信じるかどうかは個人の自由だけど、ウチはここ最近の記憶がすっぽり抜けている。
なにか大切なことを忘れてしまったようだ。ドーナツみたいに真ん中に穴が空いている感覚が気持ち悪い。
輪郭は覚えている。記憶喪失には及ばない僅か数時間だけの思い出がウチの中から消えた。
自分がどうしてここにいるのか。そもそも聖杯戦争ってなんだよって疑問が常に心の中で渦を巻いている。
常に晴天が好ましい精神状況ではあるけども、空はずっと曇り掛かっているから、心が苦しい。
自殺だとか鬱になるとかそんな重度な症状には陥っていないし軟弱な意思はこっちから願い下げなんだけどね……はぁ。
気分転換も兼ねてもう一度振り返ってみるか。一体ウチに何が起きたのかを。


記憶を辿ると最初に出てくるのは寮で駄弁っていた時だ。中身の詰まっていない会話が部屋を満たしていたと思う。
カリキュラム終了後に愚痴を言い合っていた時か、それともただの日常会話でくだらないことを面白おかしく笑っていた時かもしれない。
内容が思い出せないからきっと会話に重要な意味は無かったと思う。面子も思い出せないけど、男女入り乱れていたとは思う。


ふわふわしていた空気を壊したのは外から聞こえた大きな爆発の音だった。
夜風に当たりたい気分だったから窓を開けていたから身体は大きく震えたのは忘れていない。
身体の芯に音が響いたかと思うと男子の何人かは既に駆けだしていた。ウチが動く前に寮から出ていた奴もいたと思う。
全く学習しない。身勝手な行動で危険を及ぼしてしまったあの時のことを忘れた――人はいない。
身体が勝手に動いていたんだろうか。だって動いていたから。偉そうに説教は出来ないけど、まだ間に合うって思った。
あいつがヴィランに攫われた時とは違う。今の自分達が強くなっただなんて自惚れている訳でもない。
ただ、今動けば誰かを救えるかもしれないって思ったんだ。先生にバレたら怒られるし下手したら退学なんだけどね。


ウチはみんなを止める役だと思ってたけど……馬鹿だった。
能力を使って遠くの音を聞いたら、後悔してしまった。心を不安にさせる重低音はノイズ以上に調和の音を乱している。
得体のしれない力に対してウチは足を止めた。蛇に睨まれた蛙では無いけど、生命の危険を感じた。
実力不足だ、殺される、相手は格上、好奇心と無謀な正義感だけじゃ――死ぬ。


頭の中に備わっていたらしい警報がしきりなしに鳴っている。埃が被っているように照明の赤色は鈍ってもいるため余計に不快感を抱く。
身体の震えは重低音のせいかそれとも恐怖からなのかは解らない。それが重要じゃなくて、これから遭遇するだろう脅威が問題である。
ウチは気付けば叫んでいた。止まれ、引き返せ、帰ってこいと何度も何度も訴えた。
その先に踏み行ってはいけない。正体が何かも解らないのにウチの脳内には死のイメージが押しつけられているんだ。
みんなは声を聞いて止まってくれた。ウチを心配するかのように驚きと愁いの瞳だったことはよく覚えてる。


言いたいことが沢山あるけど一体どうしたんだ。そんなことを謂わんばかりの表情だったけど、足を止めてくれた。
後はウチがみんなを説得して先生方に事態の終息を任せれば、大丈夫だと思っていた。
平和の象徴の事件を思い出すも、それは先生やヒーローを信じるしかない。ウチ達の憧れに今までどおりの夢と希望を託して。
さあみんなを説得しないと――意思とは裏腹に口が全く動かない。言葉が空飛ばしになる訳でも無く、単純に筋肉の信号が届いていない。


重たいなんて次元は超えていて自分の身体が石像のように固まった感覚だった。
ウチだけの時間が止まっていて、それでも世界の針は廻り続けているから独りぼっちみたいで、涙も浮かんでいたと思う。
全く訳が分からないまま死ぬんだな。そんなことさえ思い始めていたけど――更に訳の解らない事態に巻き込まれた。


