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1.

一陣の風が砂埃とを巻き上げ、少女たちのスカートを翻した。
遠巻きにしているのは、練習開始前の野球部やサッカー部、陸上部も少しは混じっている。
コートの中からはテニス部が、校舎の窓には各文化部に、指導教師が席を外した補習組の面々が鈴生りになっていた。
またか、という呆れ顔で、帰り支度をする生徒はごく少数で、大半はこれから始まる出来事を、むしろ楽しむために、「それ」を注視している。
「その」中心に立つ二組の少女。
少女の一人が、風になびく髪をかき揚げた。視線を一瞬だけ校舎の時計に移し、すぐに、相対する二人の少女に向き直ったその表情は、既に勝ち誇っている。
「予定の時間は過ぎて、そっちのロボットはいない・・・」
少女が顔を伏せ、傍らの黒いシートに手を置いた。肩が小刻みに震えている。笑いを堪えきれず、彼女は人差し指を突き立ててズビシッ。
「不戦敗ね!実!」
指された方の少女、大楽寺 実は、さして応えた様子もなく、少し後ろに控えた、小柄な友人に尋ねた。
「奈津、反応は?」
携帯電話をいじりながら、戸吹 奈津がのんびりと答える。
「GPSを切られてるみたいだから~・・・」
実が小さく舌打ちし、メガネをクィッと直すと、西日を反射したレンズがキラーン。
「逃げたな」
「みたいね~」
相槌を打った奈津が、携帯電話を畳むと、足下のスポーツバックをゴソゴソ漁り始める。
対する少女の笑いは止まらない。口元に手を当て、高らかに哄笑すると、ギャラリーから「今時その笑い方はないだろ」との至極真っ当なツッコミも無視。
「今度は何作ったか知らないけど」
さも面倒そうに、実が言った。
「そんなデカ物わざわざ連れてさ…」
「無駄足に同情するわ~、撫子さん」
奈津がのんびり継いだ言葉に、三崎 芹は人差し指を、チ、チ、チと振った。
「前回惜しくも破れた、私の味源markⅡ・・・」
芹の言い様に、ギャラリーがざわついた。
「惜しくも…?」
「完敗だったよなぁ…」
「み、南高ジェノサイドパーティー…」
芹が、揶揄の飛んで来た方向に目を剥くと、人垣が一斉に沈黙する。
前回実に挑んだ芹の「作品」は、機動力、パワー、いずれの面においても勝負にならず、完膚無きまでにバラバラにされたその姿に、ギャラリーは沸き上がるより先に引いたという。
「この前は小手調べよ!」
観客の野次も的外れではないのだが、芹に言わせれば、そういうことになるらしい。
「力試しよ!強度のデータを取るための高負荷実験よ!」
謳い上げる芹に対して、実は腕組みしたまま欠伸を一つ。
「わざとよ!ついよ!」
主張が混乱してきた頃、スポーツバックの中から、奈津が一本の棒状の物体を取り出した。バットにも似たそれは、確かに縦に半分は木製バットなのだが、もう半分は機械的な輝きを放つ金属体だ。頭からグリップの手前まで、細長い金属棒が埋め込まれ、その棒に間隔を置いて、円錐の皿が取り付けられている。例えるなら、そう、宇宙ロケットに付いているブースターのような。
「今回はひと味違うわ!改良に改良を重ね、出力は3倍!なにより頭脳は人間!」
再びギャラリーが騒がしくなる。
「人間?!」
「脳だけ取り出したとか…」
「大楽寺ならやりそうだけど…」
「ゆ、三崎もやりそうだなあ」
一斉に肯く観客を気にした様子もなく、芹は傍らにそびえる黒い布を、一気に引き剥いだ!

