プラハ ~ Prague ~ 3日目
8時半起床。今日の午後にViennaへ移動するので、荷物をパックして9時半チェックアウト。荷物はラゲッジルームに預けて、午前中一杯プラハを散策する。今日も快晴である。
Charles橋を渡り、昨晩見つけた現代アート美術館に向かう。美術館の裏手のレストランで遅い朝食を摂ることにする。Vltava川岸のパラソルの下で、Charles橋を眺めながら牛肉のタルタルを食べた。タルタルは生の牛肉に生玉葱とスパイスを加え混ぜたもので、周囲に細葱、トマトが飾ってある。パンは生地が密なバケットの様で、茶色にカリッと揚げてある。大分油分を含んでいて、ジューシーな食感である。そこに、生ニンニクが二切れ添えてあった。生ニンニクは刺激的だが、揚げパンとタルタルに合わせると驚くほどスッキリする。また、多少殺菌効果があるのだと思う。
11時半に現代美術館に入る。顔のつぶれた巨大な赤ん坊の像や、巨大なミルクの滴が木を飲み込んでいるオブジェ等、不思議な物体が敷地内に配置されている。なるほど確かに不思議ではあるが、ただそれだけで、何の感動も及ぼさなかった。
昨晩と同様に橋を渡り、国民劇場の前に出る。今日はそこからもう一つ南の橋まで歩く。というのも、キュビズム建築を見るためである。
時刻は13時。いよいよプラハの滞在時間も残り僅かになってきた。宿に戻りザックを背負い駅へと向かう。中央広場を通ると相変わらずの賑わいだが、これを見るのも最後かと思うと悲しくなった。途中中央郵便局に立ち寄り、もう何枚かポストカードを送信する。郵便局はそれほど混んでいないにも拘らず待った。昼時だから尚更だったかもしれない。休憩していた店員が、窓口のブラインドを上げて漸く働き出す。
それから郵便局と駅の間にあるレストランFernandで昼食。チェコの伝統的な料理を食べる。そしてビールも。Fernandというと有名なチェコビールのブランド名でもあり、出てきたのもFernandのビールだった。うまい!Fernandの他にUlqual Pilsnarもよく見た。
料理はというと、丸皿に白みがかったソースが敷いてあり、クネドリーキが4切れ、豚肉のスライスが2切れ浸っており、豚肉の上にはレモンと、甘酸っぱいベリーのジャムが添えてあった。もう信じられないほど美味しく、日本食など思い出そうという気にもならない。
駅で列車用にバケットのサンドイッチを買うと、チェコ通貨の残りは百数十kcとなった。列車は14:35にプラハを発った。
19:20 Wien Meidling駅着。地下の駅構内から地上へ出てみると、モール前に簡易スタジオが設置されており、そこに人々が集まり、大音量で響く音楽にノッている。チェコのしっとりとしていて、常に歴史を感じさせる、落ち着いた雰囲気から、急にこのような現代的な場所に出たおかげで、その違いに面食らった。
新しい都市に来た際に、僕はなるべく徒歩で移動するようにしている。それは節約の意図もあるが、土地勘を養うためでもある。ここでも、Uバーン沿いに歩いて、予め目星をつけておいたユースホステルまで行くことにした。ルートとしては、Meidling→Niederhofstrase→Meidling Hauptstrase→Langenfeldgasse→Gumpendorfer straseである。
通りを歩いていて面白いと思ったのは電灯。電灯と言うと、僕は真っ先に路端に電燈が建っている様子を思い浮かべるが、ここでは、教室にあるような細長い蛍光灯が、道路の真上で白く光っており、四方八方に伸びたワイヤーが周囲の建物に打ち込まれており蛍光灯を宙に留めている。蛍光灯だけでなく、信号機にもこの造りのものがある。十字の交差点のど真ん中に信号機が浮いているように見えて見入ってしまう。
Skatepark-Wien Langenfeldgasse駅へと来る列車が、傾斜の長い高架を下って来るのが、夜空から降りてきた星の行列のようで綺麗である。
目星をつけたユースホステルがなかなか見つからず、周辺に別のホステルを見つけたので、期待せず偵察をするに、一泊19ユーロだと知り、また部屋も見せてもらったが広々としており清潔で、とても気に入ってしまった。同室にはアンドレアというオーストリア人のお婆さんがいた。
- オーストリア帝国があった昔は、各国から要人を集め、政府の職に就かせたために、政府の上級職員は何ヶ国語も話すことができた。しかし、第一次世界大戦があったため国土が分裂し、言葉も通じなくなった。帝国時は同国だったチェコに行くのにもビザが必要となり、またオーストリア人ですらビザを取るのは用意ではなかった。
- アンドレアはオーストリア人だが、アフリカがとても好きで、長い間そこで生活をしていた。現在はニューヨークに仕事を持っており、ウィーンには休暇で来ているという。
- 僕のことも詳しく話してと言われて、特に話すほど面白いことも無いので困った。今回の旅行先や、動機や、日本と異なっていると感じていること等、思いつく限り話したが、振り返ってみると僕自身の話とはとても言えなかった。
話が一通り済んで、アンドレアが仕事に戻る頃に、部屋に新しく男が入ってきた。ブダペストから出稼ぎに来た若い男二人で、一人は当ホステルで住み込みをするらしい。もう一人は、ウィーンで他に仕事を探すと言う。ブダペストよりもウィーンの方が賃金が高いので、出稼ぎに来る人は多いとのことだ。まだ若く、10代後半程に見えるのに、ご苦労だと思った。
最終更新:2015年02月06日 00:25