愚者の祭典への前奏曲(第一楽章) ◆7pf62HiyTE
【4:43】
「フランスの作曲家クロード・ドビュッシーは敬慕していたマラルメの詩である『半獣神の午後』に感銘を受け『牧神の午後への前奏曲』を作曲した。
後にこの曲に基づき『牧神の午後』というバレエ作品が作られ……
だからそんな事言っている場合じゃねぇぇぇぇぇぇ!!」
「キバット……さっきも似た様な事しなかったっけ?」
【4:55】
東京タワー、その真下には展望台に繋がる4階建ての建物フットタウンがある。
鳴海亜樹子、霧島美穂は各々の思惑を持ちながらその屋上から周囲の様子を伺っていた。
約30分程前、拡声器で参加者達に集う様呼びかけ、それに導かれるままに集った参加者達を仕掛けた爆弾で一網打尽にする為に。
殺し合いに乗った者、殺し合いを止めようとする者関係無しにだ。
それは人道的に考えれば決して許されない所業である。それでも彼女達は自分の世界を守る、あるいは自分の願いを叶える為にそれを行うというのだ。
勿論、自分達の仲間が来たならば上手く離れる様に言えば良い。だが、そうそう都合良くはいかないだろう。
(翔太郎君や竜君が大人しく引き下がってくれるとは思えない……だからお願い……来ないで……)
(真司……アンタはきっと危険だってわかっても助けようとする……だから放送を聞かないで……)
故に最善は放送を聞かないでくれる事だ。その意味では拡声器の最大効果範囲が恨めしくも感じる。
「そろそろ下に戻……」
何時までもここで様子を探っていても仕方がない、下に降りて待ちかまえた方が良いだろう。そう思い美穂は亜樹子に声をかけるが、
「ちょ……アレはまさか……」
だが、亜樹子は何かを見つけた様だ。『アレ』の動きは非情に速くふらつきながらもタワーに迫っている事がわかる。
「!? 誰が来た!?」
美穂も大急ぎで『アレ』を確認する。
「あのバイクは……まさか翔太郎君が!?」
『アレ』は亜樹子にとって既知の存在。それもその筈、自身が所長を務める鳴海探偵事務所の探偵左翔太郎が駆るバイクハードボイルダーなのだから。
それが来たという事は翔太郎が呼びかけを聞いて駆けつけたということなのだろうか? だが、
「違う……アイツは……」
だが、美穂の様子がおかしい。どういう事なのだろうか?
そう、バイクはハードボイルダーでも乗っている人物が違うのだ。ヘルメット越し更に言えば上方からの確認故に正確には確認出来なかった。
それでも蛇側のジャケットを見ただけで誰が来たのかは解った。いや、解らないわけがないのだ。
美穂にとっては決して忘れてはならない人物なのだから。
「浅倉……威……!!」
自身の姉を惨殺した凶悪殺人鬼――自身を戦いへと引き込む全ての切欠となった人物――浅倉威だったのだ。
「え、でもバイクは……」
「バイクが浅倉に支給されたか誰かから奪ったか……」
「あ、そうか……エクストリームと同じ様に……って美穂さんの口振りだと知り合いみたいだけど……」
「知り合いといえば知り合いだけどアイツだったら別に気にしなくて良いよ。むしろアイツは此処で倒す」
美穂の言動から恐らく浅倉は倒すべき敵なのだろう。どことなく井坂深紅郎に対しての照井竜の姿が重なって見えた気がした。詳しく聞いたわけではないもののそんな気がしたのだ。
「それにそれでなくてもアイツに話は通じない。アイツは戦えればそれだけで良い奴なんだ。少なくても倒して亜樹子には損は無い筈だよ」
とはいえ、内心では焦りを感じていた。
当初の予定では参加者がある程度集ってから爆破する手筈になっていた。
だが、周囲の様子を見る限り浅倉以外の参加者がやって来る様子は未だ無い。
つまり爆破するのはまだ時期尚早という事だ。
更に言えば位置関係も良いとは言えない。フットタウンにいる段階で爆破するわけにはいかない。爆発と倒壊に巻き込まれて自滅するだけだ。
そうなると下に降りて脱出する必要があるわけだが浅倉に見つかって戦いになれば爆破どころではなくなる。
しかし見つからなければ良いというわけでもない。
折角呼ばれたのに誰もいないとなれば浅倉はどうする? 思いのまま暴れ回るだろう。その最中に仕掛けていた爆弾を見つけられたら?
