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 暁美ほむらと巴マミに救い出されて、星空凛は暫く、感涙と嗚咽で喋ることもままならなかった。
 咽ぶ彼女を落ち着かせようと、マミがあの空間で球磨に託された魔法瓶のお茶を差し出す。

「これ、球磨さんのお茶よ、飲んで……」
「うん、うん……!」

 口をつければ甘みと旨みが温かく包み込んでくるようなそのお茶は、冷えた凛の心身を、たちまち奮い立たせた。
 そして彼女は、胸に握りこぶしを当てると、キッと顔を上げて口を引き結ぶ。

「ありがとう、凛はこの通り、もう大丈夫にゃ! ほむほむたちは、勝ったんだね!?」
「……いえ」

 だが毅然とした凛の声に対して、彼女を抱き上げて目を潤ませていたほむらは、一転して気まずそうに声と視線を落としていた。
 怪訝な凛の視線が、倒壊した診療所の空間に往復した。
 その目に留まるのはただ、憂いを帯びた表情で押し黙る巴マミ一人だった。


「……他の、人たちは……!?」
「みんな……、死んだわ」


 凛の背中を、冷たく恐怖が撫でた。
 信じられなかった。信じたくなかった。
 まさか。まさか。あれだけの人数がいたのに――。


「シンジさん、流子ちゃん、デビルさん……?」
「死んだ……」
「く、球磨っちも……!?」
「死んだわ……!」


 生き残ったのは自分たちだけだ。と、暁美ほむらは言葉少なく呟く。
 よくよく見れば、彼女の魔法少女衣装は、沈んだ喪服のようなワンピースに変わってしまっている。
 震える凛にすがるように、ほむらは逆に問いを返した。

「ジャンは……?」
「凛を守ってくれて、そのまま……」

 だがその問いは案の定、戦友の死亡確認にしかならなかった。
 半身になった凛の脇から覗き込めば、崩れた診療所一階のベッドの上に、ジャン・キルシュタインが裸のまま横たえられている。
 色とりどりのサイリウムが祭壇のように取り囲んでいるその空間はそのまま、彼の葬儀場のようにも見えた。
 暁美ほむらはその場に膝をつき、土下座をするように項垂れてしまう。
 良心の嗚咽が、心の壁をつんざく。


「私が……、私がもっと早くに、もっと良い決断をできていれば良かったのよね……。ごめんなさい……!」
「暁美さん、どうか自分を責めないで……」

 巴マミが、悲痛な表情でほむらの肩をさする。
 もし、少しでも早く凛の救出に向かえていれば、あのタイミングで地上に行かなければ、絶望して魔女化しなければ――。
 彼までも死なせることはなかったのかも知れない。

 悔やんでも仕方がないことは分かっている。
 もはや暁美ほむらに、時計の針を逆行させる手段はない。
 もっと大局的な視点に彼女は立つべきであり、その決心もしたはずだ。
 それでも。円環の理の鹿目まどかや、球磨たちの励ましを得て決意を新たにしてもなお、忸怩たる思いは拭いきれなかった。


 その時階段の方から、ずるずると泥のようなものが近づいてくる。
 凛は反射的に、あのピースガーディアンのビショップヒグマを思い出して身を竦ませる。
 しかし彼女――、穴持たず506・ゴーレム提督は、現状でこの一行の敵ではなかった。
 巴マミが彼女に気づいて声をかける。


「ゴーレムさん、そっちはどうだったの……?」
「第9かんこ連隊は潰滅してるわね。診療所の人も誰一人見つからなかったけど……」

 泥はヒグマの頭部を形作って返事をする。
 暁美ほむらが続いて、生存者がいる僅かな可能性について尋ねた。

「崩壊している一階部分は? そちらに流された人がかなりいたんだけれど」
「少なくとも崩落部分には、ちりぢりになったベージュ老師長以外の死体は無かったわ……。
 地下水脈までは辿れてない。戻れなさそうだったし、何よりその木が蔓延ってて行くのも難儀そうだわ」

 会話する二人の様子から、凛はこの泥状のヒグマが、新しい仲間か何かなのだと判断して緊張を緩める。
 ゴーレムが辟易とした様子で指したのは、ジャン・キルシュタインの周囲にも生えてきている、不可解な樹木だ。
 サイリウムに絡みつき、その光熱を吸っているような木に、マミとほむらは心当たりがあった。


「これは、四宮さんの手に生えていたものよね……。本当に取り込まれてしまったのかしら……」
「マミちゃん、知ってるにゃ……? その木、ジャンさんと凛に向かって伸びてきて。凛がサイリウム置いたらそちらに狙いを変えてたにゃ」
「つまり、それは……」

 ジャンの周囲のサイリウムにも絡みついているその木は、四宮ひまわりに寄生していた二代目鬼斬りのものだ。
 物言わぬその樹木に、四宮ひまわりらの生存は問えない。
 しかし、エネルギーを探知して吸収しようとしているらしいこの木が伸びてきているということは、すなわち、四宮ひまわりたちが死亡している可能性が限りなく高いことに他ならなかった。

 凛は、球磨茶のカップを掴んだまま震えた。


「……せめて、ジャンさんは、連れていきたい。良い……?」
「もちろんよ……」

 ほむらとともに、ベッドからジャンの遺体を抱え出して、地に横たえる。
 凛はコップに残った球磨のお茶を口に含むと、彼の唇に口づけをした。
 ほむらとマミは、そんな彼女の様子に驚く。
 末期の水だった。

 死に水をとる、というこの作法は、本来死者の命が蘇ることを願って行うものだった。
 それは死者に何かをしてあげたいという、遺族の心情にふさわしい儀式といえる。
 だが彼の唇を唇で湿らせるというその行為を見て、はたしてどれほどの親愛を凛が彼に抱いているのか、ほむらとマミには計り知れなかった。

