音が、聞こえない。
 戦いが終わったのか。
 世界は死に絶えたのか。

「どうして……、こんなことに……」

 呟いても、もはやその問いに答える者はいない。

 崩れた診療所の壁と天井との間に挟まれた、わずかなベッドの上の空間に、じわじわと寂しさが入り込んでくる。
 膝を抱えて触れる指先が、冷たく痺れる。

 隣にあるのは、ジャンさんの死体だ。
 毛布にくるまり、裸で二人暖めあっていたのは、いったいどれほど遠い過去のことになってしまったのだろうか。
 心臓マッサージをし続けて感覚がなくなった指に、冷たさが戻ってきたのは、いったいいつだっただろうか。
 いったいいつからいつまで、星空凛はこうして一人で、膝を抱えてすすり泣いていればいいのだろうか。

「わかんない……。わかんないにゃ……。もうどうすればいいのかわかんないよ、ジャンさん……」

 幻のように熱が過ぎ去り、時がたってもなお、凛の思考はぐちゃぐちゃだった。
 冷え切ってしまったラーメンのように、凛の脳味噌はもう、固まった脂と伸びきった小麦粉が浮くだけのただの煮凝りだ。

 裸の凛はそうして膝に顔を埋めたまま、毛布を抱き寄せて咽ぶ。
 ジャンさんは答えない。
 傷だらけの、痣だらけのジャンさんは、凛を助けて、一人残したまま、凛に気づかれないほどに静かに、死んでしまっていた。
 なんでジャンさんは死んでしまったのだろうか。どういう思いだったのだろうか。
 一体どれだけ、痛かったのだろうか。苦しかったのだろうか。
 凛はその辛さを、少しでも和らげられたのだろうか。

 凛には何も、わからない。

 狭くて暗い、一人きりの冷たく寒い空間は、とても怖かった。
 何も聞こえない、何も見えない無音の闇が、恐ろしくて仕方ない。
 二人でいたさっきまでは、そんなことは全く感じなかったのに。
 まるでこの闇が、未来などない凛たちのこの先を暗示しているようで。
 いったい何のために自分たちは生まれてきたのか。
 それさえわからなくなる。

「教えてよ、ジャンさん……。
 大好きで、大好きだったのに。一生懸命に、全力を出し尽くして頑張ったのに。
 それでも届かなかったら、どうすればいいのにゃ……?
 それでも掴めなかった夢はもう、幻みたいに消えるしかないの……?」

 『人の夢と書いて、儚いと読む』。
 嗚咽と一緒にバカみたいな漢字の成り立ちが煮凝りのラーメンの下から思い浮かんできて、反吐が出そうになる。
 そりゃあ、歴史上の人々はみんな夢が叶ったり叶わなかったり、叶ったことにも気づかなかったりする間に消えていったのだろう。
 大きすぎる時間の流れに飲まれて、春の夜の夢のごとく、次の世代の人には彼らの物語など伝わることがない。
 どうせいつかは離ればなれになってしまう定め。
 出会いと別れを繰り返す川の、そのさらに細い支流の中で、凛たちの存在はただ散り散りの水飛沫の一滴に過ぎない。
 晨に死に、夕べに生まるる習い。ただ水の泡にも似たような――。

 ――そんな字面だけの無常感なんて、死んでしまえ。

「凛が欲しかったのは、ジャンさんにゃ……。ジャンさんの笑顔にゃ……。みんなの笑顔にゃ……。
 たったそれだけのことだったのに、なんで届かないにゃ……。
 ねえ、ジャンさん……」

 空は今、何色なのか。
 きっともう外は夜で、この真っ暗な、ジャンさんの死に顔も見えない地下と同じ、悲しい闇の色をしているに違いない。
 凛はそうして、届かなかったジャンさんの命をたぐるように手を伸ばす。
 そして彼の遺した、思いの一つを手に取ろうとする。

