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人々、いや、生命を持つ物それ全ては『幸福』を追求し、
誰もが『幸福』を得る権利を持つ
必要不可欠で絶対たる普遍するこの権利は揺らぐ事があってはならず、
尊重されるべき不可侵の領域でもある
それならば、『幸福』を追求し続ける事は過ちではないのか?
『幸福』を追求するにあたり、その『幸福』を掌握する為に他者の『幸福』は奪われる
……この矛盾は如何な警鐘を鳴らす?
それこそ根本より破壊された非平等に『幸福』を追求する結末になるだろう
……ならば、どうする?
他者から奪う『幸福』をどうすればいい?
他者から奪われた『幸福』をどうすればいい?
人々が創り出す法が是を持って定めるべきか?
悪法もまたそれこそが法なり、か?
全てを自然に還すべきか?
神より与えられし君主思想を世に広げるべき、か?
自由こそが最も本質を捉える物であるのか?
何者にも縛られない各々が追及し得る物と割り切ることこそ『幸福』、か?
……この不毛な問いかけを…千…万…億…
それすら赤子のような時を超え、私は明確な答えを出せずにいた
そしてある時私は1つの結論に辿り着く…
……私自身が『幸福』を与えればいい
どのような『幸福』であろうと与え、
どのような『幸福』であろうと蔑まず、
どのような『幸福』であろうとそれを見定める、
どのような『幸福』であろうと捕えてしまえばいい
……違う
これでは概念は違えど、
『幸福』の代行者に過ぎず、真なる平等には私自身の矛盾を持ってそれを否定している
だが、この解答は至極容易い
………そう、私が『幸福』そのものになればいい
最終更新:2013年08月23日 12:28