 ジャンの姿は、裸であった。
 そして彼の纏っていた訓練兵団の制服は、立体機動装置と共に凛が身に着けていた。
 この地下で二人の間にどんな営みが行われ、そして彼女がどんな覚悟を抱いたのか――。それを凛は語らなかったし、ほむらたちにはわかりようがない。
 しかしながら、すっくと立ちあがった星空凛の澄んだ眼差しに、その思いは深く感じ取れるように見えた。


「いいよ。ありがとう。それじゃ、先に進もう」
「……ええ。もう、戻れない。悔やんでも仕方がないんだわ」


 落ち着いた凛の口調に頷きながら、ほむらは喪服のワンピースの上から羽織っている、翼のように白いベールを広げた。
 海軍の士官が纏う第二種軍服のようにも見えるその翼の内側は、かつて彼女の盾の中にあった、黒い異空間の結界が広がっている。
 既に碇シンジや球磨、ナイトヒグマの遺体が収められているその空間に、彼女はジャン・キルシュタインの肉体も安置する。


「……大丈夫よ、星空凛。後はもう、私に任せて。あなたは私の結界の中に隠れていればいいわ。
 私が、今一度この部隊を率いて、必ずこの島を脱出する。
 そしてまどかも私もあなたたちも、全員が絶望になんて落ちなくて済むような世界を、作るわ」


 そして彼女は、星空凛を安心させるようにそう言った。
 しかし先程からの暁美ほむらの様子を驚いたように見つめていた凛は、彼女の言葉に、ふと眼差しを顰めた。


「……ほむほむ、それは本当?」
「ええ、もう私の魔力は、以前とは比べ物にならないほど大きくなった。
 もう魔力切れに怯える必要はないし、あなたを危険に晒すようなこともないわ」

 微笑みを浮かべて、暁美ほむらは努めて明るく言う。
 しかし、その張りの無い声は、隈の浮かんだ目元を浮き彫りにするかのようだった。


「……見え透いた嘘は、つかない方が身のためだにゃ」


 目を閉じて溜息。
 ほむらの言葉に、凛は冷ややかにそう言った。


    ←←←←←←←←←←


 超硬質ブレードの刃が、突如ほむらの頬から耳までを一気に切り裂く。
 その事態に、暁美ほむらはおろか、傍で見ていた巴マミやゴーレム提督も、全く反応できなかった。

「え――」
「……変わったソウルジェムの場所に慣れてなくて、咄嗟に守れないみたいだね」


 もう少しで黒いイヤーカフが両断される、そんな位置に凛は立体機動装置の刃を抜き放ち突き付けていた。
 頬を押え、たたらを踏んだほむらは、驚きに暫く声が出なかった。


「……っっ!? 凛、あなた、何を!?」
「ははは、ヌル過ぎるよ。伸びきったラーメンよりヌルくて、とても凛の命なんて預けられないにゃ。
 『私に任せて。あなたは私の結界の中に隠れていればいい』? 何言ってんの?
 真正面から斬られても避けられないような反応じゃ、いくら魔力があっても、使う前に死ぬだけじゃん。
 そんなんだから、球磨っちもみすみす死なせる羽目になったんでしょ?
 凛はむしろ教えて欲しいにゃ。そんな無様な姿を晒しといて正気を保っていられる秘訣とかをさ」
「……!?」

 絶句する暁美ほむらを前にして、凛は彼女を嘲り笑う。
 『戻れぬ』と騒がしく行くだけのほむらに、夢の津波が牙をむくようだった。
 そして凛はさらに顔を傾けて、まごついている巴マミにまでその毒舌の矛先を向けた。


「マミちゃん、魔法少女っていうのはみんな、マミちゃんやほむほむみたいに弱いのにゃ?
 あんな見え見えの電撃を前にして棒立ち、今の凛を見ても棒立ち。お前らの戦闘力をアテにしてたのに、死ぬ気で守ってやった凛がバカみたいだにゃ」
「な、あ……」

 ピースガーディアンとの戦闘の初め、巴マミが置物に等しかったことは確かに事実だ。
 そしてそのせいで星空凛が彼女を庇い重傷を負うことになったのも事実だ。
 しかし、豹変したかのような星空凛が、今それを手ひどい語調でなじってくるなど、完全に想定外のことだった。

 寸鉄で人を殺すような切れ味の凛の舌は留まるところを知らず、返す台詞で再び暁美ほむらに斬りかかっていた。


「大丈夫だよ、暁美ほむら。後はもう、凛に任せて。お前はその宝石を後生大事に抱えてすっこんでればいいんじゃない?」
「何を言っているのあなた……! 冗談にしても度が過ぎて……」


 流石に異様な一連の凛の行動を咎めようと身を乗り出した暁美ほむらは、次の瞬間、鋭い痛みとともに地面に引き倒される。
 突如、凛の腰元から高速でワイヤーアンカーが射出され、暁美ほむらの脚に突き刺さったのだ。
 反応できぬまま猛烈な勢いで引きずられた彼女の首筋に、冷ややかな刃が押し当てられる。


「これが冗談かどうか、勝負をしようぜ」

 その冷たい聞き障りに、暁美ほむらは覚えがあった。


「ジャンさんの代わりに、お前に今一度教えてやるよ。
 どうやれば守りたい物を助けられて、この繰り返しから脱出もできるのか。
 お前は魔法でも何でも好きに使っていいから、それで凛を倒してみろ。
 凛はもちろん、今手持ちの物品しか使えないし使わない。
 大したご意見をのたまうくらいなんだから、凛くらい造作もなく倒せるんだろ?
 お前がそれだけ言えるという証拠を見せてみろよ。暁美ほむら」


 わざとドスを利かせている星空凛の口調は、あの時の暁美ほむらのセリフを、そのままジャンが再現したかのようだった。
 あのジャン・キルシュタインの抜き身過ぎる言葉が、ほむらの身に突き刺さるかのようだった。
 ほむらの声はひきつった。


「できるわけないでしょう……!? あなた、自分が何を言ってるか分かってる!?
 あの時のような、互いが死ぬかもしれない戦いを今ここであなたに……、友達に仕掛けろと!?」
「はい、死んだ」

 かろうじてほむらは、言い訳のように叫びを上げる。
 だがその瞬間、反駁するほむらの喉を、凛は無表情に深々と切り裂いていた。
 驚愕に跳ね起きながらほむらは凛を突き飛ばし、血の泡を吹く首筋を押える。
 一気に気管を切り裂かれていた。

 ――凛は本気だ。

 傷口を治癒させながらも、ほむらは恐怖で背筋に冷や汗を流す。

 ――本当に彼女は、あの森でヒグマに震えていた少女か?

