ヘルス・エンジェル


 ヒグマ帝国の地下。その田園地帯には、コケの薄明かりを破るような轟音の咆哮が迫っている。
 優に62体ものヒグマを喰らって巨大化した浅倉威が、第三かんこ連隊の者どもに痛めつけられながら道々を踏み壊して来ているのだ。

「クイーンさん!? どうするぴょん!? もう来るぴょん!!」
「……実を言うと、私はあんまり攻撃したくないんだ。被害を広げるだけだから」
「この期に及んで何言ってんだ!? 頼むぜクイーンさん!!」
「いや、私こそ頼むよ。私の『存在』で抑止力にならないなら、むしろ転進したほうがマシさ」

 その真正面に立っていた黒い長毛のヒグマ、穴持たず205のクイーンヒグマは、うろたえる一帯のヒグマたちへ、溜め息とともにそんなことを言う。
 そして彼女は、暴れ狂う浅倉威の方々を暗がりに紛れて飛びまわっている数体のヒグマを目ざとく見切って指差してゆく。


「ほら、彼も彼も彼も彼も……。艦これファンのみんなで相手できてるじゃないか。
 ……あとあなたも。私の能力を見たいってのならごめんよ。悪いけどさっさとあの人間片付けてくれないか?」
「ありゃ、バレてたか。僕の隠密はゴーヤイムヤ並みに完璧だと自負してたんだけどな」
「うびゃあ! チリヌルヲがいるぴょん!!」


 そして背後を振り向きながらクイーンが睨みつけた先には、暗がりに潜んでいた一頭のヒグマが目を瞬かせていた。
 隣で飛び跳ねた駆逐艦卯月のコスプレヒグマの狼狽をよそに、空母ヲ級の被り物をしたその灰色のヒグマは、悪びれもせずに田園地帯を守る彼女らの前に進み出てくる。
 第三かんこ連隊の連隊長・チリヌルヲ提督その者だ。
 即座に、リアクションから戻った第四かんこ連隊連隊長・卯月提督および、第六かんこ連隊連隊長・赤城提督が彼に食って掛かる。


「てっめぇいつの間に紛れ込んだ!! あのデカブツ引き込んで来たのお前らだろうが、始末しろ!!」
「というか、チリヌルヲたちも食べ物を守るぴょん!! ここを守れれば艦これ勢のみんなに食べ物は行くはずぴょん!!」
「そうだよねぇ~。わかるわかる。卯月提督や赤城提督の言うことはほんとわかる。100%貴様らが正しいよ」

 そして両者の語気を、へらへらとした笑みで彼は流した。

「でもごめんなさい。僕、宗教上の理由で人助けができないんで☆」
「何言っちゃってるぴょんコイツ!?」
「ま、貴様らならこいつを叩き殺すなんて晩飯前でしょ? あ、でもオカズにするのは、殺した後からが本番だからね?
 折角メインディッシュ譲ってやるんだから、感謝して油断せず、しゃぶり尽くせよ?」

 硬直する卯月提督の目の前で、チリヌルヲ提督はセクハラに取られかねない発言とともにウィンクを決める。
 その隣から赤城提督が、怒りを抑えかねて丸太を振り上げた。

「こっ、このっ、マジクソがぁああ――!!」
「ああ怒んないで赤城提督。これお詫びのしるしの照、明、弾♪」
「――げっ」

 チリヌルヲ提督は、目の前で丸太を構えていた赤城提督というヒグマに向けて、恭しく鉄の筒を差し出していた。
 同じく艦これ勢である赤城提督は即座にその物体の正体を察知し、反射的に顔を背ける。

 その瞬間、あたりにマグネシウムの強烈な白光が迸った。

 光度の乏しかった地下を、一瞬にして覆った真昼のような閃光に、周囲150頭ほどのヒグマの視界は一様に眩む。

「ぐぉ――!?」
「くっはっはっはっは、それじゃ、おあとはクイーンさんたちよっろしくぅ! はい、第三のみんなは死体引いて撤収~!」
「チ、チリヌルヲひどぉい! 待てぇえ~!!」
「第五のみなさんのチームワークなら僕らと同格でしょぉ~? ドップラー効果ああぁぁぁぁ~~」

 第五かんこ連隊連隊長・子日提督姉の眼を閉じたままの叫びに、チリヌルヲ提督の声が、ご丁寧に演出付きで遠ざかりながら応じていた。


    ##########


「そ、そうだ子日のお姉様!! 子日のお姉様たちの日頃の訓練、見せる時だ!!」
「ひ、比叡提督!?」
「な、なるほど、確かに、チリヌルヲが向こうにも隙を作ってくれた今なら、特別攻撃が通るやも知れぬ……!!」

