フリオ×wol
好きだ、と。たった一言を言うために必要な勇気は、多分ミシディアの塔の頂上から身を投げる勢いと同じくらいだ。断られるだろう、避けられるかもしれない、そう思いながらもフリオニールはその一言をもう止められなかった。
「好きだ、あんたが……ずっと、好きだった」
そう言った時、ウォーリアオブライトは確かに僅かな微笑みと共に答えてくれたのだ。
「私も、君が好きだ」
と。
奇跡のように恋人同士と呼ばれる関係を得たにも拘らず、そこから先に進めなかったのは彼がかたくなに触れ合いを拒否したからだった。
潔癖と呼ぶにも強すぎる否定を持って、ウォーリアオブライトは手を触れあう以上の行為を拒絶する。常に揺るがぬ意志を持って仲間を率いる青年が、口付けを交わそうとすれば首を横に振って許さない意図はフリオニールには解らなかった。
――だから、請うた口付けに沈黙という否定が返って来た時に覚悟を決めてしまったのだ。
「俺の……想いを受けてくれた事を後悔しているなら、今からでもいい。言ってくれ」
白い両手を握って真正面から聞いたとき、正直フリオニールは追いつめられていたのだろう。そしてそれに誰より気づいていたから……ウォーリアオブライトは強く美しい瞳に静かな哀しみを過らせて握られた手に力を込めたに違いない。
「フリオニール」
よく通る勇者の声が決意を込めたように義士の名を呼ぶ。
その先に続く2人の関係の終わりと謝罪の言葉を予感して、無理に微笑ませた唇を震わせながらもフリオニールは目を逸らしはしなかった。
「言ってくれ。覚悟くらいは……決めてから聞いてるんだ」
「そうではない……後悔も、していない。私は君を愛している」
はっきりとそう口にしてから、しかしウォーリアオブライトは不意にその視線を揺らがせて、それを隠すように目を閉じた。
「なら……俺が触れてはいけない、訳があるのか?」
戦神の化身のように鮮やかに鎧を輝かせて戦う姿を思い起こせば、光の戦士には人が触れてはいけないものだと言われる方が納得できる。
黒い服の上に溢れる銀の髪を微かな呼吸で揺らしながら、ウォーリアオブライトは長く沈黙した。
そうではないと、もう一度はっきりと口にした後に目を上げて、そこにフリオニールの哀しみに歪んだ顔を映しながら
彼は唇を微かに動かしてその隙間から耳を掠めるのがやっとの言葉を漏らす。
「 私は 君に 触れたい 」
その声の持つまるで絶望のような彩りに、フリオニールは答えを無理に引き出そうとした意志さえ失ってただその唇を見つめた。
「……すまない」
先に謝ったのはフリオニール。
それはウォーリアオブライトが何かを内に抱えて苦しんでいる事を引き出そうとした事への謝罪で有り、これ以上触れる事を諦めたという宣告で有り、ささやかすぎた恋の緩慢な終わりを受け入れるという決意でもあった。
はっとして、ウォーリアオブライトが離されようとした青年の手を強く掴んだ。
「いいんだ。あんたを傷つけたくない、だから……」
「違う。君を傷つけているのは私だ」
強い口調でそう言いきった後、ウォーリアオブライトはもう一度目を閉じて微かに顎を引き、何かを決意したように深く息を吐いた。
そのままフリオニールが動かずに立っている事を確かめるようにしてから繋いでいた手を離し、青年は無言のままその衣服に手を掛ける。
上衣を取り去って整った体躯をためらいなく露にし、続いて下肢を覆う衣服に手がかかった瞬間にフリオニールは顔に血が集まるのを自覚しながら大声を出す。
「ちょっと待ってくれ!俺は、何もそこまで!」
あまりにも唐突なその行為に驚いて声を上げると、下衣に手をかけたままウォーリアオブライトが静かに顔を上げた。
「忌まわしいと思ってくれても構わない。だが、君には……もっと早く見てもらわなければならなかった」
