第三章 「傷心のさき」
空が遠いな…。
ぽつりと呟き、長陽の凱旋門から広場へと足を進めた私は空を見上げ深く溜め息をついた。
はじめて立った長陽の空はやけに高く、雲の切れ間から覗かせた灼熱の太陽が夏の訪れを告げていた。
新しいの世界に高揚するはずの気分は、さっきまで降り注いでいた雨のように冷たく淀んだままだ。
「わたしたち結婚するの。フェルも祝福してね。」
「おめでとう。式には是非とも参加させてもらうよ。」
こんな時でも、いつものスマートな言葉が出てしまうことには我を疑った。
彼女は私の気持ちなど気付きもしないだろう。
親友とのしあわせそうな姿を平静を装いながら見る反面、その裏で嫉妬に狂う心の狭さに苦悩する日々が続いていた。異性の友達は多いほうだが、今回ばかりは私もかなり本気だったらしい。
マビの世界ではギルドに所属して数年になる。数々の戦果を挙げ、友人らの信頼も厚かった。
そのなかで仲間達は愛しい人を見つけて次々と結婚していった。すべてが幸せに続いた訳ではなかったが共に歩むパートナーとして培った時間は無駄にはならないだろう。
いつしか私もそんな相手に巡り合えた。と、思っていたのだが…。
結婚式の当日、耐えきれなかった私は彼女にウソの用事を伝え、この崑崙鏡に足を踏み入れたのだった。
この世界に長居するつもりはないが心の整理がつくまではこの地を訪れることになるだろう。
こんなとき平行世界は非常に都合がいい。願わくば彼女と出会った頃からやり直したいとさえ思ったが、平行世界と云えども時をさかのぼることは容易ではない。
ふと気が付くと日差しは傾きかけ、夜の気配が刻々と近づいて来ていた。雨上がりの長陽の夕暮れは街並みを照らす淡いコントラストが美しい。
足元に現れたふたつの影が声を掛けてきたのはその時だった。
「こんにちは。君はこの世界ははじめてかい?」
「この世界に降りてからまだ数時間といったところだな。君らは?」
「となりにいる冬架は三日、僕も今日来たばかりのまったくの素人さ。あ、僕の名前は
アウスラっていうんだ。よろしくね。」
無邪気な顔をした長身の若者は軽く会釈をして覗き込むようにこっちを見ている。
アウスラは陽気な男で、長身のせいか挨拶ひとつ取っても目立つ奴だ。それに比べ、冬架と名乗るその少年は蒼く澄んだ瞳が妙に落ち着いていて、二人並ぶとなぜか滑稽に見えた。
面白そうな奴等だ…少し付き合ってみるか。
「私の名は
フェルグス。呼びにくかったらフェルとでも呼んでくれ。」
なにやら二人で話し合ってるようだが内容は大体察しがつく。やがて冬架のほうから口をひらいた。
「よろしくな。フェル、これから城の南区に出没する妖魔を討伐にいくんだけど一緒にどう?」
広場にくる途中、街の人々の噂では聞いていたが、城下にまで凶暴な妖魔が出回っているとはこの世界の「ゆがみ」も相当なものだろう。
向こうの世界は少しのあいだ仲間達に任せて、この崑崙鏡の妖魔を粛正しなければなるまい。
鏡王クントゥと約束した「ダユエンの誓い」もあるしな…。
「一人でいくより大勢のほうが無難だな。よろこんでつきあわせてもらうよ。」
装備や武器もまともではない現状では、遠出しても犬死にするだけだろう。どうやら冬架は医者のようだし戦いはともかく頭数は多いに越した事はない。
我々三人の討伐隊は勇み足で南区に向かった。
ジョカ台のそばまで行くと小さな猪のような妖魔が道を塞いでいた。これだけの数が一辺に襲い掛かってきたら武器の持たない民達はひとたまりもないだろう。
「民から奪いとった金品を取り戻して街で装備を取り揃えることが先決だな。」
「先ずはこのウガププの群れからかたずけようぜ。」
アウスラが口火を切るなり群れに突っ込んでいった。彼は考えるよりも先に行動するタイプのようだ。我々も武器を手にあとを追った。
手強い相手ではなかったが囲まれると厄介だ。冬架の回復術の助けもあって妖魔は程なく撃退した。やはり三人で来たのは正解だったようだ。
「街で資格を取ってからまた来よう。妖魔は他にもいるみたいだし、なにより資格がないとが装備が変えられない。」
冬架の云うとおり、この世界では役所がしっかり資格を管理していて武器や装備はその資格にあったものだけ装着できるという法律が定まっているようだ。
冬架に案内されるまま街に戻り剣客として生きることを決めた。これで前衛として皆を守れるだろう。それに私は元来このスタイルしか性には合わない。
暫らくしてアウスラが街に戻ってきた。
「よう。フェルは剣客になったのか。僕は安定の村に行って盗賊の弟子入りしてきたわ。」
なんて目立つ盗賊だ…と、思いながらアウスラの型破りな性格に苦笑した。
さて、今日はこれくらいにして現世に戻るとするか。
はじめの鬱いだ気持ちも、どこかに飛んでしまっていた。こんなに気兼ねなく楽しめたのは久しぶりだ。
「そろそろ時間だな…また逢う日を楽しみにしているよ。」
二人に別れを告げると、冬架から帰ってきた言葉は別れのあいさつではなかった。
「フェル、俺たち流派を創りたいんだ。一緒にやらないか?」
流派というのは私の世界で云うギルドと同じものらしい。
「私はマビの世界の住人だ。たとえ入ったとしても掛け持ちになる。それでも構わないのなら協力は惜しまないが?」
アウスラは隣でうなずいている。
私が彼らを受け入れている以上に、彼らも私を仲間として認めてくれていたようだ。なにより冬架の決意に満ちた蒼い瞳が私の心を大きく動かした。
頻繁には来れないだろうが彼らなら理解してくれるだろう。
私は言い様のない高揚感を胸にこの地をあとにした。
最終更新:2008年10月16日 18:10