 ワイヤーアンカーを抜かれ突き飛ばされた凛は、そのままのろのろと身を起こして、背後の巴マミとゴーレム提督に薄ら笑いを浮かべながら言葉を投げた。


「ああ、そっか。まだ審判を立ててないからノーカウントだね。マミちゃん、あとゴーレムさんだっけ? 審判してよ、この勝負どっちが勝ちか」
「ちょっと意味が解らないんだけど……」
「な、んで……? なんでそんなことするの、凛さん!!」
「だって、こんな弱い奴にリーダーが務まるわけないじゃん」


 マミからの悲痛な問いかけに、凛は吐き捨てるように断じた。


「それなのにまだ夢を見てるの? そんなあどけない夢……!
 今のお前に凛たちの部隊を率いるだの世界を作るだの……、そんなのどだい無理だってことを、わからせてやる!
 表に出ろ、暁美ほむら!」


 カッターナイフのような刃を突き出した彼女の瞳は、阿修羅のように燃えていた。
 怒りを秘めたその声は、彼女たちへ一様に、ジャン・キルシュタインの威光を思い出させた。


    ←←←←←←←←←←


 凛の啖呵は勿論、考えがあってのことに決まっていた。
 崩れた病院の前に上がって来たほむほむは、びくびくと視線を彷徨わせるばかりで、頼りがいの欠片も無かった。

 ああ、地上に出れば、夕闇の外は血痕だらけだ。
 頭の破裂したエヴァンゲリオンが、物言わぬ瓦礫となって液体を滴らせている。
 真っ赤な血だまりは、一体何人分の死を意味している?
 球磨っち、シンジさん、流子ちゃん、デビルさん、そしてジャンさん――。
 ここにいない全ての人が、そして凛の知らないもっと多くの人が、死んだのだ。


「……動揺してるの? 緊張してるの?」
「……動揺というより、困惑しかないわ」


 瓦礫の前に向かい合って、ほむほむは戸惑っていた。

 そりゃそうだよね。
 魔法少女としての姿がまるっきり変わってしまうほどの一大事が、ほむほむの心身には降りかかったんだろう。

 ショックだろう。
 胸が千切れそうなほど悲しいだろう。
 それでもマミちゃんたちの助けを借りて、何とか凛を助けに来れるまでには持ち直したんだろう。

 だけど。ならば。
 なぜそんな腑抜けた面構えしかできないのにゃ!!
 それで死んだ仲間たちに、顔向けできると思っているのか!!

 ああ、ジャンさんはわかっていた。
 今何をするべきか、あの人は本当に良くわかっていた。
 だからこそ彼は今際の際に、自分の持つ全ての技術と思いを凛に伝授してくれた。
 それはきっと、こんな腑抜けたほむほむを、ぶっ飛ばしてやるためだ。

 誰の物とも知れないこの血だまりに、がっかりされたくなんてないでしょう!?
 ――あなたから、熱くなれ!!


「凛さんを止めないと……!」
「いや……、止めない方が良いのかも」

 一触即発にも思えるその状況に、巴マミは両者の間に割って入ろうとする。
 しかし彼女の足を差し止めたのは、ゴーレム提督の泥の触手だった。
 彼女はこれまでの凛の様子を総合して、その胸中を推そうと思案している。


「極限の状況で部下に無能と判断されてしまった指揮官は、よく背後からの謎の負傷で死ぬっていうけれど……」
「それじゃあなおのこと……!」
「そう。なおのこと止めるべきじゃないわ。ゴーヤイムヤたちと私みたいな関係とは違う。
 彼女は正面から向かい合ってる。相当不器用な格好だけど、あれで、発破をかけるつもりじゃない?」


 星空凛の演技は、暁美ほむらを発奮させるためのものだった。


「なぜこっちに来ないの? 意識してるの?」
「っ――!?」


 その時、凛は未だ戸惑っている周囲の人をよそに、煽りながら斬りかかっていた。

 ――少し、いじめてみる。


「止めなさい! 何の益も無いわ!
 冷静になって、無駄なことをしないで!!」


 苦しげな言い訳が、ほむほむらしくて。
 凛はぞっとするほど口を引き裂いて、笑う。


「テンションあがるにゃぁぁ~~!!」
「なんで!?」


 宙に飛び上がり逃げる暁美ほむらを追って、星空凛の立体機動装置がガスを吹いた。
 ほむらが受けようと翳した黒い編み針を断ち折り、凛の振るったブレードがほむらの腕に血の筋を刻んでいた。


「――何が無駄だって?」
「~~っ、『時間超頻(クロックアップ)』!!」


 ほむらは新たに巨大な針を生成し、斬りかかってくる凛の動きを止めようと、倍速移動でその手足を狙った。
 だがその瞬間、凛の体はアンカーの支点も無い空中で急速に翻り、白く堅牢な翼が、その足元から跳ね上がってほむらの首筋を強かに叩き飛ばした。

 ――風の谷の、メーヴェ!!