「何を……」
戸惑うあまりに揺れた声に対して、特に何も答えるでもなく勇者は僅かに唇を微笑みに似た形に揺らがせる。
「君の想いを受け入れたいと思いながら、己の恐れを処理しきれずに君を傷つけたのは私だ」
下衣の腰を止めていた紐を手早く解き、最早迷う事もなく下履きとともに床に落とされた黒い服。
そこからようやく目を離し、フリオニールの視線が白い素足を伝い、引き締まった膝を登り、そして。
――だから、か。
明らかに男のものではない、けれど女性のものとしても違和感が見て取れるその場所を目の当たりにしながら、
フリオニールにはもう動揺は無かった。
「これが、あんたが俺に触れられなかった、理由?」
「……そうだ」
声は微かに揺らいでいたが、義士を見返すその瞳は全てを受け入れる為にだろう、戦いを前にしているように強いもので。
「なら、俺たちは随分時間を無駄にした」
そっと笑ってフリオニールが手を差し伸べると、驚いたようにウォーリアオブライトが顔を上げた。
引き寄せて唇を重ねると、目を開けたままフリオニールを見ていた青年が一瞬迷うように彷徨わせた腕を抱き返す為に背に回す。
「あんたが男だと思ったから、好きだと言うのには随分悩んだ。だけどこんな事で俺があんたを好きだと思う気持ちが揺らぐ筈がない」
「……フリオニール」
もう一度重ねた唇は震えているような気がした。
立っているウォーリアオブライトの前に跪いて、フリオニールは彼の青銀の茂みにそっと口づける。
戸惑うように見下ろしているその手を引いて同じ目の高さになるように向かい合って座り、幸せである事を伝えたくて微笑んだ。
「愛してる、あんたの全部を。……この上もなく」
そう言うと、最初に告白したときと同じ微笑みをウォーリアブライトはフリオニールに向けて、確かな声でそれに答えた。
「君の全てが、私の光を確かにする」
「光栄だ」
抱きしめながら押し倒せば、抵抗もなくその背中が床に敷かれたマントの上に横たわる。
「君にもっと触れたい」
はっきりと口にされた言葉に鼓動が高鳴り、それでもフリオニールは出来る限り優しく笑った。
恐らくは、性的な快楽などは無かったに違いない。
ウォーリアオブライトにはそれを感じる為の器官は全て最初から存在しないようであったし、体中に与えた口付けへの反応からしてもそれは確かなように思えた。
記憶も性もなく、彼はこの戦いの世界の中にただ勇者として存在させられている。
――だけど、あんたは俺を愛してくれた。
揺るぎない彼の中に生まれた迷いこそが、彼の想いがフリオニールと出会った事によって生まれた何よりの証明だった。
「あんたが光の他に何も無いなら、俺が全部贈りたい」
「フリオニール、……私は君に今それを与えられている」
抱かれながら強くフリオニールの背に手を回し、深い場所に放たれたものを感じて微笑むように目を細めた彼が愛しい。
彼に性別などなくても自分達は1つになる事が出来て、それが何より幸せだった。
行為を終えた後も繋がりを解く気になれず、頬を触れ合わせたまましばらく目を閉じていた。
ウォーリアオブライトの髪の、甘さの無い……けれど清浄な草原を吹く風のような香りが彼の僅かな身じろぎで優しく鼻をくすぐる。
そうして僅かに首を傾けて、呟かれた声はとても静かだった。
「……性を持たないという事は、人と交わる事は許されぬと神が告げているのではないかと……そう思った」
「それなら最初から生まれてなんか来るものか!」
抱きしめて、それから少し身体を離して至近距離から視線を交わす。
「君に、もっと早く明らかにすべきだった」
感謝する、ウォーリアオブライトがそう呟いた声で、フリオニールはようやく自分達の想いが伝わり合った事を知った。
最終更新:2009年09月06日 00:45