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 彼方から聞いたパラボラの声。
 第三回放送後、地底湖の艦娘工廠で、夕立提督を拘束したままのシーナーは愕然としていた。

「ならば一体、江ノ島盾子の本拠地はどこに……!?」
「それがわかれば私たちだってここまでモノクマさんに従うフリを続けてなかったっぽい。
 私たちは、艦これが好きなだけ。私たちが認めてさえもらえるなら、従う相手は、本当はシーナーさんたちでも良かったはずっぽい……」

 シーナーが広げた『治癒の書(キターブ・アッシファー)』の辺縁にその時、地底湖の一角へ岩盤を崩して駆けてくる何者かの振動が捉えられた。
 意識をそちらに集中する。
 シーナーの目に映るパノラマの姿は、信じがたいものだった。

「相田……マナさん……!?」

 小さく髪を結った、わずかにカールするピンク色の赤毛。あどけない少女の顔。
 見間違うはずもない。
 彼女は、ヒグマのニンジャソウルに侵食され凶暴化していた魂を、シーナーが確かに救済したはずのキュアハート。相田マナその人であった。
 だがその眼に光はなく虚ろで、謎のぴっちりとした黒いボディースーツに覆われている四肢には、鋭い鉤爪が備えられていた。

 シーナーの舌で拘束される夕立提督の認識にも、地底湖の遠方からチーターのように高速で駆けて来る『H』の姿が共有される。
 そのセンスに、夕立提督は見覚えがあった。


「モノクマさんに改造された人間っぽい!!」
「『治癒の書(キターブ・アッシファー)』!!」

 夕立提督の拘束を解きながら、シーナーは叫んでいた。
 地底湖畔で作業していた第一かんこ連隊のヒグマたちに、『治癒の書(キターブ・アッシファー)』の魔力が浸透する。


「『この場の全員、襲撃者に備えよ!!』」


 その瞬間、全員の意識の中に、襲撃する『H』の姿と位置情報がただちに共有された。
 異常事態に、穴持たず677・ロッチナを始めとしたヒグマたちが驚く。

「なんだこれは!? シーナーか!?」
「ロッチナ! 今はシーナーさんと共闘して! 総員、第一種戦闘配備っぽい!」
「『弾道上に空く、虚無に消えよ』!!」

 遠方で、口から『H』が放とうとした大口径レーザーの初撃を、シーナーの『治癒の書(キターブ・アッシファー)』の闇が呑み込んで消す。
 それは実際には攻撃自体を消している訳ではなく、相手の認識を狂わせ、『攻撃したつもりでも、実際は攻撃の動作になっていない』、誤った感覚認識を上書きすることで無効化する技法だ。

 『H』は、不発に終わった自身の攻撃に、わずかに首を傾げたように見えた。
 そして遠方で佇むと、彼女は不意に白目を剥き、その眼から、耳から、口から、どろどろと黒い靄のようなものを排出しだした。
 浸透していた『治癒の書(キターブ・アッシファー)』の魔力だ。
 シーナーは狼狽した。


「『治癒の書(キターブ・アッシファー)』に対処された――!? 生物由来の感覚器官が少ない……!
 もはや、体の半分が、機械化されているのですか……!?」

 たじろぐシーナーの前に、夕立提督とロッチナが歩み出る。


「ありがとうシーナーさん! 出鼻をくじいてくれただけでも助かるっぽい! 後は私たちが戦うっぽい!」
「あれは間違いなくモノクマさんの手の者だろうな。奴は完全に我々をも裏切ったということだ……。
 シーナーさん、あなた方ヒグマ帝国を騙していた分際でおこがましいが、艦これ勢を代表して感謝する」
「――ッ、せめて彼女の行動の詳細を常時モニタリングして認識共有します!」

 『H』にレーザーを撃たせる隙を与えぬよう、第一かんこ連隊のヒグマたちは艦娘の装備の連装砲で一糸乱れぬ弾幕を形成した。
 回避行動に徹さざるを得ない『H』を、弾幕の合間に投射される魚雷がさらに襲う。
 シーナーの『治癒の書』がリアルタイムで全員に伝える詳細な感覚情報は、作業勢である第一かんこ連隊と抜群の相性であった。
 『H』は徐々に傷つき、回避動作もままならなくなっていく。

