ロシアン・トビスコープ
森にほど近い、ぬかるんだ街並みを、音を立てて走る一台のバスがある。
その小型バスの側面には『灰熊飯店』という文字が描かれている。
グリズリーマザーの宝具である、屋台だ。
後部から覗ける車内には、ヒグマが2頭、人間と思しき者が5名乗り込んでいる。
ヒグマの一頭は、もちろんこの屋台を運転している青毛のヒグマ、グリズリーマザーだ。
そしてもう一頭は、人間に近い骨格をし、ナース服を纏っているヤスミン。
彼女の座席の反対側には、黒いカソックを纏った修道士風の男が黙然と座っている。
ヤスミンも彼も、しきりに車外を気にかけているようだ。
後部座席の方には、4人の人物がかたまっている。
青いつなぎを着て、油気の無い髪を粗いポニーテールにしている血色の悪い少女。
小学生ほどの体格ながら、利発そうな雰囲気を隠さぬ白人の少年。
あえて無個性を醸し出しているかのように特徴を沈めた、黒髪とそばかすの少女。
頭部に奇怪な塔を載せた、巫女風の衣装の背の高い娘。
一見してあまりにもアンバランスなグループに思える彼女たち4人はしかし、会話の輪を作って談笑している。
中でも、そばかすの少女の表情が、群を抜いて嬉しそうだった。
「修学旅行でもこんなに話したことなかったわ。あなたたちと話していると本当に楽しい」
「それはお姉さんたちが綺麗で素晴らしい人だからですね。僕もお話しできて楽しいです」
「ありがとうございます、ロビンさん。でも、褒めても何も出せませんよ?」
「……戦場でのレーションの美味しい食べ方の話とかは、普通に興味深かったし」
白人の少年、背の高い娘、血色の悪い少女、と会話が続く。
そばかすの少女は嬉々とした表情で、次なる話題を提供しようとしていた。
「じゃあ、次は何かみんなでゲームをしてみない? 修学旅行でもできなかったから。
ずっとしてみたかったのよ、バスの中でみんなでゲームするって」
「へぇ、例えば何ですか?」
「ええと、ええと……。例えば伝言ゲームとか、ビンゴとか……、早口言葉とか!」
「ああ、じゃあやってみますか? 早口言葉。――どうですそっちの皆さん?」
ロビンという少年が、前の座席の者たちに話を振った。
カソックの男は、ヤスミンやグリズリーマザーと顔を見合わせる。
依然として流れてゆく周囲の景色に警戒しながら、苦々しく彼は言った。
「……あまり気を抜き過ぎるなよ少年。何がやってくるかわからんのだからな」
「ですが、あまり緊張しすぎるのも精神上良くありませんね」
「とりあえず、今のところ前方には何もないよ? 良いじゃないか、マスターたちには少しくらい休息がないと!」
彼の煮え切らない反対票の上には、賛成票が二つ被ってきた。
そばかすの少女が、心底無邪気な笑顔を浮かべていた。
「やったぁ! じゃあ私から、私から! えっと、えっと――、『バスガス爆はちゅ』!!」
「縁起悪いですよ……」
「……こんな簡単なの噛むなよ」
「でもそこが可愛いね、お姉さん」
周りからの声が何を言おうと、そばかすの少女は嬉しそうだった。
「じゃあ次はあなたよ」
「私ですか……。そうですね……」
お鉢を回された背の高い娘は、憂いを帯びた眼を伏せた後、姿勢を正して呟いた。
「……『抜きにくい釘、引き抜きにくい釘、くぎ抜きでも抜けぬ艦橋の釘』」
「……これはひでぇ」
「絶望感が漂ってくるね……」
「あなた、そんなに大変だったの、その艦橋の修繕……?」
「ええ……、ほぼ実話みたいなものです。お次をどうぞ、ロビンさん……」
顔に陰りを落としたまま、娘は少年へと掌を向ける。
ロビンという少年は、暫し考えを巡らせた後、運転席のグリズリーマザーを見やり、さらりと言った。
「そうだね。じゃあ――、『Freshly fried fresh flesh』とか」
一瞬、後部座席の面々は硬直した。
「……は――?」
「……なんて、おっしゃいました?」
「……『油で揚げたての新鮮な肉』、よね?」
