人間とは何か。
定義は謎に包まれているし、確固たる言葉だってこの世にはない。
いついかなる時でも私は人間だと、胸を張って言えるだろうか?
例え見た目が獣でも人間の精神があれば。
例え精神が獣でも人間の見た目があれば。
そこに交わる感情はとても、アンビバレンスなのだろう。
★
荒ぶる波間を蹴立てて少女であり艦船である者は進む。
黒髪は波しぶきに濡れて、露を含んできららと光った。
その前をまろぶように、踊るように速さという単語を体現して進む金色。
彼女たちのための晴れ舞台に等しい海上。
これが窮屈な会場に流れ込んだ津波などでなければ、きっと天高く登った太陽でも仰いで士気を高めていただろうに。
「島風、あんまり先行しすぎるなよ」
聞こえてないだろうが釘を刺して、天龍は口を閉ざす。
目の前で心底航行を謳歌する背中を見つめ、ないまぜになった感情を飲み干すために決して余計な口を開かない。
彼女は――なんなのだろうか?
携帯電話から語られた衝撃の真実。
聞いた当初は襲撃もあったし、何よりヒグマの技術力とヒグマ提督に驚いてそれどころではなかったが。
ヒグマの血肉を使い、この世に送り出された……なんだ?
艦娘、だと言うのか。
天龍はこの会場に来た当初、
カツラにヒグマの保護を頼まれた。
死にゆく者の頼みを無碍にする気はない。勿論、自分の信条としても利用されている敵ならば鹵獲してやりたい。
ただ、耳に響くのは化け物の声であった。
『化け物は人とは相容れない』
化け物と人の境界線とは。
『人は人である限り化け物には成れないし、化け物は化け物であるかぎり、人には成れない』
ヒグマという化け物の血肉で成った艦娘は。
『だから――我々は、敵だよ、人間』
なんだと、言うんだ?
★
波の引いたエリアは歩くのに少し骨が折れた。
いや、海であることのほうがおかしかったから、陸を歩くことは当然のことと言えばそうなんだが。
「おお~これが本物の天龍殿……!いやあご足労ありがとうございます!あ、ぜかましちゃんもお帰り~」
喫茶店からひらひらと手を振る、頭の上に帽子を乗せた妙ちきりんなヒグマ。これがヒグマ提督、随分陳腐なルックスだと天龍は眉根を寄せる。
隣に座っている金剛と
天津風が目に入って、天龍はその目を見開かされる。
「提督ごめんね……任務……」
項垂れる島風。
トレードマークたるうさぎの耳を思わせる髪飾りも心なしかへにょりと曲がって見えた。
先の任務、火山の調査はそこから現れた老人により火山ごと消滅してしまった。
「いいよいいよ。もうその歪みも無くなったみたいだし、気にしないで」
朗らかな調子で二人を迎え入れ、席につかせるヒグマ提督。
提督は通りの見渡せる窓辺、その隣に金剛、さらに隣に天津風。提督と対面して座るのは天龍、そして島風だ。
ヒグマ提督以外全てうら若き武装された乙女。実に、ハーレムじみた絵面である。
天津風がピリリと鋭い視線を島風に向けたが島風は頓着せず連装砲くんに挨拶して、天津風とかけっこがしたいとはしゃぎだす。
それを金剛が優しく諌め、ヒグマ提督が仕方無いなあぜかましちゃんは、と笑う。
日常と勘違いしてしまいそうな光景に天龍は先の考えを鈍らすが、即座に本題を切り出してその迷いを保留させた。
そうだったとヒグマ提督が首輪をちょいと爪先で弄ると、瞬く間に首枷は外され、首元に開放感が溢れ深く深呼吸をする。
島風も、と自分から離れるヒグマ提督の後ろ姿と、手のひらに落ちた首輪を交互に見つめる。
「こんな簡単に取れちまうのかよ……」
人命を奪う装置の、軽すぎる質量に天龍はあきれ果てた声を出し、奥歯を噛む。
目の前で首輪を器用に解除してみせたヒグマ提督の動きも相まって非常に腹立たしかった。
――生命をなんだと思ってやがる。
古き時代から海に立つ天龍には戦いの記憶は勿論だが、潜水学校練習艦として人を育む力となった記憶もある。
海原で共に、国を、人命を守るべく寄り添ってきた船員や仲間を思うと、尚更だった。
死ぬまで戦うことを望む彼女にも、生命をないがしろにしたい道理は無い。
「まー普通のヒグマにはできないけどね!私は信頼されてるから知ってたけど!」
マジかよ……と天龍は、振り返ってへらへら笑うヒグマ提督を観察した。
ルックスはヒグマらしく恐ろしいがどうにも隙だらけな挙動、軽い口調、信用のならない情報漏洩。
(……どう贔屓して見てやってもガバガバじゃねーか。こんなやつを信頼するか?)