瞳は閉じていないのに視界が真っ暗になってみんなの姿が見えなくなってしまった。
声を出そうにも相変わらず固まっていてウチは何一つの行動を制限されてしまい、現実に流されるまま。
黒い世界に独りだけ取り残されている感覚はとても不快で、もう二度と味わいたくない。


さて、ここまで話せば解るだろうけどウチは訳の解らないまま現在に至る。
ヴィランの仕業かどうかも解らないし何ならウチ達が聞いた爆音の正体すら掴めていない。
理解していることは何故か気付けばマンションの一室に居て、表札はウチの名前だったこと。
部屋はリビングを含めて三つありウチとあいつの個人部屋が備わっていて、まあまあ豪勢な方だと思う。


テレビを垂れ流しにしていると相変わらずニュースが流れているんだけど、時代を感じる。
当時を生きていた訳では無いけれどショウワジダイはウチに適用してくれない。
音楽もガンガンでロックに攻めるよりかは国の色が違い過ぎる。海を越えた先は聖地らしいけど、行けるのかどうかも怪しい。
娯楽に浸っていた現代人には厳しい時代なのかなあとも思う。まぁ、時代逆行していることが意味不明なんだけどって話になる。


ショウワジダイに覚えは無いけど自分の生きていた時代より古い事だけは解っている。
そもそも何故この時代にいるかどうかさえ不明なのだから、時代について考えても仕方が無いと思う。
状況を説明されたことはあったんだけど、たった一回の会話で全てが解るなら苦労しないし、できれば帰りたい。


聖杯戦争に参加しているらしい。らしいというのは別にウチの意思で参加していないから。
マスターに一人のサーヴァントと呼ばれる英霊が授けられる。何でもすごい英雄らしいけどウチのはどうなんだろう。
最期の一人になれば願いを叶えてもらえる。人を殺してまで叶える願いなんてごめんだね。


「さっきからジロゥジロゥ見てどうしたよ、お嬢ちゃん」


ソファーに深く腰を落として足を組んでいるウチのサーヴァントが顔を上げて若干見下すように声を掛けてきた。
あんたはどんだけ偉いんだ。何回も言っている気がするけど一向に改まらないから諦めた。
英霊の基準が知りたくなるぐらい、ウチのサーヴァントは英雄に見えない。ただの不良か世間を知らない駄目な大人にも見える。


「おいおいなんだよその目は?
 もしかして俺のことを見下したりだとか馬鹿にしてるってか?」


「……あんたの能力って他人の心を読む力だっけ?」


「ッハ! 面白いことを言うじゃねえか、それは俺以外の奴だった記憶があるけどな。
 俺の能力は前に言ったと思うが忘れられるとは悲しいねえ……それじゃあ思い出してみっか――どっどーん!」


「ちょ……やめ……!」


身体を動かさずに指先をこちらへ向けたサーヴァントはお決まりらしい台詞を吐いた。
ウチもヒーローを志望しているからよく解るんだ。敵にとって相手の決め台詞が聞こえた時は禄なことにならないって。
こいつの個性が発動すればウチは一切の身動きが取れなくなる。気持ち悪いあの重低音にも似た重力が襲い掛かる……掛かってこない。


「もしかしてビビったか?
 ジョークだよジョークゥ、俺がマスターであるお嬢ちゃんを虐める訳ないって解れよな!」


大袈裟に手を叩きながらあいつは笑ってこっちを見ていた。
個性を発動すると見せかけて実際はただ大きな声を出しただけで、ウチをからかっていた。


「……令呪を以て命ずる」


「おっと機嫌を悪くしたって言うなら謝るぜ。俺はただお嬢ちゃんを明るくしたかっただけ、解るか?
 解ったんならその物騒で悪趣味な入れ墨を俺に見せないでくれ。そんなくだらないモンに縛られるなんてまっぴらゴメン、だね」


ウチの腕に刻まれているト音記号の入れ墨――別名令呪。いや、正式名称令呪はサーヴァントに何でも命令出来る三回限りの王様ゲーム。
普段は袖に隠れているから目立たないけど、いざ捲ってみると目立つ。シールじゃなくて本物だから落とすことは出来ない。
あいつは悪趣味な入れ墨と言ったけどウチもそう思う。ただ、これを使い切った時、暴れ馬を治める手綱が切れることになる。
使い道は考えなきゃいけない。だから本当は今みたいにちょっとムカついた時に発動するものではない。