まともに彼の英語を聞き取れて訳せたのは、そばかすの少女ただ一人だった。
ロビンは頷き、愕然としている血色の悪い少女に向けて苦笑を見せる。
「そうです。智子さん、グリズリーマザーさんが同じような技を持ってるんだから、これくらいわからないとダメですよ」
「いきなり英語とか、き、聞きとれねぇよ……、LとRが……」
「ふふっ、こんな簡単な英語もわからないなんてね?」
そばかすの少女は、智子という少女が震えているのを良いことに、これでもかというほど得意げな表情でそう言い放った。
聞き流していたのかと思いきや、先程の智子の発言をしっかりと根に持っていたらしい。
智子は思わず目尻を痙攣させた。
「どうせ、早口言葉もできないんじゃない? 普段からあなた、どもってるし」
「て、めぇ……、調子、の、乗るんじゃねぇ、ぞ……」
「無理しなくていい。別にあなたの個性を否定してるわけじゃないから?」
どろどろとした怒りを口から溢れさせる智子に対し、そばかすの少女は余裕の表情で胸を張ってみせる。
智子は今にも殴りかかりそうな様子で、見開いた目を彼女に向けていた。
「こ、後悔、させてやるぞ……、私に、そんなこと、言いやがって……」
「ま、まぁまぁ智子さん、所詮遊びだからね!?」
「ロ、ロビンさんの仰る通りですよ! か、簡単なのでいいですから、どうぞ!?」
慌てて宥めにかかったロビンたちに制され、智子は大きく息を吸った。
そして細く、静かに、息を吹き出す。
「開合(かいごう)さわやかに、あかさたなはまやらわ、おこそとのほもよろを――」
「何それ? 五十音表言ってるだけじゃ――」
呟かれる呪文のような言葉に、そばかすの少女は多寡をくくって笑顔を見せる。
だがその次の瞬間、智子の口からは、怒涛のような文言が溢れ出てきていた。
「……『一つへぎへぎに、へぎ干し、はじかみ。盆まめ、盆米、盆ごぼう。
摘蓼(つみたで)、摘豆(つみまめ)、つみ山椒(ざんしょう)。
書写山(しょしゃざん)の社僧正(しゃそうじょう)。
粉米(こごめ)の生噛み、粉米のなまがみ、こん粉米の小生(こなま)がみ。
繻子(しゅす)ひじゅす、繻子、繻珍(しゅちん)。
親も嘉兵衛(かへえ)、子も嘉兵衛、親かへい子かへい、子かへい親かへい。
古栗(ふるぐり)の木の古切口(ふるきりくち)。
雨合羽(あまがっぱ)か、番合羽(ばんがっぱ)か、貴様のきゃはんも皮脚絆(かわぎゃはん)、我等がきゃはんも皮脚絆。
しっかわ袴(ばかま)のしっぽころびを、三針(みはり)はりなかにちょっと縫うて、縫うてちょっとぶん出せ。河原撫子(かわらなでしこ)、野石竹(のぜきちく)。
のら如来、のら如来、三(み)のら如来に六(む)のら如来。
一寸先(ちょっとさき)のお小仏(おこぼとけ)にお蹴つまずきゃるな、細溝(ほそどぶ)に泥鰌(どじょ)にょろり。
京のなま鱈、奈良なま学鰹(まながつお)、ちょっと四、五貫目(し、ごかんめ)。
お茶立ちょ、茶立ちょ、ちゃっと立ちょ、茶立ちょ、青竹茶筅(あおだけちゃせん)でお茶ちゃと立ちゃ』――」
30秒。
その津波のような30秒が過ぎ去った後、車内には、完全に気圧された沈黙があった。
智子は静かに眼を上げた。
「――まだ、続けても良いんだが?」
「……ごめんなさい」
隈の目立つ智子の視線が見据える先で、そばかすの少女は、震えながら頭を下げていた。
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「か、会話じゃなけりゃ、な……。言えるんだよ。会話じゃなけりゃ……」
「智子さん、どこで覚えたんですか、そんなすごい言葉……」
「いや、カッコだけでも声優目指した奴なら、誰でもこれ知ってるから……」
一転してビクビクとした様子で、智子はロビンからの言葉に身を竦める。
「……もっと上手い奴も、もっと早い奴も、もっと声の綺麗な奴も山ほどいるし、わ、私のなんて、カスみたいなもんだ……」
