平行展望3:ハサミトギを追いかけて


 デビルヒグマは知っている。
 この戦いには勝ち目がないのだということを。


 状況を整理しよう。
 現在デビルヒグマと球磨川禊がいるのは、C-6エリアの地下、ヒグマ帝国の診療所、その一階だった場所だ。
 柱を魚雷によって砕かれ崩落したそこは、瓦礫に埋まり、流れ込み続ける海水に浸り、デビルヒグマの巨体ではほとんど身じろぎもできないほどだった。
 彼はまずここから、全身の組織を切断・再結合された瀕死の球磨川禊を抱えつつ外に抜け出すことが必要だった。

 この瓦礫の下には、ベージュ老というヒグマの死体、そして少し離れた診察室の場所に星空凛ジャン・キルシュタインが生き埋めになっているはずでもあるが、詳細は窺えない。
 また、さらにこの海水の流れてゆく先には、この診療所のヒグマである穴持たず104、およびピースガーディアンのビショップ、更に布束砥信、間桐雁夜、四宮ひまわり田所恵という元主催側の人間たちが流されていったはずだが、こちらもその生死を確認する術はない。

 上階には、暁美ほむらの体が死んでいる。
 デビルヒグマの耳にも、彼女が敵軍のヒグマの一頭に首を蹴り折られた音が聞こえた。
 再びソウルジェムだけで思考を続けてはいるらしいが、肉体を殺されている彼女がすぐにこの状況の打開策を見いだせるとは考えづらい。
 また、見いだせたところで、同じ魔法少女である巴マミ以外は、現状死体である彼女と会話ができない。
 連携が取れない以上、戦力としては度外視するほかない。

 さらに上、元々3階だった場所では、暁美ほむらを蹴り殺したヒグマと、球磨、碇シンジ、および診療所で寝ていた諸々のヒグマたちが戦闘になっているはずだ。
 頭数自体は、圧倒的にこちらが有利ではある。
 だが、先方の能力が全く読めない。
 相手は暁美ほむらの危険性を逸早く察知し、真っ先に排除したほどの相手だ。
 苦戦を強いられている可能性は高い。

 だがしかし、それにも増して危険性と敗色に満ち溢れているのが、この瓦礫を抜けた先の、診療所の外だった。

 この先、診療所に至るまでの地下通路は、破壊された下水道から流れ込む海水に埋められ、優に40頭を越える、潜水装備を身につけたヒグマが戦闘態勢を取っていた。
 そして彼らが攻撃に用いる魚雷は、如何にしてか球磨川禊の全身を破壊する、謎の性質をも持っている。
 この場面に対して、向かっている人員はわずかに、纏流子と巴マミの二人しかいない。

 海水に紛れて流れてくるのは、濃厚な血臭だ。
 それも大量の、人間の血液だ。
 敵軍の大将格と戦闘になっていたらしい纏流子のものに違いない。
 危急だ。すぐにでも、駆けつけなければならない。

 ここを突破されてしまえば、敵軍がこの場の生き残りを蹂躙し尽すだろうことは目に見えている。
 だが勝ち目が、ない。
 決闘者として数多くのデュエル、決闘を戦い抜いてきた彼には、この敵軍の周到さが、物量差が、身に沁みて理解できるのだ。

 いくら巴マミが奮起しようと。
 デビルヒグマが奮戦しようと。
 纏流子の意志が再起しようと。
 この敵との戦いで勝てるビジョンは見えない。
 何もかもが無駄になるだろう。


 今手元にある手札だけでは、どのような戦術を取ろうとデビルたちの一行が敵に勝つことはできない。
 デビルヒグマは牙を噛む。
 この手札を覆す何か――。それが絶対に必要だった。


『……例えこの命に代えてでも、ってかい』


 その時、デビルヒグマの肩で、か細い呟きが聞こえる。
 全身を血に塗れさせ、息も絶え絶えとなっている、球磨川禊だった。
 その言葉はまさにデビルヒグマの、心の代弁だった。

「球磨川……。まさか、お前もか」
『そりゃあ……ね。マミちゃんが死んじゃったら、もう巨乳を拝めないものね』

 軽口のように彼は言う。
 振り返ってみても、暗闇に彼の表情は窺えない。
 だがその細い声音は、確かに覚悟を決めた者が放つ、決闘者の声だった。

 デビルヒグマは肩に彼の声を聞きながら、彼を濡らさぬよう負担を掛けぬよう、慎重に瓦礫を掻き分けて外へとにじってゆく。


『あと一回……。ぼくが全身全霊を振り絞れば、あと一回だけ、きっと、何か一つだけ、「なかったこと」にできる……。
 この絶望的な状況を覆せる……、ほんのちょびっとの希望は、作り出せるはずなんだ……』
「……そうだな。何か一つ……。この敵の襲撃自体をなかったことに出来れば、言うことはないんだがな」

 球磨川がその行為に、命を賭けようとしていることは明らかだった。
 同じくデビルも、自分の命一つでこの勝負に勝てるのであれば、惜しみも未練も何もない。
 たった一回のチャンスだ。活かすならば、根本を解決できなければ意味がない。
 だが球磨川は、デビルの言葉に首を振らざるを得ない。

『大規模すぎるね……ちょっと。離れすぎてるし。
 結局、他人の行動を、いくつも「なかったこと」にしなきゃいけないから……』
「そうか。一見万能に見える結局貴様の能力も、対象となる者は、近距離かつ単体のみだということか……」
『ごめんね』

 単独の人間に挑まれた勝負自体を『なかったこと』にすることは、球磨川自身何度もやってきたことだ。
 しかし今回の襲撃の場合、ほぼ50頭かそこらのヒグマの行為を『なかったこと』にしなければならない。
 万全の状態ならばいざ知らず、全身の組織を滅茶苦茶にされている今の球磨川では、それほど大量の事象を『なかったこと』にすれば、途中で過負荷に耐えきれず死亡するのは目に見えていた。

 つぶやけば、どんな願いも叶う。
 ああ、そんなチカラであったならばどれだけ良かったか。
 球磨川はただ無力感に、身も心も震わせていた。


「……ならばとっておけ」


 やり場のない覚悟ともどかしさ。
 それは、限られた手札の内容に苦悩するデュエリストの心情にも似ていた。
 今、デビルヒグマが背に負う少年は紛れもなく、彼の同志に他ならなかった。


「切り札は必ず、切るべき時がわかるはずだ。わからぬうちは切らんでいい。
 ……もしかするとその札は、マミの舞台の優先番号札かも知れんからな!」
『……そうだね。そうするよ』


 強く頷き合った両者の前で、最後の瓦礫が、取り除かれた。


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「くけけけけ……」

 診療所の前の通路を埋める水上に、長い髪の少女が、口を大きく引き裂いて魚雷を構えている。
 その口は、文字通り引き裂かれたように、胸元まで開いていた。
 纏うスクール水着にもかかる長髪は赤とピンクのまだらであり、魚雷を持つ腕は巨大なヒグマの脚だった。

「オおォヲぉオおぉォォぉォオ――!!」

 その異形の少女・ゴーヤイムヤ提督の前で猛りを上げているのは、生命繊維の暴走に飲み込まれた纏流子だ。
 まるで悪性腫瘍のように無秩序に肥大し、緑に変色した皮膚のいたるところから流血するその肉体は、もはや一片の理性も宿さず、ただ破壊衝動の発散先を求めるだけに見えた。
 彼女を正気に戻そうと駆け寄ってきた巴マミを一刀のもとに両断した彼女は、ゴーヤイムヤ提督にその無防備な背中を晒していた。