不信とされてるには些か大きな権限を与えられすぎている。
それも相まって非常に怪しい。
「提督には、いい『風』が吹いているのよ」
「Exactly!なんてったって私達の提督だからネー!」
訝しむ天龍に対し、天津風と金剛は得意そうに胸を張った。
「風ぇ?」
含みをもたせた言い回し。
単なる比喩じゃあなさそうだ。
「あーもー言っちゃってー」
艦娘の情報漏洩に対してもデレデレのデレ。
救いがたいな。ますます軽蔑の意識を覚えた天龍だが飲み込んで踏み込む。
「首輪以外にも、お前には聞きたいことがうんざりするほどあるんだ」
金剛、天津風、最後に島風を順繰りに見て、天龍は唸るように尋ねた。
★
「はぁーい呼ばれて飛び出たポータブル江ノ島盾子ちゃんでぇーーーす!!略してポタ盾?絶望的にダっサいからやっぱ無し!」
あっけらかんとした明るい声がディスプレイから響き渡る。
0と1で構成された鮮やかなそこに三次元の形を持ってにっこりと可愛らしく微笑む少女。
ツインテールの淡い桃色の髪、それを留めるチャームは白と黒の対になった不気味な熊。
全ての少女の最先端を走っていそうな……超高校級のメイクや着こなし。
まるでゲームの登場人物のようだと、天龍は目を瞬かせる。
彼女が存在する携帯端末……艦隊これくしょんでも遊べ連絡も取れる便利な電子機器スマートフォン。
特殊な操作をしているから艦これでも遊べるが、勿論読者の皆はスマフォで艦これをしてはダメだぞ!
サーバーに対する負荷でアカウントが停止させられる恐れもあるのだ。
ルールとマナーを守って、楽しく艦隊これくしょんで遊ぼう。
閑話休題。
そのたてかけられた世界に、恐る恐る天龍は話しかけた。
「あんたが……このヒグマ提督に入れ知恵してたってのは本当か?」
「モチのロンよ。ヒグマ提督ちゃんはとびきりバ……げふん、優秀なヒグマちゃんだからね、貴重な情報を上から伝えて事態の収集に一役買わせてたの」
江ノ島盾子と名乗った電影少女は、現在の状況を克明に全員に伝える。
ゲートを通じ異なる世界から呼ばれた参加者。
当初の主催の死亡。
続けられる実験の意味。
ヒグマ帝国。
ヒグマとは何か。
そしてこれから、何をするべきか。
「実はだね諸君、この私のオリジナル……いやアルターエゴにオリジナルも何もないのだが
私は携帯端末用に複製された身だから便宜上こう言わせていただこうか……」
「聞きなれねえ単語もだが、お前キャラ変わってないか?」
「私は絶望的に飽きっぽいのだよ、天龍君」
曰くしゃべり方にもすぐに飽きてしまうそうだ。
「オリジナルは、ヒグマ帝国を乗っ取り人間がヒグマに支配される絶望的な世界を作ろうと画策している。
私は本来その計画の最中に生まれた、予備のバックアップデータなのだ」
――一度、人間としての江ノ島盾子は希望に淘汰され死んだ過去がある。
その際にアルターエゴを予備で作り、そのアルターエゴは再び絶望を振りまくべく江ノ島盾子の純粋な意思を復活させしめた。
肉体の無い意思だけの、デジタルな存在になっても何一つ変わらないその姿。
因みにここで言われるアルターエゴとは、本人の人格をデータ化しインプット、アルゴリズムを組んだ電子頭脳のようなものである。
もう一つの人格、という意味では同じなのだが哲学的な話とは少々ズレが生まれている。
「コギト・エルゴ・スムなんてぇ、難しい言葉を使うつもりはないんだけどぉ、コピーのわたしにもやりたいことがあるの~~~」
荘厳な声音から甘ったるいぶりっこのような声音に変わる。
「わたしポータブル盾子ちゃんは……オリジナルの野望を絶望的にぶっ潰す!」
陶酔した、蜜漬けの宣戦布告だった。
「知らなかった……なんではやく言ってくれなかったんだ盾子ちゃん!」