 きりもみ回転で吹き飛ばされながらも、暁美ほむらはかろうじてその攻撃の正体を理解した。
 星空凛は、ジャン・キルシュタインから立体機動装置の技術を託される以前から、既にその純白の飛行装置を使いこなしていたのだ。
 地に落ちた暁美ほむらに向け、凛は滑空するメーヴェの上に仁王立ちしたまま、立体機動装置のブレードを突き付けていた。


「動揺してるよ!? 緊張してるよ!? そんなんじゃ夢も人助けも無理! 死ぬ他ないにゃ!!」
「……どうしてもやる気なのね。すまないけど、多少の傷は許しなさい!」


 凛の叱咤に歯噛みして、暁美ほむらは駆けた。
 手に編み針を生成して振り抜くその速度は、既に常人の倍速になっている。
 しかし足場の不安定な空中で、凛はその振り抜きをメーヴェの翼や超硬質ブレードで難なく受けてゆく。
 それどころか、ほむらの攻撃をいなすだけに留まらず、凛の動きはそのまま攻撃として暁美ほむらの体に朱を刻む。
 翻れば翼の下から刃が狙い、受け流せば刃の奥から翼が叩き付けられる。


「時間停止もできないみたいじゃない。魔法を使いこなせない魔法少女なんて、ただの中坊じゃん!」
「くっ、あ――!?」

 ――当たらない! 当てられない! 避けられない!
 ――なぜ? 私は『時間超頻・二重加速(クロックアップ・ダブルアクセル)』で動いているのに。
 ――なんで凛を捉えられないの!?


 性質の異なる2種類の飛行装置を同時に扱って、星空凛が魔法少女を凌駕する空間機動を見せているの確かであり、驚嘆すべき事柄だ。
 しかしだからといってそれは、物理法則の速度を2倍にして動いている暁美ほむらを凌駕できることとイコールではない。
 凛とほむらの反応速度に、その2倍速の差を埋めるほどの違いがあるわけでもない。
 暁美ほむらは、全力を出しているはずの斬り合いで、なぜ自分の方が押されているのか、全く分からなかった。
 そしてついに彼女は、再びメーヴェの突撃を真っ向から受けて、瓦礫の地面に叩き付けられてしまう。

「あぐぅ――!?」
「何の訓練も受けていない中坊に、高校生の先輩として教えてやるにゃ。
 ……これが、アイドルと凡人の意識の違いだよ」


 楽器の演奏や踊りの上手さに関わるポイントのひとつに、『リズムの分割』というものがある。

 音楽の中では、ある一小節の中に、四分音符や八分音符や休符など様々な音符がある。
 普通の人が、その一小節を16等分程度に分割してリズムを感じながら音符どおりに演奏できるとすれば、プロの場合は32等分、64等分、ことによれば128等分以上にも分割することが可能である。

 言わば定規の細かさだ。
 1センチ単位の目盛りしかない定規よりも、ミリ単位の定規のほうが当然、より細かく対象物を捉えることが可能なのは言うまでもない。
 そこまで細かくリズムを分割することができると、短い音符がその小節内にどれほどあったとしても、その全てを正確に捉えて演奏することが可能である上、その細分化されたリズムの中で、あえて微妙にリズムをずらすことも可能となる。
 当然、1拍を1拍としか感じられない人と、それを32拍に分割して感じることができる人とでは、そこから生まれる音符の伸びや間の取り方、ひいてはそこから生まれる楽曲全体の出来には圧倒的な差が出ることになる。

 こと音と動作に関して星空凛は、この分割できる時間間隔の精度が、暁美ほむらを圧倒的に上回っていた。
 これは彼女の天性の才能であり、またスクールアイドルとして全国に名を馳せている彼女の訓練の賜物でもあった。


「く、『時間超頻(クロックアップ)』――、『三重加速(トリプルアクセル)』!」
「64分の12拍子――」

 疾風のように、暁美ほむらは飛んだ。
 それでもなお、苦し紛れのその加速は凛の刃に切り刻まれてゆく。
 ほむらが突き出す編み針は、凛の体に届かず、乱れ蹴る脚も却って掬われるばかりだ。

 ――追えない!?
 ――手が出ない!?
 ――全く届かない!!

 悲痛に歯噛みすればするほど、ほむらの剣閃は鈍り、凛の体には掠ることすらなくなってゆく。

 その理由は、星空凛が認識できる時間の細かさ以外にも、さらにある。
 凛の動きは逐一、暁美ほむらの次の行動を、制限する挙動を取っている。
 それは舞台演劇で言うなら殺陣(たて)であり、ダンスで言うなら振付である。
 凛の動きはフラメンコの如き熱量と躍動を以て、四方八方からほむらを攻めたてていた。

 マノ(手の振り)。
 ブラセオ(腕の振り)。
 プンタ(爪先で打つ)。
 タコン(踵で打つ)。
 プランタ(足先で打つ)。
 ゴルペ(足裏全体で打つ)。


「『時間超頻・四重加速(クロックアップ・クアドラプルアクセル)』!」
「128分の12拍子――」


 暁美ほむらが12拍のコンパスの円環に立つ星空凛に迫ろうとしても、そのリズムはさらに変質し自在に奏でられる。

 激しい高低のアレグリアス。
 陰陽勇ましきファンダンゴ。
 もの悲しきソレア。
 混合するブレリア。
 感情が爆発するシギリージャ。

 夏の激情のようにじんじんと熱く燃え、その踊りはだんだんとリズムが変わる。
 踊らされるほむらの動きは、幾様にも変奏するリズムから決して逃れられない。

 ――なぜなのか。
 がっちりと噛み合ったブレードと編み針を押し合い、暁美ほむらはようやく気付く。
 速さだけではない。振付だけでもない。もっと圧倒的な違いが、暁美ほむらと星空凛の間にははだかっていた。


「……舞台に立った時、お客さんを前にするにあたり、この界隈には、語り継がれた格言があるにゃ」
「……!」

 互いに口づけをしそうなほど、瞳に吸い込まれそうなほど近くに顔を寄せて、攻撃性にその視線を染めながら凛は囁いた。


「『目からビーム、手からパワー、毛穴から、オーラ』!!」


 目が離せない。
 存在感だ。存在感の格が違うのだ。
 その視線が持つ魅力、一挙手一投足が持つ躍動感、それらの一つ一つを、自在に凛は操っている。
 フェイントの脚に意識を取られ、死角の刃に気づくことなく、斬られながらも否応なく、瞳は凛の眼を見つめてしまう。

