歴史
| 1984年1月 |
白州牧場創設 |
part1開始 |
| 1985年1月 |
ハンペンヨンネ号入厩 |
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| 1985年12月 |
ハンペンヨンネ号が阪神JFで、白州牧場G1初勝利 |
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| 1986年1月 |
ラムズカイサン号、フェットチーネグミ号入厩 |
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| 1987年1月 |
ウオオオオオオオオ号、コンニャクパーク号入厩 |
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ハンペンヨンネ号引退 |
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| 1988年1月 |
ナスコーヒー号、ナカヨシシュート号入厩 |
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フェットチーネグミ号引退 |
part1終了 |
| 1989年1月 |
ネコネコネコネ号、ドロップボール号入厩 |
part2開始 |
| 1990年1月 |
オモジャンソウ号、コウヤサイ号、ハンペンスキー号入厩 |
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| 1990年1月 |
ウオオオオオオオオ号引退、ラムズカイサン号解散、コンニャクパーク号閉館 |
part2終了 |
| 1990年 |
ナスコーヒー号が春秋ダート制覇 |
part3開始 |
| 1990年 |
コウヤサイが牝馬2冠+エリザベス女王杯で勝利 |
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| 1990年 |
ハンペンスキーが菊花賞で勝利 |
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| 1991年1月 |
イイワケネエダロ号入厩、ビッグイージー号入厩 |
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| 1991年1月 |
オモジャンソウ引退 |
part3終了 |
主な活躍馬たち
ハンペンヨンネ号(牝1984-1986)
| 適正距離 |
1600~2100m |
| 脚質 |
先行 |
| 生涯成績 |
14戦7勝 |
| 主な勝鞍 |
阪神JF(G1)、紫苑S(G3)、中日新聞杯(G3)、フラワーC(G3) |
セリで2億5000円かけて落とした栗毛の牝馬。
2歳牝馬マイルG1である阪神JFにて勝利し、白州牧場にはじめてG1勝利をもたらした。
3歳になってからは、重賞を拾いつつ、名牝メジロラモーヌに苦戦しながらも桜花賞2着、秋華賞3着と健闘している。
早熟がゆえに2歳G1で勝利できたが、早熟がゆえに4歳を迎えることなく競走馬人生に幕を閉じた。
引退後は繁殖牝馬として早くも活躍しており、産駒のハンペンスキーはpart3以降活躍が期待されている。
ウオオオオオオオオ号(牡1987-1990)
| 適正距離 |
1600~2600m |
| 脚質 |
逃げ、溜め逃げ |
| 生涯成績 |
17戦3勝 |
| 主な勝鞍 |
青葉賞(G2) |
自家生産の葦毛牡馬で、マルゼンスキー産駒の逃げ馬。
レース序盤で必ず先頭を取りに行く負けん気の強さが武器で、時には騎手の命令を無視して大逃げしてしまう程の気性の荒さを見せることも。
唯一の勝利重賞である青葉賞では、先頭でペースをコントロールしながら逃げる溜め逃げ戦法で完璧なレース展開を演出。
結局その青葉賞以降勝利することはなかったが、強烈に逃げる葦毛の馬は、記録よりも多くの競馬ファンの記憶に残り、語り続けられるだろう。
引退後は種牡馬入り。現代競馬に多く残るマルゼンスキーの良血を未来に繋げるか。
最終更新:2022年07月17日 22:50