涼宮ハルヒの遡及Ⅳ
ええっと……ここはどこだ?
気がついたら、見渡す限りの黄砂地帯で地平線の彼方まで続いているような風景が目の前に広がっていたんだ。
というか、いったい俺はいつからここにいるんだ?
「どうやら気づいたようね」
って、え?
聞こえてきた声に反射的に振り返れば、そこには染めていた髪を元の桃色に戻し、マントも羽織ったアクリルさんが神妙な顔つきで左手を腰に当てて佇んでおられました。
「まさか、これがあの子の力なの?」
「あの子って……ハルヒのことですか?」
「そうよ」
言いながら彼女は近づいてくる。周囲に警戒の視線を這わせながら。
「何か知らないけどいきなり、キョンくんの足元に魔法陣が発生したのよ。あっと、魔法陣というのはあたしが知っているものの中であの現象を表現するのに最も適切だと思ったからよ。キョンくんも知ってる言葉だしね」
俺の足元に……魔法陣……?
「ええ。ということはキョンくんには記憶がないのね。あたしに助けを求めて必死な形相で手を差し伸ばしてきたことの」
なんだって!?
「残念だけどあたしも引っ張り出せなかった。というか、キョンくんを引っ張り込む引力が強すぎた。おかげであたしも一緒にここに引き摺りこまれたからね。しかも引力を自在に操るグラビデジョンプレッシャーで対応できなかったということは、あれは引力だけど引力じゃない『転送』ってことになる力よ」
あまり意味はよく分かりませんが……とにかくハルヒの力によってこの空間に俺が連れてこられたってことだけ理解すればいいんだな……しかし何のために……
「さて、それはたぶん、あなたの方が詳しいでしょうね。正直言ってあたしには何が起こったか分からない」
などと答えるアクリルさんの背後から、
「キョンくぅん!」
いつもながらの愛らしいボイスが、どこか焦りと悲壮感を漂わせながら俺を呼んでいる訳で、むろん、俺がこの声の主を聞き間違えるわけがない。
「朝比……って、ええ!?」
俺が素っ頓狂な声を上げるのも解ってもらいたい。
なんせ手を振りながら駆けてくる悲痛な形相の朝比奈さんの後ろに長門と古泉もいるのだから。
と言っても、そこまでであれば、『ハルヒの力』によってここに飛ばされたことを知っている俺だから、驚くほどでもないのだが、驚いたのはその三人の格好だ。
ツインテールで両目で色の違う戦う超ミニスカウエイトレスの朝比奈さん。
漆黒のとんがり帽子にマントを羽織いちゃちなスターリングインフェルノを手にしている下にはいつもの制服姿の長門。
まあ古泉は何の変哲もない北高ブレザー姿なのだが……
つまりは、文化祭の時の映画の配役衣装で現れたのである。
「気がついたら何か知らない場所にいて、いったいここどこですか? どうしてこんな格好してるんですか? な、何であたしたち、こんなところにいるんですかぁ?」
矢継ぎ早に質問してくる朝比奈さんはすでに涙目である。
いや、そんなに取り乱さなくても。
というか後ろの二人が落ち着き払っているうえに、俺も狼狽していないんですから落ち着いてください。なんとかなりますって。
などと宥めてはいるのだが、朝比奈さんは不安から俺の胸に顔を埋めて震えていらっしゃってます。
ううむ。役得ってやつだな。
「どうやら、あなたは気付いているようですね」
などと肩を竦ませて、古泉が苦笑を浮かべて聞いてくる。
「んなもん、ハルヒの力に決まってんだろ。だいたいなんだってあいつはこんなことをやったんだ?」
「端的に説明すれば、今日の午後からの出来事が起因。おそらく涼宮ハルヒはプロットを作成中。それは文化祭での映画のストーリーの続編と思われる。しかし紙上に表現する前に強く想像してしまった可能性が高い。これが我々がここにいる理由。我々がこの衣装を着衣している理由」
てことは何だ? 俺たちはまた、ハルヒの創造するストーリーの中に閉じ込められてしまったってことか?
「そういうことです。しかし、確かにこれは涼宮さんの力を現実世界には発動させない証明にもなりましたね。現実ではなく次元の狭間のような場所に僕たちの住む町ほどの大きさで一区画分の閉鎖空間=コンピ研の部長氏が巻き込まれました局地的非侵食性融合異時空間を作り出し、そこで想像を現実化させているようです。新世界を創造するわけではありませんから、地域が限定されるだけにこれは案外、喜ばしいことではないかと」
つまり、巻き込まれる俺たちだけが、これまでと変わらない苦労を背負い込むってことも証明されたのにか?
