ガーランド×wol


 命のやりとりをした回数など、百を数えた時に数えるのに飽いた。
むしろ、そこまで数えた己の意図を理解する事に苦しむ程、戦いには終わりが無きことが定められている。

 鎖で繋がれた大剣が雷鳴の如く打ち鳴らされながら手元に戻り、剣先が掠った岩が火花を散らせた。
猛者の剣で鎧を砕かれた若者が徐々にその肉体が輪廻の終わりに近づいている事を知りながらも、青い目に闘気を未だ燃やしながら歯を食いしばるのが闇夜にも鮮やかだ。
「……諦めよ。此度は混沌が勝利するのだ。救いなど……夢のまた夢」
そう言い放たれた声を聞く者は地に膝をついて、噛み締めた唇に震えを堪えさせ。
それでも光の戦士は諦めを知らないようにふらつく腕で剣を上げる。
――百の輪廻と、同じように。

 ガーランドは胃の腑の奥から絶望が込み上げるような心地で笑った。
変わらない戦い、繰り返す他に気の効いたこともない輪廻、他の秩序の駒のように時に混沌に堕ちることさえない、宿敵。
ウォーリアオブライトとの闘争に決して飽きる事はない。それは猛者自身が望んだ事であるから。
――だが。
猛者は大剣の先で光の戦士の剣を鋭く横凪ぎに打ち払う。
手を離れて飛んだ剣の房飾りが2人の間に赤く赤く線を引いた。
若者のまだ希望を失わぬ目が勘に障ったのか、それともいつまでも堕ちぬ光にとうに堕ちた己との対比に灼かれたか。
ただガーランドはウォーリアオブライトの喉を掴み、岩壁に叩きつけるように力を加える。
いつか捨てた国の夜明けの空のようなその目にせめて、屈辱なりとも焼き付けてやりたいとただ……思った。

 下肢を覆う白い砂除けの布に手を掛けたとき、それまでやや茫然と鎧を剥がれるままになっていた光の戦士が目を見開く。
「なにをするつもりだ」
「知ろうと知るまいと、結果が変わるとでも思っているのか?」
冷淡に笑ってやれば、やっとこの先の行為に思い至ったように若者の手が猛者の鎧を押し、金属に擦れた革がぎしりと鳴った。
「やめろ!このような……!」
もがく体を押さえつけ、敢えてゆっくりと黒い上衣を引き裂いてやる。布が裂かれるその音は、持ち主の代わりに悲鳴を上げているようにガーランドの心を潤して。
闇の中に浮き出すように白い皮膚が、動揺で乱れた呼吸に速度を増して上下しているのが見て取れた。
「闘う術を失えば、貴様は無力だ。光のその身に、穢れは……恐ろしいか?」
それを体に刻み込んでやる。
飢えた獣が唸るように囁いて、下肢を覆う衣服に手を掛けた。
「やめろ!……ガーランド!!」
それが必死であろうとも、大剣を易々と扱う猛者の腕の下では全身を獣の牙に捕らえられ傷ついた鳥のような抵抗に過ぎない。
だが肘で猛者の胸を押し、明らかに必死の様相でもがくその姿は今までの光の戦士の姿とは明らかに違っている。
奇妙に思うより先に好奇心と嗜虐心が混沌に堕ちたかつての騎士の心に満ちた。
引き裂かれた布が上げる哀しげな声に僅かに遅れ、全ての素肌を外気に晒された若者の喉が微かに声にならない声に気管を狭める音だけがひゅうと闇に響く。

 見るな、と。
絶望したようにゆるりと顔を横に倒したウォーリアオブライトの密やかな声が耳に届いた時には、既にガーランドは目にしていた。
暴かれた下肢、髪と同じ色の茂みの下には、ガーランドが想像していたようなあるべき象徴が無かった。
――最初は、女子であったのかと思った。
そこに指を触れさせると若者の身体が強張るのが解ったが、構わず薄い茂みを掻き分けてみた所で隠されているものも無い。
だがそれは女子としてもあり得ない事に、雄に満たされる空洞さえ存在していなかった。
足を無理矢理開かせて確認したが、穴らしきものは小さな排泄孔が2つあるきり。
「貴様、これは」
強く瞼を閉ざしたあまりに震えているその睫毛を見下ろせば、長い間を開けた後にただ静かに答えが返された。
「私には……戦いの他に持てるものは無い。そういう事なのだろう」
ゆっくりと開かれた瞼の下で、青い瞳は自分を押さえつけるガーランドの腕の上を辿る。
振り返る記憶も、還るべき場所も、彼は最初から持つ事を許されない。
それだけではなくこの光の戦士は生命を育む営みからも切り離されていたのだと、猛者は知った。
「離せ、ガーランド」
静かな動揺を見破ったか、ウォーリアオブライトは僅かな間に毅然とした表情を取り戻すと猛者を見上げて言い放つ。
その強さの裏には記憶どころか属するものさえも何一つ持たない哀しみがある事を、見られたと知って尚。
――光に最も愛されたが故に、人としては神に見捨てられたか。
ガーランドは己でも理由の解らぬ苦さを胸に満ちさせながら静かに嗤った。
「何故離す必要がある?わしの望みはまだ達せられておらぬ」
「この身体を見て、まだそう言うか。私は穢されるような性さえ持たない」
眉を寄せたその顔に射しかけた影のように過るのは、それでも人としての生を持つが故の痛み。
「名もなく、記憶も無く、性もなく……か。ならば貴様は……己が何であるか知らぬのか」
ウォーリアオブライトは微かに目を見開いて、それでもその問いに答えるに値するだけの言葉を探しているようだった。
「……私は……、」
発しかけて揺らいだ声を恥じるように頬を引きつらせ、小さく首を横に振ると一度引き結ばれた唇が再び凛とした声を吐き出す。
「私は、世界を救い、お前を救う者」
如何なる事実を突きつけられようとも、それでもウォーリアオブライトの精神は闇には沈まない。沈む場所さえも持たない。
「それはただの貴様の願い」
嗤ってやればきつい眼差しが青く煌めく程に猛者を見上げる。
気に留めず、ガーランドはその顔を見下ろしながら纏めて掴み直した手首を強く地面に押し付けた。
唇を暗い笑みに歪めたまま片膝で開かせたままの足を押さえつけ、手首を捕らえぬ方の手で小さな後孔を弄ぶように押し開き。
「そのような事をして、何になる」
恐れも、哀しみも、意思の力でねじ伏せたその顔はただ美しかった。それは、唯一彼が持てるもの。
――わしが穢したいのは、貴様が囚われたその光。

 己の雄を固く拒絶するその身体に埋め込みながら、ガーランドはその耳に囁いた。
「貴様は……わしの宿敵だ」
幾度も同じ時が巡るが故に、それだけは永久に変わらない真実。
「ッ、……ガーラン、ド……!」
言葉からも隠された赦される筈の無い想いを刻み付けられて、彼は灼かれるような痛みに震えながらも名を呼んだ。




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最終更新:2009年09月06日 00:36