「いや、そんなことないよ! 流石アタシのマスターだ! すごいよ――」
智子に、運転席の方から朗らかにグリズリーマザーが声を掛けていた。
笑みが見交わされる。
その瞬間だった。
唐突に、ステアリングが不自然な挙動をしていた。
「え――」
グリズリーマザーが反応する間もなかった。
焦げ臭い異臭と共に、急激にバスのハンドルが取られる。
「なっ、これは――」
タイヤが滑る激しい音と共に、屋台のバスは勢いよく横転する。
「へやぁ――!?」
「くっ――!?」
「何――!?」
「扶桑――!!」
「むくろさ――」
「何が――」
「エンジンに――!?」
乗客となっていた者全員が、座席から投げ出される。
悲痛な叫びが響く中で、唯一シートベルトを締める運転席にいたグリズリーマザーが、一段と悲痛な声を上げていた。
――彼女は、バスに一体何が起こったのかを、目撃してしまっていた。
「みんな、逃げてくれ――!!」
その叫びの直後、バスが、爆発した。
運転席の直下から噴き出し、グリズリーマザーを飲み込むその爆炎を、嫌にゆっくりと、智子の視界は捉えていた。
@@@@@@@@@@
「マスタァァアァ――!!」
智子の耳に聞こえたのは、グリズリーマザーの叫び声だった。
迫る熱風の中、彼女の青い毛皮が、智子の体を包んでいた。
ガラスの割れる音。
熱風。
轟音。
水音。
ぬかるみに濡れていく体。
智子を掻き抱くグリズリーマザーは、爆炎に巻き込まれた直後、その宝具を用いて即座に自身をマスターの目の前に再召喚していた。
マスターたる少女を抱きかかえ、爆発から逃れるように車外へ飛び出した。
智子は彼女に守られていたのだ。
それを察し、智子は震えながら感謝を述べようとする。
「あ、ありがとう、グリズリーマザー……」
だがその瞬間、目の前を覆っていた青い毛皮は、次第に空気に溶けるように薄れていった。
その姿が完全に消える前に、智子の目には、グリズリーマザーの背中が爆風や破片で大きく抉られ、焼け焦げているところが映った。
「え……」
智子は、呆然と身を起こした。
横倒しになったバスが、引き千切られたように捩れ曲がり、炎を上げていた。
その周囲には点々と、黒こげになった人型が転がっている。
成年男性の形をした炭が1つ。
成年女性の形をした炭が2つ。
少女の形をした炭が1つ。
少年の形をした炭が1つ。
智子がそれを、バスに同乗していた全ての人物の死骸だと理解するまでに、それほど時間はかからなかった。
「バ……、『バス、ガス爆発』……」
縁起悪いですよ……。という、そんな声が繰り返されたような気がした。
縁起が悪いどころではなかった。
目に映る事象を受け入れられず、智子は眼を見開いたまま、ただ呆然と座り込むことしかできない。
その彼女の前に、何かが蠢動しつつ地面を近づいてくる。
「ほ、へ……?」
呆けた彼女の前に蠢いているのは、白いゲル状の液体だった。
18禁動画やエロゲーの画面の中で見たことのある物体だった。
知識上、それは確かに智子でも知っているようなモノではあった。
だが、実物を見たことはない。
その鼻を突くようなカルキ様の濃い異臭。
白濁した液中に、糸を引いて覗く透明体と粒状塊のあらまし。
そんなものを間近で見るのは、これが初めてだった。
「え……、え……?」
なんでそんなものが自律的に動いているのか、智子には理解できなかった。
仲間が全員爆死した後で、理解しろという方が無理だ。
仲間が死んでなくとも無理だ。
そして理解できぬ間に、その白濁液は、勢いよく智子に飛び掛かろうとしていた。
「――ダメだマスター!!」
「ふひぃ――!?」
その瞬間、智子の体は、勢いよく後ろに引っ張られた。
飛び掛かる白濁液を躱し、ぬかるみから抱え上げられた彼女の体は、青い毛皮の中にあった。
「グ、グリズリーマザー……!?」
「くっそ……、あの爆発でも吹き飛びきってなかったのかい……!