幾ら戦闘狂の浅倉といえどここまで勝ち残った人物だ。最低限の危険を回避する為、タワーから離れる事は明白だろう。
(くっ……読みが甘かった……バイクが支給される事は計算に入れるべきだったか……)
思案する美穂であった。その一方で亜樹子の身体が震えていた。
「どうしよう……」
浅倉の凶暴性と危険性を身を以て感じていたのだろうか。何にせよ浅倉がやって来るまであと数分、それまでに迅速に方針を定め行動に移さなければならない。
(変身して飛び降りる……却下、待避する為だけに変身するのはマズイ……)
(ここで爆破……ってダメじゃん、それじゃ私達も巻き込まれる……)
乃木怜治が仲間達と戻ってくる可能性については過度な期待は出来ない。放送に従ってくれる馬鹿なら良いが、そういう人物とは限らない。
また、他の参加者がタイミング良く駆けつける事についても同じ事だ。バイクが都合良く支給されているならともかく、そうそう都合良く行くとは限らない。
(こうなったら浅倉だけしか巻き込めないけど、早々にここから――)
浅倉が中を彷徨いている間に安全圏まで離脱し爆破する。その方向で進める事にして行動を起こそうとした。
浅倉が爆弾に気付く前ならば仕留める事は可能、そういう判断ではあった。
だが――美穂は自分の身体が震えているのを感じ――
(!! 何を考えているんだ! これじゃまるで浅倉との戦いを避けているみたいじゃないか!!)
前述の通り浅倉との戦いは願いを叶える為のものだけではない。自身の姉を惨殺した浅倉に対する復讐の意味もあったのだ。
それを踏まえるならば逃げる事は決して許されない。それは同時に自身のこれまでの戦いを否定する事と同義なのだ。
それが絶対的に正しいとは思っていない。それでも姉が殺された無念を晴らす為には絶対に引く事は出来ないのだ。
「……さっきも言ったけど浅倉は此処で倒す」
「でもどうやって……爆弾を……」
「勿論、他に手が無かったら最悪それでいくけど……」
それは爆弾ではなく、仮面ライダーの力で倒すという意思表示であった。
だがそれは恐らく容易ではないだろう。美穂自身が持つファムの力では浅倉には及ばない。戦い慣れていない亜樹子が加わっても結果に大差は無いだろう。
それに戦いが膠着する事を踏まえるならば変身手段は可能な限り温存しておく事に越した事はない。
美穂は先の戦いの際にファムに変身し鳥の怪物……亜樹子によるとドーパント――そいつと戦ったわけだが、その約10分後変身が解除されてしまった。
また、その戦いの際には契約モンスターであるブランウィングを展開する事は出来なかった。
まさかと思ってその直後再変身を試みたもののそれは出来ずじまい。それらから考え恐らくこの地では変身やモンスターの召喚には時間的な制限がかけられているのだろう。
それを踏まえて考え、
(待てよ……この東京タワーという場所、私のデッキの特性、それに浅倉の性格を最大限に生かせば……出来るかもしれない……)
「美穂……さん?」
「1つ私に作戦がある……」
「作戦……?」
「そう、ある意味悪魔の作戦……どう、悪魔と相乗りする勇気はある?」
それは亜樹子がよく知る2人で1人の探偵が初めて出会った時に片方がもう片方に口にしたセリフに似ていた――
【4:58】
カラダガアツイ――
タタカイヲモトメテイル――
ハードボイルダーの馬力に振り回されながらも浅倉の心は高ぶり続けていた。
もうすぐ『祭り』が始まるのだ。高揚感は留まる事を知らない。
それは自身の体内を駆けめぐる『力』によるものもあったのかも知れない――
かくしてハードボイルダーの馬力にも慣れた頃、ようやく浅倉はその場所にたどり着いた。