「さぁ、沈めでち!!」
「ギるルルるォぉオ――!!」

 だがゴーヤイムヤ提督が魚雷を放った瞬間、暴走流子は敏感にその攻撃へ反応した。
 振り向きざまの片太刀バサミによる斬撃が、投射された魚雷を空中で分断し、後方で爆発させる。
 下水道に繋がる壁が揺らぐ。

 攻撃目標を変えた暴走流子は、全身から高温の血液を噴き出しながらゴーヤイムヤ提督へと躍りかかった。


「グルるぁアああァぁアアぁ――!!」
「お、『起源魚雷』を切って変化なし――? くけけ、そのなまくらの剪断力だけで切ったでち?
 なかなか楽しませてくれるでち! そうでもなきゃ煽った甲斐がないでち!」


 その暴力的な剣風を巨大なヒグマの爪で捌きながら、ゴーヤイムヤ提督は笑みを深めるのみだ。
 一撃ごとに通路が揺れ、壁面にひびが入るほどの攻撃にも関わらず、だ。
 暴走流子が振るう、シオマネキのように肥大した左腕の打撃と、対照的に細く鋭い片太刀バサミの斬撃を、ゴーヤイムヤ提督は悉く察知し躱している。

「だが、甘い。甘いでち。やはり潜水艦の深き力は、精密なデザインと狙いあってのもの――」

 そしてあるタイミングで、暴走流子の肉体は身動きが取れなくなった。
 黄色く濁った眼で彼女が見やれば、その体は、水面に広がっていたゴーヤイムヤ提督の長い髪の毛に四肢を絡め取られている。
 深海棲艦が用いる、自らの毛を防潜網として散布する奇怪な戦術であった。


「貴様の太刀筋は大振りも大振り、隙だらけでち――!!」
「グガああァぁぁアァァあアァあァ――!?」

 そしてゴーヤイムヤ提督は、そのタイミングを逃さず、自身の巨大な爪を振るっていた。
 髪の毛の網に手繰られた暴走流子がその網を千切りきる前に、彼女の肥大した左腕はゴーヤイムヤ提督に根元から叩き折られていた。

 折られた二の腕から勢いよく血が噴き出る。
 大量の蒸気を上げて落ちる熱血に、流子の苦悶も水面に踊る。
 ゴーヤイムヤ提督はそのまま、引きちぎった彼女の腕を感慨もなく咀嚼してゆく。

「かぁ~、スジっぽい肉でち。繊維質ばっか。骨まで毛皮でできてるみたいでち」
「グルおぉオォぉオォォおおォぉ――!!」
「単調過ぎるでち。深き力を得てヒグマの筋力になっても、技巧が無かったら意味ないでち。
 イノシシヤンマごときがこのゴーヤイムヤに勝る道理などないでち」

 左肩から血を吹き出し、髪の毛の網を千切りながら、暴走流子はなおも片太刀バサミを振るって暴れる。
 だが、もはやゴーヤイムヤ提督は彼女へ振り向くことすらなく、髪の毛に伝わる感覚と片腕だけで流子の剣戟を捌いていた。
 そうしてゴーヤイムヤ提督は、体格に比して不釣合いに大きなその口に流子の腕をねぶりながら、興味を失ったようにそばの水面下へ指示を飛ばす。

「おい、こっちはもういいでち。デーモンに続いてさっさと診療所を潰して来いでち」
「了解しました!」

 水中に待機していた40頭余りのヒグマ、第十かんこ連隊の面々が、潜水装備に覆われた顔面を浮上させ、ゴーヤイムヤ提督へと敬礼した。
 そして暗い水上を、彼らの一団は粛々と瓦礫の診療所を蹂躙しに行くかと見えた。


「やらせないわ……。網を張ってたのが自分だけだと思ってるの……?」


 だがその瞬間、部隊の先頭を進んでいた一頭のヒグマが、突如バラバラの肉塊に変わっていた。

「何っ――!?」

 驚愕に、第十かんこ連隊のメンバーの動きが止まる。
 部隊の両翼から戻ろうとしたヒグマたちも、一瞬にして胴体を分断され水面に血を吹いた。

「落ち着けッ!! 落ち着くでち!!」

 狼狽に狂乱し始めた潜水部隊を、ゴーヤイムヤ提督が一喝する。
 周囲を素早く見まわしていた彼女は、微かな呟きが聞こえた付近の暗闇に向けて、喰いかけの暴走流子の腕を口から吐き出していた。

 まるで砲撃のような速度で投げられた流子の肥大した左腕は、壁際の空中でやはり荒い肉塊に切断される。
 壁にぶつかり、水面に落ちる肉塊の反響で、ゴーヤイムヤ提督は、狙った相手が潜むその場所を特定した。


「チッ、船体を両断されたくせに沈んでないとは。無駄にダメコンの上手い水上艦でち……!」
「くっ……!」


 壁際の水面に息を潜めていたのは、濡れた金髪の奥から爛々と瞳を燃やす一人の少女。
 両断された胴体をリボンの包帯で無理矢理接合した、巴マミだった。


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 待機するヒグマたちにも、流子と戦闘するゴーヤイムヤ提督にも気づかれぬよう、巴マミは胴体を真っ二つにされた後、物音を立てずひっそりと動いていた。
 水流に同化するような所作で陣を張り、この敵に対峙する策を模索した。

 斬り落とされた下半身は、完全に繋がっているわけではない。
 サラシのように巻いたリボンでとりあえず固定しているだけだ。
 切断された内臓からは、血が口の中に溢れてくる。
 それでもマミは、自分の治療に魔力を回すつもりなどない。

 ただ全力で、この策に身命を賭していた。


「私はね……。本当、独り善がりな子。わがままで、そのくせ寂しがり屋で、弱くて……。
 だからね、私の心は、リボンなんていう綺麗なものでは表し切れない」
「おい、相手はそこでち!」
「ウオォォ――!!」


 巴マミは発見されたことに構わず、その両手を空中に遊ばせ、何かを手繰った。
 ゴーヤイムヤ提督が檄を飛ばすのに合わせ、彼女へ第十かんこ連隊の何頭かが飛び掛かるが、その肉体はやはり巴マミに届く遥か手前で、乱雑な賽の目の肉に切断される。


「チッ、なるほど……。ろくでもないデザインの防潜網でち……!」
「もっと尖ってて、攻撃的で……、繋がりたい相手すら殺めてしまう」

 その様子に巴マミの攻撃方法を察知し、ゴーヤイムヤ提督は苦々しく舌打ちする。
 マミはそのまま思いっきり、空中に腕を振るった。


「――『フィラーレ・アグッツォ(鋭利な糸)』なのよ!!」


 それは巴マミが、心身ともに真に追い詰められた時にしか用いることのない、封じていた技法だった。
 用いるのは、いつかどこかで自らの独善と弱さに溺れ、弟子たる佐倉杏子との執拗な決別を望もうとする時くらいだろう。
 だが今彼女は、独善に溺れるのではなく、その独善を見据えながらその糸を手繰る。

 細く細く、鋭く鋭く、眼に見えぬほどの細やかさを以て伸ばしたリボン。
 堅く堅く、しなやかにしなやかに、誰かを求めながらあらゆる者を切断する矛盾の刃。
 その意図が、独善の先で確かに正義へと繋がるのだと信じて、彼女はその魔力を揮っている。
 右手の甲に刻まれた令呪の、2画目が消えていた。