 だがその時、シーナーの体は突如として希薄になりだしていた。


「な……!? 呼んでいる……! イソマ様が!?」

 その声だけを残して、シーナーの肉体は突然消失した。
 感覚阻害にて感じ取れなくなったというわけでもなく、完全にシーナーの存在はその場から消えていたのだ。
 同時に、地底湖一帯に広がっていた『治癒の書(キターブ・アッシファー)』の魔力も消滅する。

 振り向いた夕立提督は、愕然とした。

「シーナーさん……、行っちゃったっぽい」


 襲撃者『H』の動向をその場の全員に共有していたシーナーがいなくなったことで、第一かんこ連隊の戦線は一気に崩壊した。
 動揺した端の者が『H』の鉤爪で切り裂かれる。
 一度攻撃を許すと、ルーチンワークに慣れた作業勢である第一かんこ連隊が、アドリブで戦況を巻き返すことは困難だった。
 ヒグマたちの間を縫うように駆けながら切りつけ続ける『H』に前線は死屍累々となり、凄まじい勢いで混迷と敗色が膨れ上がった。

 ロッチナは歯噛みし、工廠の隅でカバーがかけられていたロボットを動かそうとする。

「かくなる上はビスマルクを……!」
「ロッチナは行って。あなたはこんな島で終わりたくはないっぽいでしょ?」
「夕立提督……」

 そのロボットに乗り込んで戦おうとするロッチナを、夕立提督は差し止めた。
 戦うのではなく、この場を捨てて逃げるように、地底湖の反対側を彼女は差した。
 ロッチナは側近であった彼女に、切ない表情を向けた。


「……キミはここで、命を捨てるつもりで良いのか?」
「まあ、欲を言えば、せっかくだからこのバクテーくらいは守りたいっぽい~?
 私はただ、私たちの作業の成果を、何か少しでも残したいだけだから……」

 煮込んでいた肉骨茶(バクテー)の寸動鍋たちを愛おしそうに撫で、夕立提督は呟く。
 その姿に歯噛みし、ロッチナは血しぶきの飛ぶ前線に背を向けた。


「……承知した。ビスマルク! 追え! 奴を、ヒグマ提督を追え!!」


 ビスマルクと呼ばれたそのロボットは、上に乗るロッチナに背中を蹴られた。
 ロッチナを乗せたロボットは、悲鳴を上げながら脚のローラーを駆動させ、高速で地底湖から去って行った。

 第一かんこ連隊を惨殺した『H』が、残る夕立提督に迫ったのは、ちょうどその時だった。

 飛び来る骨の矢に向け、夕立提督は並ぶ肉骨茶(バクテー)の鍋の一つを放り投げる。
 空中で鍋の中のヒグマ肉に命中した矢は、大量の骨針を出して鍋を破壊する。

 続けざまに蹴り飛ばされるハート型の爆弾が、投網のように展開して夕立提督を襲う。
 彼女はそこへ鏡写しのようにハンモックを展開し、中間地点で爆風を相殺する。

 爆炎の晴れた向こうには、襲撃の最初のように口を開き、ビーム砲をチャージしている『H』の姿があった。
 夕立提督は残りのハンモックをかき集めて構えながら、冷や汗をかいて笑った。


「さぁ、どうかな~……、少しは耐えられるっぽい~?」

 放たれる光線に向けてハンモックを広げ、夕立提督は少しでもその勢いをいなそうとした。

 地上まで、ピンク色の大口径レーザーが岩盤を貫く。
 夕立提督の体も、地面ごと大きく吹き飛ばされて地表を転げた。
 だが丈夫な帆布のハンモックで幾重にも緩衝したおかげで、地底湖から地上へ岩盤ごと吹き飛ばされても、まだ夕立提督は生きていた。


「誰かに……成果を……認めてほしい……」

 ハンモックに固くくるんだ肉骨茶(バクテー)の寸動鍋を抱え、夕立提督は傷だらけの顔を上げ、呟く。
 焼け焦げ、骨の砕け切った体を、少しでも前に進めようとする。
 わずかな時間でも逃げのびようとしてしかし、彼女はそのまま、動けなくなった。

