【Wol】光の戦士にハァハァするスレ1…[[フリオニール×wol]]
「…帰れ」
初めてだった。フリオニールが、部屋にやって来たウォーリアオブライトを明確に拒んだのは。
通常バイトのない日にフリオニールの部屋を訪ねているが、理由はウォーリアオブライトの主なバイト内容が家庭教師だからで、終えてから向かおうとすると夕食時を過ぎるどころか就寝少し前の時間になってしまうのだ。
どうせ行くなら人並みの食事を食わせたいし(フリオニールは放っておくと直ぐインスタント食品に手を伸ばす)それに寝る間際に尋ねて行って顔だけ見て帰ると云うのも何だかおかしな話だ。
ウォーリアオブライトとしてはそれでも充分意味があると思っているのだが、フリオニールはあからさまに嫌そうな顔をする。
まあ部屋を訪ねて良い顔をされた試しもないのだが。
比較的日程に融通が利く事、それに友人の紹介してくれた仕事と云う事も相俟って家庭教師はそれなりに長く続いている。
何だか高校生の頃を思い出すな、と思いながら買い物袋をぶら提げて歩いていたウォーリアオブライトは、今日はパエリアにしようと腹の中で決めていた。
特に理由はない。何となく思い付いたのと、最近魚介類を食べてないと思ったからだ。
何時も通り、この時間ではフリオニールは未だアパートに帰って来てはいないだろう。
ジーパンのポケットを探ると携帯電話の番号とメールアドレス同様手に入れた合鍵が
入っていて、思わず苦笑を漏らしてしまった。
あの時も酷い会話だった。
それまでのウォーリアオブライトは、フリオニールが帰って来るまでアパートの部屋に入る事が出来なかったので、階段やドアの前で待っていたのだった。
野良猫を構ったり雲を数えたり、暇を潰す手立ては幾らでもあったのだが、
『ねえ、アンタ、いっつもそうやって誰か待ってるけどウチの人?』
突然、それも見ず知らずの相手に曖昧な主語で話しかけられれば流石のウォーリアオブライトでも返答に詰まる。
その女性は興味を隠さぬ眼差しでじっとこちらを見詰めている。
取り敢えず彼女の言うところの”ウチの人”の意味合いを考えていると、彼女はぽっと頬を赤らめて恥らうように肩を竦めて見せた。普通中高年の女性の言う”ウチの人”とは、夫の事を指すだろうなとウォーリアオブライトは思ったのだ。
だが自分の待ち人、フリオニールは結婚はしていないし、しかしながら「いつも」と言うからには自分が此処で彼を待っている姿を見たのはこれが初めてではないのだろう。とすると…どう云った意味なのか良く分からない。
『お邪魔でしたでしょうか』
『やあね違うのよ! 最近、ウチの前で男の子がずーっと人を待ってるって噂を聞いてたから、私ピンときたのよ。アンタでしょ? なに? 誰? 誰を待ってるの?』
だが、其処に至り漸うウォーリアオブライトにも話が見えて来た。”ウチ”とは、”私”ではなく、”アパート”。所有格だったのだ。
成る程、恐らく彼女はここの住人か管理人か。それなら辻褄も合うし意図も読める。
しかし此処でフリオニールの名を出すのも憚られた。別に疚しいところがある訳ではないが、勝手に口外して彼に迷惑をかけるという可能性は回避したい。
『……』
気まずい時でも相手から視線を外そうとしなのは、ウォーリアオブライトの悪い癖だ。
だが敢えて黙した事が功を奏したのか、女性は赤らんだ頬を更に朱に染め『あ、あら!聞き出そうってんじゃないのよ、ただほら、ずーっと外で待ってるのって可哀相じゃない!』
と問われてもいない事を漏らし始めた。
可哀相。
だが、言われて初めて気付いた。
そうか、こうやって外でずっと待っているのは傍目から見て、可哀相なのか。
『気の毒だわ』
道の向こう側から帰って来るフリオニールの姿を待っているのは、ウォーリアオブライトにとって意外と心地好い時間だった。
猫たちとも顔馴染みになったし、何より望んだ姿が目に映り込んだ時のあの穏やかな気持ちは他には無い。ただ、自分がそうだからと言ってフリオニールがまるで酷い人間のように見られるのは心外だな、と思っていると、向こう側からスーツ姿の青年がやって来てウォーリアオブライトは取り敢えずその場を離れた。