 子日提督姉の呻きの直後、第四かんこ連隊の中から叫び声があがった。
 第五かんこ連隊に向けて叫び立ち上がったのは、比叡好きで知られる艦これ勢の一頭。
 放送室襲撃の際、キングヒグマが比叡を認知していたかを気にかけていた彼である。
 同第四かんこ連隊のマックス提督が応じた声に続き、一帯の艦これ勢に自然と頷きが走った。

 未だ中空に発光し続ける照明弾の閃光に眩んでいるのは、彼らヒグマだけではない。
 第三かんこ連隊が去った中で抑制が解かれた浅倉威もまた、突然の光に動きを止めていた。

 優に身長7メートル20センチという人間62体分の体積にまで膨れ上がっている彼を仕留める好機は、ここを逃せばほとんどないに違いない。
 クイーンヒグマは、得体のつかめぬながらもにわかに周囲に湧き起こった気迫に、檄を飛ばす。


「行けるのかい!? なら、頼んだよ!!」
「うん――!! クイーンさんが行けないなら、子日が先に行くね!!」
「イェア、ブラザー比叡!! 砲雷撃戦(サウンド・クラッシュ)の時間だ!!」
「はい、金剛提督!! 気合、入れて、行くぜ!!」
「布陣来るぴょん!! 中央以外の第四かんこ連隊は左翼に支援!!」
「例のアレかッ……!! 第六も右でサポートするぞォ!! 丸太を持てェ!!」


 身構えた第五かんこ連隊の中から、ばらばらと3頭のヒグマが先頭に進み出て、第四かんこ連隊の比叡提督と合流する。
 金剛提督、榛名提督、霧島提督という名のヒグマたちだ。
 彼らが合流するや否や、第五かんこ連隊の先頭で、子日提督姉妹が大きく前脚を振った。


「ほらみんな! 第五かんこ連隊、張り切って行きましょう!!」
「いくよ! 『進め! 金剛型四姉妹アターック』!!」
「「「おうッ!!」」」

 その号令に合わせ、手に手に武器を取っていた3連隊150頭のヒグマが、一斉に怒号を上げた。
 得体の知れないその気合に、巨大化した浅倉威も一瞬うろたえた。

「なんだァ……ッ!?」
「ハートの海域、どれだけ巡ってもォー――!!」
「――ハイハイ!! ハーイハーイ!!」


 その瞬間だった。
 先頭に立っていた4頭のヒグマ――金剛型が好き過ぎる提督たちが、一斉に浅倉威の方へ走り込み、散開していた。
 歌いながら叫び来る比叡提督が、先陣を切るように浅倉の足元に突っ込む。
 そしてその陰に隠れながら金剛提督が、手拍子を叩きつつ浅倉の腕に飛びついた。
 浅倉は金剛提督を振り払おうと身をよじる。

「くそッ……!? ――うぜェ!!」
「恋の弾丸、提督(あなた)に届かない……」

 だがその時、浅倉の両脚に鋭い痛みが走った。
 金剛提督のさらに陰にまぎれていた榛名提督が、先陣を切っていた比叡提督と共に浅倉の背後に回りこみ、あざやかな爪の一撃で、彼の両脚のアキレス腱を切断していた。
 膝崩れになった浅倉の視界には、彼の顔面に飛びかかってくる金剛提督の姿が映った。


「――『三式弾』ッ!!」


 そして金剛提督は、勢いをそのまま全身を弾丸にするかのように、渾身の爪を浅倉の眼球に突き込んだ。

「グオォオオオオォオ――!?」
「――『三式弾』ッ!!」

 続け様に、悶絶する浅倉の鼻先を飛び越え、金剛提督は浅倉のもう片方の目も潰してしまう。
 顔面に引っ付いて攻撃してくるその邪魔くさいヒグマを一息に食い殺さんと、浅倉は大口を開けた。
 その時だった。


「おねっがぁい、助けてッ……。羅針盤のー……、妖、精、さぁーんッ!!」


 一頭、完全に浅倉の意識から外れていた霧島提督が、彼の直下から廃棄予定だった砲塔の一つを抱え上げ、壮絶な怪力で放り投げていた。
 その砲はあたかも羅針盤の針のように勢い良く回りながら浅倉の口内に入り込む。
 そして、完全に開いてしまった彼の口につっかえ棒のように突き刺さってしまう。

「ワーォ、コングラッチュレイションズ!!」

 即座に横から、金剛提督が浅倉の鼻にハンマーパンチを食らわせ、その砲を彼の顎に突き込んでしまった。
 時間にしてわずかに20秒足らず。
 それだけの短時間に、この4頭は浅倉威をほとんど身動きの取れぬような風体に仕立て上げてしまう。