「現実世界が揺らぐよりはマシでしょう」
そんなに変わらん気もするが……。
「しかし一つ疑問がある」
長門?
「文化祭の映画において、あなたは本編に登場していない。我々よりもはるかにあの映画に貢献していたが裏方に徹していた。なのに今回はあなたもここにいる理由は?」
言われてみればそうだ。この三人の格好からすればあの映画の続編だかの話を作っている想像はつくが、果たしてあの映画に俺の登場シーンなんて作れるのか?
しかも俺は別段、何のコスプレもしていない、今日、遊びに行った時の格好のままだ。
「それでしたら、そちらのさくらさんもそうですね。この方がこの世界にいる理由も説明付きません」
「ああ、それなら説明付くわよ。あたしはキョンくんを引っ張り出そうとしたんだけどミイラ取りがミイラになっただけだから」
「そ、そうですか……」
古泉の鼻白む呆気にとられた顔ってのは初めて見たな。まあ得てして真相なんて簡単なものさ古泉。あまり深く考えるな。
もっとも俺のことはまだ謎のままなんだが。
「で、これもハルヒさんが考えたこと?」
が、いきなりアクリルさんは腕を組んだまま、笑みは浮かべてはいないが不敵な表情で辺りを見回した。
「え……?」
「な……!」
「……」
どれが誰の声かは勝手に想像してくれ。つか、俺は絶句してしまったんだ。
おいおい勘弁してくれよ。何だって俺たちはいつの間にいつぞやのカマドウマの大群に囲まれてるんだ? ひょっとしてさっき古泉がコンピ研の部長の話を出したからか?
「おや? どうやらこの世界では僕の力も具現化されるようですよ。しかも威力が自由自在のようです」
などと嬉々として言ってくる古泉は手のひらサイズの球にしたり全身で赤いオーラの球を纏ったりしている。
「長門さん、朝比奈さん、おそらく、この世界では映画の時の力があなた方にも備わっていると思います。どうぞ試してみてください」
「ふ、ふぇ?」
「了解した」
朝比奈さんはまだ戸惑ってらっしゃいますが、長門は無表情のままスターリングインフェルノを目の前にかざし――
つか、その前髪の影を濃くした瞳は無表情でも怖いって!
などとツッコミを入れる俺の頬を一筋の光がかすめていく!
背後で爆発音がしたと思ったら一匹のカマドウマが砕け散っていた!
マジか……?
それを合図に、俺たちを取り囲んでいたカマドウマがいっせいに跳ね上がり上空から襲ってくる! 冗談じゃねえぞ! あんなもんに踏みつぶされたら結果なんざいわずもがなだ! つか、俺は何の配役も与えられてなかったんだから特殊能力なんてないんだぜ!? どうするんだよ!
「え、えと……ミクルビーム!」
ほえ!?
俺の腕の中にいる、朝比奈さんが左手でピースサインを作って左目に当てると同時に黄色い声援に近い声を上げられましたよ!?
その眼から、今度は俺の鼻先をかすめてビームが発射されましたがな!
んで、俺たちの本当に真上にいたカマドウマが粉砕されましたし!
「わぁ、本当です! キョンくん! 今回はあたしも役に立てそうですよ!」
そ、そうですか……
いつも以上の愛らしく可愛らしい笑顔を振り向いてくださっているのですが、とても感慨に浸れるほどのゆとりは俺の心に残っておりません。
「なるほど、涼宮さんの考えが見えてきました」
肩越しに振り返る古泉の眼前では、また一体、カマドウマが吹っ飛んでいる。
どういうことだ?
「どうやら涼宮さんはあの映画の続編的には長門さんの役割を悪い魔法使いから我々の仲間になるという話を作ろうとしているのではないでしょうか。新たな強敵が現れたとき、前回、敵役だったキャラクターを味方にするのはよくある話です。
そして涼宮さんがあなたを登場させた理由ですが、おそらく、あなたは何かの鍵を握っている役。特殊能力はなくともまったく別のことで貢献する役割です。最近のお話には多い気がしますよ。圧倒的な力を持つ者に対して戦う者と解決する者が別の役になっているってものが」
なるほどな。たしかにそういう役割には特殊能力はいらん。我ながら呑み込みが早いな。
「んじゃまあ、その役割を全うしてもらいましょうか。どうやらこの世界から脱出するにはそれしかなさそうだし、この空間が異次元世界の一種である以上、あたしはともかく、ここにいるみんなは条件を満たさないと元の世界に戻れないでしょうし」
ん? この声は……
「スターダストエクスプロージョン!」
咆哮と同時に放たれた……いや、これはもうこう表現するしかない! 銀河を駆ける数多の流星を彷彿させる光の群れが一瞬ですべてのカマドウマを打ち砕く!
