしは迷ってしまいました。
 目のまえの彼は、部活のかわいい後輩ですが、同時に超能力者組織『機関』のメンバーでもあります。協力を要請するにはそれなりの交渉が必要になってきます。
「じつは……今日、このような場をもうけてもらったことには、表むきのことのほかに、もうひとつ理由があったりします」
 思いきって、正直にいってしまうことにしました。すると古泉くんは、笑みはそのままに、ほんのりと表情に警戒の色をつけくわえました。
「朝比奈さん、さきほど、あなたはお茶をくばる際、長門さんになにか手紙のようなものをわたしていましたよね? もしや、そのことに関係したことでしょうか? 」
 さすがに、古泉くんはあれに気づいていたようです。わたしはうなずきをかえしました。
「いま、わたしは未来人として、上司からある特殊な任務をさずかっています。それを、古泉くんにも協力してほしいの」
「任務の協力、ですか? 」
 古泉くんが、かすかに眉をひそめました。
「確認しておきますが、彼ではなく、僕でまちがいないのですか? 」
「はい。いまから話すことは、まちがいなくあなたへの依頼です」
 ふむといって、古泉くんはあごのあたりをさすりました。それから、優雅なしぐさで前髪をかきあげました。
 たぶん、彼は不審に感じているのでしょう。それも、しかたのないことでした。
 おなじSOS団とはいえ、わたしたちは所属組織をことにする人間です。もちろん、明確な敵対関係ではありませんし、個人的にもそれなりの信頼関係は築けている気はします。でも、だからといって、おいそれと協力をおねがいできるような立場では、そもそもありません。
「とりあえず、お話だけはうかがいましょう。僕個人の裁量を超える場合は、上司に連絡をとらなければなりませんが」
「ええ。それでけっこうです。……古泉くん、いまからわたしと時間移動してください」
 こちらの申し出に、彼の表情が一変しました。ほほに、赤みがさしているように見えます。ただし、怒っているわけではなさそうでした。
「時間移動ですか? いつに、いえ、もういちど確認しますが、ほんとうに彼ではなくて僕なんですか? 」
 微妙に早口で、古泉くんがまくしたててきました。と思ったら、ふと我にかえったような顔をして、咳払いをすると、なぜかネクタイのあたりに手をやりました。
「おほん。そのまえに、もうすこしくわしいお話をお聞かせねがえませんでしょうか。だまされて未来人組織に拉致されたあげく、そのまま解剖などされてはかないませんからね」
 ひどくわざとらしいジョークでした。すくなくとも、わたしにはそうとしか思えませんでした。古泉くんの笑顔が、いつものおとなびた如才ないものではなく、この年頃の少年らしいものにかわっていたからです。
 彼が、時間移動を体験してみたいと希望しているらしいことは、わたしもしっていました。だからこそ、この依頼はキョンくんではなく、古泉くんでなければならないのです。
「さっき任務といいましたが、内容はわたしにとってもよくわからないものです。言語で表現すると『帰還の時刻まで、あなたは自身のとりたい行動をとれ』というものなんですけど」
 それから、わたしはかいつまんで現在の状況を説明しました。すなわち、いくつかの禁則がとかれ、時間遡行の事前許可があたえられていることなどをです。そのために、長門さんに部室の情報操作をたのんだことも話しました。
「ようするに、この任務は、未来人としての能力をつかって好きにしなさいということだと解釈しました。だから、わたしはみんなとの最後の思い出とつながりをつくるために、それを利用することに決めたんです」
 だまってこちらの話を聞いてくれていた古泉くんでしたが、顔には唖然としたような表情が貼りついていました。
「能力をつかって好きにしろとは……。それで任務といえるのですか? 」
「あ、いえ、こまかく行動を指定しても、意味がないどころか危険な場合がおおいので、だいたいそういうふうになっているんです」
 微妙に誤解されている気がしたので、補足することにしました。
 時間平面理論によると、時間には、その不連続性によって、見ためには自己修復機能と区別のつかないものがそなわっているとされます。不正確なたとえですが、堤防をつくるために石をおいても、すぐに流されてしまうのをイメージするとわかりやすいと思います。
 この場合、川の水流が時間、堤防をつくるという目的が規定事項の達成であり、そのための石をつんだり土砂でうめたりといった手段は、時間駐在員の行動になります。
 さて、では実際に堤防をつくるためには、どうすればいいのでしょうか。
 すぐ考えつくアイディアに、どこかから膨大な量の土砂を用意して、物量にものをいわせて川の流れをせきとめるというのがあります。しかし、コストの問題を無視したとしても、これは現実的ではありません。
 いえ、現実の堤防はそうやってつくるわけですけど、規定事項のたとえに当てはめた場合は、これではこまったことになってしまうのです。
 というのも、これまたイメージの話なので正確ではありませんが、むりに土砂を調達したせいで、べつの場所の地盤がよわくなり、へたをすると、そちらで洪水がおこったりするというようなことがあるからです。
 したがって、こういうとき、もっとも安全で確実なやりかたは、のぞむ場所に自然に土砂が溜まるようにしむけることになります。
 つまり、うーんと……堤防のたとえだと、やはり不正確すぎてつづけにくいので、もとの話にもどしますね。当該時間平面の人間をうごかして、未来からの作為をかぎりなく排除し、偶然にちかい形をつくりあげることで、規定事項を達成するわけです。