 ビシッと立てられた金剛提督の親指に、地上で一斉に3連隊の軍勢が同調した。


「ウォオ――!! ウォオ――!! ウォー、ウォー――!!」
「撃ーちますファイヤァ――!!」
「全力で、参ります――!!」
「腕がッ、鳴りますね――!!」


 第五かんこ連隊連隊長・子日提督姉の指揮に合わせ、全員が激しい気焔を上げて合唱しながら、楽器よろしく、左翼・中央・右翼の3方から嵐のように攻撃を浴びせる。
 シンセサイザーのように機銃が軽快なメロディを奏でる。
 シンバルを挟むように手投げの魚雷が浅倉のボディへ直に響く。
 ドラムのような連装砲に、タンバリンのような丸太の連弾が右から左から彼の体にリズムを刻む。
 顔面から肩にかけて踊りながらいたるところを爪で引っかいてゆく金剛提督のうざったい動きに翻弄され、眼も見えない浅倉はただ暴力的な楽曲の中に身悶えすることしかできない。

「ウォオ――!! ウォオ――!! ウォー、ウォー――!!」
「――速度と火りょッ、くッ!!」
「気合ーいでーッ――!!」
「狙らぁってーッ――!!」
「当たぁってーッ――!!」

 そして楽曲をクライマックスへ持ち上げるように彼らの声は高まり、攻勢は韻を踏んで揃う。
 前脚を高く掲げた子日提督姉妹の前で、全身を真っ赤な血に染めた浅倉の巨体は、まるでスタンディングオベーションを試みるかのように、苦悶にその身を高く逸らし上げた。
 指揮者がその手を、振り下ろす。


「――全砲、門、バーニングラァァァ――ヴ!!」


 彼ら3つのかんこ連隊が持つ最大火力の砲撃が、一糸乱れぬ同一タイミングで放たれる。
 それは万雷の拍手のような轟音だった。


    ##########


 その最終砲火に合わせ、優雅ささえ感じさせる動きで、浅倉の顔面から跳び発った金剛提督が下に着地していた。
 その先、先程まで彼が取りついていた浅倉威の姿が、晴れてゆく硝煙の幕の裏に照らし出される。
 徐々に落ち着きを見せてくる照明弾の明かりの中に浮かぶその巨人は、首から上の頭が完全に吹き飛んでいた。
 金剛提督が静かに立ち上がるその先で、浅倉威の死骸は首から鮮血を吹き出しながら、ゆっくりと地に倒れる。


「イェア……! シスター子日、ブラザーたち、最高にイリエーなサウンドだったぜ……!!」
「ふっふーん♪ どうだぁ、まいった? クイーンさん、子日たちは、かわいいだけじゃないんだよぉ?」
「ああ、すごかったよ。艦これファンのみんな、やればすごいんじゃないか」

 第五かんこ連隊――。
 それは、ありとあらゆる行動に艦これネタを仕込むことでその性能を昇華させ、複数人の間で統一された連携行動をとることを究めた『掛け合い勢』である。
 ネタの一つ一つはそのまま自分たちだけの符丁となり、楽しみながら、仲間の輪を広げながら、ハイクオリティな団体行動を生み出すに至る。

 つまりは、『オタ芸』。

 全く初見の状態からヒグマの身体能力と艦隊これくしょんの火力で打たれるその芸道に対処することは、いかな浅倉であっても、敵わなかった。


【浅倉威J 死亡】


「やったぁ! 如月提督ちゃん! やったよぉ~! 一緒にやっつけられたよ!!」
「良かった! これでもう大丈夫そう! 私と睦月提督ちゃんの共同作業だったわね!!」

 クイーンヒグマが、感嘆とともにパチパチと拍手を送る中、第四かんこ連隊や他の隊のヒグマたちも、自力で脅威を退けられたことに喜びの声を上げていた。

「相変わらずあの二人、好きな艦娘と一緒でべったりコンビぴょん」
「それだけのことやり切ったんだぜ!? 達成感あるだろ、なぁ加賀提督!?」
「ええ。流石に気分が高揚します。瑞鶴提督たちにもこの勇姿を見せてあげたかったですね」

 卯月提督と赤城提督も、互いに微笑みを交わしながら互いの労をねぎらう。
 第六かんこ連隊の一同は、加賀提督の言葉に優しい表情を見せ合う。


「元は私たち第六かんこ連隊の一員ですよ? 第一の夕立提督も信頼できる方ですから、元気でやっていることでしょう」
「大鳳提督の言う通りだな。あいつらなら、ビスマルクにたらふくご飯を食べさせてやってるはずだ」
「五航戦の子も、加賀さんと同じくみんな大食な子たちですから。補給は大事。
 養いの志を広げに行った瑞鶴提督は尊敬すべき方ですが、私は赤城提督と一緒に、最後まで食糧と物資を守り抜きますよ」
「おう、いつもありがとうな、加賀提督!」