「こ、これは……」
「凄い……」
「……」
古泉、朝比奈さんは愕然とし、長門もまた目を見張っている。
「ふうん――この空間、結構、魔力構成が単純になってるわね。あっさり解読できたわ。しかも、あたしの力は制約を受けていない――」
その視線の先にはマントと髪をなびかせながら悠然と佇むアクリルさんがいる。
「キョンくん、ここはあたしたちに任せて、あなたはこの世界を消滅させられる鍵を見つけてきて」
「分かりました! ……って、鍵って何だ? あとどこにある?」
だよなぁ。何のヒントもないんだよな。これで俺にどうしろと?
「古泉一樹」
「長門さん?」
「あなたが彼のフォローを。ここは涼宮ハルヒが創り出した世界。故にあなたがこの世界のことを一番分かっているはず。我々は大多数の敵を引きつける」
「なるほど。それは名案です。では行きましょう!」
「お、おお!」
言って俺たちは長門、朝比奈さん、アクリルさんにこの場を任せて走り出す! って、どこにだ!? つか、あっさり回りこまれてるし! いや、そもそもいつこいつらは出現した!?
などと心の中でツッコミを入れる俺と古泉の目の前には再びカマドウマが群れをなして、今度は、サッカーのフリーキックの時にできる壁の如く並び、俺たちの進行を妨げている。
「ということは向こうに何かある、ということですよ。どうやら僕の勘は間違っていなかったようですね」
「勘か!?」
「あれ? ご存知ないんですか? 物語において主人公格の進む先には何の脈絡がなくても必ず重要なファクターがあるものなのですよ」
「理由になっとらん! それはご都合主義というやつだ!」
「グラビデジョンバースト!」
俺たちの掛け合いを打ち消したのは再び聞こえてきたアクリルさんの咆哮だ!
彼女が生み出した爆発の圧力が壁の一角に大きな風穴を開けた!
「さて、行きますよ!」
「ああ!」
こうなりゃ俺も自棄だ! この空気に乗ってやろうじゃないか!
もちろん、駆ける俺たちを阻止せんと、生き残ったカマドウマ達が寄り合い、再び俺たちの壁になるべく陣形を取るのだが、
「ミクルビーム!」
「……」
俺たちの両脇から、いつの間にか走って追いついていた二人、朝比奈さんが声をあげ、長門が無言で素早くスターリングインフェルノを振るうと、二人から放たれた色違いの稲妻が再び俺たちの眼前のカマドウマを破壊する!
「メテオフレア!」
って、今度は上空からか!?
んなことできるのはここには一人しかいない訳だが……
俺たちがカマドウマに最接近すると同時に、それでも俺たちの行方を阻んでいた最後の三匹が消滅する!
なんとその向こうには、塔があった!
「どうやらここがこのステージの終着駅なんでしょうか!」
「……そのステージがラストステージという断言はできんのか……?」
言いながら俺と古泉は塔に駆け込む!
ん? 他のみんなは?
もちろん俺は肩越しに振り返り、
うげ……
「雑魚は任せてちょうだい。あんたたちは先に進むことね」
そう……この場に似つかわしくないとびっきりの笑顔を見せるアクリルさんと、その両脇に珍しく勝気な笑顔を浮かべる朝比奈さんと、相変わらず無表情だがそれが反って俺に安心感をくれる長門が自信満々に臨戦態勢で立っている。
その眼前にはカマドウマの大群が地響きと砂埃をまき散らしながら近づいてくる様が見て取れるんだ。
まあ確かにあの巨大カマドウマがこの塔に乗り込んでこられても大変だからな。
「それじゃお願いしますよ!」
「OK!」
「はい!」
「了解」
三人の勇ましい返事を聞いて俺と古泉は塔を登り始めた。
もちろん、この塔にはカマドウマ以上の強敵が当然いるのだろうが、逆に、塔の広さを思えばそこまで数多く表れることもないだろう。
と言っても俺には何の特殊能力もないので、思いっきり不本意なのだが……
「古泉、俺の命はお前に預けるからな」
「信用してくださってありがとうございます」
古泉の笑顔から裏を感じなかったのは初めてだったかもしれん。
さて、この先には何があるのやら……