 空中に風切り音を立てて引かれた、眼に見えぬほど細いリボンの刃が、ゴーヤイムヤ提督の頬を掠めた。
 長い彼女の髪の毛が方々で切断される。
 同時に水面の上下で、連隊のヒグマたちが脚や指を次々と断ち落されて苦悶に呻いた。


「動かないで! あなたたちみんな、自分の動きでサイコロステーキになるわよ!」
「ギオぉおオオォおぉぉォぉ――!!」
「ちぃっ――!」

 ゴーヤイムヤの髪の毛の網が完全に千切れ、解放された暴走流子がさらにそこへ襲い掛かった。
 水上に浮上していた連隊のヒグマたちが片太刀バサミで次々と両断されていく。


「バカどもが! 潜行するでち! このゴーヤイムヤが仕留める!」


 瞬間、体勢を立て直したゴーヤイムヤ提督は、その腕に魚雷を構えていた。
 だが彼女が狙うのは、巴マミの方向でも纏流子の方向でもなかった。
 中空に向けて発射された魚雷は、高密度に張られた『フィラーレ・アグッツォ』の糸に触れて瞬く間に小間切れとなる。
 だが、それこそがゴーヤイムヤ提督の狙いだった。

「なっ――!?」

 直後、マミが掴んでいた細い糸の束は、一本の例外も無く焼き切られたかのように縮れて霧消する。
 衛宮切嗣の『起源弾』の効果をそのまま落とし込んだ『起源魚雷』が、その魔力をことごとく切断していた。

「しぇあっ――!」
「ゴおオォぉオォおォォぉ――!?」

 その隙に、ゴーヤイムヤ提督は目前の隊員の肉塊をナマスにしている暴走流子を拳で張り飛ばす。
 彼女の視線はそのまま、硬直する巴マミへと向かった。

「ぷうっ」
「え――?」

 次の瞬間、ゴーヤイムヤ提督は、大きく息を吸ったように見えた。
 そして同時に、スクール水着を身につけた彼女の乳房が、巴マミのものを上回るほどに肥大していた。
 予想外のその様相に、巴マミの反応は、遅れた。

「ぴひゅっ!!」
「あああっ!?」

 ゴーヤイムヤ提督の胸が、しぼんだ。
 そして同時に、彼女の細められた口からは、銃弾のような勢いで、何かが吐き出された。

 それはマミの右腕に大穴を穿った。
 同時に、飛散したその残滓が彼女の全身に降りかかり、音を立てて彼女の体を焼く。
 胸部の圧縮空気で射出された、胃液だった。

 吹きかけられた消化液を落とそうとマミは水面に悶えるが、その身じろぎは流子に切断された傷を開くものだった。


「うあああああぁぁぁ――!?」
「水上艦の分際で猪口才なマネを……。二度とこんなことができると思うなよ。発射用意!」


 ゴーヤイムヤが飛ばした指示を追い、第十かんこ連隊の生存者は体勢を立て直し、魚雷を構えていた。
 診療所、巴マミ、暴走流子の三方にそれぞれ7以上の射線が狙いをつける。
 そして今にも、その魚雷群が射出されようとしていたその時だった。


「マミぃィィィィィッ――!!」


 巨大な瓦礫が、轟音を立てて診療所前の通路に、飛来した。


    ≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠


「何っ――!?」

 崩れていた診療所から投擲されたらしい、巨大なコンクリートの破片が、魚雷を構えていた第十かんこ連隊のすぐ近傍へ着弾した。
 着水の衝撃で大波が立ち、ゴーヤイムヤ提督以下、付近のヒグマは全員がその位置を失った。


「マミッ!! 今助ける!! 待っていろ!!」
「穴持たず1でち! 総員、ヤツの掃討に当たれ!!」


 診療所下の瓦礫を抜け出たデビルヒグマが、球磨川禊を片手で担ぎながら水面を漕いでいた。
 彼の膂力は、HIGUMAの中でも有数だ。
 牽制として投擲した瓦礫でもその威力は計り知れず、稼げた有利時間もまた大きかった。
 ゴーヤイムヤ提督の号令にヒグマたちが陣形を立て直し、再び水中へ潜行する間にも、彼は相当の距離を巴マミの元へ接近した。

「あれは……、纏流子か!? 一体何があったのだ!?」
『まさかあれが……、ほむらちゃんの言っていた、魔女化……!?』

 彼らの視界に映っていたのは、巨大な異形と化した纏流子の姿である。
 戦闘の影響か、左腕の千切れている彼女からは夥しい量の血液が溢れ出ている。
 巴マミは、纏流子と、敵の大将格らしい赤髪の少女型ヒグマとの間の水面にいる。
 纏流子を気遣いながら戦闘を行なっているらしく、ダメージは既に甚大なものに見えた。

『流子ちゃんをどうにかしなきゃ……、マミちゃんを巻き込んで失血死だ……!』
「マミ! しっかりしろ! ヒグマたちは私がどうにかする! 纏流子を、元に戻せぇ!!」
「くけけ、どうやってどうにかしてくれるでち!?」

 嘲笑を吐き捨てたゴーヤイムヤ提督の声に合わせ、水面下から20を越える魚雷がデビルヒグマの元へと奔った。
 雷跡の見えぬ酸素魚雷の弾幕だ。躱しようがない。
 また仮に躱してしまった場合、診療所が更に崩壊してしまうだろうことは明白だった。

『デビルさん!! 魚雷がッ……!!』
「案ずるな、ここなら……、行ける……!!」

 だが、息を詰めた球磨川禊に対し、デビルヒグマは唸りと共に右腕を引き絞る。


「ウルオオオオオオォォォォォォォ――!!」


 叫びと共に、彼の前脚が脈動した。
 それ自体が一個の生物であるかのように蠢いた前脚は真っ赤に充血し、異形の様相を呈して肥大する。
 毛皮の方々から棘が、爪が、牙が、骨が、まるで角か冠かのように生じ出す。

 ――“わたしはまた、一匹の獣が海の中から上って来るのを見た。これには十本の角と七つの頭があった。それらの角には十本の王冠があり、頭には神を冒涜するさまざまな名が記されていた。わたしが見たこの獣は、豹に似ており、足は熊の足のようで、口は獅子の口のようであった。竜はこの獣に、自分の力と王座と大きな権威とを与えた”。

 黙示録の再現。
 ヨハネの黙示録に記された悪魔の獣が顕現したかのように、彼はそうして巨大化した右腕を振るった。
 デビルマンの拳を打ち砕き、熊本市役所の人員を惨殺せしめたその一打。
 駆け引きも糞もない、ただ全身全霊を込めた悪魔の平手だった。

 デビルヒグマの拳は水流を巻き上げ、逆巻いた猛烈な波が水中の魚雷群を一斉に弾き返す。
 水圧で誤作動した信管が、射出された弾道の半ばでそれらを爆尽せしめた。
 閉鎖空間だった診療所から解放されたことで初めて揮うことができた、彼の全力の技だった。


『す、すごい……!』
「いや……!」


 その光景に、球磨川禊は感嘆した。
 だが直後、デビルヒグマの左脇腹で爆発が起こる。
 逆波に巻き込み切れなかった左側で、魚雷を一本だけ獲り逃していたのだ。
 内臓が零れるほどに腹部を抉られ、デビルヒグマは思わず片膝を水底に突いた。

『ま、まさか、ぼくを抱えていたせいで……!?』
「何のこれしき……!! 奴らにはちょうどいいハンディキャップだ!!」

 やせ我慢であることは明らかだ。
 どう考えても、彼が全ての魚雷を捌ききれなかったのは、左腕に動けぬ球磨川禊を抱えているためでしかない。
 両腕で先程の技を行なえば、片側の魚雷だけ獲り漏らすことなど有り得なかった。