こんなナリでも知性があるたぁ……。マスターの令呪を食いつぶしたくはなかったのに……」
智子の手の甲に刻まれていた令呪は、消滅していた。
先の戦闘での消耗が1画。
バスの爆発から守られる際に1画。
そしてグリズリーマザーが、みたびその宝具を解放しマスターを守った1画。
合計3画が、綺麗になくなってしまっていた。
「い、一体、何!? 何なんだよぉ、これぇ――!?」
「知らん――!! こいつが、後からアタシの屋台にいきなり這い登ってきたんだ!!
タイヤをスリップさせ、エンジン内に入り込んで燃料を爆発させやがった……!!」
なおも目の前に這い寄ってくる白濁液からじりじりと距離を取りつつ、グリズリーマザーは歯噛みする。
慄く智子をしっかりと抱きかかえ、そのヒグマは牙を噛み締めてタイミングを計った。
そして、再び白濁液が飛び掛かってきた瞬間、居合抜きのようにその爪が走った。
「『活締めする母の爪(キリング・フレッシュ・フレッシュリィ)』!!」
煌めくその斬撃が、白濁液を切り裂き、細胞たちを殺戮する。
だがその白濁液は、そのままグリズリーマザーの手に絡みつき、その前脚を這い上ってきた。
「な、なに――!?」
『活締めする母の爪』は、確かに僅かにでも触れたその細胞群を、死に至らしめた。
だがその白濁液は、増殖に増殖した、数十兆を超える生殖細胞の群体だった。
触れられた部分の細胞と、その他の部分の細胞とは、別個の独立した生殖細胞として活動している。
数十兆の個体の内、数万、数億が死滅したとしても、物の数ではない。
それら一群の細胞たちは、一斉に青い毛皮を這い、グリズリーマザーの下腹部から会陰の内側へと殺到していた。
「な、が――!? マ、マス、タ――、おがぁぁぁアァァァ――!?」
驚愕の直後、グリズリーマザーは苦痛に身を捩った。
路上に智子の体が投げ出される。
「あいたっ――」
尻餅をついた直後、眼を上げた智子の前で、グリズリーマザーの体が膨れ上がった。
そしてその体は、軽快な音を立てて炸裂した。
「――グッハハハハハハハハハァ!!」
あたりに、そんな恐ろしげな笑い声が轟いた。
智子にとっては、嫌になるほど聞き覚えのある声。
ついさっき、聞いたばかりの声だった。
「……よぉお、また会ったな。メスガキぃ……!」
「ひ、あ……」
炸裂したグリズリーマザーの血肉があたりに降りしきる中、その爆心地に佇む全裸の男が、その逞しい体を立ち上がらせていた。
ごきごきと首を鳴らす彼の総身には獣毛が生え、伸びたその髪の隙から覗く顔には牙が見える。
ついさっき、死闘を繰り広げたばかりの男の姿に、智子は恐怖の声を上げた。
「あ、あ、
浅倉威――……!?」
「さぁぁて……。どうお礼してくれたもんかねぇ――!!」
血潮に濡れた髪を掻き上げ、浅倉は、野獣の笑みに唇を引き裂いた。
@@@@@@@@@@
「いやぁぁぁぁぁ――!?」
智子の青いつなぎが、爪の一撃で引き裂かれる。
ぬかるむ道路の上で、発育の悪い彼女の体は、いともたやすく浅倉威に押し倒された。
「……まぁお礼参りの仕方なんて、喰ってやるしかねぇからな。
内側から喰わさせてもらうぜ、メスガキ」
「ひ、ひぃぃ――」
智子の咽喉は恐怖に引き攣る。
仰向けに押し倒された目の前には、ケダモノじみた全裸の男の、股間がある。
そのど真ん中に屹立する器官の威容と、そこから漂う臭気は、女性に本能的な恐怖をもたらすものであった。
その恐怖は、同時に渇望でもあった。
智子の精神は、目まぐるしく振り切れる情動と感覚に、耐えきれなかった。
未成熟な彼女の前に突き付けられるには、それは余りにも酷な代物だった。
「おげろぇぇぇ――!? ごばっ――、ごへぇ――!?」
恐怖を拒絶して、智子は吐いた。
仰向けになっていたせいで吐瀉物が逆流し、気管に入って噎せた。
その様子に、浅倉は智子に馬乗りになりながら笑みを零していた。
「クッハッハ……、マジで惜しかった。良いセンスしてたぜお前。
『咽喉にクソゲロ詰めて死ぬ』のはテメェだったが……。
――俺が本当に『腐れチンボコ野郎』かどうか、死ぬ前に確かめてみるんだなァ!!」
破かれたつなぎの隙間から、色気のないブラジャーが引き千切られた。