…ように見えたのは本人だけだったようで、必要以上の大きさを誇る布は、相変わらず、芹の作品を隠し続けている。
一拍の沈黙の後、再び一陣の風が吹いた。

ビュウ。

ハラリとめくれた布が隠していたのは、人間の手足と間接部を機械で覆った、そう、
「パワードスーツ、大勝軒1号!!」
おぉ、と三度観客がどよめいた。
実際彼らの多数が想像していたのは、むき出しの脳髄が、半球の水槽に揺られ、合成音で低く笑う、
という少しばかり期待の方が勝ち過ぎた代物だったのだが、これに関して芹の言い方が悪い。
とは言え、作品の水準は決して低くない。
さすが三崎だ、「あの」大楽寺のライバルと言われるだけある。
漏れ聞こえる感想に、芹は鼻高々だが、問題はパワードスーツを着用させられた男子生徒だ。
「なっちゃーん、これちょっとキツいんだけど…」
機械の鎧の要に据えられて、情けない声を出すのは、芹のボーイフレンドの狭間 勤。
「だから!?」
一顧だにせず言い放つ芹の隣で、勤がガックリとうなだれる。
さすが南高のハチ公カップル、とまた周りが騒がしくなる。
一方の実は、無造作に素振りを繰り返して感触を確かめると、大きく振り被って顔を上げた。
「子安、球」
野球部員の子安紳介が、おぉ、と答えて、グラブの中の硬球を放り投げた。練習の、トスバッティングの要領だ。球は緩やかな放物線を描く。
実が、グリップに仕込んだスイッチを押す。
爆音が耳をつんざき、ブースターが青い炎を吐き出す。同時に、白いボールが跡形もなく掻き消えた。何かを勢い良く踏み潰したような音を残して。
衝撃に半ば引きちぎられた、コンマ数秒前まで硬球だった物体が、大勝軒一号の肩パーツを砕いた。
機械の小手が、乾いた音を立てて地に落ちた。
ジワリと浮かび上がった脂汗が、顎先から滴って地に落ちた。
想像を超えた圧倒的な破壊力に、観客たちは声もない。
「ファールボールにご注意ください・・・打法」
吐息をつくと、メガネが西日を受けてキラリン。
「超人野球かよ…」
「今日こそ死人が…」
「み、南高『真』ジェノサイドパーティー」
後ろでは、奈津がニコニコ笑う。その様はまるで、野球に青春を賭けた女子部員と、それを見守るマネージャーのようで、美術部は思わずスケッチをとり、文芸部員は一句読んだとか読まないとか。
「それで勝ったなんて思わないことね!」
「無理ー!絶対ムリー!」
ポケットから、家庭用ゲーム機を取り出した芹の挑発と、勤の半泣き声が重なる。
「操作方法は随分アナログなのね~」
奈津の感想通り、無線対応になっているとはいえ、操作形式は至ってシンプルといえる。
「あ、これは単に予算不足で…」
なぜか申し訳なさそうに釈明したのは勤の方で、
「余計なことは言わなくていいから、突撃!」
叫んだ芹が、コントローラーの×ボタンを押して、グリップを前に倒した。着用者の意思とは関係なく、パワードスーツが右足を踏み出し、次いで左足を踏み出し、徐々にその間隔が短くなっていく。
どうやらダッシュモードのようだ。
一つ大きく深呼吸して、実がバットを振りかぶった。
いつの間にか、紳介たち野球部員が、ボールの入ったカゴをガラガラと押してきている。
「お互いに頑張ってね~」
のんびりとした調子で、奈津が他人事のように声援を送り、そそくさと距離を取る。
これから始まるバトルの激しさに、今更ながら思い当った最前列の観客が、その場から離れようとして振り返り、後列で押し合いへし合い見物しようとしていた生徒とぶつかり合う。円状になった人垣が、混乱からグチャグチャと歪む。
ブースターが、爆音を吐き出した。





2.