此処まで時間がかかったのはハードボイルダーの馬力になれた事や自身に起こった異変という要因があったから。
それでも、幸か不幸か遅いとは感じなかった。
「祭りの場所は……此処か?」
祭典の場所は東京タワー、浅倉はタワーの頂点を見つめる。
「来てやったぜぇ……望み通りになぁ……」
笑顔のままハードボイルダーを降り、真下にある建物フットタウンへと足を踏み入れて行く。
だが、内部は静寂が包み込んでいた。
「どうやら俺が一番乗りだった様だな」
とはいえ、呼びかけた奴がいる事だけは確実。何処かに隠れているのか上にいるのかは知らないが他の連中がやって来るまでかくれんぼあるいは鬼ごっこをするのも良いだろう。
「何処だ……?」
その時、
『アンタが二番乗りかい、浅倉』
その声だけが響き立った。
「この声……まさか……あの女の妹かぁ!?」
声の相手を浅倉はよく知っていた。自分が殺した女性の妹にして、一度自分を倒した女――
『言っておくけど、呼びかけした馬鹿な奴はもう私が倒したよ。で、どうする――』
「どうするかだと? そんなことはなぁ――」
『――聞くまでも無いね。下の建物の屋上で待ってるから』
そう言って放送は途切れた。恐らく先の放送で使われた拡声器をあの女――美穂が奪って使用したのだろう。
このフットタウンだけに響く様に音量を絞った上で――
「ははっ、まさかこんなに早く会えるとはなぁ……!」
そう言って壁に頭を叩き付ける。血を流しかねないぐらい強いが浅倉にとっては知った事ではない。
高ぶる気持ちを抑えられないのだ。数時間前の混戦も悪くはないが自身の仇敵と言える相手と戦うのも極上の悦びだ。
「行ってやるさ、お望み通りになぁ!!」
そう言って浅倉は階段へと踏み込んだ。エレベーターを待つ時間も惜しい、そう考え足早に階段を上るのだ。
【5:01】
沈みゆく太陽と共に闇が世界を包み込む――
それはまさしく今の自分の心に似ていた――
だがもう止まる事は許されない――
自分の世界にいる仲間達を救う為、それ以外の全てを滅ぼさなければならないのだから――
それがファンガイアの王を倒し新たな王となった紅渡の使命なのだから――
目的地は東京タワー、先程の放送に導かれ集った参加者を――
「渡……」
デイパックの中から小さくもはっきりと声が聞こえる。それは渡の相棒ともいうべきキバットバットⅢ世の声だ。
キバットは渡が他者を皆殺しにする事など望まない、渡自身それは痛い程理解している。
それでももう止まれない、だからこそキバットの声に応えたりはしない。
「聞こえてるなら黙って聞いてくれ……何故俺がお前が東京タワーに行くのを止めないかわかるか?」
考えてもみればキバットは東京タワーに行く事を止めようとはしなかった。殺し合いに乗るのは止めていた筈なのに――
「あの姉ちゃんは仲間を集める為に声を張り上げた――」
そう、故に自分はそこにいる者達を――
「だが、集まるのはそれだけじゃねぇ、恐らく殺し合いに乗った危ない奴等も来る筈だ……」
言われなくてもわかっている、そもそも自分自身が――
「だからこそだ。渡、お前がそいつ等からみんなを守る為に戦ってくれると信じているんだよ俺は!」
あぁ、未だにキバットは自分を信じているのか。それでも、
「何度も言わせないで……僕はもう……」
「何度だって言ってやる! 何度だって止めてやる! 渡、お前が間違った事するんだったらな! 大体、さっきの声聞いてお前だって迷っているんだろ? それでいいんだよ! お前だって本当は……」
「決めたんだ! もう……」
もう止まるつもりはない。いや、止まるわけにはいかないのだ。
ここで止まったら加賀美新や園崎冴子、そしてキングといった自分の為に死んでいった者達の犠牲がそれこそ無駄になる。
