『あ、あの、ほむらちゃんがいると聞いて来たんですけど、道、ここであってますかね?』
『彼女に会いたいのかい? ならどうぞ。少しここで待っているといい。道は今から、切り拓かれるところだから』
『良かったぁ~。もう葬列が始まっちゃってるみたいで、間に合わないかと思ってたんですよ。私だけしか、こうなったほむらちゃんは助けられませんから』
『……そうかな。キミが思っているより、彼女の葬儀への参列者は、多いみたいだけどね』


    〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆


 暁美ほむらが意識を取り戻したとき、そこは見覚えのない暗い空間だった。


「暁美さん、気がついた?」
「マミ、さん……?」

 彼女に声をかけていたのは、巴マミだ。
 広漠たる黒の広がる空間にて、どこに足を着けているかもわからないままに、暁美ほむらはぼんやりと返事をした。
 ほむらの向かって右側の少し離れた場所に立っている巴マミは、自身も少し困惑の色を湛えながら微笑んでいる。

 一体何があったのか。
 ほむらはまだ霞がかったような思考を巡らして思い出そうとする。
 自分は魔女になってしまったのだ。そこまでは思い出せた。
 そして偽りの見滝原の街を引き回されながら、町外れの斬首台で自身を処刑しようとしていた。
 そこに切り込んできたのが、巴マミだ。
 マミはそうしてほむらの外側を切り裂き、心の中にまで踏み込み、何かを手渡してきた。
 そう、何かを――。


「――さあ、扉は開かれたクマ。此岸を去ったほむらの、ヒガンはここだクマ」


 その時聞こえた凛然たる声に、ほむらの思考は豁然として開けた。
 ほむらの正面の高い位置に、その声の主が、長いクセ毛の茶髪を揺蕩わせて仁王立っている。
 白地に緑をあしらったセーラー服、背負ったものものしい艤装、力強い眼差し。

「球磨――!?」

 見間違うはずもない。
 その彼女は確かに、死んだはずの、暁美ほむらのかけがえのない仲間。
 球磨型軽巡洋艦一番艦・球磨だ。

 彼女の輪郭は、まるで幽霊か何かのように曖昧だった。
 実体があるようなないような、ふと目を離してしまえば消えてしまいそうな存在に見える。
 しかし、その姿は、声は、間違いなくほむらの知る球磨だった。


「球磨、生きていたの!?」
「軍法会議……、もとい百合裁判を始めるクマ。さて、ほむらの愛は本物か?」
「何……、ですって……?」

 だが、息巻くほむらの問いかけに、球磨ははぐらかすように微かな笑みを浮かべるのみだ。
 彼女の言葉の意味を、ほむらは理解できなかった。
 思考と視界が開けてみれば、疑問は次々と浮かんでくる。


「球磨、ここはどこ? どうして私はこんなところにいるの!?」
「ここはほむらの魂と、それに続く空間だクマ」
「私の、魂……?」

 確かに言われてみれば、この距離感のない闇の中には、どことなく懐かしい感じがある。
 それはかつて、暁美ほむらの盾の中に広がっていた、広大な闇が微かな星屑の間を埋めているかのような空間だ。
 もちろんほむらは、自分自身でその空間に入ったことはない。
 それは自分の中だからだ。

 今彼女は、自分が入っている自分の中にいる自分という、始点も終点も無い、初めからあった有り得ない存在としてこの場所にいた。
 その四元数の軸が広がる存在しない次元の空間は、魔女でも魔法少女でもない死んだ暁美ほむらが、唯一その意識の残留を許された場所だった。


「ほむらは気づかなかったクマ? ほむらの魂の中の空間は、初めからここに繋がっていたクマ。
 球磨はずっとここからの視線が気になっていて、繋がりを探ろうとしていたクマ。
 そしてついに、今回快く、ここの所有者の方からこの場を借り受けられたというわけだクマ」
「わからないわ……。ここが私の盾か魂だとして、あなたはどうしてここにいるの?」
「この球磨は、『記憶』だからだクマ」

 球磨の手には、いつの間にか一枚のディスクが示されている。
 そのレーベル面にはかつて、クラゲのようにたゆたう狙撃手の力が描かれていたはずだった。
 しかし今、そこには確かに、旧日本帝国海軍のとある軽巡洋艦の姿が描かれている。


「ほむらが持たせてくれたあの歯の使い方が、球磨には今際の際にわかったクマ。
 球磨は沈む直前に自分の全ての記憶と経験をあの歯で『切り取り』、狙撃手の魂が宿っていたこの円盤に、『書き込んで』いたクマ。
 そしてそれを、今こうして、マミちゃんがほむらに届けてくれた」
「……ええ。そのディスクに触れた時、球磨さんの考えが一瞬にして私に流れ込んできたわ。
 だから、あなたの心に直接届けられさえすれば、きっと球磨さんの思いは、あなたにも伝わると、そう思ったの」

 球磨の言葉を受けて続けた巴マミは、憔悴したような顔ながらも、満足げだった。
 彼女の帽子のソウルジェムは、もう彩度を失って黄土色よりも沈んだ黒に濁っている。
 令呪もなしに発動した『レガーレ・メ・ステッソ』を初めとする魔力の消費は、それほどまでに重かった。
 それはつい先ほどまでのほむらと同じ、あと少しでも魔力を消耗してしまえば魔女化してしまう、瀬戸際であることを示している。
 それでも彼女の表情に、後悔はない。
 巴マミが踏み出したその勇気と正義の一歩は、確かに暁美ほむらを縛っていた全ての抑圧の性を断ち、消す鍵となったのだ。


「球磨は艦娘だクマ。きっとほむらなら、本土で同型艦をすぐ建造できるクマ。
 だからこの球磨の魂を持って帰ってくれさえすれば、球磨たちは、また会えるクマ」

 球磨が最後にその手に抜き出していたのは、彼女の体内に入っていた『スタンド』のディスクだった。
 もともとジャン・キルシュタイン支給品であり、球磨が率いた軍団の要の一角となっていた『マンハッタン・トランスファーのディスク』だ。
 宿主が死亡してしまえば同時に朽ちて行ってしまうそれに、球磨は瑞鶴に銃撃されて命尽きようとする刹那、自分の記憶を書き込み、体外へ抜き出していた。


『君の素晴らしい魔術の実力ならば、必ずやこの難問を解いてくれると思っていた。
 さぁ。言ってくれ。君の指示通りに描くよ。カット・アンド・ペーストなら自由自在だ……』

 ほむらの脳裏に、あの保護室で垣間見た島の記憶が蘇る。
 魔力を『切断』し『結合』する衛宮切嗣の歯に、まさかそのような応用があるとは。
 そしてそれを、球磨が命尽きる寸前に閃き、こうして目の前に示しているとは。
 それが巴マミが直接ほむらの魂の中に届けた、球磨の記憶のディスクだ。
 ほむらはただただ、感嘆と感動に息を呑むことしかできない。
 暁美ほむらに残った僅かな意識に呼応することを祈って、全力で届けられた思いは、窓を破る礫のように眩しかった。

 しかし、球磨の思いに触れて、僅かばかり暁美ほむらの意識がはっきりしたところで、それだけでは何の意味もないことは明白だった。
 まだほむらは、自分の外側の肉体が、ホムリリィという魔女として存在していることを自覚している。
 使い魔は、そんな彼女をただ機械的に処刑し続けるだけだ。
 もしそうならば、下手に意識がはっきりしてしまった分、むしろその業苦はさらに耐え難いものとなるだろう。

