漆黒の壁に蒼き炎を宿せし時、物語の歯車は回り出す
異なる輪廻と既知世界–2
「ここで何があったのかしら・・。」
だいぶ奥の方まで進んでいるが、とても盗賊の根城とは思えない静けさであった。
石壁には大量の血、床には大量の屍の山。
その屍はゾンビや虫だけではなく盗賊や先遣隊と思われる冒険者や兵士のものも見られる。
特に気になったのは死体の状態だ。
手と足が引きちぎられたような遺体もあれば、真っ黒の炭と化した遺体もある。
進めば進むほど血と焦げ臭い匂いが強くなる。
警戒心を強めながら先に進んでいくと、激しく咳き込む音が聞こえてきた。
「あそこ見て!・・人よ!」
ルーナの指した先には壁にもたれかかった盗賊の姿があった。
下半身は焼け焦げ腹には穴が空いている。
「ここで何があった?」
介抱しても助からないことを悟ったルーナの代わりに彼に問う。
「はや・・に・・・や・・・ひ・・が」
そう言うと彼は糸が切れたように動かなくなった。
この盗賊は一体何を伝えようとしていたのか到底理解に及ばなかったが、一つ分かる事は
この状況を作り出した何かがまだ近くにいるということだ。
突如背後に物凄い殺気を感じた。
この世のものとは思えない純粋な「殺気」には寒気さえ覚える。
空間の歪みが生じ奈落の底から響くような重低音を轟かせ現れたのは、
3〜4mはあろう筋肉質な巨体、肩からは4本の腕が伸び、漆黒の眼は視界に入るものを狼狽させる山羊であった。
「レッサー・・デーモン!?」
驚きを隠せない二人は言い放つ。
完全に全身が露わになると空間の歪みは消え去り禍々しい瘴気を纏った山羊は大きな口を開いた。
「私ヲソコラヘンノ山羊ト一緒ニスルナ虫ケラ。我ガ名ハ『ルドルべンド』。尊キ方舟ノ使者ダ。」
こちらを真っ直ぐ睨みつける視線から目が離せない。
逃げろ、逃げろ、逃げるしかない。
本能が叫ぶ。
だが、奴を振り切ることは不可能に等しい。
「ソノ魂、覚エテイルゾ虫ケラ。私ニ屈辱ヲ与エタ忌々シイ輝キハ目障リダ!」
山羊はミラを目掛け突進。
戦うしか、ない。
「ルーナ!逃げろ!」
4本の腕から繰り出される我武者羅で鋭利な斬撃を紙一重でかわし、石畳の上を転げ回る。
すかさず火球を投げつける山羊の隙を見逃さず背後から斬りつける・・が、寸前のところで剣を素手で鷲掴みにされた。
「虫ケラ、手ヲ抜イテルト死ヌゾ?」
握られた剣は粉々に砕かれた。
その刹那、反対の手に大量の魔力が集中し漏れ出してることに気づく。
「くっ・・!!」
武器を壊された事により注意が逸らされ反応が遅れた。柄を離し後退しようと試みるが間に合わない。
やはり武器も身体も脆すぎる。
身体が・・脆い?
「ミラ!・・っ!《レジスト》!」
ルーナの的確な判断によりミラの身体に簡易的な魔法壁が張り巡らされる。
しかしゼロ距離から放たれる爆炎はミラの身体を直撃し後方へ吹き飛んだ。
石壁に叩きつけられ瓦礫に埋め尽くされるミラの元へと駆け寄るルーナ。
「ぐっ・・レジストが無ければ・・身体がバラバラになって・・っ!」
魔法壁で緩和されたもののその傷は深く、全身の骨が砕けていた。
山羊の腕に膨大な魔力が収束している。
トドメを刺すつもりだ。
「早く逃げないと!どうしたら・・!?」
ハッと思い出したかのようにルーナはポーチから小瓶を二つ取り出すと、
「辛いけど飲んで!早く!」
仰向けのミラの口に半ば無理矢理液体を注ぐともう一方の瓶を自分に傾けた。
すると身体が景色に溶け出し同化し始めた。
「逃ガサンゾ!」
山羊の投げる螺旋を描く大火球は目標地点へ吸い込まれるように放たれ、着弾と同時に地面を抉る大爆発を巻き起こした。
砂埃舞う中、山羊は彼らが存在していた所まで歩み寄る。
「逃ゲタヨウダガ・・・血ノ匂イハ隠セナイゾ。」
ステルスポーションとラベリングされた空瓶を踏み潰すと迷いなく歩き始めた。
最終更新:2015年02月25日 17:34