彼等の犠牲の上に今の自分が立っているのだ、今更迷う事や引き下がる事など出来るわけも許されるわけも無いだろう。
「渡……名護や渡の親父さんだってきっと自分の世界も他の世界も全部守る為、大ショッカーの連中を倒す為に戦っている筈だ、お前だって……」
「父さんは僕が生まれる前に死んだ筈だよ……」
名簿を見る限り自分の世界からの参加者は4人、分かり易く空白で区切られている事から間違いはないだろう。
その4人は渡、ファンガイアの王キング、渡の師匠もしていた名護啓介、そして渡の父親である紅音也だ。既にキングを渡自身が倒した以上生き残っているのは名護と音也だけだ。
だが、音也は渡が生まれる前に死んだ筈だ。名簿にあるのは同姓同名の別人かもしれないが、
「だが、あのキングだって前のキング……太牙の親父さんだ……つまり本当だったら既に死んでいる筈だ」
渡の知る限り現在のファンガイアのキングは渡の異父兄弟である登太牙。だが、先程のキングは太牙の父親、つまり先代のキングでであった。
しかし先代のキングは既に死亡済み、故に本来なら存在する筈がないのだ。
何故こんな事が起こっているのかはわからない。しかしキングとは微妙に話が合わなかった事も踏まえ、何かがある事だけは確かだろう。
「だから実際の所、どうなっているかはわからねぇが渡の親父さん本人かも知れねぇって事だ」
「……何が言いたいの?」
確かに名護や音也はきっと殺し合い打倒の為に戦うだろう。だが、それはあくまでも彼等の戦い。自分は自分の戦いをするだけではなかろうか。
「あの声はかなり遠くまで響く筈、名護の野郎や親父さんも聞いたかもしれねぇ……もし聞いていたら……」
「来ると思う……」
同時にそれは自身と遭遇する可能性もあるという事だ。
「そうだろ、もしあいつらが今の渡を見たらどう思う? 悲しんだり怒ったりするに決まっている筈だ! なぁ、あいつらを悲しませたくはないだろう?」
そんな事は言われなくてもわかっている。名護達が自分のする事を認めるわけがない。
「大体、もし名護達と出くわしたらどうするんだよ? まさか名護達まで倒してでも皆殺しにするなんて言わないよな?」
「そんなつもりはないよ……でも……」
キバットの言い分はもっともだ。名護達があの場にいた場合、彼等は自身が殺そうとする他の参加者を守ろうとするのは明白。下手をすれば彼等と戦いになりかねない。
だが、渡は名護達と戦うつもりはない。彼等を守る為に戦っているのにその彼等を倒しかねない状況など本末転倒以外の何者でもない。
「キバットがどう言っても僕はもう止まらない……」
「わかったぜ……だがな、俺は信じているぜ……」
そう言いキバットは一旦黙り込んだ。だが恐らくまた数分後には止めるべく口を出すだろう。
気を取り直し自身の手持ち道具を確かめる。恐らく東京タワーでは混戦となる。
そうなると鍵を握るのは変身手段とその回数なのは明らかだ。
しかし先の戦いでキバとサガ、そしてゼロノスに変身した以上それらにはまだ当分変身出来ない。
現状利用出来る変身手段は先の戦闘でキングが変身したゾルダ、そして――
後は変身せずとも利用出来る武器という事になるが幸い手元にはめぼしい物が幾つかある。これで仮面ライダー等の強者とやりあえるとは思えないが無いよりはマシである。
その中でも特に使えると見て良いのはジャコーダー、本来はサガに変身する為に使用するものであり同時にサガの武器でもある。だが、変身していない状態でも剣及び鞭としての運用は可能だ。
無論、これだけでは心許ないものの十分牽制には使えるだろう。
しかし、幾らキングを継承したとはいえサガの鎧は本来太牙の物だ、それを利用する事に思う所が無いわけがない。