 ほむらは震えていた。
 彼女の様子を察して、巴マミは、その傍らに視線を移して呟いた。


「でも……、こういう状況にまでなるとは、思わなかったけれど……」
「まぁ、球磨の艦長の一人だった醍醐忠重元大佐は、ポンティアナック事件の容疑者として裁判を受けたときも、従容とした態度で臨んだそうだクマ。
 ほむらも、ゆめゆめ心乱すことなく裁判を受けるクマ」
「これを……、この状況を見て心を乱すなですって……!?」


 ほむらが震えていたのはしかし、今後待ち受けるだろう責め苦のためではない。
 信じがたいほどの驚きと喜びと、興奮のためだ。
 もう二度と言葉を交わすことも許されないと思っていた球磨と、こうして合まみえただけで、ほむらは泣き出したいくらいの感激でいっぱいだった。

 そしてそれにも増してほむらの視線は、部屋の隅に立つ光る人影に、釘付けとなっていたのだった。


「ああ。今回は弁護人として、ここまでほむらを連れてきてくれたマミちゃんを。
 ……検察官として、『円環の理』の鹿目まどかさんをお招きしたクマ」

 ほむらから見て左側に立つその人物を、球磨はそう言って紹介した。


    〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆


「やっぱり……、まどかなのね……!!」
「お疲れさま、ほむらちゃん。迎えに来たよ♪」

 身を乗り出したほむらに、少女がそう朗らかに手を振った。
 長いピンク色の髪を虚空に漂わせるその彼女は、神々しいほどの純白のドレスを纏っている。
 その姿は、巴マミと暁美ほむらの知る少女のものとはかけ離れていた。
 しかし、優しくそれでいてどこか厳かなその面影は、間違いなく彼女たちの知る鹿目まどかだった。
 ドレスの右袖だけが不自然に千切れているのが気にかかったが、それ以上に気になることが多すぎて、ほむらたちは発する言葉に迷った。


「どうしてこんなところにまどかが!?」
「私も驚いたわ……。まさかこんなところで鹿目さんに出会うなんて」
「いや、私も迷ってたらそこのイソマさんって方に案内……」
「静粛にしろクマ。今はほむらの岐路を決める、裁判の時だクマ」
「あ、す、すいません球磨さん」


 鹿目まどかが口を開きかけた時、球磨は今まで自分が話していたことを棚に上げるようにして、目の前の木槌を叩いた。
 見ればほむらたちのいる空間は、宙に浮いた裁判所のようになり、各人は柵で囲まれた所定の席に立っている形になっていた。

 球磨がどのようにして、どのような意図でこんなことをしているのか、マミもほむらも計りかねて困惑する。
 ただ察せるのは、確かにこれが、何かを決定づける裁判なのだろうということだけ。
 まごつく両者をよそに、球磨は慌てて姿勢を正した鹿目まどかに目配せをして一同に語り始めた。


「さて、ほむらが今まで何をして、どう歩んできたか、それは先ほどほむらの結界の中で我々も見たとおりだクマ。
 それを踏まえた上で、この度のほむらの深海棲艦化もとい魔女化が、敵前辱職にあたるのかどうか。
 検察側の意見から聞こうかクマ」

 本当に裁判のようだな。とマミとほむらがいまいち現実感を抱けぬままに耳を傾ける中、話は鹿目まどかの方に振られる。


「はい! ほむらちゃんはこれまでひとりでずっと頑張って来たんだよね。
 私はそのことを全部知ってる。だから、ほむらちゃんの歩みは決して絶望なんかで終わってはいけない。
 私は、そのためにほむらちゃんを迎えに来たんだよ!」
「ちょ、ちょっと待って鹿目さん!」
「おっと、それは異議かクマ?」

 流石に蓄積してきた理解不能な状況にたまりかねて、巴マミが慌てて手を挙げた。
 ドレスを纏うまどかと、輪郭の曖昧な球磨を交互に見やり、巴マミは慎重に言葉を選びながら問おうとする。

 ここが本当に、球磨の言うような裁判ならば、ここは暁美ほむらの去就を決めるとても重要な場であり、そして球磨の何らかの作戦の一環なのだ。
 ならばここでの会話は一言一句聞き逃してはならないものに違いない。
 特に『弁護人』である巴マミにとってはなおさらだ。
 恐らく被告扱いとして存在している暁美ほむらの意識を守れるのは、この場においてマミしかいない。
 『検察官』として、なぜこんな神々しい姿の鹿目まどかがこの魂の空間に存在しているのかも含めて、この絡んだ糸のような状況を、マミはゆっくりとほどきにかかった。


「……ええ。暁美さんが頑張って来たのはわかったわ、それが絶望で終わるべきではないというのも。
 でも、『迎えに来た』というのは、一体何!?」
「質問か。認めるクマ。検察は解答を願うクマ」
「言葉通りの意味だよ、マミさん」

 緊張した口調で放たれたマミの問いに、まどかは両手を広げ、堂々とした笑顔で答えた。


「私は『全ての魔女を、生まれる前に消し去りたい。全ての宇宙、過去と未来の全ての魔女を、この手で』。
 そう願ったの。今までのほむらちゃんを、無駄にしないためにも」
「何よ……、それ」

 呆然としていた暁美ほむらが、思わず呟く。
 柵が揺れるほどの勢いで手を突き、言葉にならない衝撃をどうにか言葉にしようとぱくぱくと口を開閉する。
 鹿目まどかが魔法少女として契約してしまっていたというだけで、今のほむらには衝撃的すぎることだ。
 仮にそれをおいておくにしても、彼女の願いは、あまりにも現実離れした途方もない規模のものに思えた。


「そ、そんな願いが叶ったというの!? 叶えられたというの!?
 それが真実なら、あなたはもう、魔法少女なんて枠には収まらないんじゃ……!?」
「神……」

 信じられない。考えれば考えるほどに不安と疑念とが募る。
 そんなほむらのわななきを、マミがぽつりと呟きで拾う。


「……それは魂や命を差し出すなんてレベルじゃなかったんじゃないの? 鹿目さん。
 死ぬなんて生易しいものじゃない。未来永劫に終わりなく、魔女を滅ぼす概念――、まるで神様のようなものとして、この宇宙に固定されてしまっているんじゃ……?」
「神様でもなんでもいいよ。
 私は今日まで魔女と戦ってきたみんなを、希望を信じた魔法少女を、泣かせたくなかった。最後まで笑顔でいてほしかっただけ。
 それを邪魔するルールなんて、壊してみせる、変えてみせる。そう願っただけなんだから」

 女神のようないでたちのまどかは、むふ、と息を吹きながらガッツポーズを取ってみせる。
 そして穏やかな表情で、裁判所の中央に立ち尽くすほむらに語りかけるのだ。


「魔法少女は、透明な宇宙と一体になるの。魔女になって暴れたりせず、安らかにその最後を終えられる……。
 みんなの祈りを、絶望で終わらせたりしない。みんな誰も呪わない、祟らない。因果はすべて、私が受け止める――。
 こんな願いを私に叶えさせてくれたのは、ほむらちゃんなんだよ!
 ほむらちゃんがずっと私のために時間を繰り返してきてくれたから、その全ての世界の因果が、魔力として蓄積されていた。そのおかげなの。
 だからほむらちゃんも、最後まで自分を信じて、ね!」