 それは一振りの、刃だ。

「……凛も死ねば、ジャンさんのところに、届くかな……」

 立体機動装置についていた超硬質ブレード。
 その鋭利な切っ先で、凛は自分の喉を、掻き切る。

    ≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠

 と、そう思っていた。
 でも、ベッドの上をまさぐる凛の手に触れたのは、そんな逃げ道ではなかった。

「これ……、サイリウム……」

 伸ばした手に触れたのは、半開きのデイパックと、そこから覗いている細い棒だった。
 手にとってみれば、それは確かに、凛に支給され、ジャンさんや球磨っちたちに配っていたサイリウムだった。

『リン……。オレがいなくなっても、ちゃんと生き延びろよ。
 オレが今言ったことを思い出して、アケミたちと、絶対に生き残れ……』

 煮凝りの頭に、そんな声が響いた。
 あの時ジャンさんは、確かにそう言ったはずだ。
 生き延びろと。
 絶対に生き残れと。

「そう……、か……。駄目かにゃ。まだ凛はジャンさんのところに行っちゃ……。
 この世がうたかたでも、夢でも。まだ……、まだ駄目なんだにゃ……?」

 ぼたぼたと、手に熱い滴がこぼれた。
 凛はそのまま、その小さな棒を真ん中から折る。
 その瞬間、滲んだ視界に、閃光のような衝撃が飛び込む。

 闇に慣れた神経に、超高輝度ウルトラサイリウムの光は、あまりに眩しかった。
 それは昔、ずっと遙か遠くになってしまったような昔、確かに凛のものだった光だ。
 何度も全力を振り絞ったライブの会場で、凛たちのために振られていた光の一つだ。

 小さな、それでも目に痛いほど飛び込んでくる、黄色い光。
 こんなちっぽけな光では、この闇を消すには足りない。
 こんなサイリウム一本では、凛たちの未来は照らせない。
 一曲分5分しか持たない、こんな光では。
 それでも。

「……ああそれでもこの光で、ジャンさんの顔は、見れるにゃ」

    ≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠

 そして彼は、笑っていた。
 本当にただ眠っているだけのように、鼓動も呼吸も聞こえない彼は、ベッドの上に安らかに横たわっている。
 休日のお父さんのような、幸せと充足感に満ちた笑顔で。

「何が……、そんなに嬉しかったにゃ? こんなお先真っ暗なところで。
 凛が生きてたことが? 自分が死んでも? ほむほむが本当に助けに来るかもわからないのに?」

 そんなジャンさんの顔を見たら、却って悲しみが突き上げてきた。
 理不尽な現実がはっきりと目の前に示されたようで、叫びだしたいほどの衝動に駆られる。

「ズルいにゃ!! ジャンさんはズルいにゃ!! 凛にこんなに恋をさせて、なんで一人で先にイけちゃうにゃ!!
 凛だってずっと、ずっとジャンさんと、一緒にいきたかったのに!!」

 胸の、電気を浴びた傷が、しくしくと痛んだ。
 振り下ろした拳が、ジャンさんのそばでベッドのマットをたたいた。

 この外の無音は確実に、戦いの終わりを示している。
 それはつまり、そこで戦っていた人たちの誰かが、どちらかが、死んだということだ。
 凛が歌っていた応援歌など、届くことはなかった。
 届くわけもなかったのだ。
 それはきっと、このジャンさんが、凛の気を紛らわせ、そして自分の死を気取られないようにするために画策した、最期の配慮でしかなかったのだろうから。

 その死んだ者たちの中に、ほむほむや、球磨っちが入っているかもしれない。
 その可能性は、とても高い。
 ならばこの先に待っているのは、はっきりとした死と絶望だけだ。
 悔しさに、やるせなさに、何度もベッドを叩く。

「……なんで何もわからず眠っている間に、ジャンさんやみんなと一緒にイかせてくれなかったにゃ!?
 ほむほむだって、球磨っちだって、きっともうみんなイっちゃって……」

 その時、バラバラと何かが溢れる音がした。
 黄色の淡い光の中で目をやった先には、あの開きかけの、ジャンさんのデイパックがあった。
 溢れ出ていたのは、大量のサイリウム。
 それはまるで、凛を照らす光が、まだこの先もあるのだと言わんばかりの多さだった。