 崩れた地下からの斜面を、襲撃者『H』は彼女の死肉を食べるべく、無表情でのぼってきていた。


【第一かんこ連隊@ヒグマ帝国 壊滅】
※団体勢力としての艦これ勢は、この時点で事実上全滅しました。


【E-4 街 夜】


【『H』(相田マナ)@ドキドキ!プリキュア、ヒグマ・ロワイアル
状態:半機械化、洗脳
装備:ボディースーツ、オートヒグマータの技術
道具:なし
[思考・状況]
基本行動方針:江ノ島盾子の命令に従う
1:弱っている者から優先的に殺害し、島中を攪乱する。
2:自分の身が危うくなる場合は直ちに逃走し、最大多数に最大損害を与える。
[備考]
※相田マナの死体が江ノ島盾子に蘇生・改造されてしまいました。
※恐らく、最低でも通常のプリキュア程度から、死亡寸前のヒグマ状態だったあの程度までの身体機能を有していると思われます。
※緩衝作用に優れた金属骨格を持っています。
※体内のHIGUMA細胞と、基幹となっている電子回路を同時に完全に破壊しない限り、相互に体内で損傷の修復が行なわれ続けます。
※マイスイートハートのようなビーム吐き、プリキュアハートシュートのような骨の矢、ハートダイナマイトのような爆発性の投網、といった武装を有しているようです。



    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


 時間さえ真似る空間。
 そこに、粒子まで解けたシーナーが再構成される。
 穴持たず50・イソマが、島の龍脈の令呪を使ってシーナーを霊体化させ、四元数環の世界に呼び出していたのだ。

「イソマ様! なぜ私を呼び戻されたのですか!?」

 出現するやいなや、シーナーは叫んでいた。
 モノクマの配下からの襲撃を、切り抜けられるかどうかというところだったのだ。
 シーナーがいなくなった時点で、あの場にいた多くのヒグマたちが死んだであろうことは想像に難くない。
 ヒグマの命を上回る喫緊の問題が無い限りは、このマスターからの突然の呼び出しに、シーナーは納得できなかった。

 不定形の存在が、輪郭のあやふやな声で静かに言う。

「ボクを『読め』。自ずとわかる」

 シーナーはイソマの呼びかけに数瞬固まった後、がくりと膝を突いて震え始めた。
 この急な呼びつけも、当然の事態だった。


「え、江ノ島盾子が、今夜0時にこの島へ核ミサイルを撃ち込もうとしている……!?
 そして、彼女はこの島で死んだHIGUMAの能力を我がものとし、さらにその肉体を世界各地で複製する準備すらしていると……!?」
「ラマッタクペの魂がボクを通る際、報告してくれた。
 シーナーは示現エンジン周辺や北の工廠を調べてくれていたようだが、彼女が復活したのは火山の南側のオフィス街の何の変哲もないビルの、女子トイレの一角だったそうだ」


 江ノ島盾子が潜伏していたのは、ウェカピポの妹の夫が長時間入り浸っていた、あの『物品が揃いすぎていた』ビルであった。
 惜しむらくは、義弟の一行、武田観柳の一行に、人間の女性が誰一人としていなかったことだろう。
 あの近辺は、シーナーも津波の襲来していた時刻に通りがかっていたはずである。
 致命的な見逃しは、後悔してもしきれなかった。


「そして、グリズリーマザーさんも死んだよ、シーナー。
 事態はね、もはやヒグマと人間の生存実験を続けている場合ではなくなっているんだ」

 イソマの静かな語りも耳に入らない。
 シーナーはただ恐れに震え、自分の黒く痩せ細った前脚の肉球を見つめていた。


「ヒグマも……人間も……、みな江ノ島盾子に踊らされていた……。
 私は、ヒグマと人間双方の未来を考えて動いてきたはずなのに……!」


 ――誰も、救えなかった。

 相田マナの姿が。
 夕立提督の姿が。
 救おうとして、『治癒』させようとして、死なせてきてしまった数々の命の姿が、シーナーの頭を埋める。
 それは、シーナーが『治癒の書』自身にも書いていた、『必然的な』絶望だった。

 『謬説そのものによる謬説の論破』。

 シーナーが正しいと信じて行なってきたことの全てが、彼自身の間違いを指摘して論破してくる。

 ヒグマは、人間より優れているはずだった。
 穴持たずは、穴である瑕疵を持たないはずだった。
 だから、ヒグマのデミサーヴァントとして召喚されたシーナーの理念も、正しいはずだった。
 人間は、この島の実験の勝者となったヒグマに教導され、より良い生物となっていくはずだった。

 だがどうだ。この島の惨状を見たか?