 マミはうすら寒い感覚に襲われた。

「じゃあ鹿目さんは、暁美さんの魔力で、魔女になった暁美さんを彼岸に連れてゆくために、ここに来たの……?」
「そうなの。でもこの島は時間の軸がひどく捻じれてて、来るの大変だったんだぁ~。
 杏子ちゃんには袖破かれちゃったし。結局まだ連れて来られてないし……」

 まどかは千切れた右袖を振って苦笑した。
 その言葉に、ほむらとマミは共にびくりと反応する。
 特に巴マミは、息巻いて体を前に乗り出させていた。

「……! あの子も来てたの!? この島に!?」
「あ、マミさんの最後の時にも、私は迎えに行くよ! だから心配しないで!」
「そういうことじゃないわ……!」


 マミにもほむらにも、自分の将来や魔法少女全体の宿命などと言った雑事をすぐに慮る余裕はまだない。
 鹿目まどかがマミとほむらを連れて行ったとして、この島にまだ残る生存者たちは一体どうなるのか。死者から託された思いはどうなるのか。
 魔法少女だけ迎えればいいというような、そんな単純なレベルを、すでに状況は逸脱しているのだ。

 それよりも重要なのは、この島に佐倉杏子という仲間が来ており、なおかつ彼女が、この『円環の理』という神だか概念だかシステムだかに連れて行かれそうになっていたという事実だ。
 それは彼女のソウルジェムが、それだけ危うい状態になっていたということに他ならない。
 だがむしろ、その上で佐倉杏子が『円環の理』を拒んだということは、二人にとって幸いに思えた。
 まどかの口振りからすれば、杏子は彼岸からの迎えに抵抗した上でまだ生存しているものらしい。
 恐らく魔女になりかけたのであろう、絶望的な魔力枯渇状態からだ。

 ――それは、この絶対的に思える『死』の迎えを、逆に利用できる可能性があることを示している。


「静粛に。ここは雑談する場所じゃねぇクマ」
「あ、すいません、てへへ。友達と久しぶりに会ったから、はしゃいじゃって」

 球磨がジャッジガベルを叩いて話を切り上げさせる。
 屈託なく笑うのみの女神は、緊迫感に満ちたマミとほむらの様子に気づかない。
 球磨はそんな一同を見渡して、静かに言葉を投げた。


「……それじゃあ、ほむら。何か言いたいことは?」


 ほむらは顔を俯けたまま、震えていた。

「……魔法少女になって、しかもその上、概念だけの存在になって、すべての時間で魔女になりかけた魔法少女を消し去り続けるだけのシステムに成り果てた。ですって……!?」

 今度の震えは、怒りだった。


    〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆


「うーん、ほむらちゃん、間違ってないけど、そんなに大げさなものじゃないよ。えへへ」
「……それなら私は、もう二度と、あなたに会えないということじゃない!!」

 何でもないことのように照れ笑いするまどかに、ほむらは悲痛に声を裏返して叫んだ。

「……あなたは優しすぎる。私は最近のループでは、何度も言っていたはず!
 なんであなたはそうやって自分を犠牲にして、自分の身を粗末にするの!?
 あなたを大切に思う人のことも考えて! いいかげんにしてよ!!」

 まくし立てる激情と共に、涙が溢れる。

 この、いでたちだけは女神のように神々しい鹿目まどかが、いつの時間軸の、いつの世界線のまどかなのかはわからない。
 それは恐らく、暁美ほむらがこれから辿ったのであろう、有り得ないはずの存在する結果なのだろう。
 ほむらには無力感だけが杭のように突き刺さる。
 今目の前にいる、まどかの姿をした死の迎えは、暁美ほむらの諦めの結果だ。
 それは彼女を守りきれず、因果の渦に放り込んでしまったほむら自身の無様な姿を、ありありと彷彿させるものだ。


「そんなことないよ! 私が導いた後は、みんなすべての時間で、一緒に過ごせるんだから。
 マミさんやさやかちゃんとだって、また会えるんだよ?」
「私だけじゃない! ご家族は!? タツヤくんは!? 学校のみんなは!?
 あなたの愛していた世界と断絶されて、それであなたは何の後悔も、寂しさも抱いていないというの!?」
「そ、そりゃ、ちょっとは寂しいかなぁ~、なんて気持ちもあるけど……」

 涙を振るうほむらの指摘に、そしてまどかは一歩引いて頬を掻く。

 マミはそのやりとりに、やはり。と唸るのみだ。
 鹿目まどかが、魔法少女でも魔女でもなく成り果ててしまったこのシステムには、やはり現状の彼女たちにとっては穴がありすぎる。
 円環の理のまどかが持つ莫大な魔力は、暁美ほむらが彼女のために蓄積してきた魔力だというのに、ただ魔法少女を魔女にせずに安らかに死なせるそれだけのためにしか使われ得ないのだ。
 それでは、このヒグマの島に蔓延する巨大な絶望から、参加者を救い出すことは全くできない。

 極論、暁美ほむらが正しく意識を取り戻して協力してくれるのならば、最悪魔女のままでも希望の手段とはなるのだ。
 魔女の結界に黒幕を閉じこめて使い魔に相手してもらっておけば、それだけで脅威は取り除け、脱出の手はずを整えることができる。
 それにつけても、言い換えればただ魔法少女を殺しに来ただけだという鹿目まどかの
申し出は、この場面ではありがた迷惑以外の何でもない。
 迎える迎えないだのせせこましいこと言っている暇があったら、さっさと『ほむらちゃんの敵は全部天界から狙撃してあげるねウェヒヒ』くらいの侠気を見せてくれればいいものを、どうやらこのシステムにはそんなサービスはついていないらしい。
 穴しか無さすぎてまるでザルだ。穴持たずに勝てる道理がない。

 マミが今一度唸る間に、ほむらは一気に憔悴した表情で、その歪めた唇にありったけの自責と後悔とを含ませていた。
 自分が最終的に彼女を追い込んでしまった分岐の過ちを、まどかの返答を聞いて気づいてしまったのだ。


「……私はあの日、あなたを守ると誓った」

 悄然と立つほむらの口調は、自他に対する大きすぎる怒りとやるせなさを含んで、マグマのようだった。

「すべての時間で、一緒に過ごせる? そんなの欺瞞よ。甘えよ。逃げよ。
 結局いつもあなたはその優しすぎる思いで、私に後ろめたさばかり募らせる!」

 噴火した火砕流のようにまくし立てられる怒声の熱量に、まどかはもはや言葉も返せずたじろぐことしかできない。

「私はどんな形であれ、もうあなたに戦わせたくない!!
 未来永劫、全ての世界で、あなたがこんな責務に従事しなくてはならないなんて、私は耐えられない!!」

 何が絶望かというのなら、ほむらの最後に残った道標となっていたまどかが、もはや未来永劫全世界で、日常生活を送れる体でなくなってしまったこと。これをおいて他にない。
 ――しかもそれが、本当は鹿目まどかが望んだことですらないとなれば、なおさらだ。


「……どんなに素晴らしい演出や工作でごまかしたところで、私はもう見失わないわ。
 初めに見たものを観察し続けたなら、わかっていたはず。
 あなたの本当の気持ちは、最初から何も変わらずそこにあり続けたのだと言うことを!!」
「うっ……」

