クィリスト教/悔理人教/Quilistan/七十字教
クィリスト教とは、日本連合帝國(と満州国)に於いて信仰される宗教である。概ね神道の一派として日本古来の神に属さない民俗神としての真理愛観音神(≒聖母マリア)、特にそれと同一視される若葉真理愛姫観音神を祀っている、どちらかというと精霊信仰に近い日本神道の一派に近いが、同時に神道、仏教に並ぶ日本三大宗教に列されてもおり、日本連合帝國で広く倫理観・知識教育の一環として生活に溶け込んだ無意識的な信仰を集めている。
概要
クィリスト教は豊臣秀吉及び大坂政府による布教令と貿易令の布告により、日本社会に適合しないキリスト教勢力が日本国内から排除され、日本社会に自ら適合し融合を目指したキリスト教穏健派(ジパニズム派)の実質的な「亡命」により、キリスト教から派生した日本神道の一派である。
その教義は、大雑把に言ってしまえばキリスト教の基本教義から日本社会に適合しない教義を改めるか省いてしまい、登場する人物・人格を日本神話のものに置き換え、万物に神が宿る八百万の神(多神教)信仰(≒精霊信仰)に近い日本神道の宗教観を取り入れ、その日本社会に広く浸透する八百万の神信仰の威光を以て、社会通念上悪行とされる行為を理由を説きながら厳に戒め、信者に倫理観を形成することを促す「だけ」の宗教である。
一応総本山である悔理人神寺(くりひとしんじ)では、葉吹の地を拓き治めてきた谷口氏の祖先である若葉姫を、聖母マリアの生まれ変わりであるとして、若葉真理愛姫観音神(わかばのまりあひめかんのんじん)を主祭神として祭っているが、同時に神道の一派としての地位も保持し、日本の神々も信仰し、同時に他教の神も自教の神の一つに数え得るという性質を持ち、その地位はひどく曖昧である。他教との共存が成立し易いため、(少なくともクィリスト教側からの)宗教的な侵略は発生し難い。
時代を経るにつれて、神道・仏教だけでなく、アニミズム、儒教、シャーマニズム、イスラム教、ユダヤ教などから日本社会にとって都合の良い部分だけを切りだして教義に取り入れてきた。それ故に今日では「いいとこ取り」のごった煮じみた宗教となっている。当然ながら一神教とは相性が悪く、所謂右派勢力或いは極左勢力からは異端視され、その中には異端審問に掛けようとする者もいるとされる。
クィリスト教のシンボルマークは、ラテン十字の縦棒下端が右側へと流された通称「七十字」である。このシンボルマークが描かれた直後である江戸時代にはキリスト教との混同が見られ「切十字」とも言われた。
歴史
大坂冬の陣・夏の陣(1614-1615)により、反大坂政府体制的なキリスト教勢力は殲滅され、布教令・貿易令を遵守し日本社会に自ら適合し融合を図るキリスト教穏健派(ジパニズム派)は、大坂政府の「布教令・貿易令に反せず、日本社会に適合した全く新しいキリスト教を基盤とした宗教」であるなら布教を認めるという条件を受け容れ、紀勢国葉吹へ事実上幽閉される。これにより当時日本中に存在した宣教師と教会、それに追随した多くの信徒らが葉吹へと移動(移民)した。
葉吹の地を長年治めてきた豪族・谷口氏は、そのバックボーンでもあった葉吹神社の後押しや、ヨーロッパ列強と直に国境を接するに至り、異国人・異教徒への無理解から起きる偶発的武力衝突からの全面戦争を避けるため、キリスト教についての比較・知識の教育を必要とした大坂政府の事情もあり、ジパニズム派はキリスト教からの脱却を強める。日本ではキリスト信仰よりもその生母であるマリアの方が受け容れ易い素地が日本神道によって醸成されていたこともあり、マリア信仰へと教義が変質していく。