 惹き付けられているのだ。威圧されているのだ。
 負の感情にしても正の感情にしても、暁美ほむらの心は、もう星空凛の駆け引きに流されるがままに走ってしまう。

 ――ああ、これが、アイドルのライブだ。

 プロの全力の、ダンスだ。
 観ずにはいられない。踊らずにはいられない。
 押し合っていた均衡が崩れる。
 自分が切り刻まれる振付の通りに、暁美ほむらはくるくると回る他なかった。


 圧倒的な存在感とそのオーラで、暁美ほむらや巴マミ、ゴーレム提督の視線までをも釘づけにして、血飛沫を裂きながら円舞する凛の表情は、一方で今にも泣きそうだった。


 ――意外なほどに、強気になって、抱きしめられたい。
 認められたい。
 そう、想ってはいた。

 でも恥ずかしいにゃあ。
 何をやってるにゃ、ほむほむ。

 凛なんかに切り立てられて今にも。
 くらっと、くらっと、負けそうよ――?


    ←←←←←←←←←←


 そしてエンジンを吹かせたメーヴェが、全速力で暁美ほむらの腹部にめり込んでいた。

「ぐ、え――」

 複数本の肋骨がボキボキと折れてゆく厭な手応えが、メーヴェの機体越しにも凛の手に伝わった。
 ほむらの吐血が、凛の顔に高速でかかった。
 暁美ほむらの肉体は、崩れた総合病院の瓦礫に叩き付けられ動かなくなった。


「くっ――」


 地上に降り立った凛は、返り血と一緒に、ごしごしと涙をこすっていた。
 暁美ほむらならば、あのほむほむならば、必ずや自分如き少女の力など凌駕してくるものだと思っていた。期待していた。
 それなのに――。
 星空凛にとって、この結果はあまりにも拍子抜けで、哀しいものだった。


 ――おい、何やってるクマ、ほむら。
 ――本当、何やってるのかしらね、私は。
 ――凛ちゃんがこんだけ覚悟見せてるのに、ほむらはまだ踏ん切りがつかないのかクマ?
 ――いいえ。もう私は、この魔力に向き合うと決めたわ。


 抜き身で書かれた殺陣の記号は、さかさまにすればまるで『I love you』のメッセージだ。
 凛のそんな思いは、とっくにわかっている。
 ならば、気づいたときはどうするの?
 凛は、私を、見ているのに――。

 ああ、『見えぬゆえ』と無言のまま行くだけの私よ。
 別れの時だ。
 私は、私が辿り、出会い、得てきた全ての老いた日に、身を投げる――。


    ←←←←←←←←←←


「……もういい。十分でしょ、凛の勝ちだよね、マミちゃん、ゴーレムさん」
「はははっ――、何を勘違いしているのかしら、星空凛」


 凛が涙を拭い、諦めたような低い声で外野の審判たちに問うた時、それよりもさらに低く昏い声が、瓦礫の下から立った。


「いいわ、応えてあげる。後悔してももう遅いわよ」


 それが暁美ほむらの声だと認識するか否かのタイミングで、凛たちは唐突に恐怖感を覚えて背筋を泡立たせる。
 ハッと顔を上げれば、そこは既に『葬儀場』だった。
 星もないような闇夜が、空と地面を浸食してこの場に広がりつつある。
 それは暁美ほむらが纏っていた白いベールの、黒い裏地だ。
 重い翼が覆う、濃縮された時空間そのものが、空を塗りつぶし、そしてその重みでゆっくりと雫を作り落ちてくる。

「ひっ――!?」

 真上から自分に向けて落ちてくるその巨大な液滴を、星空凛は喉を詰めて避けた。
 その真っ黒な雫が地面に着弾する刹那、その形状に凛は驚く。


「ほ、ほむほむの形の、膿――?」


 その膿のような濃い液体は、暁美ほむら自身をさかさまに象ったような形をしていた。
 地面に命中したそれは腐ったトマトのように潰れ、中身を飛び散らせ、そしてその被弾箇所に奇妙な現象を引き起こした。
 巴マミとゴーレム提督が瞠目する。


「朽ちていく――」


 飛沫のかかった部分の服が腐り、穴が開く。
 地面の瓦礫は一瞬で崩れて風化し、鉄筋は錆びて赤い砂となる。
 その液体が触れた部分の時間が異常加速されているらしい。


「『108lb化膿砲』……。これが希望よりも熱く、絶望よりも深いものの、おぞましい残滓……。死になさい」
「う、あ、あ……」


 星空凛は、天を埋め尽くしてゆく黒色に、絶望的な呻きをあげた。
 ほむらの形をした黒い液体は、そして上空から次々と降り注いでくる。

「うわああぁぁぁ――!?」

 黒い雨が、巨大な雨が降ってくる。
 降ってゆく。
 旧ってゆく。
 腐ってゆく。
 黒い膿が空気を埋め尽くし、地面はぬめぬめとした沼地に変わる。

 これがほむほむの、魔女の、結界――!?