「太牙兄さん……深央さんを殺した僕を許してくれなくても構わない……それでも今だけはサガの力……兄さんの力を借りるよ……兄さん達の世界を守る為に……
それで、もし全ての決着が着いて守る事ができたなら……
その時は僕を……して……」
【5:03】
「待たせたなぁ!」
そういって浅倉は屋上に到達した。だがそこは静けさが包み込んでおり、そこに美穂の姿はない。
「おい……待っているんじゃなかったのか……? 俺をイライラさせるな……」
折角戦えると思ってきたのに戦えない事に苛立ちが募る。そして周囲に当たり散らそうとしたが――
その時、ゆっくりと足音が響いてきた。
足音がする方向、展望台に続く階段を見るとそこには仮面ライダーファムがゆっくりと降りて来ていた。
「ははっ、待っていると言っておきながら随分と遅いご到着じゃねぇかよ……」
そう言いながら浅倉は懐からカードデッキを出して落ちているガラスの破片――浅倉は知らないが展望台から落ちてきたそれにかざす。
それにより浅倉にVバックルが装着され、
「変身」
その言葉と共にVバックルをデッキを挿入、紫の蛇の甲冑を纏い仮面ライダー王蛇へと変身した。
「やろうぜぇ――」
牙召杖ベノバイザーを構えつつ1枚のカードを装填する。
――SWORD VENT――
その電子音声と共に契約モンスターベノスネイカーの尾を模した突撃剣ベノサーベルが出現、王蛇は出現したそれを手に取る。
「仮面ライダーの戦いをな!!」
そう言いながら、ファムへと仕掛けていく。
一方のファムも召喚機羽召剣ブランバイザーに1枚のカードを装填し、
――SWORD VENT――
同じ様に契約モンスターブランウイングの翼の一部を模した薙刀ウイングスラッシャーが出現、ファムはそれを手に取り構え、王蛇の斬撃を受け止める。
「ははっ、そうこなくてはな」
そう口にする王蛇の一方、ファムは脇から飛び降り階段から屋上へと舞い降りる。
王蛇もそれを追いかけるべく飛び降りる。
しかし先に着地したファムは既に1枚のカードを装填し終えていた。
――GUARD VENT――
ブランウイングの翼を模した盾ウイングシールドを出現させた上で左手に装備、同時に背中のマントから無数の白き羽根を展開する。
羽根が王蛇の視界を阻む、それでも王蛇はファムへと仕掛けるが、
ファムの姿は消え無数の白き羽根だけが舞い続ける。
「またこいつか……全く苛つかせる……」
そう言えば、前も同じ様な手段で翻弄されたな。そう考えている中、
「とりゃ!」
と、背後からファムがウイングスラッシャーで迫る。しかし、
「甘ぇんだよ!」
と、ウイングスラッシャーを弾き飛ばした。
そのまま王蛇はファムに仕掛けるが無数の羽根の影響で視界が悪くなっている為、ベノサーベルは宙を斬るだけだった。
その間にファムは弾き飛ばされたウイングスラッシャーを拾おうと弾き飛ばされた地点である屋上の端近くへと向かう。
だが、それを見逃す甘い王蛇ではない。ファムの姿を確認した王蛇はすぐさまファムの所に向かい仕掛けようとする。
何とかウイングスラッシャーを拾ったもののすぐ傍まで王蛇が迫っていた。
「はっ!」
そのかけ声と共にベノサーベルによる攻撃を防ぐ。しかし王蛇は間髪入れずもう一撃、更にもう一撃と攻撃を仕掛けていく。
ファムはそれらを何とか防ぐものの結局の所何とか防いでいるだけだ。
防戦だけではどうにもならない、そう考えウイングシールドを後方に投げウイングスラッシャーとブランバイザーの二刀流で王蛇に仕掛けていく。
ファムは仮面ライダーの中でもパワーが弱い反面スピードに秀でている。パワーが足りないならばスピードで勝負するという作戦だ。
1発で足りなければ10発、10発で足りなければ100発という風にだ。