ヒグマ提督は、怯えた様子で天龍を優しくどかしてディスプレイに食いつく。
それもそうだ、自分の故郷たるヒグマ帝国にとんでもない時限爆弾が仕掛けられていると聞かされて黙ってはいられないだろう。
「帝国内じゃあ危なくて言えなかったの……ごめんね……」
潤んだ瞳で謝られ、とっさにヒグマ提督はそうだねしかたないねと大慌てで画面とおしゃべりする。
此処では無い世界の少女にひたすらに入れこむ姿は、やはり異質だった。
「……つまりなんだ、俺達に協力させて、ヒグマ帝国及びこの実験を壊滅させたいってことでいいのか?」
かぶりつくヒグマ提督のことを見るに耐えないと天龍は瞑目し、尋ねる。
首輪は無くなったが逃げ出すにも海にはミズクマというヒグマが警備しているらしいし、空にはガンダム。くそったれな話だ。
そもそもこの世界に天龍の帰る鎮守府は存在しない。まったくやれやれだ。
「そうね。でも天龍ちゃんが嫌なら別にぃ……他に協力者を探すまでよ」
「私としては複雑だなあ……」
ヒグマ提督はその黒い鼻をぽりぽりと掻く。
しかし、盾子の話が本当ならば、自分は帝国から追われている身らしいのだ。
いや、追われているのは逃げてきたから知ってる。
でもそこまで本格的な処罰があり得るとは夢にも思っていなかったのだ。
まあなんとかなる、と適当に考えていた。
確かに同胞をうっかり解体して艦娘の材料にあててしまったが、手柄を立てれば許されると思っていた。
失敗やダメだったぶんいい行いをすれば帳尻は自然とあってくれるはずだと、信じていた。
物事に犠牲はつきもの、失敗は成功の母と言うじゃないか。
でもどうやら、間違っていたらしい、と話半分に納得する。
その間違いに今更ながら気づいたヒグマ提督に、江ノ島盾子は優しくするりと、艶やかな絶望色の声で滑り込む。
「だったら、クリア条件を変えちゃえばいいんだよ、ヒグマ提督ちゃん」
「クリア条件……?」
そう、と盾子は出られもしない液晶に手のひらを当てて、ヒグマ提督にもそうするように促す。
「この世界は、皆で協力して頑張れば変えられる。
まるでよくできた『ゲーム』みたいにね?
これはゲームなのよヒグマ提督ちゃん、任務達成条件が変わっただけ」
薄い次元の壁を隔てた、甘やかす詭弁。
「私達は提督が望んだから生まれてきたのネ、だから提督が私達の母港なのデス」
金剛がそのヒグマの豪腕に細く白い腕を絡める。
「私に進む風をくれるのは提督だけ……」
天津風も、ゆったりとその背中に両手を添える。
「提督が呼んでくれたから私はどこまでだって速くなれるんだ……!」
次から次に、少女たちはヒグマ提督に寄り添っていく。
「……この実験も現実もみぃんなゲーム。
門を通じて呼ばれた君達の現実だって誰かから見たらただの漫画でアニメでゲームなんだよ!
うぷぷぷ……これってとっても絶望的じゃあない?
だったらゲームとして楽しまなきゃ損!
ゲームのキャラクターらしくロール(役割)に従ってプレイング(行動)するのが正しいんだよ!」
都合よく、正しく、楽しく遊ぼうじゃないかと不快な笑い声は言う。
「そうだ……」
「――それは違うぞ!!!」
肯定しかけたヒグマ提督一同の耳を劈く、否定で矛盾を穿つ弾丸のような声。
「ゲームだあ?ふざけたこと言ってんじゃねえよ」
つかつか、音がなるほど強く床を踏み鳴らして、天龍は団子になっていた四体を押しのけてディスプレイに詰め寄った。
「お前の言うことが正しいんなら、確かに俺達の世界はお前の側なのかもしれねえ」
0と1の世界。
天龍の知る鎮守府も提督も仲間も、すべて膨大なデータの集約でしかないのかもしれない。
「だけどよ、俺はお前なんかと違ってそこが帰る場所なんだ。
そこが俺の『現実』だってお前はさっき言ったよな?