「……そう。そこまで、いうのか、にゃ」

 60本詰めの大袋を、確かほぼ半々にしていたのだ。多いのは当然だ。
 それでも、今まで胸を占めていたやり場のない憤りのようなものは、静かにその勢いを鎮めていた。

 最初はたった一本の、ほんの少ししかあたりを照らすことのできぬ弱い光だった。
 でも、そんな幻想のような光に、ついてきてくれた、応援してくれた人は沢山いる。
 数多くの人が、確かに凛の声を、姿を、生き様を求めている。

 まるでマッチ売りの少女だけど。
 それでもこの光が続くまでは、凛はきっとこの先を見据えていける。
 ジャンさんの、人々の思いを、背負っていける。そんな気がする。

 先が見えなくとも、助けの可能性が信じられなくとも、ひたすらに、ひたむきにバカみたいに頑張り続ける。
 その姿勢こそがきっと、みんなに応援してもらったアイドルとしてのあり方だ。
 この沢山のサイリウムは、凛にそんなアイドルを、ほんの一時だけでも取り戻させてくれるのかも知れない。

「ならこれは、凛の……、光」

 崩れ落ちている診療所の壁際に、凛はその黄色のサイリウムを立てかける。
 それは凛のイメージカラーだ。
 本当はターコイズだったけれど、絵里ちゃんや海未ちゃんと紛らわしいから変更されたという、歴史と仲間を背負った色だ。

「これはほむほむの。これは球磨っちの。ジャンさんの……」

 紫、橙、赤。
 色とりどりのサイリウムを手折り、暗い地下に光を灯してゆく。
 狭く暗かったベッドの上が、夢のような、ネオンのような色合いに照らされる。
 本当にジャンさんと、ふたり幸せな時を過ごしているような。
 そんな気持ちにさせてくれる。

「あと、いっしょにいたみんなのも……」

 そして巴マミ、碇シンジ、デビルヒグマ、纏流子――。
 あと誰がいただろうか。

 全員の代わりになるようにと、サイリウムを手に取り数えていく。
 自分たちは確か、地下でヒグマに襲われる前、9名で行動していたはずだ。
 ほむら、球磨、自分、ジャン、マミ、シンジ、デビル、流子。
 しかし、数えていっても8名しか出てこない。

「あれ……、あれ……?」

 必死に記憶をたどっても、気絶する前の曖昧な記憶の中に、9人目の顔は無い。
 その者がどんな名前で、何をしていたのか、全く思い出せない。

「なんで……?」

 大切な仲間だっただろうはずなのに、少し前まで一緒にいたはずなのに。
 なぜこんな簡単に、きれいさっぱりと、自分はその人物のことを忘れ去ってしまっているのか。
 信じられなかった。

 その忘却の事実は、恐ろしい寒気となって背中にとりつく。
 凛は、微かなサイリウムの光の中で、愕然と膝をついた。

    ≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠

 ニューヨークで公演もした。『ラブライブ!』で優勝もした。声優としてゲームに出演させてもらったりもした。
 そしてμ’sは、どうなる?
 決めていたことだ。スクールアイドルをやめるということは。
 この一年の集大成は、既に遂げられていたはずだ。

 ただのアマチュアだった身から、ただの高1だった身で、何にも本気を出せていなかった身が、よくやったものだとは思う。
 でもこの後、星空凛は、どうなる?
 こんなクマだらけの島に攫われて、心だけ逸り、届かない現実に嘆いて。
 思い知らされた。自分がただの何もできぬ小娘だということを。

 ほむほむの腕に。
 マミちゃんの身に。
 ジャンさんの胸に。
 凛は奔り、猛り、みんなを助けようともがいて、結局助けられたのはいつも自分ばかりだった。
 そんな足手まといの自分を、一体誰が覚えているのか。