 デビルヒグマは牙を噛み、口の端から血を吹き零しながらも再び前へ進み始める。
 歯噛みしたのは、球磨川禊も同様だった。
 彼らの視線の先では、巴マミが、対峙する纏流子に、今にも切り裂かれそうになっていた。


「聞こえていないの!? 私の言葉が、聞こえないの、纏さ――!?」
「グルるぁアああァぁアアぁ――!!」
「マミ……ッ!!」
『マミちゃん……!』


 まだ手の届かぬ遥かにいるその少女を望む彼らに、だが再び、魚雷は容赦なく投射されていた。


    ≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠


「さて……、貴様にも『起源魚雷』の影響が出ないということは、やはりここの魔法師はいくつか外部バッテリのようなものを持ってるんでち。
 ……シロクマのようなアバズレとは違うでち。
 だがそれならば、『起源魚雷』以外の手段で仕留めるのみでち」

 デビルヒグマの相手を部下に任せ、ゴーヤイムヤ提督は巴マミと纏流子にとどめを刺そうとしていた。
 マミは消化液を洗い落とそうとしながらも、分断された体のせいで思うように動けず、暴走した流子もまた、血液を流し続けたせいでその動きを鈍らせていた。

 ゴーヤイムヤ提督の胸が膨らむ。
 彼女はそうして巨大な胃石を射出し、巴マミの頭蓋を砕こうとした。

「ティ……『ティーロ』ッ!!」
「グオぉおオオォおぉぉォぉ――!!」

 だが、動けぬと見えた彼女たちは、即座に反応していた。
 射出された石弾を身を捻って躱し、マミはなけなしの魔力でマスケットを生成し、放っていた。
 しかしそれはゴーヤイムヤ提督が躱すまでもなく、見当違いの壁面に着弾する。
 ほぼ同時に動き出した暴走流子も、勢いの鈍った片太刀バサミの斬撃は容易く捌かれてしまう。

「チッ、うざったい女郎どもでち……!」

 だがその時、反攻に転じようとしたゴーヤイムヤ提督の前に、黄色いリボンが噴き出した。

「なっ!?」

 それは巴マミが放ったばかりのマスケットの弾丸だった。
 彼女は外すことを前提で、死角から伸びる捕縛用のリボンをあらかじめ弾丸に仕込んでいた。

「うおぉ――!?」

 ゴーヤイムヤ提督は、出来得る限りの速度で身を反らす。
 だが、攻撃しようとしていた勢いが残っていた状態では、どうあがいてもそのリボンには掴まってしまうと見えた。
 背後の水面に転げた彼女にはしかし、一切の束縛はもたらされていなかった。


「何――?」
「纏さん……! お願い、眼を覚まして! このままではあなた、死んでしまうわ!!」
「ウォるるルるルルアぁあァァぁぁァぁ――!!」


 巴マミが縛り上げていたのは、暴走した纏流子だった。
 それも、血を吹き出す方々の傷口を押さえ、束縛と言うよりも包帯を巻くかのようなやり方で、マミは彼女へリボンを巻きつけている。
 ゴーヤイムヤ提督は、目の前の少女が一体何をしているのか、理解できなかった。
 マミはそんな外野の様子に目をやることなく、必死に纏流子へと呼びかけ続けていた。


「私とあなたは、同じよ。だからこそ、絶対に違う……!
 あなたは、こんなことで魔女になるような人じゃないわ……!」

 巴マミはマスケット銃を杖に、分断された体を水によろめかせ、必死に流子の方へ歩み寄ろうとした。
 ろくに神経も繋げていない下半身の歩みはおぼつかなく、近づく間にも、暴走流子は自身を縛るリボンを次々と引き千切っていった。


「聞こえていないの!? 私の言葉が、聞こえないの、纏さ――!?」
「グルるぁアああァぁアアぁ――!!」


 マミの呼びかけも虚しく、暴走した流子は一切の応答も無く、目の前に近付いていた彼女を、再び両断するだけだった。
 今度は胴ではなく、巴マミの体はさらに上、胸元から切り飛ばされた。
 独楽のように宙を飛び、彼女の上半身は、再び着水して喀血を吹く。
 いくら『死なない』とわかっていても、肺さえ切断された状態で意識を保っておくのは至難だった。


「く……、あ……」
「バカでち……! くけけ、何やってるんでち!?」

 一連の顛末の趣旨を理解できず、ゴーヤイムヤ提督は目の前に飛んできた巴マミの上半身に向けて失笑した。


「折角手に入れた深きわだつみの力を手離せと言ってたんでち? ハッ、愚か者が!!」
「マミ……ッ!!」
『マミちゃん……!』


 遠くからデビルヒグマと球磨川禊の声が届くのも束の間に、ゴーヤイムヤ提督は、呻きを上げる巴マミを粉砕すべく、その口から胃石を放っていた。


    ≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠


 もう、命など惜しくなかった。
 ただ、ここにいる敗者(なかま)たちに、勝利をもたらしたいだけだった。
 自分の存在のために、仲間がこれ以上負けるなど、我慢ならなかった。

 暴走し、失血死手前の纏流子。
 魔力が枯渇し、肉体も両断された巴マミ。
 腹を抉られ、魚雷の迫るデビルヒグマ――。
 彼は勝ち目のないこの手札を覆す、最大限のチャンスを、生みたいだけだった。


 その時、球磨川禊には、たった一つ、なくすべきものの存在がわかった。
 大規模でもない。離れてもいない。
 もはや何の思いも、未練もない、たった一つの物事を根本から抹消するだけ。


「……ぼくは『球磨川禊』の存在を、なかったことにする」


 その言葉が誰の耳にも届かぬうちに、彼の能力は、過たず発揮された。


    ≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠


 そう。
 キミたちは、ぼくなんていなくとも、ここまで辿り着けたんだ。

 デビルさんは、マミちゃんが自分の魔力で治療した。
 流子ちゃんを助けたのはシンジくんたちだし。
 マミちゃんもほむらちゃんも流子ちゃんも、みんな自力で体を復元したんだ。
 地下には、ジャンくんたちが自力で襲撃を退けて辿り着いた。
 首輪の通信機能は、ほむらちゃんがさっさと解析していた。
 凛ちゃんの応急処置をしていたのは球磨ちゃんたちだし。
 魚雷の無力化をしていたのはデビルさんやほむらちゃんたちだ。

 そう。
 ここまでの道のりを辿って来たのは、紛れもなくキミたち自身の力だ。


 自分の名字の温泉地さえ知らない無知な男なんて、ここにはいなかった。
 『球磨川禊』なんていう足手まといの人間なんて、ここにはいなかった。
 だからキミたちは、間違いなくこれからも、キミたち自身の力で道を先に進める。


 ――みぎはには、冬草いまだ青くして、朝の球磨川ゆ、霧たちのぼる……。


 錯視の霧のように、ありもしない幻を見せていた球磨川の朝は、終わりだ。
 ただそこには、冬の寒さにも強さを失わぬ、数多の草が、繁っている、だけなんだ。 
 もうこの場に、敗者はいない――……。
 ……。