 女神のようなまどかはたじろいだ。
 彼女は確かについ先ほど、『そ、そりゃ、ちょっとは寂しいかなぁ~、なんて気持ちもあるけど……』と述懐している。
 その言葉は、暁美ほむらの決心を固めさせるものだった。


「マ、マミさんもほむらちゃんに何とか言ってあげてくださいよぉ!」
「……そうね、鹿目さん。あなたの志は確かに素晴らしいわ。素晴らしすぎるほど」

 もはや誰がどう裁かれているのかわからない裁判の流れに、まどかは困惑しきって巴マミに助けを求めていた。
 裁判長の黙認のままに鹿目まどかの言葉を受け、マミは一度言葉を切る。
 そして目を見開き、はっきりとした口調で彼女は述べた。


「……でも鹿目さん。私も、もう辛いことを一人で抱え込ませたくはないの。
 それが自分であっても、仲間であっても。だからこそ私は、こうして暁美さんの心に踏み込んできたんだもの。
 ……それが特に、とびっきり好きな人ならば、なおさらよ」
「わー!? マミさんまでぇ!?」
「私たちならそう言うに決まってるじゃない。友達、でしょう?」


 こうまで友人たちから反対されるとはついぞ思っていなかったまどかは、どうしていいかわからずに立ち尽くした。
 こんな反感を持たれている状態で、本当に暁美ほむらを迎えてしまっていいのか――。
 女神のまどかはそう悩んでいた。
 しかし事態は既に、そんな悠長なことを考えられる状況ですらなかった。


「……あなたがその契約をしてしまった時、私はその場の雰囲気で押し切られたんでしょう。
 阻みたくてもそれを止められなかったんでしょう。でも今は違うわ。
 球磨が、マミさんが、纏流子が。私の道を共に歩んでくれた多くの人々が、私にこのチャンスをくれた!!」

 ほむらの口調は、ある種の確信と決意に満ちていた。
 その語気に含まれる何か危険な色合いを感じ取って、まどかはほむらの目を見つめる。
 その瞳は、捕食者の目をしていた。


「……私は今日まで守ってきたあなたに、私を救ってくれた鹿目まどかに、生きていてほしかった。
 ずっとずっと家族と友人と私たちと、あのワルプルギスの夜を越えて笑顔でいてほしかった。それだけ」
「ほむらちゃん、それって……!」
「……それを邪魔するルールなんて、壊してみせる、変えてみせる。ええ、同感よ。
 私だってそう思うわ、まどか。例えそのルールが、あなた自身だったとしても!」


 暁美ほむらは、まどか自身が言った言葉を引用して、笑う。
 ジャッジガベルの槌音が、空間に響いた。


「さて、ほむらの行為は果たして、見苦しい叛逆者の敵前辱職だったのか?
 それともこれこそが、道を張るために不可欠だった指揮官としての一過程だったのか――?」

 注目を集めるように大きく手を広げた球磨が、沈黙を破って朗々と語りあげる。
 今までの会話と、逸脱した裁判の流れが、全て予定通りだったとでもいうように。
 遠くの淡い船から、その問いはデジャビューのように投げかけられる。
 球磨はほむらへ、慈母のように微笑みかけていた。


「ほむらはスキを諦めるクマ? それとも鹿目まどかを食べるクマ?」


 その問いへの答えは、分かり切っていた。


「私はスキを諦めない! まどかへの愛を諦めない!
 私はまどかを喰らう! あなたを縛るその責務を喰らい尽くす!!」
「ほ、ほむらちゃ……!?」

 鹿目まどかがほむらの言葉に反応できるよりも遙かに早く、その体は数多のピンク色の糸で、がんじがらめにされていた。


    〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆


「え、ちょ、ちょっと待って! く、球磨さん!? これはどういうこと!?」
「……そりゃまぁ、球磨はほむらに、粉骨砕身すると誓ったから。最初からほむらのためになることしか考えてないクマ。
 ……のこのこやってきてくれたほむらの標的を、逃すわけないだろ、クマ?」

 曖昧な輪郭の球磨は、裁判の進行を脇に置いて、不敵な笑みを浮かべている。
 末期の瞬間に四元数環の世界を知覚していた球磨の作戦を、この場の一同はようやく理解した。
 彼女は最初から、その空間に繋がる膨大なエネルギーを、暁美ほむらに手渡そうとしていたのだ。

 龍脈。
 示現エネルギー。
 円環の理。
 元型(アーキタイプ)の原動力(エンジン)。
 表現する言葉は何でも良かった。ただそれを、魔力の枯渇した暁美ほむらに何としてでも吸収させ、この状況を打開する力を与えることが、球磨の最後の意志だった。
 この裁判か軍法会議のような場は、それを叶えるための、仮の方便にすぎない。


「そんな! だって待ってれば、ほむらちゃんに会わせてくれるって言ってたじゃ……!」
「見ての通り会わせてはやったクマ。ばってん、まどかちゃんの願いはそこまでだったクマ。
 後がどうなるかは、そりゃもう当人同士の問題でしかないクマ」

 裁判所のような様相をしていた暗い空間は、すでにその構造を蕩かし、再び広漠な闇に星屑の砂が散っただけのような有様になっている。
 その中空に、彼女自身の髪の毛のようなピンク色の細い糸で、鹿目まどかは四肢を縛られて固定されていた。
 もがいても、女神としての魔力を振り絞っても、その糸は千切れることなく、びくともしなかった。


「抜け出せるわけがないわ。これは、私が今まであなたのために繰り返してきた時で紡がれた糸だもの……。
 私が繰り返した世界の分だけ、あなたに因果の力が積もったというのなら、それと同じだけの力を、私の愛は持っているはずだから……!
 ――あなたの責を、因果を負うのは、私よ!!」

 暁美ほむらが、まどかの前に歩み寄っていく。
 まどかを縛っている糸は、まどか自身と全く同じ力を持つ魔力だ。
 それは言うなれば、円環の理という責務としての彼女自身だった。

 ほむらはこの島の根源に接続していた。
 あの保護室で魔力の糸を辿り、灼熱の太陽のような熱量から魔力を掬い取ったあの時の感覚を、彼女はまだ覚えている。
 あとは些細な『気づき』と『縫い終わり』だけだった。

 衛宮切嗣の歯で切り裂かれた彼女の魂の中にあったのは、今まで壊れたレコードを辿り紡ぎ上げてきた、時の糸巻きだ。
 それはまるで、今この時の気づきのためにあったもののようだ。と彼女は感じる。
 女神を縛る縄を綯うための、女神に贈るセーターを編むための、愛の糸。
 その糸の断端は、既に根源の魔力に、その救済の女神に、繋がっている。
 糸の用い方をほむらが気づくのは、もはや必然の予定だった。
 球磨の招きは、全てこの時のためにあった。


 ピンク色の糸に縛られた純白のドレスの女神。
 彼女の脚の間に膝を割り入れて、身動きの取れぬ鹿目まどかの上に、暁美ほむらが覆い被さる。
 捕食者となったほむらは、怯えた目つきのまどかの顎にそっと手をやっていた。