「凛たちも、忘れちゃうのかな……、忘れられちゃうのかな……?
 そんなの、いやだにゃ……」

 仲間を忘れてしまっていることは、つまり、凛も仲間に忘れられている。
 そんなことを示すに違いない。

 見つけてもらおうと、暗い、暗い地下で、こうして光を灯す行為も、まるっきり無駄なのではないか。
 そんな寒気が、背中を這い上がってくる。

「いやだにゃ……。生きたい……、生きていたいにゃ……」

 本当は、死ぬ勇気すらない。凛はただ助けを待つ間の不安と恐怖を消そうと、光にすがっているだけだ。
 無様だ。
 無様で薄情で弱くてズルい。凛はそんな女だった。

 この胸に浴びた電撃のせいか?
 凛はなんで、こんなにも簡単に人を忘れられてしまったのか。
 ライブに来てくれたファンたちの顔は、確かに覚えているはずなのに。

「あの水の中に囚われていたのは、誰だったのにゃ――?」

 水球のようなヒグマの中に、誰かが、何かが囚われていたことだけは、凛の朦朧とした記憶にも残っている。
 それが足枷となり、みんなの動きを乱した。
 そしてその戦いの末に、凛は足手まといのまま、胸に電撃を受けて気絶した。

 ああ、音ノ木坂のみんなに会いたい。
 ああ、その音ノ木坂のみんなすら、自分は忘れて仕舞うのかもしれない。

 自分は忘却するのだ。忘却されていくのだ。
 人一人の記憶なんてその程度だ。
 アイドルだろうが訓練兵だろうが、自分たちはそんなちっぽけな水飛沫の一滴にすぎないのだから。

 悲しくて、もう、すすり泣くことしかできない。
 その眼下の光の下で、ゆっくりと、水が退いてゆくのがわかった。

「……!?」

 呆然と顔を上げれば、4本のサイリウムの光の中で、ベッドの下に迫っていた水面が、確かにその水位を下げて消えてゆく。
 そしてその代わりに、四方の壁や地面から、僅かずつ見えてくるものがあった。

「何……、この根っこ……!?」

 壁のコンクリートを砕きつつ現れたのは、木の枝か根のようにしか見えない、茶色い植物だった。
 そして、わけもわからぬ凛の前で、うねうねとしたその植物たちはベッド上のジャンさんや凛に迫ってくる。
 唐突に凛の頭には、悲しみを弾き飛ばすほどの恐怖心が戻ってきた。

「――ひっ、ジャンさんは肥料じゃないにゃ!! 近寄るな! 近寄らないで!!」

 凛は慌てて、横たわるジャンさんの体を抱き寄せる。
 根なのか枝なのかわからない。
 しかしその植物はゆっくりと、着実に地中から溢れて広がってくる。
 捕食者の動き、とでも言えばいいのか。その木々の動きは、何か餌や養分を求めているもののように見えてしかたがなかった。
 その餌はきっと、間違いなく、この場に凛とジャンさんしかいない。
 その先に思い浮かぶ死は、このまま地下に閉じこめられて窒息や餓死を待つことよりも、遙かに恐ろしいものに思えた。

 ぎゅっと目をつむって、凛は叫んだ。

「こんなとこで、こんなとこでッ……!
 訳も解らないまま訳も解らない根っこに吸われて死ぬなんて、そんなの、ごめんだにゃ――!!」

 忘れたくない。忘れられたくない。
 ああ、そうだ。
 人の記憶は余りにも曖昧で、ついさっきまで隣にいた仲間のたったひとりを覚えていることすらままならない。
 だからこそ、覚えていたいのだ。その記憶を世界に刻みたいのだ。
 それは人間の身勝手なエゴで、熱い思いの籠った愛で、そんな意識と涙を溶かし込み流れる歴史の体液だ。

 大切な人々と過ごした一瞬の思い出が、時のうねりに飲み込まれる前に。
 例え赤く染まった大海原の中でも、そのちっぽけな存在を見つけ出せるように。
 人は生きて、生かしたいのだ。

「――穂乃果ちゃん、海未ちゃん、ことりちゃん、かよちん、真姫ちゃん、ニコちゃん、絵里ちゃん、希ちゃん……いや、ノンちゃん!」

 オレンジ、ディープブルー、ホワイト、グリーン、レッド、ピンク、パステルブルー、パープル。
 凛は次々とサイリウムを折った。
 そして蔓延り寄り来る枝を阻む柵のように、いつもライブ前に息を合わせた円陣のように、凛はその光たちを周りに並べる。