「ボール行ったぞー!」
「パス!パス!」
元気のいい少年たちの声が、夕暮れの公園に響く。サッカーボールを夢中で追いかける一群は、徐々に暗くなる足元を物ともせず、ボールを蹴って走り、ぶつかりながら走り、問答無用で走る。
その一群に混じって、明らかに人とは違うシルエット。子供の軽快な足音に混じって、ドスドスと重量を感じさせる足音。
「ロボ蔵、パース!」
「ロボ蔵じゃねえ!ヒュッケバインだ!」
本当の名前を、ハチ号というロボットは、少年のアピールに反発しつつも、律儀にボールを蹴り返した。小型の自動販売機を思わせる筐体の前面には、液晶画面がはめ込まれており、数本の線が組み合わさって表情を形作っている。
その気になれば、金属のボディに物を言わせて、子供たちを蹴散らし、一台でゲームを支配することも可能なのだが、それはハチオウジの平和を守るべき自分のやることではない。
と、ハチ号は「思考」する。ついさっきまでは、通信対戦可能な携帯ゲームで同じような状況が展開されていた。自らの電脳に擬似プログラムを走らせてゲームを再生し、通信回線に接続して対戦に加わった。「その気になれば」圧倒的な演算能力で勝負を付けられたのだが、白熱の勝負を展開した上で、相手がしのぎ切れるくらいの猛攻を仕掛け、相手の力量で見切ることのできる隙を作り、必殺技を叩き込まれて敗北する。もちろん何度も続けるとバレるので、適度な間隔でボロ負けしたり、たまに勝ったり。
「ゴール!」
放たれたボールが、勢い良くゴールネットを揺らした。
「うわっ!」
「やられたー!」
驚きと、嘆きの歓声が上がり、同時にハチ号が、外部スピーカーからホイッスルの音を響かせた。
どこからともなく流れてくるのは、「カラスの子」だ。5時30分を回った。ハチオウジの平和を守るロボットとしては、ここは安全に子供たちを家まで送り届けねば。
道具を片付けると、ナビゲーションシステムを作動させ、少年たちの住所を元に、最適で合理的な帰宅経路を弾き出す。
「ロボ蔵もっと速く動けよなー」
「でもロボ大将軍がチームに入ってから、面白くなったよねぇ」
「ヒュッケバインだっつーの」
集団下校よろしく、ぞろぞろ連れ立って家路を急ぐ。
一軒一軒立ち寄るたびに、一人、また一人と少年たちの数が少なくなる。大抵の家では、玄関先に出てきた母親が愛想良くお礼を言ってくれるが、たまに嫌な顔をされることもある。それとなく、外部マイクの集音レベルを上げると、
「あんた、まだあの変なロボットと…」
「でも、お母さん…」
そんな会話が聞こえるたび、液晶画面の棒眉がハの字を描き、口に当たる横線が、ウネウネと波打つ。
「世知辛い世の中だなぁ」
「ロボ大佐、『世知辛い』ってどんな意味?」
「ヒュッケバインだってば」
最後の一人にせがまれて、ハチ号は走行タイプに変形した。少年を乗せると、丘の上へ緩やかに続く道を走る。
「ロボ大佐、頼みがあるんだけど」
少年の告げた目的地は、帰り道の途中にある公園だった。入り口の車止めで少年を下ろすと、歩行モードに再変形。
トイレの前を過ぎ、藤棚の下を通り、ブランコと滑り台を通り過ぎて、林の中に分け入っていく。ハチ号はヘッドライトを付けて、外部マイクの精度を上げた。液晶に映った眉尻が下がり、口が波打つ。画面自体は、外部とのコミュニケーションを円滑にするためのもので、ここで見たり、嗅いだり、食べたり喋ったりできるわけではない。
カメラレンズに映る被写体の形状を、マイクで拾った鳴き声を、記憶装置の中から検索し、一致する、あるいは掃除したものを絞り込んでいくと、
「…これなんだけど」
少年の指差す先には、一匹の子犬が横たわっていた。ヘッドライトの明るさに、まぶしげに目を細めているが、立ち上がるでもなく、吠えるでもなく、力なく寝そべったままだ。
「首輪がないから、野良だと思うんだ」
子犬の首をズームすると、確かに、通常飼い犬に着用されているはずの首輪がはまっていない。
少年の言わんとすることを「予想」して、



  • test -- 85 (2007-04-30 17:44:45)
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最終更新:2009年05月31日 17:23