 守り抜いた田園地帯を背に強固な決意を再確認する彼ら――。
 第六かんこ連隊は、主に大食艦である空母娘を萌えの対象とし、彼女たちにお腹いっぱい、胸いっぱいの奉仕をしようと誓う『養い勢』だ。
 娘たちの腹を空かせて泣かせるなんて許せない。そんな義憤で動く者たちである。
 隊の外でも、その志に同調する艦これ勢は当然多い。
 裏表のない彼らの代表である赤城提督は、瑞鶴提督たちが隊を離れる時も、その理由は艦娘たちの腹を様々な場所で満たしてやるためなのだろうと信じて疑わなかった。

 信じて送り出した瑞鶴提督が艦娘工廠の溶解液にドハマリして瑞鶴改二を実装してしまうなんて、彼らは思いつくことすら無かった。


「クイーンさん、この襲撃者の死体はどうすればいいぴょん?」
「ああ、そうだね。私が解体して『肥料にする』よ。みんなありがとう、あとは私一人でいいよ」
「いえいえ! ここまでやったんですから、睦月提督も手伝いますよ~! ね、如月提督ちゃん!」
「そうね! 一緒に解体しましょ、睦月提督ちゃん!」

 クイーンと卯月提督が動かなくなった浅倉威の死体を検分しているところに、睦月提督と如月提督がいそいそとやってくる。

「そうね。みんなで解体した方が気持ち的に、楽になるわね」
「人肉も優秀な食糧になりますから」
「イェア、野菜も良いが、たまには人肉も悪くねぇよな、ブラザー」
「金剛提督には、歌も、解体も、負けないぜ!」

 そこに続いて他の部隊のメンバーもぞろぞろとやって来て、なし崩し的にクイーンヒグマが押しのけられて、浅倉の肉が解体され始めた。
 宙に舞っていた照明弾も地に落ち、その光も消えた、その時だった。


 ぴゅるっ。


「あら……?」

 再び暗がりに落ちた地下の闇で、何かが解体作業中の如月提督のウィッグにかかった。
 掌で触れてみれば、それは何やらねばねばとした液体のようだ。
 目の前の浅倉威の死体から飛び跳ねて来たものらしい。


「およ? どうしたの卯月提督ちゃん?」
「やだ……。髪が傷んじゃう」


 髪飾りを押さえ、毛からその液体を取り除こうとする如月提督を、隣から睦月提督が覗き込む。
 その時さらにぴゅるっ。
 ぴゅるっ。
 ぴゅるっ。
 ぴゅるっ。
 ぴゅるっ。
 ぴゅるっ。

「ふぁっ!?」
「ふわぁぁぁぁ!? そこは……!!」

 大量の液体が、その両者の体に降り注いでいた。


「どうしたぴょん!?」
「ヘイ、シスター睦月、ワッツハプン?」
「ふぅむ~? なんかあったのぉ~?」
「ボーキでも出て来たかぁー?」

 周りで顔を上げ、その二体の雌ヒグマを見た者たちは、その直後に硬直した。


「ふえぇぇぇ――!? 睦月提督、衣装紙なんだけどぉ――!?」
「いやだぁ……ッ!! 私を……、どうする気!?」


 浅倉威の大腿の付け根付近で作業していた彼女たちの体は、蠢く大量の白濁液の中に絡め取られていた。
 四肢を拘束し、口の中に入り込み、手製のコスプレ衣装を乱して服の下に入り込んでくるぬらぬらとしたそのゲル状物の様相に、艦これ勢とクイーンは戦慄を覚えた。

 その中で最も早く我を取り戻したのは、第五かんこ連隊の代表たる、子日提督姉妹だった。

「あっ、あっあっ……!? ――あれは何のヒ!?」
「ひ……!! ――卑猥のヒ!!」

 いかなるリアクションにも艦これネタを仕込むが故の、高速の反応だった。


「二人ともォ――!? 待ってるぴょん!! うーちゃんが今助けるぴょん!!」


 第四かんこ連隊連隊長の卯月提督が続いて動き、彼女たちを助けるべく走り出す。
 しかしその瞬間、二体に絡みついていた白濁液の一部が、弾けるように卯月提督の方へも飛び掛かった。