『……頑張れよ、リン』

 歌っていた曲の途中で、そう、ジャンさんは呟いていたような気がした。それがジャンさんの最期の言葉だった。

 本当はわかってる。ジャンさんはズルくなんてない。
 ジャンさんは必死に頑張っていた。頑張って頑張って、全力と、全生命を振り絞って、凛にたくさんのモノを託していた。
 先が見えなくとも、助けの可能性が信じられなくとも、ひたすらに、ひたむきにバカみたいに頑張り続ける。
 その姿勢こそがきっと、みんなに応援してもらったアイドルとしてのあり方だ。
 そのジャンさんの言葉は、凛の背中を、そんなアイドルへと押すためのものだ。

 ――ああ、ジャンさんの推しメンは、明らかに、凛だ!

 手をおなかにやる。そしてゆっくりと包帯を巻いた胸に持ち上げてゆく。
 ジャンさんの温もりは、確かにそこにあった。
 心臓の前に刻まれた、シダのような火傷の痛みは、ジャンさんに守ってもらった命の存在を示す、確かな微熱だ。

 凛は、きっとあの時一度死んだのだ。
 あの水球に囚われ、電撃によって殺されたのは、凛の心臓だ。
 無様で薄情で弱くてズルい、かつての凛の心と記憶だ。

 そしてジャンさんによって今、凛は9人目の者として新たな命を吹き込まれ、託されたのだ。
 この命は、ジャンさんのために、凛を応援してくれた全ての人のためにあるのだ。

 凛は敬礼のように、誓いのように、その右手を握りしめ、強く胸の傷に押し当てた。

「凛は、心を捧げるにゃ……! ジャンさんに、そして応援してくれた全ての人たちに……!」

 まだ凛は死んでない。
 ジャンさんを覚えているこの世界は、死んでいない。
 まだ終わりじゃない。
 全てが失われる、それまでは。

 明日はある。きっとある。
 世界に生を刻む明日は、今自分たちが、切り拓いてゆくから。

 明りは、十分だ。
 武器は、ある。
 使い方は、教えてもらった。
 ああ、ジャンさんがその命に代えて、凛に託してくれた――!

 腕に刺さっていた点滴の管を、引き抜いた。
 手に取るのは、ベッドの脇に置いていたジャンさんの服だ。
 そしてその、立体機動装置だ。
 ジャンさんの言葉が、彼に吹き込まれた記憶と経験が、凛にその武器を纏わせる。

「凛は忘れない! 忘れたくないから、死なない!
 またみんなに会うから! みんなを笑顔にさせるから! それが、アイドルにゃ!!」

 凛は刻む。
 世界にその存在を刻む。
 その方法は、武器は、既に凛が手にしていたものだ。

 凛は迫る木々の根の前に、超硬質ブレードと、省電力トランシーバーに付属していた手ぶら拡声器を構えていた。

「さあ、聞いてください! μ’sの星空凛で、『僕たちはひとつの光』!!」

 世界に響け。
 みんなに届け。
 地上に。島中に。日本全土に。
 ほむほむに。球磨っちに。ジャンさんに。
 音ノ木坂のみんなに。
 志をひとつにする全ての仲間たちに。

 瓦礫の中に埋もれた、小さな鼓笛の音だけれど。
 凛は、凛たちは、出発点が違うだけのただひとつのフレーズを、鳴らし続けているから――!!

    ≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠

 その時、星空凛たちが閉ざされている空間の直上には、3つの息づかいがあった。
 崩落した診療所、その2・3階部分に、彼女たちはいる。

「まぁ満足そうな顔しやがって、デーモン……。そんなにあの子たちの『深き力』は良かった?
 ……あんたには山ほど言ってやりたい文句あったんだけど、忘れちゃったわ」

 そのひとり、穴持たず506・ゴーレム提督は、その3階で息絶えているかつての同胞の前に佇み、嘆息していた。
 第十かんこ連隊の一員だったデーモン提督は、暁美ほむらと球磨に返り討ちにされた時のままの満ち足りた笑顔で、そこに死んでいる。
 下半身や四肢も吹き飛ばされていてなお、笑っているような彼の死に顔をつつき、彼女は暫く物憂げに呟くのみだった。