「ぐっ……舐めるなぁ!」
だが、思う様に行くものではない。確かに攻撃の手数自体はは王蛇よりもファムの方が上だ。しかし王蛇はこれまでの戦いの経験からそれらを全て捌き防いでいく。
その間を縫うかの様に王蛇は一撃、また一撃と攻撃を仕掛けていく。
前述の通り、スピードの上ではファムの方が秀でている。それ故に今の段階では攻撃は全て防ぐ事に成功している。しかしその一撃一撃は重く、ファムは徐々に後方へと追いやられていく。
また後方に追いつめられるだけではなく王蛇のパワーに押された事でファムの攻撃も徐々に遅れていく。
それでも攻撃のペースが遅れすぎれば押し切られる。故に何とか立て直しつつペースを上げていった。
かくして双方何十発もの仕掛け合いの果てに、何時しかファムは屋上の端まで追いつめられていた。
「でぃっ!」
何とか落とされまいとファムは全力でウイングスラッシャーを振り抜く。だが、王蛇は少し後方に下がりそれを回避。
回避? いや、それは違う。王蛇は次の一撃で決めるべく一旦距離を取ったのだ。全力を込めた一撃をぶつける為に。
ファムは丁度落ちていたウイングシールドを構え王蛇の攻撃に備え様とする。
「はぁっ!」
ベノサーベルの一撃がウイングシールドに炸裂する。ファムは何とか落下しまいと踏みとどまろうとバランスを取る。
だが、そのタイミングを見逃がさぬ様王蛇は更に蹴りを入れた――
しかし次の瞬間、またしても無数の白き羽根が待った。
「またこいつか……」
とはいえ先程の攻撃は確かに手ごたえがあった。状況から考えても自身の後ろに回り込めるとは思えない。
「いや……奴の狙いは!」
だが、ファムの狙いに気付いた王蛇はすぐさま下を見下ろした。
そう、ファムがゆっくりと地上へと降下していたのだ。
「ちっ、逃がすかよ!」
折角の獲物を逃すつもりは毛頭無い、王蛇もすぐさま飛び降りる。
マントと羽根を展開する事で落下の勢いを殺すファム、それに対して王蛇にはそういう気の利いた手段はない。
流石の王蛇でもこのまま落下すれば多少なりともダメージは避けられない。
しかし王蛇は、
「ふん!」
ベノサーベルを壁に向けて突く。その一撃により壁にベノサーベルが刺さりこみ一旦落下は止まった。
そして今度は壁を蹴る勢いを利用しベノサーベルを抜き再び降下した。そう、2度に分けて降下する事で降下の勢いを抑えたという事だ。
そうして王蛇が地上に降りた時には既にファムも既に到達しており、同時に何処かへと移動しようとしていた。王蛇もファムの姿を確認しそれを追いかける。
「待ちやがれ……何!?」
と、建物の角を曲がった先にはハードボイルダーに乗ったファムがいた。ファムは無言でハードボイルダーを駆り王蛇に突撃する。
「ちっ!」
王蛇はベノサーベルを構え迎撃しようとする。だが、ファムはそのまま王蛇の横を走り過ぎて行った。
「!? まさか……」
このまま逃げる? 一瞬そう考えたもののファムはハードボイルダーを扱いきれず近くの鉄塔まで行った所で止まった。
逃がすまいと王蛇がファムへと迫る。
「とぅっ!」
だが、ファムは東京タワーの鉄塔を登り始めた。仮面ライダーの跳躍力とパワーで数メートル数メートルと確実に登っていく。
「どこまでもちょろまかと……本当にイライラするぜ!!」
王蛇も鉄塔をファムを追いかけるべく鉄塔を登る。
フットタウンを越えてもなおファムは鉄塔を登り続け王蛇もそれに続いた。
彼等の目的地は――そう、高度120メートルの位置にある展望台だ。
「はぁ……はぁ……」
王蛇は割れた窓から展望台の中へ飛び込んだ。目の前にはファムがブランバイザーを構えて立っていた。
「ほう、どうやらやる気になった様だな」