 ――その時、『球磨川禊』という人間の存在が、この世界の歴史から消滅した。


 そんな人物は、初めからどこにもいなかった。

 彼がいないことを、誰も疑問には思わなかった。
 彼がしてきたことの全ては、他の誰かが代わりに行なってきたことだった。

 彼は、たった一つの存在を『なかったこと』にした。
 彼はそれだけで、『なかったはず』のあらゆる過去を『あったこと』にした。
 それは彼が、全ての勝利を手放すことで初めて生み出せた、確かな勝利だった。


    ≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠


「折角手に入れた深きわだつみの力を手離せと言ってたんでち? ハッ、愚か者が!!」
「マミ……ッ!!」

 巴マミにとどめが刺されそうになったその瞬間、デビルヒグマは、自分の『両腕』を振るっていた。
 右の平手のみでは払い切れなかった魚雷も、同時に振るわれた左からの波で、悉く爆裂する。

 黙示録に記された悪魔が降臨したかの如く、デビルヒグマは猛った。


「さあ来いッ!! 私は穴持たず1・デビルヒグマだ!!
 貴様らも決闘者の端くれならば、私の首を獲る気で来いッ!!」


 彼は名乗りを上げながら、猛スピードで診療所前の通路を走った。

 追いかけて。追いかけて。
 自分の存在を研いでくれたただ一人の少女の姿へと、どこまでも彼は波の下を駆けた。
 にわかに勢いを増した彼に、第十かんこ連隊たちのうろたえる気配が伝わる。

「来ぬならどけェ!! そこをどけ、早くッ!!」

 躍りかかる、魔物のごとき装備を背負ったヒグマたちを、蹴散らす。
 邪魔する奴らに向け、腕から、肩から、全身から、鋭いハサミのような骨成分の刃を突き出した。
 赤い血を躍らせ、黒い内臓を引き千切り、デビルヒグマは走り続ける。


 何日も、何千里も、デビルヒグマは生まれた時からずっと、満たされぬ心を満たしてくれる幻の影を追って旅をしてきた。
 その姿が今日、彼の眼にはっきりと映ったのだ。
 そのかけがえのない存在は、もう二度と失うわけには行かなかった。

 恋と言っても良い。
 愛と言っても良い。
 惚れていると言っても正解だ。
 だが、その少女を思う彼の想いをどう表現するかなど、同志を持つ者にとってはどうでもいいことだろう。

 そう、『同志』が。
 彼女のためならば身命をいとわぬ『同志』が。
 胸の迷路の彼方で、彼にその存在を気づかせてくれたはずだった。

 それはもしかすると、デビルヒグマが心の中に作り出した、妄想だったのかも知れない。
 左肩は、軽かった。


 遠くに、かけがえのない彼女の姿が見える。

「罠カード発動! 【和睦の使者】!!」

 その姿に祈りを投げるように、彼は自分の刃に置いていた最後の伏せカードを、返していた。


    ≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠


「折角手に入れた深きわだつみの力を手離せと言ってたんでち? ハッ、愚か者が!!」
「マミ……ッ!!」

 遠くからデビルヒグマの声が届くのも束の間に、ゴーヤイムヤ提督は、呻きを上げる巴マミを粉砕すべく、その口から胃石を放っていた。
 マミは、その石弾を避けられなかった。


 ――避ける必要も、なかった。


「なっ――」

 巴マミの頭蓋に胃石が着弾した瞬間、彼女の肉体は、数多の黄色いリボンとなって周辺空間に弾けた。
 同時に、纏流子の足元にあった下半身も、大量のリボンとなって散らばる。
 巨大なリボンの渦となった巴マミの存在は、続けざまにゴーヤイムヤ提督が放ってくる胃石を悉くいなして立ち昇った。
 それは竜巻のごとくゴーヤイムヤ提督と暴走流子を飲み込み、緊密に縛り上げる。


「な、な、何でち――!? この力は、一体――!?」
「グルおぉォォオおぉォォ――!?」
「……『レガーレ・メ・ステッソ(自浄自縛)』」


 そうして両者を縛るリボンの一端が絡まり、次第に人の形を形成してゆく。
 柔らかな唇。
 カールした金の髪。
 つややかな指先。
 引き締まった両脚。
 まるで繊細な飴細工が編まれるかのように、五体満足な巴マミの姿が、リボンの渦から再構築されていた。


「……当てが外れたかしら? ダメコンというのは知らないけれど、料理は上手いのよ、私」
「ふ、ざ、けるなよ水上艦がァ――!!」


 ゴーヤイムヤ提督は急激に息を吸ってその胸を膨らませた。
 そしてその高圧空気で胃石を吹き出す。
 巴マミの顔面を狙って放たれた胃石は、彼女の頭蓋を一瞬で貫通した。
 だが着弾と同時に彼女の頭は再びリボンとなって弾け、衝撃をいなした後、何事も無かったかのように元の頭部へと形状を戻していた。

 巴マミは、唐突に思い出したのだ。

 ――自分が、肉体を唐竹割りにされた状態から自力で再生を果たしたのだということを。

 その時に彼女の用いていた魔法が、この『レガーレ・メ・ステッソ(自浄自縛)』だった。
 一度自分の肉体を全てリボンに分解し、再構築する技法。
 魔法の効果が持続している限り、ほとんどあらゆるダメージを無効化しうるこの技法を、マミは自身の編み出したものながら、暁美ほむらと話をするまで使うことを恐れていた。
 こんな効果の魔法を使うことは、魔法少女が人間でないことを自分で認めてしまうことに他ならなかったからだ。


「……『一角獣の角より奪い取られ、われは光を失いぬ。
 わが名を唱えるものが わが光を甦らせるまで、われはこの扉を閉ざす』。
 私は、暁美さんやみんなに助けてもらえるまで、光を失っていたわ。でも、今は違う」
「クソがァ……。何を言ってやがるでち、この女郎……ッ!!」

 巴マミの右手にあった令呪は、その3画目まで、きれいに消失していた。
 呼吸時の胸部の格差で生じた隙間からリボンの束縛を抜け出しつつあるゴーヤイムヤ提督を一顧だにせず、巴マミは、視線の先に異形と化した纏流子を見据えて微笑んでいる。


「グルるるルルルルるるる……!」
「『そのものに、われは百年の間明りとなり、ヨルのミンロウドの暗き地底において、よき導き手とならん』。
 ……わかるでしょ?」
「わかるかっ、イトミミズがああぁぁぁ――!!」

 巴マミは、縛りつけた纏流子を諭すように、ひたすら呼びかけ続けるのみだ。
 ゴーヤイムヤ提督は背後から必死に胃石や胃酸を吹きかけるが、彼女の体を構成するリボンは、胃酸で溶断されても次の瞬間には元通りに絡まって繋ぎ合わされていた。


「オアあぁアァァぁぁぁぁァ……!」
「ええ。もちろん。私もあなたの助けになれる。あなたも、きっと私たちを導いてくれる光になるわ」
「くっそ、手間取らせやがって……! これで終わりでち!!」

 呻きを上げる流子の、言葉にならない言葉を、まるで理解しているかのようにマミは頷いていた。
 その隙に、ゴーヤイムヤ提督はようやくリボンの束縛を引き千切り、自由になった腕で『起源魚雷』を構えていた。
 接触・干渉しただけでも起源弾の効果は発揮されうる。
 この魚雷による爆発は、巴マミにも不可避であるはずだった。


「船底に大穴開けてやるでち――!!」
「お父様のことを知りたかったんでしょう!? 本当のことを!!
 眼を覚まして!! あなたの本質は、こんな姿じゃ――」


 だが、狙いすました魚雷が放たれると同時に、そこへ蒼いローブを纏った女性のビジョンが現れていた。
 【和睦の使者】が、ゴーヤイムヤ提督の放った魚雷を抱え込んだ。
 魚雷の狙いは逸れ、マミではなく暴走流子を絡めていたリボンに着弾し、轟音と共にその束縛が吹き散らされる。

