―――――番号違いです。

 あの懐かしい電話を聞いたのは、果たしていつ以来だったろうか。
 彼の特別製の頭脳は、曖昧にしておきたい疑問にも正確な時間を算出する。
 時間のことなど意識したくない時もあるというのに、彼にはそれさえも許されない。
 十五年。
 あの懐かしい探偵事務所に戻ったかのような気分を引き戻すには、十分過ぎる事実だ。
 田中捜査一課長――いや、元捜査一課長と言うべきか。
 警視総監を務められた後に引退し、今は自転車屋を開業しておられるとか。
 久々に対面した田中元課長の姿に彼は懐かしさを覚え、そんな感情がまだ残っていたかと驚いたものだ。
 彼が『だいぶ老けましたね』と言うと、田中元課長は『君は変わらんなぁ、東(あずま)』と顔をくしゃくしゃにしていた。
 失敗したと、彼は酷く後悔した。
 だからその後は事務的に事件のあらましを確認し、あとは現地で確かめますと走り去ることに留めたのだ。
 田中元課長からの友情が変わらぬことは嬉しかったが、やはり取り残された事実を見せつけられるのは辛い。

(私はもう人間ではない。ロボットなのだ)

 冬木市――この地方都市で繰り広げられる「聖杯戦争」という魔術的儀式。
 田中元課長はひどく懐疑的だったが、それ自体はいつもの事だ。
 しかし集められた情報の全ては、これが事実であるという事を指し示している。
 各地で頻発する遺物をめぐった怪事件、窃盗事件。古文書に記載された儀式。
 江戸時代末期、戦中と冬木で発生した事件との類似点。
 そして冬木市における事件発生率の上昇。

(もはや聖杯戦争の開催について、疑う余地はない)

 冬木市での調査を一通り終えた彼はそう結論づけた。
 眼下、夜に沈んだ冬木の町並みはキラキラとネオンや街灯で彩られている。
 その光の洪水をビルの屋上から眺めた彼は、ふと空を見上げた。
 待ち人が訪れたのだ。

「東(アズマ) 待たせた」

 薄手のチャイナドレスを纏い、茶色の髪を左右で括った――控えめに言っても美少女だ。
 透き通るような白い肌に、完璧なほどに整った顔立ち。意思の強い瞳は愛らしく、僅かな蓮の香りを纏っている。
 両腕には金の輪、両足に車輪をはめている以外に装飾らしい装飾はないが、しかしそれだけで十分。
 細い体の線も顕な真紅の衣服だけでさえ、十分にその魅力は引き出されている。
 一方で少年のようにも思えるのは、彼女が持つ凛々しさと、しなやかに育まれた筋肉故だろう。
 ロサンゼルス五輪を目指す学生選手と言われれば、十中八九皆が納得するに違いない。
 ――両足の車輪を燃やして、空を駆けて来さえしなければ。

.


「よし、ランサー。じゃあ報告し合おうか」

 そんな少女が目の前に降り立ったにも関わらず、彼は平然としたものだった。
 ランサーと呼ばれた少女が小さく頷いて、両足の車輪の動きを止めた。

「まだ 誰も 動いていないようだ。 静かなものだった」 
「私も一通り街を走り回ってみたけど、結論は同じだね。皆準備段階なのだろう」
「だけど 気配は おかしかった。 ボクには よくわかる」
「気配?」
「勘と言っても 良い」

 彼は再び冬木の街へ目を動かした。
 彼はもう気温も風の向きも、情報としてしか感じ取ることができない。
 だがそれでも彼の中に残っている、機械としてではない部分が確かに警鐘を鳴らしていた。

(私が死んだ晩も、こんな具合だったな……)

「……どうした アズマ」
「いや、何でもない。前にもこんな夜があったなと思っただけだ」

 そう呟く彼の顔を、ランサーはじいっと睨みつけるように見た。
 疑っているわけではないのだろう。だが、真意を探るような視線だった。

「ランサー。君は聖杯はいらないのだったね?」
「うん ボクは 聖杯は いらない」

 今度は彼の視線がランサーへと向けられる番だった。
 ランサーは無表情に彼を見返し、視線を逸らそうとはしない。
 夜の屋上で主従はしばし見つめ合い、やがて彼が「わかった」と目を逸らした。

「東は どうするつもりなんだ?」
「私は……できれば止めたいな。この聖杯戦争という奴は」
「そうか」
「善人は勿論なにも悪人だからと言って、死んで良いというわけじゃあない」