 凛はただ全速力で立体機動装置とメーヴェのガスを吹かし、逃げ飛ぶしかなかった。


 暁美ほむらには、自他の感情と魔力が、糸のように見えた。
 可塑性樹脂の液だまりのように、どろどろとした熱量の塊から紡ぎ出される糸は、そのまま自他の経過する時間軸であり、世界線であった。
 かつて『砂時計の砂』として捉えられていた時間が、『世界に流れる体液』として彼女には認識される。
 彼女が時間を早めるのは、液化したその樹脂を煮詰めて濃度を高める行為であり、時間を鈍化させるのは、その体液を薄める行為に等しかった。

 熱い指先で世界を編めば、余り溶け落ちる樹脂が膿のように零れる。
 鹿目まどかが選び、暁美ほむらが糸巻きのように辿ってきた愛の残滓が、たった一滴でも物体の歴史を終着させるほどに高濃度の世界を零す。
 彼女が翼のように、軍服のように広げるその結界は、彼女が編む、愛でできた織物に他ならなかった。

「どうしたの? 逃げるばかりで、なぜこっちに来ないの? 意識してるの?」

 そして逃げる凛へ、ほむらは少しいじめてみるように微笑みながら、その手を差し向ける。
 暁美ほむらのベールの中から、球磨の14cm単装砲が何度も繰り返し彼女の肩口に出現する。
 それは明らかに、彼女が収容していた砲塔の数よりも多い。

 球磨の14cm単装砲から次々と発射される弾丸も、コールタールのような黒い液滴であり、着弾地点で飛び散るそれは、触れた物体を侵食して溶かすかのようだった。


「く、球磨っちの大砲からも――!?」
「あ、暁美さん!? それはあの『円環の理』の力の逆転!? やめて! 何もかもを壊す気!?」


 凛もマミもゴーレムも、彼女たちはただ暁美ほむらの結界が侵食する領域の外へ外へと逃げ続けることしかできなかった。
 こんな魔法は防げない。
 防げるわけがない。
 逃げる以外の対処法が見つからない。
 しかしそこで、逃げる挙動を狙い撃ちにするかのような14cm侵食砲の連射は、まさに死の弾幕と言っても過言ではなかった。

 上から雨漏りのように滴り続ける膿を避けながら、横から狙い撃たれてくる砲撃を躱し続けるなど、どう考えても不可能だ。
 そして、周囲を侵食し続ける暁美ほむらの魔力が、いつになったら尽きるのかもわからない。


「こ、こんなの――」

 こんなの、無理。


 凛はそう思いかけた。
 その瞬間、ある言葉が去来した。

『リン……。オレがいなくなっても、ちゃんと生き延びろよ。
 オレが今言ったことを思い出して、アケミたちと、絶対に生き残れ……』

 ハッとした。
 凛は恥入った。

 何が無理だ、星空凛。
 全力も出さぬうちから、なぜ諦める。
 今すべきことは何だ。
 ジャン・キルシュタインから託された思いは何だ。

 それは暁美ほむらをリーダー足らせること。
 このほむほむをセンターに立たせる、心奮わせる熱量を叩き込んでやることだ。


 この黒々とした腐食液が彼女の愛だというのなら。
 それに応える白々とした剣閃こそが、凛からの愛に他ならない。

 凛は無言で構えた。
 視線が、ほむほむと一直線に重なった。
 砲塔はまっすぐに凛を狙い、メーヴェは急速にほむほむへ向けて飛んだ。

 そう。
 飛びこむ前の愛しさは、伝えたりしない秘密――。
 話せば泡となるような、わたしたちは、人魚なのだった。


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 波が連れてきた初の恋は、二度と来ない、切ない祭典のようだった。
 だからこそ、踊る。
 激しく波と踊る。
 連綿と途絶えずに降る、悔恨の雨音を消して。
 音の魔法に乗るように、凛はジャンさんと共に波と化す。
 遠く暗がりを裂く、軍勢の如き音の帯となる。


「何……、あの機動力は……!?」
「リズム感――、佐倉さんよりも更に上――」


 方向を変え、一気に暁美ほむらへと突っ込んで行く星空凛の背を、ゴーレム提督と巴マミは唖然として見送っていた。
 天上から落ちてくる、暁美ほむらから放たれる大量の弾幕は、その時あたかもリズムゲームのノートのように見えた。
 発狂したトリルの混合フレーズが降りしきる中を、彼女はメーヴェと立体機動装置の噴射を急激に入れ替えて稲妻のようにかいくぐる。
 その密度は当然、暁美ほむら本体に接近するほどに急激に厚くなってゆく。
 しかし凛は白い翼を以て、その暗がりを裂いてゆく。

 過ぎる時の西へ西へ。
 にわか聳え立つ黒の帳の奥へ。
 暁美ほむらと真っ向から視線を重ねて、星空凛は飛んだ。

 それは二人の全力だった。
 今、二人は全力のパフォーマーであり、互いの舞台に惹きつけられた全力のミーハーだった。


 滴る膿を抜ければ、その死角から編み針の槍衾が、壁のように凛に向けて叩きつけられる。
 凛はメーヴェを投げ捨て、反作用を受けてかろうじてその針を躱す。
 その体勢の崩れを、暁美ほむらは見逃さなかった。
 彼女の肩の14cm単装砲から至近距離で、全ての存在の歴史を終了させる侵食弾が放たれる。

「ジャンさん――!」

 だが、その瞬間にも、凛の目は諦めていなかった。
 彼女の手が構えていたのは、ジャン・キルシュタインに支給されていた、ブラスターガンであった。

「キミの威光の方へ――!!」


 黒と白が弾けた。緩衝の壁を突破する轟音が、水飛沫と閃光の爆発から響く。
 暁美ほむらも、巴マミも、ゴーレム提督も、その光景を見ていた全ての者は、その爆発で視界と音を奪われた。


 塗りつぶされた世界で一人、暁美ほむらの感覚は、自分を越えてどこまでも広がっていくようだった。
 戻り来る感覚は、とても遠かった。

 ――遠くから吹く、風のような息遣い。
 ――遠くから降る、雨のような駆動音。
 私の歩んできた螺旋の履歴を綴り変え、その真摯な殺意が私を背中から染めてゆく。
 丁寧に丁寧に、私の死角から。
 彼女の素敵なイレギュラーが、私の迷宮に切り込んでくる。