「結局あんたも私も、あの子たちの力の行く末を見たくなった。ってことで良いのよね……」

 探索していた際に聞いた声のことは、既に伝えた。
 それ以上しゃしゃり出ることは恐らく、無粋と言うものだ。
 患者が心待ちにしていた人々と面会している中、無関係の看護師が隣で突っ立っているなど野暮に過ぎる。
 なにより同じことを、彼女たちはゴーレムにしてくれているのだから。
 下に降りるのは、もう少し後でいい。

「……お別れよデーモン。私は私で、追い求めた『深き力』の先を見に行くわ」

【C-6の地下 診療所跡/夕方】

【穴持たず506・ゴーレム提督@ヒグマ帝国】
状態:疲労、『第十かんこ連隊』隊員(潜水勢)、元医療班
装備:なし
道具:泥状の肉体
[思考・状況]
基本思考:艦これ勢に潜伏しつつ、知り合いだけは逃がす。
0:じゃあね、デーモン。
1:興味深い人間たちの力の先を見極める。
2:邪魔なヒグマや人間や艦娘は、内側から喰って皮だけにする。
3:暫くの間はモノクマや艦これ勢に同調したフリと潜伏を続ける。
4:とにかく生存者を早く助けなきゃ!
※泥状の不定形の肉体を持っており、これにより方々の物に体を伸ばして操作したり、皮の中に入って別人のように振る舞ったりすることができます。
※ヒグマ帝国の紡績業や服飾関係の充実は、だいたい彼女のおかげです。

    ≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠

 診療所の崩れた2階部分で、その頃暁美ほむらと巴マミは、その壁際の床下に耳をそばだてていた。
 先ほどまで浅く浸水していたその床の水は、既に引いている。
 中央部はほぼ完全に1階を押し潰すように崩れている2階の床はしかし、端に行くにつれせり上がり傾き、無事な空間を残すように壁に立てかかっている。
 それは間違いなく、ジャン・キルシュタインがほむらの目の前で、星空凛のために身を賭して確保しに行った、安全地帯だった。

「聞こえる……! 確かにここだわ! 凛が歌ってるんだ、この下で!」

 ワンピースの喪服を翻し走ったほむらは、赤縁のメガネを上げ直し、手に巨大な黒い編み針を取り出して、その床を掘りにかかった。
 そこに続いて、巴マミが駆け寄る。

「……暁美さん、盾じゃなくなったのね、固有武器」
「あ……、ええ。この編み針みたいなものになってるわね」

 そう指摘されて初めて、ほむらは自分の武器の変異を自覚した。
 今までほとんど意識していなかったが、つまりそれの意味するところは、一つだ。

「もう、あなたは時を巻き戻せない……。そういうことよね」

 ホムリリィの結界の中でほむらの記憶を垣間見たマミは、言いづらそうに呟く。
 それはつまり、ここでもう何が起きようと、誰が死のうと、やり直すことはできないということだ。
 ほむらは、じっとマミの瞳を見つめ返した。

「……でもいいわ、岩を掘削するにはむしろこちらの方が向いてる」

 そして前を向き直し、彼女は一段と力強く、コンクリートに針を打ち込み続けた。
 背中の黒い結界の翼がその床にゆっくりと浸透してゆく。

「こうして、接触面の時間経過を早くさせながら楔に打ち込むことで撃力を増して局所を砕く……! これで……!」

 この結界で、収納の役割をしていた盾の代わりは果たせる。
 自他の内面に作用させることで、時間の加減速をさせることはできる。
 魔女という絶望から戻ってこれただけで御の字。それにこれだけの武器が残っていれば十分だ。
 あとは自分が、全力を振り絞って進み続けること――。

「言ったはずよ。私も、もう一人であなたに抱え込ませはしない」

 そう、一心不乱に思い揮っていた手に、そっと巴マミの手が重なった。
 彼女も一本のリボンを手に、ほむらへと微笑みかけていた。
 自然に、互いが頷く。
 振り上げた腕の動きが、重なる。