 ヒグマたちはむしろ人間を上回るほどの愚かさを見せ続けてはいないか?
 そしてその愚かなほつれの全てを、ほくそ笑む江ノ島盾子という人間が、全てかすめ取っているではないか。

 いや、いや、違う。
 断じてそんなことはあり得ない。あってはならない。
 そんな悪辣な人間に全てを奪われることだけは、己の全存在を賭けてでも阻止する――!

 シーナーは絶望の淵に転落しそうだった心を辛うじて踏みとどまらせ、顔を振った。


「……そ、そうだ。聖杯戦争……! ならば聖杯戦争は、我々の勝利ということですか!? イソマ様!?」
「いや、違う。まだ、間桐雁夜が再契約した真ランサー、龍田さんがいる。
 今の彼女もまた、ヒグマから生まれた存在だ。まあどちらに転んでも、『誰か邪悪な者に簒奪されない限りは』、悪いようにはなるまい。
 まあ、そもそも誰も、簒奪も利用もできなくなってしまうかもしれないがね……」

 イソマの身に眠る聖杯の力を使えば、こんな島の状況もどうにかなるかも知れない――。
 そう一縷の望みをかけた問いは、イソマに釘を刺された。
 ヒグマ島の聖杯戦争は、現在、複数の問題点を抱えている。

 まず、聖杯の器であるイソマが、マスターそのものであるため、勝ち残ったとしても願いは別の者に叶えてもらわないといけない。
 そして、このイソマのいる四元数環に入れる能力を有した者は、シーナーの知る限り、シーナー自身と司波深雪しか残っていない。
 さらに実のところ、司波深雪は四元数環に入るための魔法演算領域を破壊されてしまっている。
 もしそのままならば、聖杯はたとえ7騎のサーヴァントを得ても、誰の眼にも触れぬまま四元数環に取り残されてしまうだろう。

 仮に、深雪の演算能力が何らかの要因で戻ったとしても、ブラコンをこじらせた彼女がきちんと役に立つ願いをしてくれる気は、全くしなかった。


「……シーナー、君はどうしたい? この状況でも、君は人間と戦い続けたいか?
 共に協力できそうな人間に、君は出会わなかったか?」

 固まってしまうシーナーに、イソマは静かに問いかける。
 イソマの輪郭が、ヒトの形をとる。

 シーナーの脳裏に浮かぶヒトの姿が、次々とイソマというスクリーンに去来する。
 布束砥信
 あのグリズリーマザーの屋台バスの中で出会った、黒木智子佐天涙子たち。
 そして赤いポニーテールを振り立てた、槍を持つ一人の少女。

「佐倉……杏子さん……」

 そう、あの放送には、シーナーには信じがたい声があった。
 自分と同じ能力を持った、目の前で死んでしまったはずの、あの赤毛の魔法少女のモデルが、そこに生まれていた。


『あたしが魔法使えなかったワケ……、わかっただろ?』


 絵に描いたヒトの警告。
 佐倉杏子の姿をとったイソマは、槍を突きつけながら、寂しそうにシーナーへ語っていた。


【HIGUMA製造調整所・複製(四元数環)/夜】


【穴持たず50(イソマ)】
状態:仮の肉体
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ヒグマの起源と道程を見つけるため、『実験』の結果を断行する
0:この『実験』が、『彼の者』の絶望にだけは落ちないことを願うよ。
1:情報ありがとう、ラマッタクペ。
2:『実験』環境の整備に貢献してくれたものには、何かしらの褒賞を与える。
3:『例の者』から身を隠す。
4:全ての同胞が納得した『果て』の答えに従う。
5:シロクマさん。気付きたまえ。きみがお兄様を手に入れるためには、何が必要なのかを……。
6:……『彼の者』の名前は、江ノ島盾子というんだな? ありがとう、シロクマさん。
[備考]
※自己を含むあらゆる存在を、同じ数・同じ種類の素材を持った、別の構造物・異性体に組み替えることができます。
※ある構造物を正確に複製することもできますが、その場合も、複製物はラセミ体などでない限り、鏡像異性体などの、厳密には異なるものとなります。
※ヒグマ島の聖杯の器です。7騎のサーヴァントの魂を内包すれば、願望器としての力を発揮できます。
※現在5騎のサーヴァントの魂を内包しています。現実世界に出た場合、もはや自我を保つことはできません。