ファムが構えしカードを見て王蛇もまた1枚のカードを構え装填――
――FINAL VENT――
その電子音声と共にベノスネイカーが現れ王蛇と共に走る――
その後勢いを付けた王蛇は高く飛び上がりベノスネイカーの口元へ――
それに応えるかの如くベノスネイカーが毒液を射出し――
その勢いを受けた王蛇の蹴りがファムへと迫る――
そこからの連続キック、それが仮面ライダー王蛇のファイナルベントベノクラッシュである――
多くの仮面ライダー、そしてモンスターを仕留めた文字通り必殺技と言えよう――
当然、この技の直撃を受ければファムの死亡はほぼ確定する――
だが、それはあくまでも『決まれば』の話だ――
――FINAL VENT――
電子音声と共に飛来するブランウイングが白き羽根と共に突風を巻き起こす――
モンスターすらも軽く吹き飛ばすその勢いは空中にいる王蛇の姿勢も僅かに崩す――
そして王蛇の向かう先ではファムがウイングスラッシャーを構えている――
そう、ブランウイングが巻き起こした突風で飛ばされた敵をウイングスラッシャーで斬るこの技こそ仮面ライダーファムのファイナルベントミスティースラッシュである。
この技1つで多くのモンスターを一度に撃破したやはり文字通り必殺技と言えよう――
2つの技がぶつかり合おうとする。傍目から見る限りその結果を単純に予測する事は不可能。
単純なパワーならば王蛇の方に分がある。しかし突風によりバランスが僅かに崩された以上、その威力とスピードは数段落ちる。
故に、ファムが王蛇を仕留めるという可能性も多分にあると言える。
それは言うなれば刹那の戦い、コンマ数秒とも言える限りなく短い時間だ。
しかし、実際に戦う2人にとっては永遠ともいえる程果てなく長い時間に感じる。
面白い、来るなら来い、返り討ちにしてやろう――
王蛇はそう考え体勢を立て直しファムへと挑む――
ウイングスラッシャーごと押し切りファムを仕留める、そう強い意志と共に仕掛け――
が、王蛇の蹴りはファムの頭部より十数センチ横を掠めそのまま空を蹴る――
外した? いや、かわされたとでもいうべきか? どちらにしても不発に終わった事だけは確かだ――
だが、王蛇は考える。今の攻撃は自分を仕留める為の攻撃ではなかったのか――
その時、王蛇の脳裏に前に自分が倒された時の記憶がフラッシュバックした――
あの時、王蛇はファムにファイナルベントであるドゥームズデイを仕掛けたがそれは不発に終わった――
それはその時黒い龍騎に妨害されたからだが問題はその後だ――
その後、黒い龍騎は3体のモンスターを融合させたジェノサイダーを仕留め王蛇はモンスターの力を失いブランク体となった――
ブランク体となった王蛇は殆ど無力、ファムに殆ど為す術なく倒されたのだ――
そういうことか、それが狙いか――
ふと後方を見るとベノスネイカーが宙を舞っているのが見える。ブランウイングが起こした突風によって吹き飛ばされたのだろう――
そして飛ばされる先にはファムがウイングスラッシャーを構えている――
なるほど、ファムの狙いは王蛇そのものではなく契約モンスターであるベノスネイカーだったということか――
モンスターの力を失えば王蛇は無力、どうなるかなど語るまでも無いだろう――
だが――
王蛇はすぐさまベノサーベルを投げる。ベノスネイカーがファムに仕留められる前にファムを仕留めれば良い、単純な勝負だ――
仕留める事が出来なくても命中さえすれば必殺の一撃は阻止出来る。そうすれば最悪の事態は回避出来、戦いは振り出しに戻る――
ファムは気付かない、背後に迫るベノサーベルに。故に命中は不可避と言えよう――
そう、それに気付いている存在が無ければ――
その時、無数の白い羽根が戦場を包み込んだ――