「ちょ、ちょっと待ってよ……、ほむらちゃ……」

 助けを求めるようにまどかが脇へ目を走らせると、球磨はマミの前でお茶を注いでいた。


「人吉球磨茶の白折だクマ。甘みがさっぱりしてていいクマ」
「あ、ありがとう球磨さん」
「こんな時にお茶飲んでないで下さいよぉ! マミさんも!」
「え、いやだって、二人を邪魔しちゃ悪いじゃない?」
「邪魔して下さい!」

 まどかが本気で訴えても、巴マミは湯飲みを手に、彼女たちを微笑ましく眺めるのみだ。
 球磨が虚空から取り出した湯飲みに急須から澄んだ緑茶を注ぎ、その湯気越しに語りかける。


「茎茶は無骨に、きついように見えてその実、熱湯で淹れても甘みと旨みしか出んクマ。
 ほむらの思いだって、そんな白折と同じく、熱い清々しさしかないと、球磨は思うクマ?」


 軽口のようながら含蓄を込めたその口調に、まどかは目の前のほむらに視線を戻す。
 ほむらは彼女の反応を待つように、まどかの顎に手をかけたまま、真剣な表情でじっと彼女を見つめていた。

 その息づかいを前に、まどかは一度瞬きをして、覚悟を決めたように表情に威厳を戻す。
 そして彼女は、ほむらを諭すように、今一度厳かに問うた。


「……いいの、ほむらちゃん? 結局それだと、私と同じ境遇に、ほむらちゃんがなっちゃうだけじゃないの?」


 ほむらは、女神のまどかの魔力を、その責務を全て請け負おうとしている。
 それはすなわち、まどかの代わりにほむらがその救済のシステムになりかわることに違いない。
 もはや鹿目まどかに拒否の選択肢がないだろうことはわかっている。
 しかし彼女はそれでも、彼女の最高の友達の身を、思いを案じた。
 この行為の結末は結局、やはりほむらとまどかの断絶に行き着いてしまうのではないか。そんな憂いがあった。


「……いいえ。私は、そんなに優しくないから。救えるのはきっと、この手で守れる者だけで精一杯。
 とてもあなたみたいに、全ての時間を飛び回って赤の他人を救済するなんて、できっこないわ……」

 暁美ほむらは、しばし考えた後に、そう首を振る。
 それは一瞬、彼女が責務の大きさに潰される不安の吐露なのかとも思えた。
 だが彼女の考えは、また違う大局的な視点に立っていた。


「魔法少女の絶望も、人々の希望も、全てが手と手を取り合って進んでいけるシステム……。
 そんな世界を目指さなくては、きっとどこかで破綻するのはわかりきったことよ。私自身が良い反面教師でしょう?」

 魔法少女だけで、魔法少女だけの問題を解決していったところで、状況は改善できない。
 それは暁美ほむらがこの島の半日で痛感した事柄だった。
 魔法少女ひとりの行為など、ただの人間やヒグマに如何様にも覆されうるのだ。

「何万の、有り得たはずの存在しない分岐に住む、声なき人々……。
 私の捨ててきた道を作り続け、そして今からの可能性を進み続ける人々……」

 だからこそ、ひとりよがりでなく、同じ場に在る全ての者が手と手を取り合って救い合っていけるシステムを構築しなければ、助かるものも助けられないのだろう。
 傍らに佇む球磨とマミの存在を、確かに感じながら、ほむらは感慨と共につなげた。


「彼らが、自分自身で、仲間同士で、救いあっていけるようにしなくてはいけない。
 ……球磨、マミさん。きっとまた私は迷惑をかけるわ。
 でも、あなたたちにも協力してほしい。
 まどかも私もあなたたちも、全員が絶望になんて落ちなくて済むような世界のために」
「もちろんだクマ」
「ええ、喜んで」


 自分一人で力不足だったのは、嫌と言うほどに思い知った。
 自分程度の器や視点では、助けられなかった者も数多くいた。
 だからこれからは、協力を惜しんではいけない。
 仲間と貢献し合うための努力を、惜しんではいけない。
 それは例え、ほむらが魔女になろうと何になろうと、変わらない決意だ。

 そしてそれは、この円環の理のまどかに対しても、同じだった。
 その決意の表明こそが、鹿目まどかに対する説得であり謝罪であり、そして感謝だった。


「……わかった。ほむらちゃんはやっぱり、私の最高の友達だ。
 それがほむらちゃんの、私たちのためになるなら……。いいよ。私を、食べて」
「……ありがとう。大好きよ、まどか」


 陽光のように、あのタイムラインの東に見た威光のように、まどかの体は暖かだった。
 桃色の髪をかきあげた奥に覗く潤んだ瞳が、とても美しかった。
 彼女を縛っていた糸は、今や暁美ほむらの体にも絡みついている。


 ――承認だクマ。


 球磨の静かな声が、ふたりを祝福するようだった。
 自然にふたりの唇が、そっと重なる。
 光が弾けた。

 ピンク色の鮮やかな糸がほどけ、太陽のような目映い光と共にあたりへ吹き散る。

 そして敗者(ルーザー)は、突破する。


    〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆


 ヒトが帰る。瞬時にヒトへと。
 ゴーレム提督はそれを、瞬きの間に目撃した。
 それは巴マミがホムリリィの体内に球磨の記憶ディスクを挿入してから、時間にしてまさにほんの一瞬の後に起きたことだった。

 偽りの見滝原は、蜃気楼のように溶け去った。
 あたりを埋めていた壁や使い魔は、その盾の役を終えて消えた。
 象牙の塔のように聳え立っていたホムリリィの巨躯は、たった一人の裸体の少女に収斂し、地にうずくまっていた。
 そしてその手は、金色の衣装の少女に、しっかりと支えられている。
 暁美ほむらと、巴マミだった。


「そんなことって……、あるのね……」

 使い魔の皮が消えたゴーレム提督は、その泥の体のままに、うち震えていた。


「あり得ないことだと、始めからそう思っていたわ。望みを諦めていたわ……。
 でも轟沈した艦娘が、仲間が、本当にそれでも戻ってきてくれるなら……。一体どれほど幸せなことなのか……!」

 そんな幸せな未来を、人々は夢見ている。
 誰も描けなかった夢の展開図は、今ここに示されている。
 王道で、お約束で、ご都合主義の、どこかで見たデジャビューのような幸せが望まれている。
 非日常に非常識を掛け合わせて日常を取り戻すための、大いなる力の展開図。
 記憶の淡い船から、デジャビューは、急ぎ来た。

 手を取りあう巴マミと暁美ほむらの姿を遠くから望みながら、ゴーレムは胸に湧く熱い感情にうち震えた。
 彼女の目からは、涙のように水分が染み出していた。


「まるで……夢を見てたみたい。でも、現実なのよね、これが……」


 助け起こされた暁美ほむらは、元の肉体に戻ったことを信じられないかのように、その手指を動かし、肢体を眺め回していた。

 暁美ほむらの全身は、裸であることもよくよく見ねば気づかないほどに、茨か歪んだ翼のような、黒い文様に埋め尽くされている。
 それは数えることもままならないほどの、大量の令呪だ。
 そしてそれは実際に、世界を侵食する黒き翼のように、足元の影に流れては戻り、空に漂っては帰り、何か禍々しささえ感じる挙動で蠢いている。