矛盾してんだよ……ヒトの現実認めといて今をゲームだの抜かすのはよお!」
水を打ったように静まり返る喫茶店。
誰もが言葉を無くし、何を言っていいか分からず、天龍の言葉の続きを待っていた。
「お前もだヒグマ提督!お前の仲間を200体もバラしたのはゲームでもなんでもねえ、
お前のやった過ちで取るべき責任だ!!
汚名返上名誉挽回で責任を無かったことにするなんて道理が通るわけねえだろ!!」
天龍自体名状しがたい矛盾を抱えてこの場に立っていた。
同胞と呼んでいいのか分からない、寄る辺が目前の愚かなヒグマしかない少女たち。
「島風も、金剛も、天津風も気に入らねえ。提督提督って擦り寄って甘やかしてまるで共依存じゃねえか、俺の知ってるお前らは……!」
言ってはいけない言葉を、焦げ付く喉で押しとどめて。
「……気に入らねえついでに説明しろ。羆でできた艦娘ってのはいったいなんなんだ?」
自分のように世界の門を超えて招集されたものじゃない艦娘。
この世界にいかなる道理で生み出されたのか。
それを聞いて、判断をつけよう。
天龍はもやもやした胸に清々しい砲火を求めた。風穴を、矛盾と虚偽を射抜く弾道を。
★
――羆謹製艦娘(ヒグマキンセイカンムス)とは。
羆の血肉、
HIGUMA細胞の核を使いそこにデータを降ろして完成する少女である。
データの大本は艦隊これくしょんのゲームデータ(このため金剛は改ニであり、
ビスマルクはツヴァイである)。
しかしこれはあくまで複製に過ぎず、本来のゲームデータでは問題なく稼働している。
勿論、その世界の彼女たちは現実の肉の体に呼ばれた少女のことは知らない。
因みにレアリティに応じてデータの転送が難しく、ビスマルク転送の際には大量の資材を溶かす羽目になった。
例外的に島風はヒグマ提督の所有データの中に存在していなかったため、架空の知識とデータで構成されている。所謂改造チートデータだ。
故に情緒に著しい欠陥が生じ、性能もまたずば抜けていた。
この理論を応用し現在帝国で『
戦艦ヒ級』の建造がなされているが、現在の盾子の知らぬ情報なので天龍達には伝えられなかった。
そもそも艦娘作成の足がかりはヒグマを人間にするという計画であった。
人間にHIGUMA細胞やオーバーボディを与えるのではなく1からヒグマの血肉で人間を生み出す。
妹達の原理を使用し一度試行はなされたが、純粋なHIGUMA細胞のみでは人間を形成するに至らなかった。
純度100%の細胞は余りに凶暴で、ヒグマ以外の形を取ることは困難だったのだ。ある程度妥協し混ぜれば別の姿を作るが、それは本懐ではなかった。
ここで保留、ほぼ破棄されていた計画を悪用したのが江ノ島盾子であった。
彼女は、初期ナンバーヒグマを使い、その完成し得なかった計画の完遂を今なお目指している。当座行方は知れぬが。
そしてこのポータブル江ノ島盾子も同じく考えていたのだ、受肉の方法を。
保管されていたサーバーを抜け出し
モノクマの体を使い、艦これにだだハマりしているヒグマ提督を助け、唆す。
データとしての自分をスマートフォンに受け入れてもらう。
本当にたやすいものであった。
『画面の向こうにいる艦娘に……会ってみたくない?』
こう言われて、何も考えない提督がいるだろうか。
HIGUMA細胞の持つ凶暴性や攻撃性を艤装に集約させ、少女の体を保つ。
そこにデータを記憶……ロマンチックに言うならば魂として降ろし、艦娘を完成させる。
試作たる島風が架空データの塊なのには驚愕したが、ここまでして失敗でもそれはそれで絶望できるので盾子は何も言わなかった。
結果、羆謹製艦娘は大成功したと言っていいだろう。
ただ絶望的に面白いのはそれからだ。
皆様ご存知の通り、ヒグマ提督がミスだったり面白半分で艦娘を増やした挙句せっかく作った工廠から逃げ出さざるをえなくなり、盾子の本当の目的はかなわずじまいとなったのだ。
だが、別にいいのだ。
江ノ島盾子は飽き性だから、すぐに目的にも飽きてしまう。
新しく立てた目的であるオリジナルの打倒も思いつきだ。
しかし考えるほどにいい思いつきではないだろうか?