 マミは纏流子に向け跳躍していた。
 彼女はその手に、先程ゴーヤイムヤ提督に放っていたマスケットの銃身を掴んでいた。
 解放された暴走流子の頭部に向け、銃床を振り下ろす。

 だが彼女の渾身の一撃を、暴走流子は紙一重で身を沈め、躱していた。
 替わりに片太刀バサミの斬撃が、『レガーレ・メ・ステッソ(自浄自縛)』を強制解除された巴マミを分断するかと見えた。


「――ない!!」


 その瞬間、黄金の美脚が、ジャックナイフのように流子の首筋を襲った。
 大ぶりの打撃を躱させた後、全身の勢いをそのままにぶつけるようなその右回し蹴りは、流子の狂乱の火元――、その意識を間違いなく刈り取るために繰り出されたものだった。
 そして、その意識の隙間に、彼女へ言葉を届かせるための、究極の一撃(ティロ・フィナーレ)だった。

 ――じゃあすまねぇが、その時は代わりに火を、斬ってくれ。
 ――わかったわ。フリットゥーラ(揚げ物)は、得意だから。

 巴マミは、交わした約束を、忘れなかった。


    ≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠


 暴走流子の歪んだ顔面は、ほとんど一回転した。
 強烈な巴マミの蹴撃を、顎先の一点に振り抜かれたのだ。
 着水したマミの目の前で、肥大した流子の体は、ガクガクと痙攣した。

「グ、ガ、ギ……!」
「纏さん――! あなたは私と違うんでしょう!? 魔女なんかと一緒じゃない、高潔な精神でここまで来たんでしょう!?」

 巴マミは、叫んだ。
 なおも暴れようとする流子の体を、自分の体で抑えた。
 千切られた肩から吹き出す血を、掌で押し止めた。
 高温の血液が、マミの皮膚を焼いた。


「敵討ちなんかじゃなく、ただ正義の所在を求めて!
 それなのに、こんなところでハサミを錆びつかせて、いいはずがないでしょう!!」
「本当に……。何を……、やってるんでち、こいつは……」


 ゴーヤイムヤ提督は、その光景を見つめたまま、呆然としていた。
 巴マミの行動が、彼女にはただの自殺行為だとしか思えなかった。

 深海棲艦のような深き力を得た少女を、この女はなぜか元に戻そうとしているらしい。

 そもそも、それが意味不明なのだ。
 なぜ、雑多な物事に踊らされるばかりの水上艦に、この少女を戻そうとする?
 ようやくこの少女は、潜水の境地に見える、自分の心の奥底の淀みに気づき、そこから力を得たばかりなのだというのに。
 この少女の本心は、暴れたがっていたのだ。
 暴れさせてやればいい。憎しみを抱かせてやればいい。
 それがこの少女の力となる。

 そんな深き力の効果をわからせた上で排除すること。
 それがゴーヤイムヤ提督の目的だった。
 自分が実感したその憎悪と暴虐の力を、様々な形で、世間に体感させてやりたかった。
 彼女にとって、巴マミの行為は、本当に意味が、わからなかった。


「あなたは、私の心を掬って、救ってくれたじゃない――!!」

 巴マミは、泣き叫んでいた。
 自分の涙で、血液で、少しでも纏流子の熱を下げてやろうと、高温の体を抱きしめ続けた。

「ア、ア、あぁ――」

 流子の体から、蒸気が噴き出す。
 暴れ狂っていた血液と繊維が、音を立てて弾けてゆく。
 巴マミが、全身を震わせて、声を絞った。


「私は信じてる! あなたの、正義を!!」


 蒸気が晴れた。
 そこには、面積の少ない神衣鮮血を纏った流子が、静かに微笑んでいるのみだった。
 左手は千切れ、血の気は失せて肌は白く、全身が傷だらけだった。

「そうだよな……。よく考えりゃ、さ……。こんなヒグマが、父さんを殺しに来れたわけ、ねぇよな……」
「ええ……。それに、あなたの静刃に噛み合うのは、動刃じゃなきゃ、いけないから……!」

 だがその瞳にはもう、狂気の色は、なかった。


「な、な、な……。ま、まさか……。まさかまさか……、こんなことが……」


 その光景に、ゴーヤイムヤ提督は震えた。
 ありえてはならなかった。
 こんな製品は、ゴーヤイムヤ提督のデザインにはなかった。

 ゴーヤイムヤ提督の得た『深き力』が、『取り除かれる』などという現象は、あってはならなかった。

「折角このゴーヤイムヤが引き出してやった深き力をォォ!! どうして手放させたァ!!
 貴様も……、貴様も、あのシロクマと同じ、錆びきった自分の心を省みぬアバズレかあァァァ――!!」

 猛ったゴーヤイムヤ提督は、立ち尽くす二人の元に襲い掛かり、その前脚で纏めて叩き潰そうとした。
 だがそれより早く、彼女は背後から強烈な打撃を喰らい、流子とマミの上を通り過ぎて、彼方の水上に吹き飛ばされていた。


「……これが貴様のいう深き力とやらか……?
 まだ、【硫酸のたまった落とし穴】の方が深かった気がするがな」
「デビル――!」

 そこに立っていたのは、全身を返り血で赤黒く染めた、デビルヒグマの姿だった。
 その全身からは、至る所から攻撃的な骨が飛び出し、そのいくつかにはヒグマだったはずの肉片がいくつも貫かれている。
 通路に立ちふさがっていた第十かんこ連隊の生き残り20数頭を、彼は悉く殺戮してここへとたどり着いていたのだ。

 同族を、殺したことになる。
 だが、それは確かに闘いの、決闘の果ての結末だった。
 そしてそれは、自分が愛する者へと、辿り着くための戦いだった。
 彼の正義は、確かにそこにあった。


「……ありがとう、マミ。……デビル、お前も。鮮血も、巻き込んで済まなかった」
(私は大丈夫だ……! 流子、もう無理をしないでくれ!)


 纏流子は、力なく笑った。
 紙のように白いその顔は、さらに血の気を失ってゆく。
 乱雑に腕を千切られた傷は、肉体が元に戻ってなお深かった。

「左腕が千切られてるのよ。早く診療所のみんなを助けて、手当てしましょう……!」

 マミは自分の魔法少女衣装の袖を千切り、僅かに生成したリボンと共に血止めの処置を施してゆく。
 デビルヒグマは、二人のそんな様子を、ただ愛おしそうに、見つめていた。


    ≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠


「ハッ――!?」


 だがその瞬間、彼は水中を駆ける異音に気づく。
 それは先程まで、嫌というほど聞いた、猟犬の駆ける足音だった。

「魚雷だッ!!」
「うっ――!?」
「きゃ――!?」

 デビルヒグマは二人の少女を右腕で抱え上げ、見当だけで水中に左腕を振り抜いた。
 弾き上げた魚雷が壁に着弾し、周囲を揺らす。
 だがそこに意識をとられた直後、今度は風を切って、デビルに向け何かが飛来した。