「ひっ――!?」
「――寄らばシュナイデンッ!!」

 その時咄嗟に、走り出て来た部下の一頭が、自分の手でその白濁液の飛沫をはたき飛ばす。

「マックス提督!?」 
「我が身は既にアイゼン!! しかし卯月提督にこの奇怪なる妖物は危険だ!!」

 マックス提督は手にひっついたその液を地面で擦り潰すようにこすり落とし、牙を噛む。
 その間にも、襲われ、囚われている二頭の様子はおかしくなっていた。

「あふっ……!!」
「うあぁ……!!」

 悶え苦しむようなその声は、無上の快楽を得ているような、はらわたから獣に喰われているような、聞くに堪えないものだった。
 クイーンヒグマがその時、声を振り絞って叫んでいた。


「み、みんな――ッ!! そこから逃げなッ!! 早く――ッ!!」
「少しは……役に……、立てたのか、にゃ……」
「如月提督のこと……、忘れないでね……」


 睦月提督と如月提督が末期の声を絞ったのは、その直後だった。
 その呟きが喉を通るや否や、膨れ上がった彼女たちの胴部が、内側から勢いよく張り裂けていた。


「グッハッハッハッハァ――!!」
「あぁあ――、良い寝心地だったぜェ――!!」


 血と臓物と白濁液を撒き散らして彼女たちの中から出て来たのは、先程死んだはずの、浅倉威だった。


    ##########


 飛び散った白濁液は、意志を持つかのように、周囲にいた艦これ勢の雌だけを選んでその身に纏わりついた。
 そしてそのまま会陰部へと這いずり、その体内に侵入しようとしていく。

「うわぁー!?」
「きゃぁ!?」
「ひぎぃ――!?」
「あへぇぇええ――!!」
「ほぎょぉおおぉお!!」
「ハッハッハッハッハッハァ!! 祭りだ祭りだお祭りだぁ!!」

 浅倉威の哄笑が響く中、体内に白濁液の侵入を許してしまったヒグマたちの中から、その肉を突き破って次々と浅倉威が出てくる。


「クッ、ソ……ッ。チリヌルヲ……!!」

 その惨劇を目の前に、第六かんこ連隊の赤城提督は震えていた。
 脳裏には、チリヌルヲ提督が去り際に残した言葉が思い返される。

『ま、貴様らならこいつを叩き殺すなんて晩飯前でしょ? あ、でもオカズにするのは、殺した後からが本番だからね?
 折角メインディッシュ譲ってやるんだから、感謝して油断せず、しゃぶり尽くせよ?』
「あのクソがっ……!! どこまで予測してやがった……ッ、いちいち不親切すぎんだよ……!!」
「赤城提督――!!」
「ちくしょうッ!! 撤退だぁ――!!」

 そして彼は、襲い掛かる白濁液と浅倉威本体の群れから身を翻し、総員に撤退命令を出した。


「みんな、早く逃げてくれ――!! 頼む――!!」


 クイーンヒグマが叫ぶ中、幾人にも増えた浅倉威は、オスのヒグマをも捕食し、その体を分裂させてゆく。

「ひぃい――!!」
「ぎゃぁあああ――!!」

 田園のあちこちから、散り散りになったヒグマたちの断末魔が聞こえる。
 機材が壊れ、畝が乱れて飛び散る。

「ほげぇえぇぇええ――!!」
「おびゅぅううううぅ――ん!!」

 暗がりの中から、聞くに堪えない悶絶と飛沫が上がる。
 育ちかけの野菜がへし折られ、引き千切られてゆく。


 クイーンヒグマの足元に、大きなトマトの実が飛んできて、潰れた。


「あ、あ……ッ!!」
「ク、クイーンさん!! クイーンさんも逃げるぴょん!! 今いるみんなだけでも……!!」

 震えながら顔を覆ったクイーンの元に、涙を流しながらふらふらと卯月提督が逃げてくる。
 彼女の後ろから第四かんこ連隊が、そして第五、第六のメンバーも、なんとか隊を纏めて走り来る。
 しかしその後ろからは、未だ巨人の死体から溢れ続けるスライム状の白濁液と、大量に増えた浅倉威が追ってきていた。


「クイーンさんッ!!」
「……みんなが先に逃げてくれ。私はここに残る」
「クイーンさん、もう畑どころじゃないぴょん……ッ!!」
「……いいから逃げてくれ。『巻き添えで死ぬぞ』」


 顔を上げたクイーンの眼は、真っ黒な黒曜石のように冷たく尖っていた。
 卯月提督はその時、彼女の気迫と、そして生理的な恐怖感を覚えて飛び退いた。

 異臭がする。

 鼻の奥から脳髄を掻き回し、焼却炉で燃やし尽くすような臭気が、一瞬卯月提督の顔面を叩いていたのだ。
 思わず咳き込み涙を溢れさせた彼女は、クイーンヒグマの周りに、濁った炎のようなものが漂っていることに気付く。