ほとんど膨らみの無いあばらの浮いた胸部から、臍の目立つ腹部へと浅倉の爪が下り、腰の下までつなぎが引き裂かれてゆく。
「あぁ? なんだテメェ、ノーパンだったのかよ。こう見えて誘ってたってかァ? 良かったなぁあぁ!!」
「や、やべてぇ……、見る、なぁ……っ!!」
涙を零しもがく彼女の細い脚にも、容赦なく浅倉の脚が絡み押さえつけてくる。
Tanner分類のⅠ度に低迷する、同年代の女子と比較して余りにも貧弱な智子の体が、その凶暴な男性の直下に晒されてしまっていた。
浅倉は、そんな少女に対する配慮など一切しなかった。
ただ一息に、未成熟な彼女の対応器官とは不釣合いに巨大なその股間の器官を、彼女の体内へ突き込むだけだった。
「ひぎゃぁあぁぁあぁぁ――!?」
脳天を突くような痛みに、智子の体が弓なりに反った。
がくがくと痙攣する彼女を省みることなく、浅倉は鮮血の零れる彼女の会陰部へ、暴力的にその衝動を叩き付ける。
口角からあぶくを吹き、白目を剥きながら、智子は咽喉を絞る。
浅倉がその腰部を叩き込むたびに、痛々しい濁音が鳴った。
だがその音には次第に、高い水音が混ざってくる。
苦痛に喘いでいた智子の呻きにも、次第に熱いものが籠ってくる。
「あっ、あうっ、ううぅ――、こ、こんなのが、初めてなんて……っ」
「初めてで最期なんだぜぇ!? せいぜい楽しめや、オラァァ!!」
「あひっ!? いひぃ――!?」
智子は、そんな自分の身体の反応を拒絶するように、首を振った。
自由にならないその体はしかし、上気して赤くなっている。
舌を出し喘ぐ彼女の表情を歪ませているのは、果たして苦痛なのか歓喜なのか、わからなかった。
「おごぉおぉ――! 感じりゅ、感じひゃぅ、ごんなのでぇぇぇ――!!」
「よぉし、どんどん行くぜぇ――!!」
「あぎゅぅうぅうぅぅ――!?」
浅倉はその機を見計らってか、一段とその腰の挙動を激しくした。
突き込まれる熱源に、智子は身を捩る。
だがその動きは始めと違い、むしろその熱に自分から絡みついていくかのような動きだった。
細く白いその肢体が張り詰め、ぬかるみに汚れる。
野獣の体毛が、少女の柔肌と擦れ合う。
「やだ、怖い、ごわぃひいぃぃ――! こんなのならフェロモン、要らな、ぃぐぃぃ――!?」
「騒がなくてもすぐに喰い尽してやるぜぇぇぇ――!!」
「あっ、あっ、やっ、あぐぅ、いぎゅぅうぅうぅぅ――!?」
自分の体内で智子は、その熱の脈動が変わったことを感じた。
内奥深く突き込まれたその脈動の意味するところを理解し、智子は悲痛な叫びを上げた。
「や、やだ、やだぁぁぁ――、助げで――ッ!!」
「おら、行くぜ行くぜ行くぜぇぇぇぇ――ッ!!」
涙を零す彼女の体を抱え込み、浅倉は智子の体内へと、大量の体液を射出していた。
彼女の滑らかな腹部を波打たせるほどの勢いで、熱い液体が注がれる。
智子は身を反らして咽んだ。
「あっ、あっ――、ぁあぢゅいぃぃぃぃぃ――!!」
両者の接している腰部から、溢れた白濁液が吹き零れる。
痙攣し脱力した彼女の様子に、浅倉は満足げに笑う。
これですぐにでも、彼女の体内を食い破り、また新たな浅倉が生まれ落ちてくるはずであった。
「ふぅ、もう終わりだな――」
「……ええ、もう終わりです」
そんな一仕事を終えて息を吐いた浅倉の肩を、背後から叩くものがあった。
突風のコミューターに乗って今この世に着いたように、それは突然出現していた。
振り向いた彼の前に立っていたのは、真っ黒なヒグマだった。
枯れ木のような痩せたヒグマが、その表情に怒りを湛えて、彼を睨みつけていた。
「――いい加減に、して下さい」
ヒグマはそう言って、浅倉の顔面を思い切り殴った。
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「グアァァァァァァァ――!?」
その拳で、浅倉は路上に張り飛ばされた。
ヒグマは彼を怒りの視線で見下ろしながら、苦々しく言葉を吐き捨てる。
「カルテを書いていて、私はこれほどまでに恐怖を感じたことはありません……。
……あなた、ヒト半分はどこにあるんですか? 気の半分を無くしたんですか?