「『偽街の針』……!!」
「『トッカ・スピラーレ』!!」

 楔に、ドリルに、コンクリートが砕けるその音は、彼女たちが求めたワンマンライブの、開場の合図だった。

    ≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠

「Ah――! 『ほのか』な――、予感から、は、じ、ま、り。
 Ah――! 『希望』が――、『星空』、駈、け、て」

 その歌は、μ’sの最後を、その集大成を飾る歌だった。
 その想いを、歴史を織り、別々の道へ歩み出す彼女たちに同じ道標となる光だった。

「『花』を咲かせる、『にっこり』笑顔は――。
 ずっ、と、同じさ――。友情の笑顔!!」

 訓練兵団の制服に身を包み、星空凛は八方に目を配り歌っている。
 それは自衛と、救援要請を兼ね備えた構えでもあった。

 そして地下より伸びてきた二代目鬼斬りは、ジャンを抱え歌い上げながら警戒を続ける凛に、それ以上近寄っては来なかった。
 むしろ彼女が周囲に配置したサイリウムにのみ絡みつき、中央の彼女を守る籠のようになって伸びあがってゆく。
 それは朗々とした声に気圧されているのか、それとも彼女の語った言葉を理解しているのか。
 はたまたそれは、サイリウムが放つ光かエネルギーに惹かれているだけなのか。
 しかしいずれにしても、それは凛の決心を裏打ちするに足る、大きな事実だった。

 ぼたぼたと大粒の涙が凛の頬を伝った。

「――忘れない。いつまでも、わ、す、れ、な、い――!!
 ――こんなにも。心がひ、と、つ、に、な、る――!!」

 そして目の前でサイリウムを振る植物という観客に向けて、そしてその先にいるであろう、彼女を待つ者たちへ向けて、凛は歌い続けた。

 星空凛は、アイドルである。
 アイドルであり続けている。
 アイドルにて然るべき者である。

 そんな確かな証明をもらったような気がして、凛は拡声器すらいらないほどの張りと大きさで、朗々と歌い上げるのだ。

「世界を、見つけた――! 喜び――、ともに――、歌おう――。
 最後まで――……」

 ――僕たちはひとつ。

 そう言葉を飲んで吟じた気息の奥に、凛は地上から聞こえるかすかな声を聞く。

「凛……! どこ……い……の!? 返事を……て……!!」
「……!」

 その声は、凛が信じ続けていた声だ。
 待ち望んでいた声だ。
 彼女の声に応えるように、届くように、凛はさらに大きな声で歌い続ける。
 こぼれる涙が、止まらない。
 サイリウムの光は、まだ消えない。

「『小鳥』の、翼がついに、大きくなって――、旅立ちの日だよ――!!
 遠くへと、広がる『海』の、色、暖かく――!!」

 あたりを囲む植物は、全ての存在は、もはや星空凛の目に、敵として見えなかった。
 全ては、凛の存在を認めてくれる、かけがえのないファンに思えた。

「凛!? 凛!! そこにいるのね!?」
「夢の、中で、描いた、『絵』のようなんだ、切なくて……」

 光が差し入った。
 あたりを囲むサイリウムではなく、真っ暗だった上から。
 空はまだ、悲しい闇には、包まれていなかった。

 暁美ほむらが、凛の体を掻き抱く。
 抱きしめ返す視界は、涙で滲む。
 サビの途中まで歌っていた歌が、嗚咽になってしまう。

 ――時を『巻き』戻してみるかい?

 その歌は、最後にそう問う。
 その答えは、決まっている。
 『僕たちはひとつの光』だと確信できた、その答えは。

「ほむほむ……!」

 ――No no no いまが最高!