 空中に鬼火のように揺らめく、澱んだ赤褐色の炎だった。


「そ、それは、何の火……!?」
「火じゃない。……これが私の、能力さ」


 走りながらの子日提督姉の叫びに、クイーンヒグマは淡々と呟いた。
 その前に、浅倉威の大群と、白濁液の波が襲い掛かってくる。


「グッハッハッハッハァ――!!」
「……許してくれ、キング」


 ヒグマたちを食い殺しながら迫ってくるその軍勢にその時、奇妙なことが起きた。
 まず始めに、蠢いていた白濁液のゲルが、突然煮え立った。
 実際に煮えたのかは定かではないが、唐突に煙を上げて動きを止めたそれは、瞬く間に目玉焼きの白身のような変性した蛋白質の塊となって地に落ちる。

 そして次に浅倉威たち自身が、喉を押さえ、苦悶に身を捩り始める。


「グ、オ……!? テ、メェ……、何、しやがったァ……!!」


 動きの鈍った浅倉たちから、ヒグマたちは何とか逃げ切り、クイーンヒグマの背後で振り向き、彼女へ声をかける。
 しかし彼らもまた、粘膜を焼くような猛烈な異臭に咳き込んでいた。

「げほっ、クイーンさん……!! ま、まさかこいつら全員を、相手できるのか……!?」
「さっさと逃げてくれ!! あんたたち全員入れても相手できちまうんだ、私は!!」


 クイーンヒグマの周りの空間は、既に濁った赤の空気に埋め尽くされていた。
 赤い空気は炎のように揺らめき、津波のような浅倉威たちを呑み込んでいる。
 濃い瘴気のようなその空気が、異臭の原因であり、また、浅倉威たちの動きを止めている攻撃だった。


「ク、ソ……、――ガァッ!!」
「……クソは、あんただ!!」


 浅倉威の一人があえぎながらも、ヒグマとほとんど変わらぬほどになったその爪で、クイーンヒグマに躍りかかる。
 クイーンは叫びながら、その男の拳を爪で受けた。
 すると、衝突した浅倉威の腕が爆発を起こして吹き飛ぶ。

「グァ――!?」
「死ィ!!」

 そして続けざまに、彼女はその爪を彼の腹に叩き付ける。
 その瞬間、浅倉威は再び爆発を起こし、今度は全身を吹き飛ばして死んだ。


「グルォオオォおぉ――!! 死ねぇえええええ――!!」
「ああ、死ぬさ、この土地は死ぬさ……!! これでもう、あんたも私も……」


 残る浅倉威の軍勢が、ばらばらと立ち上がって襲い来る。
 その一団の前でクイーンヒグマは嗚咽を漏らした。

 破壊された機材。
 荒れ果てた田畑。
 散乱する死骸。

 汚れた赤の向こうに流れ見えるその光景を絶ち斬るように、クイーンはその爪を振りあげた。


「――チェックメイトさ!!」


 浅倉たちが迫る中、クイーンはそうして、自身の爪を地面に叩き付ける。
 その瞬間、一帯には大爆発が起こった。
 赤い空気は本当の炎と化し、あたり一面を舐めて、灰燼に帰させた。


    ##########


「て、点呼……! みんな、点呼とるぴょん……! みんな、よく、生き残ってくれたぴょん……!」

 D-6の田園地帯を放棄して、一行はD-5の研究所跡地にまで退却していた。
 敗残兵のように廊下に蹲るヒグマたちの中を、泣き腫らした眼のままに卯月提督が歩く。

 その隅にいるクイーンヒグマに、横から子日提督妹が問いかけた。


「クイーンさん……、結局あれは、何のヒだったの? 必殺技のヒ……?」
「……『二酸化窒素』。肺を舐めて溶かす、猛毒の空気だ」


 二酸化窒素とは、赤煙硝酸という液体を構成する、濁った赤色を呈する刺激臭の気体だ。
 強力な酸化剤であり、吸い込んでしまえば、急速に体内に移行し、ラジカルを出すことで組織を破壊してゆく。
 高濃度になれば、数分と持たず生物は死んでしまう。
 死なずとも、大量に吸えば肺には重篤な障害が残る。
 大気汚染防止法の特定物質にも指定されている、れっきとした環境汚染物質だ。

 田園を守っていた者が用いるにしては、似つかわしくない能力だった。


「それでも、本当に炎とか、爆発とか起こしてたよね、クイーンさん……」
「私の能力は、窒素を操り化合させることさ……。だから、土地を硝化させて肥料にし、作物を育てられた……」