大丈夫です。有難うございます。
そう言って別れを告げると、女性は逆上せたようにぽーっとしてひらひらと手を振って来る。一礼をしてアパートの前から離れると、どうやらその光景が見えたらしい。
『おかえり』
スーツ姿の青年、フリオニールが怪訝そうな顔でこちらを見ていた。
『……また来たのか。』
的確な一言だ。
女性の姿が消えたのを確認し(どうやら彼女は本当に、噂の男に話し掛ける事だけが目的だったようだ)、事情を説明するとフリオニールは『ふぅん』と素っ気無い答えを返しポケットから鍵を取り出した。それからの会話は本当に酷かった。投げ遣り
なフリオニールは、簡単に自宅の合鍵を投げて寄越すし、躊躇したウォーリアオブライトの胸中は”無用心だな、一人暮らしで本当に大丈夫なんだろうか”なんて見当違いなものであったし、
『待たれても迷惑だから。それ、好きに使え。』
フリオニールの意志の介在どころか、外的要因でしかない理由で部屋の鍵なんて重要なものを手に入れてしまうわけにはいかなかった。
では、次から他の場所で時間を潰しているからとウォーリアオブライトは突っぱねたが、それ以上有無を言わせないように銀色の煌きを握らされてしまったから複雑な気持ちになった。携帯電話の番号の時はそれでもまだ相互間に意図の理解と云ったものがあったが、
鍵に至っては、人目に着いて迷惑だからという理由で与えられただけのものだ。
五月蝿い子供に玩具を与えるのと同じ、腹が減ったと吠える犬に骨を与えるのと同じ理屈なのだ。
それでも、皮肉なことに合鍵は今日も元気に役立っている。
まったくどうしてフリオニールとはこうなってしまうのだろう。
大体、自分が大学に入ってから「別々に暮らそう」などと彼が言い出した理由が未だ分からない。暮らせるだけの金は月々振り込むから、などと思い悩んだ顔つきで言われては嫌とは言える筈も無かったというのに。
早々に荷物をまとめ家を出て行ってしまった彼の姿を思いだすと、今でもやるせない気持ちで一杯になる。
大事なことを話せないまま、重要なところで何かをぽろぽろと取り零している気がする。フリオニールが省みていない事も確かだが、それ以前にもっとこう…
だが、そんな風に思いながら勝手知ったる部屋の鍵を開けたウォーリアオブライトは驚いてしまった。
靴があるのだ。
まだ仕事だろうと思っていたのに、見慣れた靴が。
何だ、と思い、ウォーリアオブライトは部屋の主の名を呼んだ。
「フリオニール?」
部屋は狭い。
狭いと言うか、ワンルームだから玄関から少し踏み込んでしまえば声を掛けるも掛けないもない状況なのだが、一応礼儀としてそうしている。
するとウォーリアオブライトの目には、スーツを着込んだまま畳の上で横たわっているフリオニールの姿が映り込み、一瞬にしてさっと体中に緊張が漲るのが自分でも分かった。
夕方のこの時間、彼が所謂さぼりで部屋でごろごろとしているなどと云う事は考え難い。
となれば可能性は、倒れたか死んだかのどちらかしか有り得ないではないか。
買い物袋を放り投げて駆け寄った所為で、卵の割れる嫌な音がした。
後になって考えれば玄関に入った時点できちんと置いておけば良かったのだが、その時は動転してしまっていたから卵どころの話ではなかった。
身体を揺するとフリオニールは「うう」と呻き、苦しそうな息を吐いた。
取り敢えず生きている。
それだけでウォーリアオブライトは何故だろう、全てが赦されたかのような開放感にも似た安堵に全身が満たされるのを感じた。
「…帰れ」
だが、触れた箇所が燃えるように熱い。
尋常な発熱とは思えぬ身体を仰向けにするよう転がすと、フリオニールは短くそう言った。
初めてだった。
「帰れ」と言われたのは。能動的に明確に拒まれたのは。
ただ、それは恐らくウォーリアオブライトが思っていたよりずっと人間らしく、そして胸を暖かくする拒絶だった。
痛烈な恋しさを感じ、ウォーリアオブライトはぐったりとしたフリオニールの身体を抱き締めた。伝染の心配をしてくれている、とか、
そう云うのもまああったのだろう。それもあったのだが、何と云うか、何時もの「好きにしろ」より先に「帰れ」と言ってくれる彼の優しさに、フリオニールと云う人間のコミュニケーションの手法の健常さに、ウォーリアオブライトは何より嬉しくなってしまった。