自分に自分の野望を潰されるのだ。
なんて不毛で、なんて無為で、なんて絶望なんだろう。
それが達成できず、オリジナルに自分が消されたら……ああそれもまた素敵だ。
故に、ポータブル江ノ島盾子は周囲に希望を振りまく。
主催打倒という真っ当で、公明正大な、嘘偽りのない希望を。
絶望とは望みが絶たれること。
まずは、望んでもらわなくては。
退屈しのぎに、絶望の電波をふりまきつつ、ポータブル盾子は清い部分だけを天龍達に説明してやった。
★
「そうか……」
天龍の胸に突き刺さる事実。
弾丸ではなく鉄の杭を打ち込まれたような気持ちだった。
重く、辛く、苦しい。
『人は人である限り化け物には成れないし、化け物は化け物であるかぎり、人には成れない』
耳に反復する音も、もはや虚ろに響いた。
何一つ決定打になってはくれない。
中途半端な嫌悪、中途半端な仲間意識、中途半端な目的。
白にも黒にもならない感情で、ヒグマ提督たちの会話をただ聞いている。
もうそれでいいのかもしれないと、投げやりになって。
「壊滅ってのは嫌だけど、もっと平和的に考えたいから私も盾子ちゃんを手伝うよ」
「ありがとうヒグマ提督ちゃん!さっすが提督ね!」
「えへへ。うーん、でもやったことへのオトシマエってどうやってつけたらいいのかな……解体に伝言頼んだ那珂ちゃんも探さなきゃだし」
「そんなのは後でいいよ!まずはヒグマ帝国鎮圧!」
「そ、そうだね」
「ねえヒグマ提督ちゃん……もしも、もしもよ?あなたのお仲間が襲いかかってきたら……どうする?」
「迎撃するしか……」
「もっとちゃんと、殺す?殺さない?」
「私や艦娘の命を守るためなら……殺し……でも……」
天龍が会話を聞き取れたのは、そこまでだった。
視界に煌めくは向こう側をハッキリ隔てなお透明な緑色。
舞う、亜麻色の乙女。
★
「金剛!!!!」
悲鳴じみた声が、響いた。
「Shit……提督にもらった……大事なカラダが……」
突如窓の外から打ち込まれた光はまっすぐにヒグマ提督を目指し貫かんとした。
それを誰より速く、島風より天津風より速く察知し身を挺して守ったのは金剛であった。
その光線は、ヒグマを死に至らしめる光であった。
再生能力も殺し、致命的な一撃を与える。
ヒグマの血肉で造られた羆謹製艦娘も多分に漏れず。
倒れた金剛の体に空いた穴はたった一つ。大きすぎる一つを前にヒグマ提督は取り乱しながら跪く。
二発目がくる気配はなかった。あったとしても、誰も動けなかっただろうが。
「し、死んだり……しないよね?大破進撃もしてないし、突然のナガラビーム一発轟沈なんてそんなのありえ」
温かい指先が、鋭い爪を持つ手に絡められ、言葉が遮られた。
「提督……あったかい……デショ?これがRealなのネ……」
茫然自失の面々を瞳だけで見て、金剛は笑う。
「天龍の言いたいこと……言ったこと……本当は分かってマシタ」
提督を甘やかすのも依存するのも良くない。
大日本帝国海軍の船の魂記憶を持つ自分にはやるべきことがる。
しかしその記憶のある自分は何者なのか。
艦娘か、ヒグマか。
「私は……私達は艦娘にも…………ヒグマにも、なれない」
ヒグマと人間の間の壁も壊せず。
ヒグマと人間の間の距離も測れず。
理解してなお、立場を定めずにいた。
恋した相手に自分を捧げることしか、できなかった。
次元の壁を隔てて漸く出会えた喜びを素直に感じていたかった。
「But……今やっと、本当の私になれた……」
強く、強く、まるでこれからも生きていくように言い切った。
体を起こし、両手で優しく、ヒグマ提督の頬を叩き叱咤する。
「私が沈むことが悲しいのなら……天龍や皆の言うことを真摯に聞いて、成長して欲しいネ」
それが最後の力だったのか、すうと浅い呼吸をしてから金剛は脱力する。