 肥料の三要素とは、チッソ・リンサン・カリだと言われる。
 そのうちチッソに関しては、自然界でも硝化菌という細菌の作用で肥料が作成されており、これと共生するマメ類が荒地の開墾に適しているのもそのためである。
 クイーンヒグマは、空気中の窒素を周囲の物質と硝化させ、酸化させ、化合させ、様々な物質を作れた。
 瞬間的なニトロ化合物の生成により衝撃で一帯に大爆発を起こすことも、広範囲を二酸化窒素で埋めることによる大量殺戮も、思いのままだった。
 だから彼女は、能力のそんな使い方を、最後までしたがらなかった。

 D-6の田園地帯は、放棄された。
 生きた者は誰も入れないような、高濃度の二酸化窒素で汚染された空間になってしまった。
 爆炎の荼毘だけが、大量のヒグマと艦隊の夢を燃やして、燻っているだけだ。


「こ、これだけ……、ぴょん……? だ、誰か他に、他に、生き残ってる者はいないぴょん!?」
「くそぉ……、卯月のお姉様と、皆の連隊を……ッ! 冗談じゃねぇ……! チクショウ見てろよタコ野郎!
 あいつのあのでけぇケツに俺の46cm砲ブチ込んでやる……ッ! クソッタレ――ッ!!」
「よせ、ブラザー比叡……! これが俺たちのサウンドの……、結果だったってことだ……」


 比叡提督が吠えた。
 なだめる金剛提督の隣で、各隊の点呼を終えた連隊長たちは、沈鬱な表情を崩せなかった。

「第四かんこ連隊、生存者……、7名、ぴょん」
「第五かんこ連隊、5名……。うぅ……、悔しいよぉ……」
「第六かんこ連隊は、俺と、加賀提督、大鳳提督の、3名だけ、だ」

 クイーンヒグマを入れても、浅倉威の攻勢から逃れられたヒグマは、わずかに16頭のみだった。
 優に134頭ものヒグマが、浅倉に犯されたか喰われたかで、死んでしまった。
 その前に相手していた第三かんこ連隊の死者も入れれば、その数はさらに増える。

 敵が死体の精液から大量増殖しつつ復活するなど、彼らには想定できなかった。
 それこそ敵を死体にしてからが死姦の本番と考えるような一部の第三かんこ連隊のメンバーくらいしか、対応はできなかっただろう。


「……ごめん……、ごめんよ、キング……。みんな……」


 引き受けていた何もかもを喪ったクイーンは、蹲ったまま嗚咽を漏らすことしかできなかった。
 その想い人すら既に喪われていることを、彼女たちは、知る由もなかった。


【D-5の地下 研究所跡 午後】


【卯月提督@ヒグマ帝国】
状態:『第四かんこ連隊』連隊長(和気藹々勢)
装備:駆逐艦卯月のコスプレ衣装
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:艦これ勢の仲間と過ごすため、ヒグマ帝国を守る
0:クイーンの下で皆の生きる場所を守る。
1:艦隊これくしょんをきっかけに、皆で仲良くすることの素晴らしさを布教する。
2:邪魔なヒグマや人間をも仲良く生かす。
3:キングとクイーンに同調する。
※艦娘と艦隊これくしょんを愛する仲間のために、生きる場所を作ろうとしか思っていません。
※愛宕提督、マックス提督、比叡提督、龍驤提督、間宮提督、伊勢提督で、『第四かんこ連隊』の残り人員は7名です。

【子日提督姉@ヒグマ帝国】
状態:『第五かんこ連隊』連隊長(掛け合い勢)
装備:駆逐艦子日のコスプレ衣装
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:皆と艦これの話題で会話するため、ヒグマ帝国を守る
0:クイーンの下であらゆる行動に艦これネタを仕込む。
1:率先して格好いい姿を見せることで、艦これネタが通じることの素晴らしさを布教する。
2:邪魔なヒグマや人間をも艦これの話題に巻き込む。
3:キングとクイーンに同調する。
※艦隊これくしょんの話題でより多くの者と以心伝心したいとしか思っていません。
※子日提督妹、金剛提督、霧島提督、榛名提督で、『第五かんこ連隊』の残り人員は5名です。

【赤城提督@ヒグマ帝国】
状態:『第六かんこ連隊』連隊長(養い勢)
装備:丸太
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:艦娘たちを食わせてやるため、ヒグマ帝国を守る
0:クイーンの下で食糧生産地を堅守する。
1:艦娘に腹いっぱい食べさせてあげることの素晴らしさを布教する。
2:邪魔なヒグマや人間をも使って食糧と資材を確保する。
3:キングとクイーンに同調する。
※とにかく艦娘を十分に食べさせてやれるだけの資材を確保したいとしか思っていません。
※加賀提督、大鳳提督で、『第六かんこ連隊』の残り人員は3名です。