 ことわざの、風が吹けば桶屋がもうかるというのに似ているかもしれません。いままでの指令で、単体ではなにを意味するのか理解しがたいものがあったのも、そういう理由からです。
 なお、駐在員自身にも最低限の情報しか伝達されないのは、恣意的におかしな行動をとる余地をへらすのが目的です。自分の行動がどんな結末を引きおこすかわからなければ、かってになにかすることはできなくなりますので。
 これらの説明を、古泉くんはときどき質問をはさみつつ、興味ぶかげに聞いてくれました。
「まあ、理屈はどうあれ、現場が苦労してしまうことにかわりはないんですけどね。とくに、今回の任務は、いつにもまして意味不明ですし」
「なるほど、お話はわかりました。それで、具体的には、どの時間に移動するのでしょうか」
 いきおいこんで、古泉くんがたずねてきました。わくわくという擬音が聞こえそうでした。
「あなたが、きめてください」
「は? 」
 わたしの回答にたいする古泉くんの返事は、なんとも気が抜けていて、らしくないものでした。表情もきょとんとした感じで、今日の彼はなかなか、いつにない姿をみせてくれています。
「今回の時間移動は、未来人のわたしにとっては任務ですが、SOS団のわたしにとっては、先輩から後輩への贈り物です。もっとはっきりいうと、わたしはあなたに時間旅行体験をプレゼントしたいんです」
 そう説明すると、古泉くんは狼狽しはじめました。まるで、自分にはけっして手にはいらないとあきらめていたおもちゃを、いきなりもらった子供のようでした。
「ほ、ほんとうですか。ほんとうに、僕のいきたい時間につれていってくれるんですか。それで、ほんとうにかまわないんですか」
「かまわないというより、時間駐在員の理念上、わたしがかってに行き先を指定することはできないんです。この時間平面の人間である古泉くんがきめることに、意味があるんです」
 そこまでいって、わたしは確認をとることにしました。
「協力していただけると考えて、いいんですね? 」
「それはもう……あ、いや、しかし、機関への報告が」
 思いだしたようにそうつぶやいたあと、古泉くんは腕ぐみをして、考えこんでしまいました。やはり、機関のメンバーであるということで、二の足をふんでいるようです。
 ちょっとだけ、わたしは彼の背中を押してみることにしました。
「報告するのはけっこうですが、わたしがあなたに時間旅行を提供できるのは、いまこのときだけですよ? 電話で話しあいとかをする余裕はないと思うけどなぁ」
「事後報告に、とどめておけと? 」
 みょうに楽しそうな表情で、古泉くんがいいました。
「きめるのは、そちらです。さっきもいいましたよね? 」
 いかにもエージェントらしく、悪っぽく見えるように、片目をとじました。すると、古泉くんも、笑顔を越後屋さんと密談をするお代官さまのそれにかえました。
「んっふ。そんな顔もされるんですね、朝比奈さん」
「いえいえ。そちらこそ」
 そうやって、わたしたちはふたりして、不敵に笑いあったのでした……ほんとうに、なにをやっているんでしょうね、いったい。
「では、行き先の希望なのですが……」
 ひとしきり、なんちゃってスパイごっこを楽しんだあと、古泉くんがおもむろに口をひらきました。
 指定された場所は、近隣というには遠すぎる位置にある都市でした。日時は、五年まえの十二月でした。それを聞いて、わたしは自分がミスをおかしたことに気づきました。
「そ、その、すみません。ええと、場所はかまわないんですが、日付のほうがちょっと……。その日は涼宮さんの時間断層発生以前になるので、わたしには移動できないんです」
 断りをいれながら、さきに条件を説明しておくべきだったと後悔しました。
「むりでしたか……。いえ、お気になさらず。ある意味、だめでもともとという気持ちで聞いてみただけですから」
 みると、古泉くんはさきほどの楽しげな様子とはうってかわって、どこかしずんでいるようでした。
「ならば、この日ではどうでしょうか? 」
 つぎに、彼が指定してきたのは、さきにあげた日時の二ヶ月ほどあとでした。その日であれば、時間断層発生ごなので、問題なく移動できます。
「そちらなら、だいじょうぶですね。もっとこまかい時間の希望はありますか? 」
「できれば、昼すぎぐらいがいいのですが」
 わかりましたと返事をして、わたしはさっそくTPDDの調整にとりかかりました。
「じゃあ、目をつぶって、わたしの手をにぎってください」
「えっ、朝比奈さん? その格好のまま出かけるつもりですか? 」
 いわれてはじめて、わたしは自分がメイド服姿のままであることを思いだしました。
 か、顔が熱いですぅ。
 いったん彼に部室の外へでてもらい、わたしは制服に着替えることにしました。
 むかうさきは二月の上旬でしたが、いま以上に厚着をする必要があるとは思いませんでした。今年は例年より気温がひくく、先日も雪がふったばかりだったため、もとからなかに一枚よけいに着こんでいたのです。
「さあ、いきましょうか、古泉くん」
 長門さんの情報操作で、こちらがわから呼びかけても声がとどかないため、自分で部室の戸をあけました。古泉くんが、なかにはいってきました。
「お願いします、朝比奈さん」
 笑顔で、古泉くんがわたしの手をにぎってきました。こちらも、彼に笑顔をかえしました。
 あらためて、目をとじてもらいました。
 TPDDの調整。浮遊感とともに、わたしたちはこの時間平面からむこうの時間平面への移動を開始しました。

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最終更新:2020年03月15日 16:43