「ソウルジェムの形も、魔力の量も大幅に変わってる……。
 それにあなたも、私たちの魔力の余波を吸収したのね……?」

 手の中に握っていたものを見やれば、一度壊れかけた彼女のソウルジェムも、むしろ澄み通ったほどの輝く黒さを増して、その形を4つの脚で包まれた頑強そうな構造に変えている。いっそのことダークオーブ(暗黒の宝珠)とでも呼んで区別した方がいいのではないかと思えるほどに、その様態は異質だ。
 また、彼女を助け起こした巴マミの帽子に留まるソウルジェムは、先ほどまでのくすんだ黄土色から、輝く黄金色にその光を取り戻している。
 あの空間で巴マミも、円環の理から溢れる膨大な魔力の一部を、その身に受けていたのだろう。
 マミは頷く。


「ええ。それに球磨さんから、熱々のお茶が入った魔法瓶をもらったわ」
「そのお茶も現実だったのね!?」

 片太刀バサミを携えた巴マミが手に魔法瓶を掲げ、ほむらは瞠目した。
 それが夢の、寡黙な答えだった。

 あの空間で起きた現象の全てが現実だったということに、二人は驚きを隠せない。
 ともなれば、あの『円環の理』というシステムになってしまった鹿目まどかと、暁美ほむらがその魔力を取り込んでしまったという事態も、また現実なのだろう。
 よもや近くに、ただの少女になったまどかがいるのではないかとマミは周囲を見回すが、そんな人影はあたりにない。


「鹿目さんは、どうなったのかしら……」
「戻ったんでしょう。彼女の元いた時間に。
 大丈夫よ。結局は彼女の帳尻を、私が合わせればいいだけだから……」

 『この島は時間の軸がひどく捻じれてて』と、あのまどかは言っていた。
 それはほむら自身も薄々知覚はしていた事象だ。
 恐らく、円環の理としての魔力を失ったまどかは、その捻れから弾き出され、もとの時間に帰っていったのだろう。

 鹿目まどかも恐らく無事なのだというその推測を聞いて、巴マミは胸を撫でおろす。
 ほむらに、彼女の赤いセルフレームのメガネを拾って手渡しながら、マミは力強く意気込んだ。


「それだけじゃないわ。今度は暁美さんがそんな役割を負わなくても、絶望は晴らせると、証明できたんですもの。
 魔女は、魔法少女に戻ることができる……! 彼女たちを絶望から救い上げることは、できるんだわ……!」
「そうかしら」

 しかし先ほどまどかに切った啖呵とは対照的な冷笑で、ほむらは呟く。
 その冷笑は、『円環の理の帳尻を合わせることと、魔女を魔法少女に戻すことは違う』と語っていた。
 マミは首を傾げる。


「あなただって魔女から、戻ってきたんじゃない」
「私の場合は、溜め込んだ因果があったから……。まどかのためを想い、何度も何度も時間を繰り返してきた結果が、糸巻きのように私の愛を紡いでいてくれたから……」

 現実的に考えて、現状の魔女が魔法少女に戻るなど、極めて低い偶然の一欠片でしかないのだ。
 リスクリターンが全く釣り合わない。
 ほむらが見ている現実は、そんな人情で回っていくような、優しく愚かな世界では決してない。
 そうして現実を見つめる自分自身を客観視しながら、やはりほむらにはふつふつと、どうしようもない自分自身への侮蔑の念が湧いてくる。


「……でもそうね、確かに今の私は、魔女ですらない。あの神にも等しく聖なるものを貶めて、蝕んでしまったんだもの」

 そして彼女はニヒルに笑う。

「そんな真似ができる存在は、もう、悪魔とでも呼ぶしかないんじゃないかしら?」

 だが本当は、最初の最初に目撃したものを、強い意志を持って観察し続けるなら、それは何の変化も示さず、最初の姿を維持するはずなのだ。
 途中で現れるミスリードの工作に従ってしまえば、それは一瞬で別の姿に変わってしまうだけで。

 巴マミは、初めから暁美ほむらを見ていた。
 彼女の冷笑と自責からくる侮蔑など、涼しく聞き流して笑うだけだ。


 そして意志を貫徹し、事実を知ったあなたに、周囲の人はこう言うのだ。

「え? 何言ってるの? ぜんぜん違うじゃない」


    〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆


「あなたも、神様でしょう。ちょっと厳しいけれど、いつでも理知的で気高く、思いやりに満ちた神様。
 そうね……、まるで、軍神アテーナーのような」
「随分と買いかぶってくれるじゃない。こんな私を……」


 巴マミは、平然とそんなことを言ってのけた。

 彼女の使う魔術でもある『アイギスの鏡』は、この軍神アテーナーの持つ山羊革楯であるアイギスから名前をとっている。
 アテーナーの信仰で、学者は啓示を、裁判官は明晰を求め、軍人は戦術を磨こうと祈りを捧げたと言われる。
 お世辞でも何でもなく、巴マミは今の暁美ほむらに、それだけの敬意を持っていた。
 暁美ほむらの冷静な采配と判断がなければ、彼女たちはとてもここまで辿り着けず、もっと早い段階で全滅してしまっていたに違いない。
 それはきっと、ここで死んでしまっているナイトヒグマや碇シンジ、そして球磨も、強く同意するに違いないことだった。


「……あとね、暁美さん。愛は、そんなに特別な感情じゃ、ないと思うわ。
 あなたが愛しているのは、鹿目さんだけ?」

 それは、球磨がほむらに語りかけていた、言葉でもあった。


「私は、愛しているわ、大好きだわ。暁美さん、あなたのことも。
 こうして話していられる私自身のことも。
 私に微笑みかけてくれた、あらゆる人のことも――」

 巴マミはそうして、両の手に片太刀バサミと球磨茶を携えたまま、ピルエットのように回った。
 その姿は、夕日の光を受けて、様々な陰影をほむらの網膜に翻した。
 纏流子の。
 球磨の。
 デビルヒグマの。
 そして何人もの、今までほむらが辿ってきた分岐に住んだ声なき者たちの姿が、それに重なった。
 全ての者が手向けてくれた様々な形の愛が、暁美ほむらの胸を打って迫る。

 月下の花が、暁美ほむらを咲くようだった。
 思う間に在った未来のどこかで、仮説さえされぬままに生きた己や友の可能性を胸に、彼女は俯く。
 微笑むマミに顔を見られないように、ほむらはそっと後ろを向いた。


「……私は、嫌いよ」
「え!?」
「――素直になれない、私自身のことがね」


 愛しているのか。
 その問いに、ほむらははっきりとは答えなかった。
 球磨やマミに向けている感情を、愛と言ってしまっていいのか、一瞬迷った。
 この屈折した自己嫌悪がそう簡単に治るとも思えない。
 彼女たちを愛していると、こんな自分が言ってしまっていいのかわからない。
 口を開けば浮かぶのは、自分に対する冷ややかな嘲笑ばかりだ。

 それでも、そんなことはどうでもよかった。
 その感情を愛とか友情とか名付けなくとも、それはありのまま彼女の魂に積み重なり、その力をもたらしてくれている。

 自分を想ってくれている者たちへ、ほむらはそんな感情を抱いている。
 まどかに向けている感情が、もっともっと強いだけだろう。
 それが愛なら、愛で良い。
 それが希望よりも強く、絶望よりも深い感情だ。
 何も特別なことはない。それはきっと、全ての人が心の奥底に持つ、根源の力なのだろうから。