【穴持たず205(クイーンヒグマ)】
状態:健康
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:“キング”に代わり食糧班を統括する
0:ごめんよ、キング……、あんたの田畑を、守れなかった……。
1:私にこんな力の使い方を、させないでくれ……。
2:これから一体、私はどうすればいい?
3:艦これファンのみんなは、すごいじゃないか……。
[備考]
※気体中の窒素を操り、化合させる能力を持っています。
※土地を硝化させて肥料の代わりとしたり、物体をニトロ化させて爆発物に変化させたりできます。
※加えて赤褐色の猛毒気体である二酸化窒素を吹き付けて肺を灼き殺す技法などを持っていたりしますが、完全に環境破壊を引き起こす技なので、積極的に使いたがりません。


※ヒグマ帝国のD-6エリアには高濃度の二酸化窒素が立ち込め、全域が汚染されています。


    ##########


「よし、点呼ォ。お前ら、点呼とるぞ! ハッハッハ、割と生き残ったなぁ俺!」
「流石俺だよなぁ、先見の明があるというか」
「ハッハッハ、まさに自画自賛だな」
「それだけ増え切ったんだぜ? 達成感あるだろ、なぁ俺?」
「ああ。流石に気分が高揚するな」

 D-6の田園地帯を放棄して、浅倉威はその地上の街に出てきていた。
 増えていた浅倉の一部が、ヒグマたちを追う方向でなく、窮屈で暗い地下から出る方向に行動して、岩盤に穴を掘り始めていたのが幸いした。

 クイーンヒグマが地下に毒ガスを充満させ始めても、浅倉威の大部分は、おさない・かけない・しゃべらないを守ってその経路から地上に上がることができたのであった。


「こ、こんなに……、か……? だ、誰か他に、もっと、死んだやつはいなかったっけか!?」
「いやいや、これでも割と死んだぜ?」
「むしろ増えてるけどな」
「浅倉威、101人かァ。集合するとけっこう壮観だな」


 自分の人数に点呼をとり、浅倉威の自分の人数に驚愕した。
 101人。
 101人浅倉だ。

 出て来た場所であるビル街の喫茶店前がぎゅうぎゅう詰めになるような人数だ。

 これでも地下で30人以上の浅倉が死んでいるのだ。
 クイーンヒグマの能力は確かにそれだけの危険性と強さを持っていた。
 だがどうしたことか、それでも浅倉の人数は地下に降りてきた時より増えている。
 始めは瀕死の状態だったのに、まるでボーナスステージでも通ってきたかのようだった。


「とりあえずどうするよ、ここの食い物には先客がいたみたいだしよぉ」


 出て来た穴を埋め戻して、漏れ出してくる二酸化窒素を塞ぎつつ、浅倉威は自分自身で相談する。
 見回せばこの場所、ビルの中の喫茶店には、銃撃戦が起こったかのような破壊の痕がある。
 店内、店外ともに荒らされ、庭先には墓を作ってさらにそれが暴かれたかのように、乱雑に土くれが放り出されている。


「その先客を追えばいいんじゃね?」
「もしくは解散して自由行動にするか? このままじゃ通勤時間の電車みたいになっちまう」
「まぁな、祭りの場所がわかるまでぶらつくのも悪くねぇ」


 二代目の浅倉威たちは、生まれた時から輝くばかりの隆々たる肉体だ。
 元々の自身の体にヒグマの逞しさと体毛を生やしたようなヒグマモンスターの状態をそのままに、後から後から生まれてくる。
 前立腺液30パーセントの、自分のミルクでチューンアップされるのだから安いものだ。
 カードデッキは流石に遺伝するような物体では無かったが、もはや生身の裸一貫で戦うことも浅倉威にはなんら苦にはならないだろう。

 目の前に開ける可能性の山に、浅倉威はいつになくウキウキと上機嫌だった。
 やはりヒグマは最高だな、と、彼らは思うのであった。


【D-6 とあるビルの中の小さな喫茶店 午後】


【101人の二代目浅倉威@仮面ライダー龍騎】
状態:ヒグマモンスター、分裂
装備:なし
道具:なし
基本思考:本能を満たす
0:一つでも多くの獲物を食いまくる
1:腹が減ってイライラするんだよ
[備考]
※ミズクマの力を手にいれた浅倉威が分裂して出来た複製が単為生殖した二代目がさらに自己複製したものです。
※艦これ勢134頭を捕食したことで二代目浅倉威が増殖しました。
※生き残っている浅倉威はあと101人です。

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最終更新:2015年05月30日 12:35