魂が希薄なくせに、ここまでタチが悪いとは……。もう半分の本体はどれほど悪性なんですかね……」
「――何言ってやがる……ッ! 何者だテメェ!!」
「ヒグマ帝国の、シーナーです」
立ち上がった浅倉の前で、シーナーはその痩せた前脚を額にやり、落胆の色を示しているのみだ。
浅倉は、倒れたままの智子を見やる。
既に新たな浅倉が食い破っていておかしくない彼女の肉体は、まだ浅倉が押し倒した格好のまま朦朧としている。
「……出てきやがらねぇ! テメェが何かしたって訳だ……!」
「ええ。私です……」
浅倉の鋭い言葉に、シーナーは応答するのも疲れるかのように呟きを返す。
浅倉は、彼へ牙を剥き、舌なめずりをしてみせた。
「……じゃあつまり、まずテメェを喰ってからにしろって訳だなぁ……?」
「違います。これは全てあなたの見ている幻覚なのですから、そんなことはできません……」
「ハァ? 幻覚だぁ――?」
浅倉は、ヒグマの疲れたような言葉を理解できず、舌打ちする。
「良かった……。良かったよぉ……」
その時、倒れていた智子が、鼻をすすり上げながら身を起こしていた。
破れたつなぎを掴んで体を覆う彼女は、涙を零しながら、何もない後ろの方へと顔を向けた。
そうして精一杯微笑みながら、手を振る。
「安心してくれ、みんな……。私はこんな腐れチンボコ野郎に犯されてなんかないし……。
グリズリーマザーもロビンも、こんな目にはあってないから……。
こんな野郎の幻覚じゃなく、次の話を見てくれよな……。よろしくな……」
「誰に言ってやがるこのガキ……!」
気が触れてしまったような智子の挙動に、浅倉は舌打ちする。
「とにかくテメェは……、食い殺してやるぜぇぇぇ――!!」
浅倉は彼女を捨て置き、振り向きながら、シーナーに向けて思いきりその腕を振り被っていた。
「あぁ……。ようやく、焼けましたか」
「な、に――」
だがその瞬間、中途半端に爪を振り抜いた空中で、浅倉の動きは止まっていた。
どんなに力を込めても、彼はもうそれ以上動けなかった。
眼球が焼けていくかのように、目の前のヒグマの姿が、視界が、真っ白く塗り潰されてゆく。
浅倉の全身を、例えようもない熱さが襲う。
浅倉威の世界は、じりじりと焼けて、真っ白に固まっていった。
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「――久々に、恐ろしい思考を覗いてしまいました……」
アスファルト道路の上で、真っ黒なヒグマが一頭、ぽつりとそう呟いていた。
彼の目の前には、剥き出しのアスファルトの上で白く固まっている、蛋白質の塊があった。
目玉焼きの白身のように干乾びてしまっているそれは、『浅倉威の精』とされる、大量の白濁液だった物体だ。
「もしこれが、グリズリーマザーさんの屋台に追いついてしまっていたらと思うと……。
いえ、やめましょう……。とりあえずこの細胞群は死滅したのですから……」
佐倉杏子たちを殺滅し、そのヒグマ――、シーナーは、北へ急ぎ走っていた。
そのさなか、彼は偶然にも、目の前のぬかるんだ道をかなりの速度で蠢き走っていく、大量の白濁液を目撃してしまっていた。
ヒグマの中でもかなり色々なモノを見聞してきた彼ではあるが、そんな凄まじい光景を目にした時は、流石に驚愕で呆然とするしかなかった。
いくら同じ男性といえど、そんな名状しがたい代物は、十分シーナーの心を寒からしめた。
彼は生理的な気持ち悪さと恐怖を感じて、その白濁液を幻覚で誘導し、乾いた路上に留めていた。
正直、今すぐオートクレーブにでもぶちこんで殺菌殺滅したいところだったが、無い以上仕方がない。
津波の洗った熱いアスファルト道路の上で、彼は日差しを以てその白子を塩焼きにしたのだ。
この塩焼きは、あくまでその白濁液が勝手に焼けるような場所に留まっていたがための自然死である。
そのため、先の佐倉杏子たちの同士討ち然り、彼が参加者を直接殺したことにはならない(と、シーナーはそう解釈している)。
この白濁液が参加者なのかどうかも判然としなかったが、念には念を入れて彼はそうした。
というか直接触りたくなかった。
その間に覗いていた『浅倉威の精』の思考は、驚くべきものだった。
蠢く白濁液そのものの様態以上に、予測された未来のシュミレーションは心を寒からしめた。
それはある意味、先の
相田マナという少女の思考よりも生々しく恐ろしかった。
このゲル状物の群れを先に行かせてはなるまい――、と思ったシーナーの直感は、正しいものだったことになる。
「グリズリーマザーさんもそうですが、なぜヤスミンがこんな所に……?