「でも、ありがとう、マミさん。確かに今の私は、記憶から来た軍神だわ。
 私を覚えていてくれた愛が、連れ戻してくれた存在……」


 ほむらはそのまま歩んで、地に倒れた球磨の肉体の元に屈み込んだ。
 機銃に撃たれ、命を失った彼女の存在を、しかしほむらは、しっかりと側に感じている。
 彼女の背負う艤装を、ほむらはゆっくりと一つ一つ取り外す。
 そしてそれはほむらの手に、昔から使い込んでいた愛用の武装のように馴染んだ。

 ほむらの傍らには、球磨の記憶が、佇んでいるようだった。
 彼女の歴史が、戦いが、全て暁美ほむらに蓄積され、憑依されているかのようだ。
 巴マミによって届けられた球磨の記憶は、しっかりとほむらの胸に息づいている。
 それは有りもせぬ、連綿と憑依する円環の力だ。


 今ならば、戦える。
 どんな鉄火の中でも戦友の光となり、道を切り拓いてきた先人・軍神たちが、球磨の記憶の中で、ほむらの脳裏にはっきりと思い起こされるのだ。

 『円環の理』と呼ばれていた鹿目まどかの有していた魔力とそれに伴う因果は、ほむらの予想を遥かに上回っていた。
 少し行使し過ぎてしまえば、途端に世界の条理から変えてしまいそうな感覚さえある、重すぎる力。
 それは、使い方を誤れば自分の身や愛する者までも破壊しかねないものだろう。
 この力とそれに伴う責任が把握できるまで、魔法は間違いなく使えない。無意識下からそう拒んでしまうほどだ。
 それこそ、戦時下で物資や人員の適切な按分を思い、戦況と敵情の推移を冷静に鑑みる、将校や提督の如き行動が必要とされるだろう。

 それでも、彼女は十分すぎるほどの魔力を得た。
 彼女の全身には、見れば入れ墨のように真っ黒な令呪の刻印が踊っている。
 それはほむらが今までに何度も何度も繰り返してきた世界の因果が紡いだ、魔力と思いの結晶だ。
 この島の人々を救い、円環の理の代行者としての責務を遂行することも、そうして軍神として進むイメージの中では、間違いなく可能だと思えた。


 ――もはや自分は、魔法少女ではない。
 ――魔法軍人、魔法艦長、魔法将校、何とでも呼べばいい。
 ――自分は、記憶から来た軍神だ。

 その決意と共に、ほむらは変身する。
 ダークオーブはイヤーカフのように変形し、裸体だった彼女は黒いワンピースの喪服を纏う。

 ほむらはその上に、真っ白なベールを羽織る。
 それは翼のようにも、また海軍の士官が纏う第二種軍服のようにも見えた。
 後ろを向いたまま、目元を強く、強く拭う。
 赤縁の眼鏡をかけ直し、そして彼女は宣言する。


「球磨……、あなたの心は、魂はここにある。
 確かに私たちは、また会える。
 ……銃後の者、みな連れて帰るわ。私が守る者はもう誰一人……、落とさない」

 胸に差し込んだディスクは、暁美ほむらの傍らでくるくると回り、笑った。
 もう、壊れたレコードの針飛びはない。
 その円環は初めに戻るのではなく、螺旋を描いて広がり高まってゆく。
 球磨の遺体を抱え上げるほむらの背中が、夕日に燃え立っている。

 そんな頼もしい先輩であり、もがき続ける後輩でもあるほむらの決意の背中を、巴マミは静かに見守った。


「……そうでしょう? こうして進んでいられればきっと、もう何も怖くない」


 衛宮切嗣が描き、球磨が描き、巴マミが描き繋いできた展開図。
 その連綿と憑依する物語を、今度は暁美ほむらが紡ぐ番だ。
 あの東の威光の中に見えた道は、もう謎の比喩を終えて、伸びているのだ。

 それは初めからいる忘れられた人であり。
 初めからない知り尽くした日々だった。


 ――積みっぱなしの荷物、また増やしちゃったみたいクマ? ばってん、それでこそほむらだクマ。
 ――球磨が粉骨砕身できる、軍神の艦長さんだクマ。

 記憶の、淡い船が背中を押す。
 拭ったはずなのに、ほむらの頬を、熱いものが伝った。
 経年劣化した涙腺の記憶まで身につかなくてもいいのに――。ほむらはそう思って、口元を歪める。

 声の震えを精一杯抑えて、ほむらは声を張った。


「……何悠長なこと言ってるの。私は人使いが荒いの。死体はすぐに捕食者を呼び寄せるんだから……。
 御託並べてる暇があったら、さっさと手伝いなさい!!」
「ええ、もちろんよ!」

 ほむらは振り向いてマミに指示を出しながら、令呪のような、翼のような異空間の黒の中に、球磨の遺体を沈めてゆく。
 それはかつて彼女の盾の中に広がっていた、あの結界のような空間だ。
 マミと共に、碇シンジとナイトヒグマの遺体もその中に仕舞っていると、彼女たちの足元から声が立つ。


「下から、声がするわ、マミ! まだ診療所に生存者がいる! あんたらの仲間でしょ?」
「本当!? ゴーレムさん!?」

 それは、ほむらたちの再会場面を去って、一足先に崩壊した診療所の様子を見に降りていた、ゴーレム提督だった。
 地面から染み出してきた彼女の泥の頭部を、ほむらはまじまじと見やる。
 ゴーレム提督は、いささか血色が悪く表情の読めない彼女の視線に、ばつが悪そうにたじろいだ。


「な、何よ、何か言いたいことがあるわけ?」
「――ええ。ありがとう。あなたが私たちを助けてくれた分、きちんと感謝を、返すわ」


 黒いワンピースの喪服と、第二種軍服のような白い羽織を翻した彼女の声音と仕草に、ゴーレム提督は思わずドキリとする。
 それはまるで、彼女たち艦これ勢が憧れた、艦娘と提督の、輝く凛々しさそのものだった。