【C-6の地下 診療所跡/夕方】

【暁美ほむら@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:記憶から来た軍神
装備:球磨の記憶DISC@ジョジョの奇妙な冒険・艦隊これくしょん、自分の眼鏡、ダークオーブ@魔法少女まどか☆マギカ、令呪(無数)
道具:球磨のデイパック(14cm単装砲(弾薬残り極少)、61cm四連装酸素魚雷(弾薬なし)、13号対空電探、双眼鏡、基本支給品、ほむらのゴルフクラブ@魔法少女まどか☆マギカ、超高輝度ウルトラサイリウム×27本、なんず省電力トランシーバー(アイセットマイク付)、衛宮切嗣の犬歯)、89式5.56mm小銃(0/0、バイポッド付き)、MkII手榴弾×6、切嗣の手帳、89式5.56mm小銃の弾倉(22/30)、球磨の遺体、碇シンジの遺体、ナイトヒグマの遺体
基本思考:まどかを、そして愛した者たちを守る自分でありたい
0:ジャンと凛を! 取り残された人たちを助ける!
1:ありがとう、巴マミ。そして、私を押してくれた全ての者たち……。
2:まどか、ありがとう……。今度こそ私は、あなたを守るわ。
3:他者を救い、指揮して、速やかに会場からの脱出を図る。
4:ゆくゆくは『円環の理』の力を食らった代行者として、全ての者が助け合い絶望せずに済むシステムを構築する。
[備考]
※ほぼ、時間遡行を行なった直後の日時からの参戦です。
※島内に充満する地脈の魔力を、衛宮切嗣の情報から吸収することに成功しました。
※『時間超頻(クロックアップ)』・『時間降頻(クロックダウン)』@魔法少女まどか☆マギカポータブルを習得しました。
※『時間超頻・周期発動(クロックアップ・サイクルエンジン)』で、自分の肉体を再生させる魔法を習得しました。
※円環の理の因果と魔力を根こそぎ喰らいましたが、円環の理由来の魔法・魔力は、まだその効力を制御できないため使用できません。
※贖罪の念から魔法少女としての衣装が喪服/軍服に変わってしまったため、武器や魔法の性質が大きく変わっている可能性があります。
※魔女・魔法少女としての結界を、翼のように外部に展開することができます。

【巴マミ@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:ずぶ濡れ
装備:ソウルジェム(魔力Full)、省電力トランシーバーの片割れ、令呪(残りなし)
道具:基本支給品(食料半分消費)、流子の片太刀バサミ@キルラキル、流子のデイパック(基本支給品、ナイトヒグマの鎧、ヒグマサムネ)、人吉球磨茶白折入りの魔法瓶
基本思考:正義を、信じる
0:あなたについていくわ、暁美さん。
1:殺し、殺される以外の解決策を。
2:誰かと繋がっていたい。
3:みんな、私のためにありがとう。今度は、私が助ける番。
4:暁美さんにも、寄り添わせてもらいたい。
5:ごめんなさい凛さん……。次はもう、こんな轍は踏まないわ。
6:デビル、纏さん、球磨さん、碇くん……、あなたたちにもらった正義を、私は進みます。
※支給品の【キュウべえ@魔法少女まどか☆マギカ】はヒグマンに食われました。
※魔法少女の真実を知りました。
※『フィラーレ・アグッツォ(鋭利な糸)』(魔法少女まどか☆マギカ~The different story~)の使用を解禁しました。
※『レガーレ・メ・ステッソ(自浄自縛)』(劇場版 魔法少女まどか☆マギカ~叛逆の物語~で使用していた技法のさらに強化版)を習得しました。
※魔女化は元に戻せるのだという確信を得ました。

【星空凛@ラブライブ!】
状態:胸部に電撃傷(治療済み)
装備:訓練兵団の制服、ほむらの立体機動装置(替え刃:3/4,3/4)、包帯
道具:基本支給品、メーヴェ@風の谷のナウシカ、手ぶら拡声器、輸液ルート、点滴、ジャンのデイパック(基本支給品、超高輝度ウルトラサイリウム×15本、永沢君男の首輪、ブラスターガン@スターウォーズ(80/100))
基本思考:この試練から、『アイドル』として高く飛び立つ
0:ほむほむ、信じてた……。待ってた……!
1:ありがとう、みんな……。待ってて、みんな……!
2:ジャンさんたちを忘れないために、忘れさせないために、この世界に、凛たちの存在を刻む。
3:クマっちが言ってくれた伝令だけじゃない。凛はアイドルとして、この試練に真っ向から立ち向かう。
[備考]
※首輪は取り外されました。

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最終更新:2016年12月14日 15:06