「もしかしてビビった?
 冗談だよ冗談……まさかこんな幼稚な理由で大切な令呪を使う訳ないよ」


「……日本人は奥ゆかしいと聞いたがお嬢ちゃんはアメリカンな血でも混ざってるのかな?」


してやったり。
さっきの個性発動詐欺が頭に来たから今度はこっちが令呪発動詐欺をしてやった!
あいつは慌てて立ち上がり、いざウチが嘘だと言ったら腕を広げて溜息を吐いていた。
それ程までに強制されたくないのだろう。あんなに解りやすい仕草をするんだから。勿論ウチも強制されるのは嫌いだからその気持ちだけは解る。
自分の安全がわかるとあいつはまたソファーに座っていた。

『続いてのニュースです。
 川に溺れていた少年を黄金に輝く鎧の男が救出』


テレビから流れる音声にウチとあいつの耳は傾いていた。視線も自然と映像を捉える。
大雨によって氾濫した川へ近づいた少年が突如現れた黄金のヒーローに救われたニュースらしい。
やっぱりヒーローとは誰かのために尽くしている姿がかっこいい……黄金に輝く鎧の男?


一人だけ知っている。誰かって聞かれるとそれは黄金に輝く鎧の男なんて一人しか知らない。
響きだけなら一人前以上にかっこいいし、字面から想像すると正に子供が憧れるヒーローって感じもする。
ただ、それを信じたくない。ウチが知っている黄金の鎧は目の前にいる碌でもない男だから。


「黄金の鎧ってあんたしか思いつかないけど、絶対あんな人助けしないタイプでしょ」


「おいおい仮にもヒーローだぜ俺は? その言い方は流石に傷になっちまうぞお嬢ちゃん」


『黄金のお兄ちゃんが助けてくれたの-!
 お顔はねー、お父さんやお母さんとは違って目は碧かったよ!』


「……マジ?」


耳を疑ったし目を擦ってテレビの内容が幻覚だったり、不適切な映像として差し替えられるんじゃないかと期待した。
黄金のお兄ちゃんから想定するにヒーローはまだ少年にとってのお父さん世代よりも若い男性となる。
この要素をあいつは満たしているけど、別に金色ネックレスをジャラジャラ巻いたヤンキー崩れの可能性も捨てきれない。


目は碧いと少年は画面の向こう側で眩しい笑顔を浮かべながら、まるで自分のことのように、大袈裟で嬉しそうに語っている。
「……マジ?」
あいつの瞳の色は碧だ。まさかとは思うが、少年が語るヒーローとウチの目の前にいる世間知らずは同一人物ではなかろうか。
『お兄ちゃんはねー、俺様に感謝しろ! って言ってたの!』
「……元気付けるつもりで言ったんだが、俺を見る周りの目が厳しくなりそうだな」
「……マジ?」
「ヒーローをなんだと思ってんだよ、ったく……シャワー浴びるから覗くなよ?」
「だ、誰が誰を!?」
どうやらテレビの少年が語る黄金のお兄ちゃんとウチの目の前にいるだらしない男は同一人物らしい。
信じられないが、事実を裏付けするように彼らの供述が一致するため、残念ながら本当なのだろう。
少年の生命が助かったことは嬉しいけど、どうにも納得出来ないというか、信じられないというか。


ちょっとだけ見直した。
シャワーに行くあいつの背中が今だけはいつもよりも大きく見える気もした。
言動は礼儀正しくないし自分のことばっか考えているような仕草は全然、本当に全然ヒーローらしくない。
ただ勝手に名乗っているだけ。騙りのヒーローなんじゃないかと疑っていた時もあった。
今日で一つだけ解ったことがある。そのことにウチは自然と笑っていた。


「……いいとこもあんじゃん」


ウチのサーヴァント――ライアン・ゴールドスミスは悪い奴じゃなくて、本当のヒーローらしい。


【マスター】
耳郎響香@僕のヒーローアカデミア

【能力・技能】
個性:イヤホンジャック
簡単に言ってしまえば彼女が保有する特殊能力のこと。耳たぶがプラグ端子になっておりこれを挿入することによって音に関する力を施行する。
心音を増幅させ衝撃波のような攻撃を行ったり微細な音を聞き取ることも可能である。相手の鼓膜、岩、大地を破壊する威力を持っている。
ハートビートファズという必殺技があり、音波を地面に放ち地割れを発生させる。