「さあ、亡くした者たちの想いを拾い集めたら。
 すぐにジャンと、凛を、迎えに行くわよ――! 彼岸ではなく、この此岸にね!」


 日が傾き、その光を薄い月に明け渡し始めた空の下で、軍神たちはその分隊をすくいあげるために、また地下への道を辿った。


【C-6 総合病院跡地/夕方】


【暁美ほむら@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:記憶から来た軍神
装備:球磨の記憶DISC@ジョジョの奇妙な冒険・艦隊これくしょん、自分の眼鏡、ダークオーブ@魔法少女まどか☆マギカ、令呪(無数)
道具:球磨のデイパック(14cm単装砲(弾薬残り極少)、61cm四連装酸素魚雷(弾薬なし)、13号対空電探、双眼鏡、基本支給品、ほむらのゴルフクラブ@魔法少女まどか☆マギカ、超高輝度ウルトラサイリウム×27本、なんず省電力トランシーバー(アイセットマイク付)、衛宮切嗣の犬歯)、89式5.56mm小銃(0/0、バイポッド付き)、MkII手榴弾×6、切嗣の手帳、89式5.56mm小銃の弾倉(22/30)、球磨の遺体、碇シンジの遺体、ナイトヒグマの遺体
基本思考:まどかを、そして愛した者たちを守る自分でありたい
0:ジャンと凛を! 取り残された人たちを助ける!
1:ありがとう、巴マミ。そして、私を押してくれた全ての者たち……。
2:まどか、ありがとう……。今度こそ私は、あなたを守るわ。
3:他者を救い、指揮して、速やかに会場からの脱出を図る。
4:ゆくゆくは『円環の理』の力を食らった代行者として、全ての者が助け合い絶望せずに済むシステムを構築する。
[備考]
※ほぼ、時間遡行を行なった直後の日時からの参戦です。
※島内に充満する地脈の魔力を、衛宮切嗣の情報から吸収することに成功しました。
※『時間超頻(クロックアップ)』・『時間降頻(クロックダウン)』@魔法少女まどか☆マギカポータブルを習得しました。
※『時間超頻・周期発動(クロックアップ・サイクルエンジン)』で、自分の肉体を再生させる魔法を習得しました。
※円環の理の因果と魔力を根こそぎ喰らいましたが、円環の理由来の魔法・魔力は、まだその効力を制御できないため使用できません。
※贖罪の念から魔法少女としての衣装が喪服/軍服に変わってしまったため、武器や魔法の性質が大きく変わっている可能性があります。
※魔女・魔法少女としての結界を、翼のように外部に展開することができます。


穴持たず506・ゴーレム提督@ヒグマ帝国】
状態:疲労、『第十かんこ連隊』隊員(潜水勢)、元医療班
装備:なし
道具:泥状の肉体
[思考・状況]
基本思考:艦これ勢に潜伏しつつ、知り合いだけは逃がす。
0:これが、私たちの憧れた『深き力』なのね……。
1:艦これの装備と仲間を利用しつつ、取り敢えず知り合い以外の者は皮だけにする。
2:邪魔なヒグマや人間や艦娘は、内側から喰って皮だけにする。
3:暫くの間はモノクマや艦これ勢に同調したフリと潜伏を続ける。
4:とにかく生存者を早く助けなきゃ!
※泥状の不定形の肉体を持っており、これにより方々の物に体を伸ばして操作したり、皮の中に入って別人のように振る舞ったりすることができます。
※ヒグマ帝国の紡績業や服飾関係の充実は、だいたい彼女のおかげです。


【巴マミ@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:ずぶ濡れ
装備:ソウルジェム(魔力Full)、省電力トランシーバーの片割れ、令呪(残りなし)
道具:基本支給品(食料半分消費)、流子の片太刀バサミ@キルラキル、流子のデイパック(基本支給品、ナイトヒグマの鎧、ヒグマサムネ)、人吉球磨茶白折入りの魔法瓶
基本思考:正義を、信じる
0:あなたについていくわ、暁美さん。
1:殺し、殺される以外の解決策を。
2:誰かと繋がっていたい。
3:みんな、私のためにありがとう。今度は、私が助ける番。
4:暁美さんにも、寄り添わせてもらいたい。
5:ごめんなさい凛さん……。次はもう、こんな轍は踏まないわ。
6:デビル、纏さん、球磨さん、碇くん……、あなたたちにもらった正義を、私は進みます。
※支給品の【キュウべえ@魔法少女まどか☆マギカ】はヒグマンに食われました。
※魔法少女の真実を知りました。
※『フィラーレ・アグッツォ(鋭利な糸)』(魔法少女まどか☆マギカ~The different story~)の使用を解禁しました。
※『レガーレ・メ・ステッソ(自浄自縛)』(劇場版 魔法少女まどか☆マギカ~叛逆の物語~で使用していた技法のさらに強化版)を習得しました。
※魔女化は元に戻せるのだという確信を得ました。


    〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆


 そんな彼女たちの姿を、どこでもないあったはずの場所から、見守る者たちがいた。

『……助かったクマ。磯間様の御厚意には感謝してもしきれんクマ。
 ここに辿り着いた球磨に、体まで貸してくれて……』

 淡い船が、達成感に満ちた声で呟く。
 船は、曖昧な輪郭の自分自身の姿に、感謝を述べていた。


『ほむらも、マミちゃんもまどかちゃんも、辿り着いた者全てが幸福になれたクマ』


 淡い船が、そこから去り際に、隣の少年へと声をかける。

『おう、お前は良かったのかクマ? ほむらに連れて行ってもらわなくて』

 存在しない少年はその問いを受け、手を叩いて笑う。


『――It's all fiction!』
『ほらね、やっぱり思った通りだったろう?』
『初めから僕なんかいなくても、彼女たちは自分の力で、自分を取り戻せたんだ』
『僕がいなくても、歴史はその裂け目を彼女たちの力で縫い閉じた』
『そんなものさ。円環の理さんがいなくたって似たようなもの。なべて世は事も無し、だ』

 己の存在と引き換えに、そんな世界を縫い上げた針仕事の少年は、曖昧な表情の船へ、付け加えて言った。


『……この島じゃいつだって、僕らは死と隣り合わせで、生きていた証拠さえ残せるか危うかった』
『そんな中、こうして女の子のために消えられた僕は、残念ながら幸せだ――』

 初めからそこにいた忘れられた友は、そうして声なき微笑みを浮かべ、去った。


『……そうか。見上げた男だクマ。その名前も、球磨に明け渡してくれたわけだしな』

 己の姿も存在も、名前すらも、後腐れなくこの世界に返却したその少年に、淡い船は一言餞別に、声なき声を投げた。


『じゃあな。みそくん』


 何者でもない曖昧なクマがひとり、そんな声なき亡霊たちのやりとりをどこでもない場所で見つめていた。
 その島の所有者たる穴持たず50・イソマは、そんな力強い意志たちに触れられ、この場所と自分の存在を貸し出せたことを嬉しく、微笑ましく思いながら、また、この島の行く末を夢見る。


『ああ、運命も絶望も、困難も諦めも食らいつくす強い思い……。
 そんなものが、この島には求められているんじゃないか?』


 すぐ近くに、少女の強い想いたちが舞っている。
 島は晴れ晴れとした空に、彼女たちと一緒に広がった唯一無辺を思い出すのだった。


【HIGUMA製造調整所・複製(四元数環)/夕方】


【穴持たず50(イソマ)】
状態:仮の肉体
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ヒグマの起源と道程を見つけるため、『実験』の結果を断行する
0:ヒグマ帝国の者には『実験』を公正に進めてもらう。
1:余程のことがない限り、地上では二重盲検としてヒグマにも人間にも自然に行動してもらう。
2:『実験』環境の整備に貢献してくれたものには、何かしらの褒賞を与える。
3:『例の者』から身を隠す。
4:全ての同胞が納得した『果て』の答えに従う。
5:シロクマさん。気付きたまえ。きみがお兄様を手に入れるためには、何が必要なのかを……。
6:……『彼の者』の名前は、江ノ島盾子というんだな? ありがとう、シロクマさん。
7:ぼくも貴重な体験と希望を垣間見ることができて、感謝だよ、球磨さん。
[備考]
※自己を含むあらゆる存在を、同じ数・同じ種類の素材を持った、別の構造物・異性体に組み替えることができます。
※ある構造物を正確に複製することもできますが、その場合も、複製物はラセミ体などでない限り、鏡像異性体などの、厳密には異なるものとなります。
※ヒグマ島の聖杯の器です。7騎のサーヴァントの魂を内包すれば、願望器としての力を発揮できます。
※現在5騎のサーヴァントの魂を内包しています。現実世界に出た場合、もはや自我を保つことはできません。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2016年12月14日 14:17