その中で、谷口氏の祖先である若葉姫(1221年の承久の乱の戦後処理によって葉吹神社に配流された)を、伝説に伝えられる様子から聖母マリアの生まれ変わりとして同一視しするようになり、「若葉真理愛姫観音神」として祀る悔理人神寺が建立され、クィリスト教(当時は悔理人教)として成立した。
蝦夷の役、毬亞南の役、繁利亜進出、国内の飢饉などが起きる度に布教が行われ、現地の宗教を取り込みながら順当に宗教勢力として浸透。基本的に他の宗教に対して無害であり、単なる倫理教育に留まる範囲の教義しか持たないものであることから、戦役・移民の度に勢力を拡大。何時の間にやら自教を日本神道に於ける一派と位置づけ、明治維新後にはロシア正教、ユダヤ教などの亡命勢力の宗教とも結合し、今に至っている。
神職
クィリスト教に於いて神寺(後述)にほぼ常駐し、祭儀・社務・説法を執り行う者を神職者と言う。神職者に男女の別はなく、職に就いたままの結婚も可能であるが、生涯慎ましやかに生きることが義務であり、また夫婦・家族などの一族によって神寺の職を二つ以上独占してはいけない(但し、一族がある一つの特定の職を世襲し続けることに関しては問題がない)。男性の神職者を奉良佐(ぶらざ)、女性の神職者を神守天(しすた)と言う。
神寺
神寺(しんじ)はクィリスト教の祭祀施設。瓦屋根に白壁を基本とした、概ね屋根が和風、それ以外日本の風土に合わせた洋風建築(特にイタリアやスペインの様式)で建てられている。明治維新以前の木造型と、明治維新後の石造またはコンクリート造型に分類される。神寺は祭祀施設であると同時に集会所としても用いられ、仏寺のような説法も度々行われている。
神寺の付属施設
・鳥居 - 多くは神明鳥居に、七十字を掘った額束を建てたものが建てられる。
・参道
・燈籠
・拝堂 - 神社の拝殿と幣殿、本殿を一体化したようなもの。キリスト教会堂の聖堂・礼拝堂に相当。
・説諭堂 - キリスト教会堂の懺悔室に相当。
・社務所
・古札所
・寺庭(庭園・付属公園・神苑)
著名な神寺一覧
以下に著名な神寺を挙げる。
悔理人(くりひと)神寺
紀勢国首都である葉吹市(旧日本帝國東海道紀勢県葉吹市)にあるクィリスト教総本山。葉吹城下、葉吹市街中心部北部の武家屋敷街と葉吹川に挟まれた箇所にあり、1643年当時に建てられた神寺が今も現役で使用されている。葉吹の地を拓き長年治めてきた谷口氏の祖先である若葉姫伝説を元に、慈愛に満ちた心優しき女性であったと伝えられる若葉姫を聖母マリアの生まれ変わりとして同一視し、若葉真理愛姫観音神(わかばのまりあひめかんのんしん)像を祀っている。クリスマスと正月、ヴァレンタイン・デーには参拝客で賑わう。因みに若葉真理愛姫観音神は「無償の愛」「五穀豊穣」「家庭円満」「歌」「恋愛」の神様とされている。江戸時代の建立時の私塾に端を発する学校、私立葦野学園中・高等学校を運営している。
悔理安(くりあん)神寺
日本国関東道江戸県武蔵野市(旧日本帝國関東道東京府武蔵野市)にある東日本のクィリスト教最大の神寺。(特に政略結婚に使われる)武家の娘を教育するための機関として古くから男子禁制の私塾を併設しており、それを母体に明治4年に幼稚舎から大学まで一貫教育を行う私立悔理安女学園を開設。単なる経済力から言えば総本山である悔理人神寺を遥かに上回る。祭っているのは普通の真理愛観音神。
平安神寺
日本連合帝國京都府帝都京都にある西日本のクィリスト教最大の神寺。(特に政略結婚に使われる)貴族の娘を教育するための教育機関として貴族の強い後援により設立された平安学習貴塾院(後の私立学習院学園)の運営のため開かれた。
最終更新:2012年02月26日 23:18