「後ろ――」
「ほむほぉぉ――む!!」

 ああ、振り向けばわかる。
 愛しい人々の威光が、怒号と共に少女に閃いている。


 万感を乗せマッハの突きが、つんざく心臓の下方――。
 そこに凛は花園を見た。
 代々と連なり咲く訓戒の花園が、真っ赤な花弁を散らして凛を出迎えていた。


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「――これが、人を斬る感触よ」


 すさまじい手応えが、凛の全身を震わせた。
 肉の繊維の一筋一筋が、分断され力を失う音。
 血管の壁がたゆんでは絶たれ、血の溢れる音。
 骨が削れ、その管腔構造が軋み砕けてゆく音。
 その全てが、一瞬にして星空凛の手には伝わってくる。

 それを全部抱きしめて、凛を包み込んでいる暁美ほむらの両手の温もりが、そして凛には最も衝撃的だった。


「私の内臓の温度がわかる? そう。今くらいの力を込めれば、人体は骨まで引き裂ける。ヒグマだって殺せるわ」
「なんで!? なんで避けなかったにゃ!? や、やめるにゃ!」
「優しいのね……。知りたいのは、強引なしぐさだったのに」

 胸から背中までを、凛の超硬質ブレードに貫かれ、口の端から血をこぼしながらも、暁美ほむらの口調は朗らかだった。
 周辺を覆っていた黒い侵食結界は、既にその色を薄れさせ、跡形もなく消えようとしているところだった。


「どれだけ口調をぶっきらぼうにしても、あなたの斬り込みは浅すぎたわ……。
 アイドルの舞台でどんな殺陣をしてたか知らないけれど、どうしたってあなたの太刀筋は人を殺すものじゃなかった。
 私を一人の観客として奮い立たせてくれようとする優しさばかりが、身に沁みたわ……」
「うう……、ほむほむ……」

 震える少女の頭を撫でて、暁美ほむらは嘆息する。
 星空凛の攻撃には、どうしても最後の最後で、手加減と迷いが生じていた。
 彼女にとってそれは暁美ほむらを奮い立たせるための演技であり、どれだけ殺意を滲ませていても、初めから相手を殺すつもりなどなかったからだ。
 暁美ほむらは、そんな彼女を追い込み、迷いなき攻撃を彼女に揮わせるために、その身を差し出した。


「迷惑をかけるまいと思ったけれど、隠れててなんて、あなたに言う必要なかったのね……。
 せめて、本当に人を殺せる振付を、黒幕を駆逐して帰還できる攻撃を、私の体で学んで欲しかった……!
 あなたはもう、一人の強力な兵士なのだと実感させてもらったわ。頼りにさせて」
「……やっぱりほむほむはすごいにゃ。やっぱりほむほむが、凛たちのリーダーだにゃ」
「ありがとう……。あなたは、私なんかが及びもつかない程の、実力者だわ」

 互いの認識を新たにして、二人は剣で繋がったまま、今一度抱きしめあった。
 歩み寄ってくる巴マミに、ほむらはこの勝負の決着を尋ねる。


「この勝負、あなたたちはどう見た?」
「二人とも己の正義で、勝利したんじゃないの? すごい戦いだったわ」

 巴マミは、星空凛の見せた胆力に感動を覚えていた。
 その実感は、ピースガーディアンとの戦いのとき以上だ。
 これこそがアイドルとしての技術であり、プロとしての技量であり、彼女としての優しさなのだろう。
 纏流子から託され、己の魔力を重ねた大鋏を手に、マミは今一度その覚悟と思いを新たにしていた。


 全てを出し尽くした星空凛は、既にそのブレードから手を離し、緊張の糸を切らせて泣きじゃくることしかできなかった。
 内に溜込んで耐えていた恐怖と不安が、一気に口をついて溢れてきてしまうのだ。


「……もう、ほむほむしかいないんだにゃ! だから、怖くて、怖くて……!
 ほむほむが引っ張っていってくれなきゃ、凛は、凛たちは……!」


 暁美ほむらと巴マミは、そんな彼女を前にして、顔を見合わせた。
 そして二人は、凛の後ろに目をあげる。
 泣いている凛の肩を、誰かの手が叩いた。


「泣くな、凛。俺が居なくても、お前は強く生きていける……!」
「ジャンさん……!」

 間違いない。それはジャンさんの声だった。
 確かだった。それはジャンさんの掌だった。
 凛が追い求めた威光が、背中を押している。


 動揺してるよ。緊張してるよ。
 なんだかわかる。振り向いたらわかる。

 ……でも、凛はつかまえなくちゃ。振り向かないわ。


「大丈夫にゃ、ジャンさん。ジャンさんはここにいるって、信じてるから。
 凛はもう、この心臓を、捧げているから……」

 俯き震えながら、指先を胸に当てた。
 どくん、どくん、と鼓動が聞こえる。
 それは彼と重なっていた鼓動だ。
 シダのように正義が刻まれた勲章だ。
 そして今も、彼と繋がっている証だ。


