ふっと体の重さが少し軽くなって、痛みが僅かに引いたようだった。回りの薄明かりを感じながら、彼はまぶたを開いた。
仰向けの額から、砕けた鳥の羽根が、かすかな身動きで起きた風にふわりと散ったようだった。空中のその細かい色合いが、焦点の合いつつある目に映る。
- 知っているのと同じなら、これはフェニックスの尾----戦闘不能から回復させる----戦闘不能----私は戦闘不能だった・・・そして回復したのか・・・
彼は感じた。これはHP1ケタぐらいだ。
彼の目に、すぐ側に腰を下ろしている人の黒い姿が映り、意識を失う前のことが一度に思い出された。
「セフィロス!」彼の喉からは、やっと聞こえる小さな声が出た。
何故 という思いもそのまま、彼の中に蘇った。
「気がついたか。」セフィロスは何も気に懸けていないかのような笑みを向けて、彼の表情を楽しげに見ながら言った。
「声も出さずに気絶されてはな。人形や死体が相手では面白くもない。」
「それで----私を蘇らせたのか?そこまでして・・・?」見たいのか?私が苦しむ姿を?----それも----
彼の胸の芯がぞっとして、蘇ったばかりの青白い顔の眉を少し寄せた。
「口は利けるようになったな。」
横たわっていた彼は身を起こしかけた。HPが1あればそれ位は出来る。いいや、1のまま、戦闘で勝つことも出来る。ただし衰弱していなければ。
と、セフィロスは空色の壜を取り出した。中身はポーション----一口、飲んだと見えたが、セフィロスは壜を置き、片腕で彼を抱き寄せた。もう片方の手が彼の頬を包んで、そむけようとする彼に口付けした。彼の唇の間に液体が流れ込んで来る。体力と心を回復させる力を持った液体が----何ということだ。こんなふうに飲まされるにはあまりに甘美な魔法のしずく。もれて流れる首すじからも、その効き目が広がるのが分かる。体の痛みがすっと消えて行く・・・
「ほら、抗ってみろ。----それ位の力は戻っただろう?」腕の中で身を引こうとよじる彼に、セフィロスはさらに楽しそうに言った。「お前がこういうのが好きなら話は別だが、そんなはずは無いな。----フッ、私も知っているふりをするつもりは無い。初めてだ。」
胸の中で何かが弾けて、彼はセフィロスをはっと見返した。衰弱していて思うように力が入らない手でセフィロスから逃れようとするのは止め、見つめずにはいられなかった。
- 初めて?!----なぜだ?って、それが引っかかっていたのだが、----なぜだ、セフィロス、----なぜこんなやり方で私を苦しめて見たい?----(斬り刻まれるよりこの方いやなのは確かだが、)なぜこんな気を起こした?----私のどこが----「いいやられっぷり」だと?!----サディストの思いつきだと言えば説明はつくかもしれない。しかし----
普通は愛する心が伴うはずの----「愛」という言葉は、この世界、この戦いだけの世界ではまるで無視されていて、この今の場面にもちっとも関係無いが----それでもこの世界にも、仲間たちのいたわりや励ましに形を変えて、確かにある----だが、
お前、セフィロス、----誰かに愛されたことはあるのか?----実験材料として手放し、いることさえ知らせなかった両親や、ソルジャーにする為だけに育てた組織から愛情を注いでもらったとは思えない。
(敵のことを知るために私達は知っていることを話し合った。お前のことはクラウドから聞いた)
愛されたことの無い人は愛することを知らないという・・・
- 今まで、誰一人、お前を愛してくれた人はいないのか?
- 私は、思い出せないが・・・いたはずだ・・・
そう、今だって仲間がいる。
セフィロスを見つめたほんの短い間に、彼の中にそんな思いが次々湧いた。
ひょっとしたら、まだ頭に血が回りきっていなかったせいもあったかもしれない。思いの入り混じった中から、不意に答えがひとつ見つかった。今ここで渦巻くこと、過去のこと、すべて飛び越して、自分がどうすればいいのかが、分かった気がした。
だがそのためには----
彼はそれらを、「いいのだ、」と一瞬で断ち切った。
セフィロスは、彼が抵抗を止めて自分を見ているので、どうしたのだろうと思っていた。明るい色の瞳はセフィロスを見ているような、同時にどこか他所を見ているような視線だったが、その輝きがふと変わったのだった。
真っ直ぐなまなざし、彼の道を見えずとも信じて見つめて来たあの目と変わらない光の目で----?
どうした、もっと戸惑って、嫌がるかと思えば----
なぜそんな目で私を見る?
セフィロスの予想外のことだった。
その一方で、セフィロスは、近寄った気配に気づいていた。
- こいつの仲間たちが来た、か。さて、どうしてくれよう。
セフィロスの注意の何分の一かがそちらに向いた、その一瞬の間のことだった。見つけた答えを、彼は何と言えばうまく言い表せるのか思いつかなかった、だからつい、いつも言うセリフが口から出た。
「----望むなら、相手をしよう。」
静かな声だったが、その場にいた全員の耳に届いた。
「?!」「?!」
まさに二人の前に飛び出しながら、
「オイ、俺たちの仲間に」「何しやがる!?」と叫ぶところだった口が、開きかけのまま止まった。
最終更新:2009年09月12日 18:01