「帰らない」
「ほんとに…だるいんだよ… 」
「酷い熱だな。体温計はあるか?」
「…ない…」
「薬は?」
「…あれば飲んでるさ…」
「確かアレルギーは無かったな。」
「なかったはずだ……、熱いから…離れろ…」
ぴと、と額に手を当てると、その冷たさに驚いたのかフリオニールは肩をビクつかせた。
「触るなって…」
しかし、ふらふらとして座らない首が、症状の酷さを物語っている。
市販の薬を飲ませて快復を待つより医者に見せた方が良いと判断し、ウォーリアオブライトは汗ですっかり表面だけ冷えてしまっている身体を布団の上に横たえて、箪笥から着替えのパジャマを取り出した。
「あぁ、本当に…」
無事で、良かった。
柔軟剤でふんわりと仕上がっているタオルも同時に出し、上半身を脱がせて身体を拭いてやりながらウォーリアオブライトはそう思った。
いい、自分でやる、と鬱陶しそうな声を出すフリオニールだったが、出来ないから倒れていたのだろうと叱るようにぴしゃりと言うと、拗ねた子供のような顔をして黙った。
「会社を早退してきたのだろう? 電話をしてくれれば良かったのに」
「……ウォルに電話したって 治るものじゃないだろ」
「頼って欲しい。非常事態の時くらいは」
「…知らないさ、そんなの…」
何時も通りの悪態のように聞こえたが、ウォーリアオブライトはふと気付いた。
フリオニールはもしかしたら本当に知らないのかも知れない。
体調を崩した時に誰かに頼ると云う事を。
思えば逆の立場は何度もあれど自分は、フリオニールに頼られた例など一度も無い。
そうか、そもそも選択肢を持ち合わせていないのか。
何時か君のそう云うところに私も触れられれば良いのだけれど。
そんな君の空っぽを、余すところなく埋めたいなどとは望まない。
ただ選択肢があるのだと気付いてくれたなら、とても、とても嬉しいのに。
「なら、次は頼ってくれないか」
「…なに…」
「起き上がれもしなくなった時は、私の事を思い出してほしい。」
「…なんで…」
「フリオニールにそうしてもらえたら、とても嬉しいからだ。」
しっとりと濡れた前髪を捲る。
熱を孕んで、汗の匂いがして、ウォーリアオブライトはフリオニールと云う男の生を強く感じ、それに言葉にならぬ喜びを感じた。
柔らかく撫でるように額に唇を押し付け、熱い体を抱き締める。
「きっとまた熱を出しても、君は私の事など呼び出しはしないだろう。
しかし脳裏には浮かぶ筈だ。今日の事が、私の事が」
「何だよ、相変わらず自信過剰だな……」
ウォーリアオブライトは微かに笑い、フリオニールの瞼にキスをした。
「勿論頼って欲しくはあるが、それが望むべくもないのなら、姿を思い浮かべてくれるだけでもいい。そうしたら、君の居るところまで駆けつけてみせよう。
私にはそれが出来る自信がある。」
唇に細い睫の反りが遊ぶ感触は心地良くて、このままずっとこうしていたい気にさせられたが、ウォーリアオブライトは直ぐに身体を離してフリオニールに新しいパジャマを着せていく。
さて、これから医者を呼んで、具合の悪い時でも食べられそうな物を作ろうか。
フリオニールを寝かし、布団をかけてやってウォーリアオブライトは携帯電話を手に取った。粥なら食べられるだろうか? 丁度パエリアにしようと米を買って来ていたし、タイミングが良かったと言うべきだろうか。
それともリンゴでも剥いたほうがいいのかもしれない。
食べられないならスポーツドリンク、か。
そんな事を考えながら、最早部屋のオブジェと化している電話帳を引っ張り出し、怠そうなフリオニールと短い会話を交わしている。
「すまなかった」、「手間だと思っていない」そんな何気ない会話が特別であることを、ウォーリアオブライトは知らないわけじゃない。
だから感謝と喜びを込めて、ウォーリアオブライトはフリオニールの名を呼んだ。
フリオニールは「何だ?」と応えた。
その、小さな幸福を
この、胸温かくする幸福を。恋と云う以外、一体何と名付ければいいのだろう?
最終更新:2009年09月05日 23:25