【weapon】
上記個性。

【ロール】
学生

【人物背景】
ロックが大好きなヒーロー志望の高校一年生。身体能力及び学力はそこそこ。
一人称はウチ、サバサバした性格であり苦手なものはお化けや幽霊とのことらしい。
ヴィランに襲われた時には恐怖しながらも逃げたりせずに立ち向かっていることから相当な勇気の持ち主。
音楽の趣味は父親譲り。男子を部屋に入れることに拒否感を示す辺り思春期の女の子であることが伺える。

【令呪の形・位置】
ト音記号・右腕

【聖杯にかける願い】
帰る。

【方針】
帰りたい。殺しは絶対にしない。悪(ヴィラン)は出来る限り倒すけど、無理はしない。
(勇気と無謀の違いを理解している)

【参戦時期】
必殺技習得後。

【把握資料】

原作は週刊少年ジャンプで連載中。アニメ化もしている。




【クラス】
ヒーロー

【真名】
ライアン・ゴールドスミス@TIGER&BUNNY -The Rising-

【二つ名】
さすらいの重力王子

【ステータス】
筋力B 耐久B 敏捷B 魔力C 幸運B 宝具C

【属性】
秩序・中庸

【クラススキル】
正義の味方:C
正義の名の下に平和を守り続けてきたヒーローのアイデンティティとも言うべきスキル。
効果は人命救助や悪人退治などの善行を行う際のパワーアップ……ではない。ヒーローにとって人助けは当然の行為であり、これにわざわざプラスの効果は生じない。
このスキルは、ヒーローが自らのアイデンティティを喪失しかねない場面において発動するマイナススキルである。
悪人に服従する、非道な行為に加担する等といった悪行を強いられ、自らの信念を捻じ曲げられる状況に陥った時、ヒーローは大幅なパワーダウンを引き起こす。
そして、例えばマスターから「聖杯戦争での勝利が最終目的である」と明言されている行動を命じられた場合にも、ヒーローが納得していない限りこのスキルは発動する。
ヒーローを聖杯戦争に投じるとどうなるのか、その答えを示したスキルであると言える。
……なのだが、ライアンは現実的な価値観で物事を判断しているため他のヒーローと比べると影響は少ない。


【保有スキル】
勇猛:C
威圧、混乱、幻惑といった精神干渉を無効化する。また、格闘ダメージを向上させる。

反骨の相:C
ヒーローらしからぬ言動から付与されてしまったスキル。実際の彼は心技体共に立派なヒーローである。
同ランクのカリスマを無効化すると共に、過酷な戦場でも自身のポテンシャルを発揮出来るようになるスキル。

仕切り直し:B
戦闘から離脱する能力。敵に捕捉されずに、確実に撤退できる。

【宝具】

『加重課不可侵領域』(グラビティ・ホールド)
ランク:C 種別:対人(界)宝具 レンジ:通常30km 最大補足人数:――
生前のヒーローが保有していたNEXT能力が宝具へと昇華したもの。
一定範囲内(半径30m程度)の重力を増幅させ相手の動きを制限したり、建物の崩壊を阻止することが可能。
加重領域については基本的に円状であるが任意で形を変えることが可能であり、魔力のブーストを掛ければ更に広げることも可能である。

【人物背景】
原作にて劇場版から追加された所謂俺様系ニューヒーロー。
女好きで言動も良い意味で言えば若者らしく悪い意味で言えば礼節を弁えていないが、馬鹿ではない。
物事を広い視野で捉えており、判断能力・適応能力は高い部類である。
ヒーロー番組の数値を気にしたり、相手ヒーローを容赦なく自分の能力に巻き込んだりするものの、ちゃんと市民のことを考えている。
ヒーロースーツは黄金に輝いているためよく目立つ。また今回はバイクも聖杯戦争に持ち込んでいる。

【サーヴァントとしての願い】
特に無し。

【運用法】
マスターの言うことを聞くつもりでいる。

【把握資料】
映画のみに出演しています。

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最終更新:2016年09月04日 23:59