 そのまま凛は、胸に握り拳を当てて朗々と歌う。

「……忘れない、斬新な日々がほしい!
 のぞむならできるの、秘密のKiss――。
 早すぎる? いいえちょっとならいい……?」

 返り血のついた訓練兵団の制服で、それでも凛の声は華やかな香気のように舞う。
 指差すウィンクは、自分たちを率いる提督に向けてのメッセージだ。


「果実にも棘がある。注意して――!」
「……その点は実感させてもらったわ」
「ええ。アイドルってすごい職業なのね」

 苦笑する暁美ほむらたちの表情を受けて、凛の動きは一気に躍動し、そして決意を秘めるように固まった。


「あまい、かおり――、たべごろに変身!!
 そっと触れてみて――、もう君は迷わないで……Please!!」


 歌声を切ると共に、そして彼女は拳を突き上げた。
 自他を奮わせる決意として、星空凛は高らかに叫び上げる。


「もう――、とめないで!! あなたから、熱くなれ――!!」


 もう背後に、人影はいない。
 それでも今も遠くで、良かれと奮える怒号は聞こえている気がする。

 虹の朝など絵空の塵と、誰もが思うだろう。
 けれど、凛たちは確信していた。


「また、会えるよね……?」
「ええ。球磨の魂も、私と共にある」
「そう、正義は死んでいないわ」
「まだ、あなたたちの深き力、見させてもらえる?」


 『夜明けを手中に』と発つマッハの船団の音に。
 別れの時と、老いた日は身を投げる。


【C-6 総合病院跡/夕方】


【暁美ほむら@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:記憶から来た軍神
装備:球磨の記憶DISC@ジョジョの奇妙な冒険・艦隊これくしょん、自分の眼鏡、ダークオーブ@魔法少女まどか☆マギカ、令呪(無数)
道具:球磨のデイパック(14cm単装砲(弾薬残り極少)、61cm四連装酸素魚雷(弾薬なし)、13号対空電探、双眼鏡、基本支給品、ほむらのゴルフクラブ@魔法少女まどか☆マギカ、超高輝度ウルトラサイリウム×27本、なんず省電力トランシーバー(アイセットマイク付)、衛宮切嗣の犬歯)、89式5.56mm小銃(0/0、バイポッド付き)、MkII手榴弾×6、切嗣の手帳、89式5.56mm小銃の弾倉(22/30)、球磨の遺体、碇シンジの遺体、ナイトヒグマの遺体、ジャン・キルシュタインの遺体
基本思考:まどかを、そして愛した者たちを守る自分でありたい
0:魔力を使いこなせた。私たちは確かに進むことができる……!
1:ありがとう、巴マミ、星空凛。そして、私を押してくれた全ての者たち……。
2:まどか、ありがとう……。今度こそ私は、あなたを守るわ。
3:他者を救い、指揮して、速やかに会場からの脱出を図る。
4:ゆくゆくは『円環の理』の力を食らった代行者として、全ての者が助け合い絶望せずに済むシステムを構築する。
[備考]
※ほぼ、時間遡行を行なった直後の日時からの参戦です。
※島内に充満する地脈の魔力を、衛宮切嗣の情報から吸収することに成功しました。
※『時間超頻(クロックアップ)』・『時間降頻(クロックダウン)』@魔法少女まどか☆マギカポータブルを習得しました。
※『時間超頻・周期発動(クロックアップ・サイクルエンジン)』で、自分の肉体を再生させる魔法を習得しました。
※円環の理の因果と魔力を根こそぎ喰らいましたが、現在使っている円環の理由来の魔法・魔力は、まだまだほんの一端です。
※贖罪の念から魔法少女としての衣装が喪服/軍服に変わってしまったため、武器や魔法の性質が大きく変わっています。
※固有武器は、『偽街の子供たちの持つ巨大な編み針』です。
※固有魔法は、『自分の愛(時間・世界線)を自在に濃縮・希釈し、紡ぎ、編むこと』です。
※魔女・魔法少女としての結界を、翼のように外部に展開することができます。


【巴マミ@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:ずぶ濡れ
装備:ソウルジェム(魔力Full)、省電力トランシーバーの片割れ、令呪(残りなし)
道具:基本支給品(食料半分消費)、流子の片太刀バサミ@キルラキル、流子のデイパック(基本支給品、ナイトヒグマの鎧、ヒグマサムネ)、人吉球磨茶白折入りの魔法瓶
基本思考:正義を、信じる
0:あなたについていくわ、暁美さん。
1:殺し、殺される以外の解決策を。
2:誰かと繋がっていたい。
3:みんな、私のためにありがとう。今度は、私が助ける番。
4:暁美さんにも、寄り添わせてもらいたい。
5:凛さん、あなたは見習いたいくらいすごい人だわ。
6:デビル、纏さん、球磨さん、碇くん……、あなたたちにもらった正義を、私は進みます。
※支給品の【キュウべえ@魔法少女まどか☆マギカ】はヒグマンに食われました。
※魔法少女の真実を知りました。
※『フィラーレ・アグッツォ(鋭利な糸)』(魔法少女まどか☆マギカ~The different story~)の使用を解禁しました。
※『レガーレ・メ・ステッソ(自浄自縛)』(劇場版 魔法少女まどか☆マギカ~叛逆の物語~で使用していた技法のさらに強化版)を習得しました。
※魔女化は元に戻せるのだという確信を得ました。


【星空凛@ラブライブ!】
状態:胸部に電撃傷(治療済み)
装備:訓練兵団の制服、ほむらの立体機動装置(替え刃:3/4,3/4)、包帯
道具:基本支給品、メーヴェ@風の谷のナウシカ、手ぶら拡声器、輸液ルート、点滴、ジャンのデイパック(基本支給品、超高輝度ウルトラサイリウム×15本、永沢君男の首輪、ブラスターガン@スターウォーズ(79/100))
基本思考:この試練から、『アイドル』として高く飛び立つ
0:ほむほむ、信じてた……。待ってた……!
1:この島に残る人たちを救うために、もう、止まらない。
2:ジャンさんたちを忘れないために、忘れさせないために、この世界に、凛たちの存在を刻む。
3:クマっちが言ってくれた伝令だけじゃない。凛はアイドルとして、この試練に真っ向から立ち向かう。
[備考]
※首輪は取り外されました。


【穴持たず506・ゴーレム提督@ヒグマ帝国】
状態:疲労、『第十かんこ連隊』隊員(潜水勢)、元医療班
装備:なし
道具:泥状の肉体
[思考・状況]
基本思考:艦これ勢に潜伏しつつ、知り合いだけは逃がす。
0:興味深い人間たちの力の先を見極める。
1:医療班も崩壊、か……。せめてあとシーナーさんには会いたい。
2:邪魔なヒグマや人間や艦娘は、内側から喰って皮だけにする。
3:暫くの間はモノクマや艦これ勢に同調したフリと潜伏を続ける。
4:とにかく生存者を早く助けなきゃ!
※泥状の不定形の肉体を持っており、これにより方々の物に体を伸ばして操作したり、皮の中に入って別人のように振る舞ったりすることができます。
※ヒグマ帝国の紡績業や服飾関係の充実は、だいたい彼女のおかげです。

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最終更新:2017年10月15日 13:34