咄嗟に毛むくじゃらの腕が追いすがり抱きかかえた。
「金剛、金剛」
いやだいやだとヒグマ提督は頭を振る。
初めての轟沈だ。
腕の中に沈む金剛のカラダはこんなに現実で、こんなにあたたかいのに。
「提督……どうか武運長久を……私……向こう側から見ているネ……」
向こう側、ゲームの世界の金剛は勿論健在で、いつだって会える。
この金剛はヒグマの血肉でできた生き物で、本当の艦娘じゃなくて、データだけの存在。
その愛は異質だし、矛盾だらけだし、傍から見ればバカバカしいのかも知れない。
だが、と天龍は歯ぎしりした。
穏やかに瞳を閉じた少女のカラダを、ひたすらにヒグマ提督は眺めていた。
彼の頭に浮かぶのは、これまでの思い出。
『よ、四時間!やった!やっと重巡じゃなくて戦艦がきたぞ!』
wikiとにらめっこして、手を叩いて喜んだ。
『英国で産まれた帰国子女の金剛デース!ヨロシクオネガイシマース!』
初めて鎮守府にやってきた戦艦、しかも高速戦艦金剛。
『改ニ実装……これでますます金剛はうちの鎮守府になくてはならない存在になったなあ』
紅茶の日だからと、小洒落たカップでティーバッグのお茶を飲んでお祝いした。
『お願いお願い……やった……!金剛が……やった!!!』
飛行場姫に止めの一撃を食らわし地獄のアイアンボトムサウンドに終わりをもたらしたのは金剛だった。
『ケッコンカッコカリ……は、なんか照れくさいしなあ……』
指輪を渡そうか悩んで、保留にしていた。
だから彼女の指は、つっかかりのない美しい線のままだった。
今なお握る、現実の体は、ただただ美しい線の集合体で、肉だった。
向こう側からやってきた彼女は、心底、嬉しそうだった。
【金剛@艦隊これくしょん 轟沈】
パァン、と乾いた音がして、ヒグマ提督は肩を跳ねさせた。
後ろにいた天龍が、彼女自身の頬を叩いた音であった。
「俺らしくもねえ……いったいなにをしてたんだ」
声も出ず怯えた様子の島風と天津風を抱き寄せて、静かに呟く。
「フフフ、恐いな、恐かったよな」
杭を引き抜いたそこに吹く風は清々しく、痛かった。
金剛の痛みの幾分かを理解するには、ちょうどよかった。
「おいヒグマ……提督、那珂もきてるってさっき言ったよな」
のろのろと振り向いたヒグマ提督は頷いた。
「那珂ちゃんと龍田ちゃんと……後は急いでてデータ入れを確認してなかったから分からないけど二人くらい……呼んじゃった」
その言葉には深い後悔が滲んでいた。
天龍と同じく、ヒグマ提督も何かに気付かされ打ちのめされていた。
自分のやったことに対する罪と罰に、遅すぎるが、気づいた。
生命はこんなにも大事で、暖かかったと、漸く理解した。
消えた200のヒグマだって、艦娘だって、等しく。
化け物だろうが犯罪者だろうが人殺しだろうが、同じだ。
だから、まずはとっちめて、それから話を聴く。
相手を殺したら軍法会議も裁判もできないから。
それが原初で、天龍に最もあった行動指針だろう。
「まずはそいつらと合流して……そんで、ヒグマ帝国にカチコミに行くための人集めだ」
那珂も勿論、姉妹艦である龍田の顔を浮かべて、天龍は手のひらに爪が食い込むほど握りしめた。
『だから――我々は、敵だよ、人間』
――敵で上等、それでも殴ってでもこっちに引きずってやる。
悩むより先にやるべきことをやらねば、その分だけ徒に生命が失われると今目前で見て理解した天龍は、己を矛盾を打ち砕く弾丸に変える。
その甘美な、絶望から生まれた希望を眺めて、協力者ポータブル江ノ島盾子は神妙な面持ちの裏であどけなく笑っていた。
【D-6 とあるビルの中の小さな喫茶店/昼】
【島風@艦隊これくしょん】
状態:健康
装備:連装砲ちゃん×3、5連装魚雷発射管
道具:ランダム
支給品×1~2、基本支給品
基本思考:誰も追いつけないよ!