穴持たず47(シーナー)】
状態:ダメージ(大)、疲労(極大)
装備:『固有結界:治癒の書(キターブ・アッシファー)』
道具:相田マナのラブリーコミューン
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため、危険分子を監視・排除する。
0:私は、どうすれば良かったのか……?
1:まだ休めるわけないでしょう、指導者である私が。
2:莫迦な人間の指導者に成り代わり、やはり人間は我々が管理してやる必要がありますね!!
3:モノクマさん……あなたは、殺滅します。
4:懸案が多すぎる……。
5:デビルさんは、我々の目的を知ったとしても賛同して下さいますでしょうか……。
6:相田マナさん……、私なりの『愛』で良ければ、あなたの思いに応えましょう。
7:佐倉杏子さん……、惜しい若者でした……。もしも出会い方が違えば……。
8:何があったのですか、ヤスミン……。
[備考]
※『治癒の書(キターブ・アッシファー)』とは、シーナーが体内に展開する固有結界。シーナーが五感を用いて認識した対象の、対応する五感を支配する。
※シーナーの五感の認識外に対象が出た場合、支配は解除される。しかし対象の五感全てを同時に支配した場合、対象は『空中人間』となりその魂をこの結界に捕食される。
※『空中人間』となった魂は結界の中で暫くは、シーナーの描いた幻を認識しつつ思考するが、次第にこの結界に消化されて、結界を維持するための魔力と化す。
※例えばシーナーが見た者は、シーナーの任意の幻視を目の当たりにすることになり、シーナーが触れた者は、位置覚や痛覚をも操られてしまうことになる。
※普段シーナーはこの能力を、隠密行動およびヒグマの治療・手術の際の麻酔として使用しています。



    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


「実験……、継続していると言っちゃったけど、それで良かったかな……?」


 羆魔神我と化したヒグマン子爵を見送ってから、ヒグマ提督――もとい、ヒグマになった関村弘忠はぼんやりとそんなことを思った。

 記憶が戻りしなの曖昧な状態で、適当なことを言ってしまったような気がしないでもない。
 先ほどの放送でもあったように、どう考えても巨大な対主催の流れができている以上、ここでSTUDYの残党だと明かしてしまうのはさらに自分の立場を悪くしてしまうのではないか?
 まあ、同じSTUDYで主催をしていた布束や司波が参加者の一行に馴染めているようなので、どうにか自分も仲間に加えてもらえないだろうか。
 いや、その場合、またヒグマン子爵――羆魔神我がやってきた場合、どういう身の振り方をすればいいのか……。

 森の入り口付近でうろうろと逡巡していた彼だったが、しばらくしてようやく腹を決める。


「……とりあえず、天津風も初春ちゃんもいるっていう、A-5に行ってみるか……。平謝りするだけすればなんとかなるんじゃないか……?」

 とりあえず、有冨が学園都市に衛星ミサイルをぶっぱなし始めた時に比べれば、大抵のことはなんとかなるはずだろう――。
 よもや、この島にミサイルが落ちてくることなどもあるまい。HIGUMAは最強なんだし――。

 関村としての記憶が戻ったことで、ヒグマ提督はだいぶ楽観的になっていた。
 あの深海棲艦化した大和の襲撃から、よく生き残っていたものだなぁ、などと考えながら、彼が西に歩みを向けた時だった。

 彼の目の前に、巨大な装甲を纏った一騎のロボットが、急旋回して滑り込んで来ていた。
 そのロボットの背に乗るヒグマが、彼を見下ろして一喝する。

「――見つけたぞ! ヒグマ提督! いや、関村弘忠!!」
「ロッチナ!? なんでここに……、いや、なんでその名前を……!?」

 そのヒグマは、穴持たず677・ロッチナであった。

「フン、『パーフェクトヒグマ』だったか? 『穴持たずオリジン』だったか?
 高度に訓練された人間でも発達したヒグマの力には追いつけないだろう、とヒグマに心酔したお前が、モノクマにヒグマと一体化させてもらってから、帝国を欺いてまで面倒を見続けてやったのは私じゃないか。
 なあ、穴持たず678・関村弘忠。いつまで記憶があやふやなのだ、お前は?」