「グオオォ――!?」
「沈めでち!! 水上艦ども!! 貴様らに、思い知らせてくれるでち!!」


 高速で射出された胃石の砲弾が、デビルヒグマの左腕を砕いた。
 吹き飛ばされたゴーヤイムヤ提督が、水中を駆け戻って来ていたのだ。

「マミ! 纏流子を連れて、戻れッ――!!」
「デビル――!?」

 水上にマミと流子が後ろに投げ落とされるや否や、突撃してきたゴーヤイムヤ提督の前脚がデビルヒグマと噛み合った。
 暴走流子と対等以上に打ちあっていたその巨大な前脚は、平常時のデビルヒグマの脚よりも太かった。
 片腕を砕かれた彼は、想像以上に不利な押し合いを強いられている。


「デビル、駄目よ、私も――!!」
「良いから行けぇ!! 私に任せろ!!」


 慌てて立ち上がった巴マミに対し、デビルヒグマは気焔を燃やす。
 そして、腕から骨のブレードを出だし、相手を切りつけようとした。

「切り裂いてくれる――!」
「――『真剣皓歯取り』」

 だが、思いで力を振り絞る彼に対し、ゴーヤイムヤ提督は狡猾だった。
 ゴーヤイムヤ提督は、デビルヒグマのブレードをがっちりと歯に受け止めていた。

「ばあっ」
「ぐおがああああ――!?」

 そして彼を逃れられぬよう固定し、内臓が見えるほどに抉られていたデビルヒグマの左脇腹の傷を蹴り抉る。
 ブレードが、噛み砕かれる。
 さらに、胃石で砕いた左前脚の隙から、ゴーヤイムヤ提督は彼の首筋に、深々と牙を突き立てていた。
 胸元まで開く彼女の口腔は、彼の咽喉から、肺と心臓まで抉り得る巨大さだった。


「喰らうでち……! このゴーヤイムヤの牙を……! あらゆる造形を可能としてきたこの牙を!!」
「が、あ、あ――!?」
「デビル――!!」


 ノコギリのように肉を抉りながら、ゴーヤイムヤ提督の牙はデビルヒグマにどんどんと食い込んでゆく。
 デビルヒグマは自身の骨を硬質化させて必死の抵抗を試みるが、それでもじりじりと牙は喰い込みを深めている。

 巴マミは息を呑んだ。

 このままでは、彼が。
 自分の命を救ってくれた、大切な『彼ら』が、死んでしまう――。


「お前、この片太刀バサミのこと、わかるんだろ……? 『動刃』と『静刃』と、言ってたよな……」


 その時纏流子が、白い顔に力強い眼差しを燃やして、彼女の手を、掴んでいた。
 言葉の意味を測りかねながらも、マミはその問いに答えた。

「わ、私はあなたのお父様と関わりがあるわけじゃないけど。推測は出来るわ……。
 そのハサミに合う片割れの形は、別にある。あのヒグマがコピーしたような、まがい物じゃなく……!」
「頼む……。あたしのだけじゃ、切れなかった。だが、父さんの作ったハサミは、こんなものじゃなかったはずだ。
 ピカピカの、どんなものでも切れる……。ああ、そんなハサミだったに違いないんだ……!
 ヤツの体だって、必ず切ってみせる――!!」


 流子が吠えた。
 その言葉に、ある光景がフラッシュバックする。

 そうだ。
 彼女とその片太刀バサミには、『選んだ服だけを切り裂く』という特殊技法があった。
 その技法がビショップヒグマに向けて開帳されるのを、マミは確かに目撃していたはずだ。

 そう。
 誰かがビショップヒグマに掴まっていたのだ。
 人質にされてしまっていたのだ。
 纏流子は、そんな状態から、その者を見事に助け出していた。


 片太刀バサミ一本では、ゴーヤイムヤ提督には太刀打ちできなかった。
 だが、二本であれば。
 完全なる一対のハサミであれば――。


「やるわ――、纏さん!!」
「ああ――、いくぞ……!」


 迷いはなかった。
 一人を助けるために一人を殺す。
 今、マミが行おうとしているのは、とどのつまりそういうことだ。

 だがこの行為は、自分にとっても、相手にとっても、正義だった。

 ゴーヤイムヤ提督というヒグマにすぐ傍で寄り添い、巴マミは幾度もすれ違った。
 そうして、彼女と自分がどれほど同じで違っているか、理解した。

 彼女にとっては、相手を全力で叩き潰すことこそが正義だった。
 その彼女が言う『深き力』――。
 球磨が語っていた轟沈した船、『深海棲艦』というものの力に、間違いないだろう。
 それは彼女が、かつて共に戦った魔法少女の僚艦――、『魔女』であると自己申告しているのと、ほぼ同義だった。

 ――かつての仲間だったからこそ、その絶望を晴らし、成仏させてやることが情けだと、なぜ思えんクマ!?

 球磨の言葉が、思い出される。
 魔力を暴虐のためにしか揮えなくなった少女たちを、弔い、救うこと。
 もはやそこに忌憚など、なかった。

 マミは手に持っている空のマスケット銃を、リボンに戻し、変形させてゆく。
 使うのはわずかな魔力で十分だった。
 隣にフラフラと立ち上がる纏流子が差し出す片刃の、対となる形状は、想像できる。

 血の錆に塗れて、体は重い。
 力は、出ない。
 心は、重い。
 元気も、出ない。

 屠り続けてきた命の錆に埋もれ、流子も、マミも、その輝きを鈍らせていた。
 だが、今は違う。
 鈍っているなら、することはただ一つだ。


「さあ、ハサミとぎましょォ!!」

 マミの手にはその時、金色に輝く、片太刀バサミの動刃が、確かに握られていた。


「マ、ミ――!?」
「返り討ちでち……!」


 二人の様子を、組み合ったデビルヒグマとゴーヤイムヤ提督は、しっかりと目撃していた。
 診療所側から走り寄ってくる纏流子と巴マミの姿を視界に収めつつ、両者は水中に踏ん張り、渾身の力で位置取りを奪い合う。

 ゴーヤイムヤ提督は、デビルヒグマと盾とする算段を崩してはいなかった。
 若しくは、少しでも時間が稼げれば、すぐにでも彼らの命は奪える――。

「げろげろげろ……」
「うがあああああああ――!?」

 そして、流子とマミが跳び上がったその瞬間、ゴーヤイムヤ提督は口の中に思いっきり胃液を吐き戻した。
 肩口から全身に消化液を浴びせられた形となるデビルヒグマは、激痛で思わず力が抜けてしまう。
 ゴーヤイムヤ提督はその隙を逃さず、デビルヒグマの肉体を、空中の流子とマミに、投げつけようとした。
 ハサミが振り降ろされる前に、それで人間二人は押し潰され、デビルヒグマの気運も完全になくなる――。
 そう思っていた。


「今よ!!」


 その瞬間、ゴーヤイムヤ提督の視界は、真っ白になった。
 余りの明度差に、網膜が焼けた。
 何も、見えなかった。
 何も、わからなくなった。

 暗い水底では、絶対に見ることの無いような。
 百年分の光が、一瞬にして放たれたような。
 それは余りにも、眩い光だった。


「光――」


 ――ええ。もちろん。私もあなたの助けになれる。あなたも、きっと私たちを導いてくれる光になるわ。


 その時、ゴーヤイムヤ提督の脳裏には、イトミミズのような水上艦が呟いていた、意味不明の文言が、思い返されていた。
 痛みが、その脳裏ごと、彼女を縦に真っ二つとしていた。


「「――『フォルビチ・インシデーレ(断ち斬りバサミ)』!!」」


 突然の閃光に硬直したゴーヤイムヤ提督の体を、脳天から巴マミが斬り下ろした。
 そしてその動刃を受け止めるように、股下の水中から、纏流子が静刃を斬り上げていた。
 赤と金の太刀バサミは、最初から本当のペアであったかのように、ゴーヤイムヤ提督の肉体の中央で、一対となった。