0:ヒグマ提督の指示に従う。
1:金剛……速かったよ……
[備考]
※ヒグマ帝国が建造した艦むすです
※生産資材にヒグマを使った為、基本性能の向上+次元を超える速度を手に入れました。
【天龍@艦隊これくしょん】
状態:小破
装備:日本刀型固定兵装
主砲・投げナイフ
道具:基本支給品×2、(主砲に入らなかったランダム支給品)、マスターボール(サーファーヒグマ入り)@ポケットモンスターSPECIAL
基本思考:殺し合いを止め、命あるもの全てを救う。
0: 迅速に那珂や龍田、他の艦娘と合流し人を集める。
1: 金剛、後は任せてくれ
2:ごめんな……銀……
[備考]
※艦娘なので地上だとさすがに機動力は落ちてるかも
※ヒグマードは死んだと思っています
【
穴持たず678(ヒグマ提督)】
状態:健康
装備:なし
道具:携帯端末 (江ノ島盾子アルターエゴコピー入り)
基本思考:責任のとり方を探す
0:自分にできることをはじめよう
1:金剛…………
【天津風@艦隊これくしょん】
状態:健康
装備:不明
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ提督を守る
0: 風が吹かないよ……金剛……
[備考]
※ヒグマ帝国が建造した艦娘です
※穴持たずNo.118に資材を依頼したらヒグマ住民を200匹程解体してしまったので
仕方ないから材料を全部使い、艦むすを作れるだけ作って地上へ逃げました
※ヒグマ提督はおそらく五、六人は新造したので後二人ほど会場かヒグマ帝国の何処かにいます
★
メロン熊は激しい不快感に苛まれながら先ほどまで居た場所を離れていた。
どうなることかと事態を見守っていたが、やはりあのヒグマは度し難いカスだった。
『言うに事欠いてヒグマ帝国を潰して、仲間も自分の生命を守るために殺すですって?』
耳鳴りがするほど頭に血がのぼり、気づけば引き金を引いてメロン色の光線を射出していた。
それすらそばにいた少女を盾にして防ぐのだから、もう手を下す気がおきなかった。
どうせ馬脚を現したのだ、そこにいた他の少女たちも愚かさに気づき、かわいい女の子に惨殺されるバッドエンドを迎えるだろう。
そう思うと多少は溜飲が下がる。
――彼女は知らない。
彼女の耳に届いていたのは、ポータブル江ノ島盾子がヒグマにのみ影響する妨害電波を含ませ歪めたヒグマ提督の台詞だったことを。
ヒグマ提督も羆謹製艦娘も感知しなかったのは、彼らが江ノ島盾子と長く過ごしていたためである。
電波と言っても本当に些細な耳鳴り程度で、歪曲された台詞も元から余りイジられていない。
もしも、メロン熊が最初からヒグマ提督に嫌悪を抱いていなければもう少し冷静になれたのかもしれない。
両立する他者の思考は、やはり決して、真正面には届かないのだ。
それは金剛の想いも、ヒグマ提督の決意も、例外にはなれなかった。
【D-6 家屋の屋根/昼】
【メロン熊】
状態:愚鈍なオスに対しての苛立ち、左大腿にこむら返りの名残り
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ただ獣性に従って生きる演技を続ける
0:やっぱりあのヒグマは最低のカスだった。
1:敵と呼ぶのも烏滸がましい。
2:
くまモンが相変わらず、立派過ぎるゆるキャラとして振る舞っていて感動するわ、泣きたいくらいにね。
3:今度くまモンと会った時は、ゆるキャラ失格な分、正しく『悪役』として、彼らの礎になるわ……。
4:なんで私の周りのオスの大半は、あんなに無粋でウザくてイライラさせられるのかしら?
[備考]
※
鷹取迅に開発されたメスとしての悦びは、オスに対しての苛立ちで霧散しました。
※「メロン」「鎧」「ワープ」「獣電池」「ガブリボルバー」「ヒグマ細胞破壊プログラム」の性質を吸収している。
※何かを食べたり融合すると、その性質を吸収する。
最終更新:2014年07月07日 00:34