 怒りと苛立ちのにじむその声に、ヒグマ提督はたじろぐ。
 彼が目を落とした時に嫌でも気にかかるのは、そのロッチナが搭乗している謎の機体だった。

 よく見れば、そのロボットの顔面は、バイザーの奥に少女の顔があった。

「そいつは何だ!? ……ビスマルクなのか!?」
「『ビスマルクドッグ』だ。お前のもたらした因果の果ての姿だ」


 体高3m程度にもなるその機体は、艦娘と同じく大量の連装砲や魚雷などの武装を備えていた。
 ただし、陸戦の走破性能を高めるためか、脚部にはキャタピラのようなローラーがついている。
 その中身が覗く顔面には、目隠しと猿轡をされ、『フーッ、フーッ』と息を荒げるだけのビスマルクが見えていた。

 生身の艦娘など非常食か道具としか考えていないロッチナは、彼女をロボットの生体演算装置として組み込んでいたのだ。


「モノクマは、既に我々ヒグマを見限っている。もちろんお前たちSTUDYを始めとした人間もな。
 既に北の工廠はモノクマの手の者によって破壊された。ゆくゆくはこの島の全てが破壊しつくされるだろう……」
「え? モノクマってことは、江ノ島盾子が!? あのギャルがそんな破壊活動やってんの!?
 ただのスポンサーだったはずだよアイツは! 何かの間違いなんじゃないの!?」
「阿呆が!! 何も見ず、知ろうともしなかった分際で知ったような口をきくな!! 特にこのロッチナの前ではな!!」

 この期に及んで、あまりにも情報が古すぎるヒグマ提督の素っ頓狂な返事が、ロッチナの逆鱗を叩いた。


「お前の伝えた『艦これ』に免じて、お前を少しの間でも生かしてしまったことを、今は後悔している!!
 私があれほど欲した機会を!! お前は殺したのだ!!」


 ビスマルクドッグの連装砲を関村弘忠に向け、ロッチナは怒声を浴びせる。
 激情が、彼の喉をついて溢れた。


「私が! 私が人間であったなら!! 私が……、研究者であったならァ――!!」


 秋葉原を、真の艦これを見たかっただけのヒグマは、そう慟哭した。


「絶対にお前のような振る舞いはしなかった……!」


 彼の眼からは、血涙が流れていた。
 ヒグマの勝利も、艦これの繁栄も、この目の前にいる関村弘忠というヒグマのなり損ないのために潰えたのだ。
 艦これ勢の全ては、彼の能天気な思いつきに踊らされ、江ノ島盾子に付け込まれ、そして崩壊した。
 ロッチナを支配していたのは、どす黒い怒りだけだった。


「私は言ったはずだ。『ブラウザゲーでチート使うのはマジでヤバいぞ』とな!!
 そもそもこの島が、実験が、モノクマにハッキングされたのはお前のせいだ!!
 お前は有害なバクテリアだ! 猛毒の細菌だ! お前のせいでこの島の生命も研究も、二度と栄光に輝くことはない……!」


 何もかも、関村には言い返すこともできない事実だった。
 だが、あいまいな状態で過ぎ行きた日々に、関村は自分自身さえどこにもいなかったように感じていた。
 一体どうすれば良かったというのか――?
 突きつけられる復讐の砲口にすがり、彼はその身を震わせることしかできない。


「お前も私も、今後記録から消えるのだ!!」

 ロッチナの怒号と共に、自分の命も終わる――。
 ここで消え去ることが、せめてもの清算なのかもしれない――。
 そう、彼が覚悟を決めた時だった。

 強烈な衝撃波があたり一帯に叩きつけられ、関村は吹き飛んでいた。


「おっと、勢いが余ってしまいましたね……、いけませんいけません。
 この『始まりと終わりの狭間に存在するもの』の代弁者たる私が、あの程度のことで冷静さを欠くなど有り得ないこと……」