「戦維、喪失――……」


 纏流子がそう呟くと同時に、驚愕に目を見開いていたその少女の姿は、左右にぱっくりと分かれ、水底へと没していった。


【ゴーヤイムヤ提督@ヒグマ帝国 両断】


    ≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠


「今の、光は……」
「暁美さんよ。上手く行ったみたい……」

 息をついた纏流子の問いに、巴マミが胸を撫で下ろす。
 勝負の決め手を作った異質な閃光は、確かに暁美ほむらたちのいる診療所の方から発せられていた。
 流子も、マミも、デビルヒグマも、全員が診療所に背を向けていたタイミングだった。
 肉体的には死んでいたはずの彼女と、そんな正確に連携を取れた理由が、巴マミ以外の者にはわからなかった。


「……い、いつの間に、彼女と連携を取っていたのだ……!?」
「割と、頻繁に……? とにかく行きましょう、彼女たちも、待ってるはずよ」


 深い噛み傷を押さえて呻いたデビルヒグマに、苦笑しながら巴マミが手を差し伸べる。
 診療所の外は一段落していても、診療所内の戦闘がどうなっているのかわからないのだ。
 肉球に触れた手のぬくもりに、デビルヒグマはふと、肩に背負っていたもののことを思い出す。


「そうだ、あいつも、お前に――」

 そうして、自分の左肩を見て、そこには何もないことに気付く。
 その通りだ。最初からデビルヒグマは、何も背負ってなどいなかったのだから。

 だが、その挙動不審な彼の様子に、マミが首をかしげる。

「……どうしたの?」
「いや、マミのことを好きだという男をな。背負っていたような気がしたのだ。
 ……だがそれは、もしかすると、隠れていた己の本心だったのかも知れぬ」
「おい、ちょっとまて、マミのことを好きだという男……?」

 ひとり納得しようとしたデビルヒグマに、その時纏流子が口を挟む。
 彼女も、何か釈然としないもやもやを、心に感じていたのだ。

「誰か他に、いなかったか? そんなやつ……」

 三者の眼が、見合わされる。
 マミが引っかかっていた曖昧な記憶を、口に出した。


「……そういえば纏さん。ビショップさんを切った時、人質にされていたのって、誰だった?」


 デビルヒグマと纏流子は、固唾を飲んだ。
 思い出さなくてはいけない。覚えていなければならない。そんな記憶のはずだった。

 それは気絶した碇シンジだったかも知れない。
 それは気絶した星空凛だったかも知れない。
 だが、そうではなかったかも知れない。
 失血のせいか、記憶にもやがかかったようで、頭が働かない。

 纏流子は、生命戦維に適合した持ち前の肉体で、キュアハートの攻撃から自力で復活した。
 巴マミは、ヒグマン子爵に両断された状態から、自前の魔法で復活した。
 デビルヒグマは、巴マミが好きだという自分の心と、自分自身で向き合ったはずだった。
 だが、本当にそうだったのだろうか――?


「誰かが、いた。もう、思い出せない。何か、大切なことを、してくれていたはずなのに……」
「名前も、顔も、何も、でてこねぇ……? どんな格好だった? どんな性格だった!?」


 デビルヒグマと纏流子は、欠落した記憶に慄いた。
 彼らは誰かに、間違いなくいただろう誰かに、感謝しなくてはならないはずだった。
 だが、何も覚えていない。
 歴史のタペストリーが、その一行だけ切り取られ、周りの布を引き延ばして縫いとめられているような。
 ただ、ぽっかりとした空白感だけが、記憶の中に吹き抜けるだけだった。

 巴マミは、震えた。
 記憶の中に、何も残っていない誰かの記録を探して、彼女は慄然と思い至った。

 腰砕けになって、マミは水の中に、膝をついた。


「……私は、あなたに守られるほど、『カワイ』く、なれたの……?」


 その形容詞は、誰かが確かに、彼女に向けて語っていたもののはずだった。

 掬い、救われた、りょうしんの遺灰でできた正義の味方の像。
 その像の一片に刻まれた記録を思い、巴マミは確信した。

 もう、彼の名前も、顔も、何も出てこない。
 ただ、自分が『カワイイ』と返したはずの、あの固有名詞だけが、口をついた。


「『みそくん』……」


 なぜか涙が、零れた。


【球磨川禊@めだかボックス 消滅】


【C-6 地下・ヒグマ診療所前/午後】


【穴持たず1(デビル)】
状態:疲労極大、左前脚骨折、左脇腹に内臓に至る爆傷、左肩を中心に深い噛み傷、ずぶ濡れ
装備:なし
道具:マミへの『好き』
基本思考:満足のいく戦いがしたい
0:そうだ、ここに『勝ち目は、なかったはず』なのに……。
1:マミが……、そして、彼女の愛する者たちが、心配だ。
2:ヒグマ帝国……、艦これ勢……、一体誰がこんなことを?
3:私は……マミに……、惚れているのだろうな。
4:そのマミへの好意が、私の新たな信念だ。
5:アイドルといい、艦娘といい、大丈夫かこの国は?
6:だがマミのアイドル姿なら大いに見たいよなぁ!!
[備考]
※デビルヒグマの称号を手に入れました。
※キング・オブ・デュエリストの称号を手に入れました。
武藤遊戯とのデュエルで使用したカード群は、体内のカードケースに入れて仕舞ってあります。
※脳裏の「おふくろ」を、マミと重ねています。


【巴マミ@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:ずぶ濡れ
装備:ソウルジェム(魔力消費(大))、省電力トランシーバーの片割れ、令呪(残りなし)、金色の片太刀バサミ@キルラキル&自作
道具:基本支給品(食料半分消費)、ランダム支給品0~1(治療に使える類の支給品はなし)
基本思考:正義を、信じる
0:みそくん……。
1:殺し、殺される以外の解決策を。
2:誰かと繋がっていたい。
3:みんな、私のためにありがとう。今度は、私が助ける番。
4:暁美さんにも、寄り添わせてもらいたい。
5:ごめんなさい凛さん……。次はもう、こんな轍は踏まないわ。
6:ヒグマのお母さん……ってのも、結構いいんじゃない?
※支給品の【キュウべえ@魔法少女まどか☆マギカ】はヒグマンに食われました。
※魔法少女の真実を知りました。
※『フィラーレ・アグッツォ(鋭利な糸)』(魔法少女まどか☆マギカ~The different story~)の使用を解禁しました。
※『レガーレ・メ・ステッソ(自浄自縛)』(劇場版 魔法少女まどか☆マギカ~叛逆の物語~で使用していた技法のさらに強化版)を習得しました。
※魔女化は元に戻せるのだという確信を得ました。


【纏流子@キルラキル】
[状態]:疲労極大、大量出血、左腕切断(止血済み)、ずぶ濡れ
[装備]:片太刀バサミ@キルラキル、鮮血@キルラキル
[道具]:基本支給品、ナイトヒグマの鎧、ヒグマサムネ
[思考・状況]
基本行動方針:ヒト同士の、殺し合いに対する抵抗
0:今は、先に進むしか、ねぇ……!
1:どんなものでも切れるよう、心身を、研ぐ。
2:ドルオタとか艦これ勢とか知らねぇよ。バカなヒグマはとっとと滅べ。
3:マミ、ありがとうな……!
4:智子……。さとり……。すまねぇ……。
[備考]
※生命戦維の暴走から、元に戻りました。

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最終更新:2016年04月02日 22:10