マスターだというあの少女は、亡くなっていたはずでは……?
あの神父のような方も、魔術師だったはず……。私のいない間に帝国で何があったのですか……?」
浅倉威という、参加者だった男は、つい先ほどまで、グリズリーマザーや医療班のヤスミンが同行する人間の一段と戦闘を行なっていたらしいのだ。
しかも、その人間たちのほとんどは正体が掴めない。
そばかすの少女と、背の高い娘は、シーナーの全く知らない人間であるし、残りの3名は既に死んでいるはずの人間だ。
ヤスミンが同行している以上、何かしら正当な理由はあるのだろう。
だが、現在の地下の状況確認とも合わせ、彼女に会って確かめないわけにはいかなかった。
彼は、西方に折れようとしていた歩みを、東の方角へと向ける。
この白濁液以外にも、本体たる浅倉威の半身がどこかにいるのだろうが、今はそんなもの捨て置くしかない。
「とにかく、もう少しですね……、女性に対する畏敬の念というものを抱きましょう、あなたは」
日差しに焼け死んだ白子の群れへと虚しく言葉を投げ、シーナーはがっくりと疲れた様子で立ち上がった。
薄情と情けを持って、彼はまた往診に向かう。
【浅倉威の精@仮面ライダー龍騎 死亡】
【F-3とF-4の境界付近 街/夕方】
【
穴持たず47(シーナー)】
状態:ダメージ(大)、疲労(極大)
装備:『固有結界:治癒の書(キターブ・アッシファー)』
道具:相田マナのラブリーコミューン
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため、危険分子を監視・排除する。
0:ヒグマに仇なす者は、殺滅します
1:まだ休めるわけないでしょう、指導者である私が。
2:莫迦な人間の指導者に成り代わり、やはり人間は我々が管理してやる必要がありますね!!
3:
モノクマさん……あなたは、殺滅します。
4:懸案が多すぎる……。
5:デビルさんは、我々の目的を知ったとしても賛同して下さいますでしょうか……。
6:相田マナさん……、私なりの『愛』で良ければ、あなたの思いに応えましょう。
7:佐倉杏子さん……、惜しい若者でした……。もしも出会い方が違えば……。
8:何があったのですか、ヤスミン……。
[備考]
※『治癒の書(キターブ・アッシファー)』とは、シーナーが体内に展開する固有結界。シーナーが五感を用いて認識した対象の、対応する五感を支配する。
※シーナーの五感の認識外に対象が出た場合、支配は解除される。しかし対象の五感全てを同時に支配した場合、対象は『空中人間』となりその魂をこの結界に捕食される。
※『空中人間』となった魂は結界の中で暫くは、シーナーの描いた幻を認識しつつ思考するが、次第にこの結界に消化されて、結界を維持するための魔力と化す。
※例えばシーナーが見た者は、シーナーの任意の幻視を目の当たりにすることになり、シーナーが触れた者は、位置覚や痛覚をも操られてしまうことになる。
※普段シーナーはこの能力を、隠密行動およびヒグマの治療・手術の際の麻酔として使用しています。
最終更新:2015年12月07日 18:39