 転げた関村が身を起こした時、あたりにはカラスの羽が舞い散っていた。
 そして、目の前にいたはずの、兄にあたるヒグマと、ビスマルクは、地面でぺしゃんこに押しつぶされ、赤い花になっていた。


【穴持たず677(ロッチナ)@ヒグマ帝国 死亡】
【Bismarck zwei@艦隊これくしょん 死亡】


「こちらのヒグマたちは死んでしまったようですが、まあHIGUMA細胞なる素材さえ手に入れば良いでしょう」

 呆然とする関村の前に歩み寄ってきていたのは、一羽のズタボロになった、しゃべるカラスであった。
 ロッチナとビスマルクの潰れた死体を、その異様なカラスはべろりとひとなめで呑み込んでしまう。
 一瞬で頭部だけが巨大化して元に戻る、非常に気色の悪い動きであった。
 薄汚れボロボロになっていたカラスはそこから、見る間に羽が生え代わってツヤツヤの綺麗な体になる。


「な……、え……? は……?」
「私はこれまで、幾多の星を滅ぼしてきました。そして理解したのです。
 彼らは、下等な種が過ぎたエネルギーを手に入れるのを望んではいない……。
 特にあなたのよう者にはね、関村弘忠」

 理解の追い付かない関村へ、カラスは語りながら悠然と歩み寄る。
 そのカラスは、地下で黒騎れいと別れた後、示現エンジンを見に行こうとして四宮ひまわりの童子斬りに追い立てられ傷つけられ、逃げ回っていた。
 そして第三回放送でれいの位置の見当がつき、火山の西側の地下から這う這うの体で地上へあがり、エネルギーを求めながら練り歩いているところであった。
 思うようにいかない苛立ちで、勢い余ってヒグマを殺してしまったが、エネルギーの元となる核は、生きていた方が効率が良い。
 黒騎れいに預託している示現エネルギーを奪うのが最善であったが、HIGUMAであっても多少は足しになるはずだろう。

 たまたま見かけた獲物の中に、元STUDYの研究員のヒグマがいることはカラスとしても想定外だったが、苛立ちと苦言をぶつける相手としては申し分なかった。

 関村はそこで、ようやくカラスの正体に察しがついた。


「何だよ!? お前こそ何なんだよ急に出てきてぇ!! 黒騎れいの連れてたただのカラスだろお前!!
 布束や司波や、ロッチナに言われるならまだしも、お前みたいなカラスにまで、とやかく言われる筋合いはないぞォ!!」
「示現エンジンやHIGUMAがこの星で利用されることなどあってはならないのです。
 だからこそ、このような間違った結末は正さねばなりません!!」


 関村にとっても、ただの外部協力者の、そのまたさらにお供の小動物にまで難癖をつけられるのは心外だった。
 だが、カラスは一向に退くこともなく、ヒグマとの体格差におじけづくこともなく、立ち上がる関村をねめあげた。
 得体の知れぬ恐怖に、関村は震えた。


「江ノ島なる下等生物が、この世界中にHIGUMAを広めようとしているのでしたね……?
 安心なさい。この星もろとも、HIGUMAも人類も、全ての生物を絶滅させてあげましょう……!!」
「お、お前……、狂ってる……!」
「関村弘忠。こんな事態を招いたのは、全てあなたのせいです。あなたは失格。
 せめて私が、あなたの擁するHIGUMAのエネルギーを、最大限活用して差し上げます」


 げろり。
 一瞬で、そうしてヒグマ提督・関村弘忠の体は、カラスの体内に、吸収されていた。


【D-5 湯の抜けた温泉の近くの森/夜】


【カラス@ビビッドレッド・オペレーション】
状態:HIGUMA細胞のエネルギーを吸収
装備:【穴持たず678(ヒグマ提督)(関村弘忠)@とある科学の超電磁砲】
道具:なし
基本思考:示現エンジンごとこの世界を破壊する
0:れいの力を奪ってやります!!
1:あのままれいを飲み込んでいても良かったかもしれませんね?
2:この私が直々に、示現エンジンごと全てを破壊してやります!!
[備考]
※黒騎れいの所有物です。

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最終更新:2026年01月15日 15:47