 言葉を区切った彼は、ひどく優しくて、とても寂しげな微笑を浮かべた。

「それに無理やり現世へ引き戻される英霊というのは、哀れだ」

 ――君のような神仙ならまた事情は違うのだろうが。
 そう呟く唇の端を、ほんの僅かに動かしただけの曖昧な微笑み。
 それは慈悲深くもあるけれど、何もかも諦めた者のみが見せる表情にも似ていた。
 ほとほと疲れきった人間が、どうしようもないのだと言うような表情だった。
 限りなく空虚で、どこまでも深く広い、伽藍堂のような――……。

.



(この男は どこか 危うい)

 かつての好敵手と似たような雰囲気を覚え、ランサーは僅かに形の良い眉をひそめた。
 有り余る力を持て余し、何にぶつけて良いのかがわからず暴れまわっていたあの猿。
 それと今こうして目の前に佇む男は、似ても似つかない――というより、あの猿は粗暴すぎだが。
 だがこの男は……例えるならば坂道を転げ落ちる空の荷車のようなものだった。
 荷物を運ぶ事もなく、ただ勢いだけで走り続け、そのまま壁に激突して砕けてしまうのではないか。
 危うく、目が離せない。何よりこの男自身、それで構わぬと思っている節がある。

(なら その前に止めるのが ボクの役目だ)

 この男がどうしてそのように思っているのかはランサーにはわからない。
 しかし復活を望まれるのだとすれば、それは良いことではないのか――…………。
 誰かを教え、救い、導くことのなんと難しいことだろう。
 ランサーはあの破天荒な尼僧を懐かしく思って目を閉じ、開いた。

「なら ボクは もう行く」
「私も少ししたら調査を再開するよ。夜明け前には合流しよう」
「合流は 宿か?」
「いや、課長が手を回して事務所を手配してくれた。そこが良い」
「わかった。――――問答 終焉」

 一言呟いた途端に両足から炎を吹き出し、チャイナドレスを翻してランサーは飛び立つ。
 夜空に舞う真紅の星は、しかしふと気を緩めた途端に姿を消してしまった。
 いささか型落ちしつつあるとはいえ、彼の目は人並み外れている。
 彼の目で見えなくなるということは、きっと他の主従には気づかれないだろう。
 そう思いながら、彼はタバコ型強化剤を口に咥えた。
 ランサー、伝承に曰く死した幼児の魂を元に造られた人形。
 それが聖杯戦争にあたって彼が契約した英雄だった。
 縁による召喚を思えば、皮肉でしかない。

(少年英雄という話だったが、考えてみれば「少年」には女の子も含まれるんだな)

 様々な科学技術、ロボット、ミュータント、そしてエスパーとも戦ってきた彼だ。
 今更過去の英霊と出会ったこと、女の子だったことで驚きはしないが、懸念があるといえばある。
 まず第一に、英霊を維持するのに魔力とやらが必要なことだ。
 既に肉体は滅び、今や電子頭脳に封じられた魂だけとなった自分に、どれほどの魔力があろう。

(私の原子炉からの出力で、彼女が存分に動ければ良いが)

 そしてもうひとつ。
 電子頭脳へと冷気が送り込まれるのを感じながらポケットをまさぐり、金色の宝塔を取り出した。
 伝説に曰く、父への復讐に燃える彼女を落ち着かせるために造られた仏宝。
 もちろん彼の持ち物ではない。聖杯戦争への参加にあたって、ランサーから託されたのだ。

『あなたが 持っていたほうが 良い』

 ランサーの真意はわからない。
 それは伝承における彼女の父も同じで、常に娘を疑い、片時も宝塔を手放さなかったという。
 だが、もしもこの世に機械の神がいるのならば――彼は願わずにはいられない。

(令呪にせよ、この宝塔にせよ、どうか使う機会がなければ良いのだが……)

 それは彼女のみならず自分さえも、玩具じみたただの人形へ貶める行為であろうから。
 しかし恐らく、それは望み薄だということも彼は良く知っていた。
 でなければ彼自身、こんな鋼鉄の棺桶に魂を閉じ込められる事は無かったはずだ。

「……私も行くとするか」

 強化剤を一服した彼は、低く呟いてビルの屋上から宙に身を躍らせた。
 途端にその姿が掻き消える。彼が超音速まで加速した事を知るのは、吹き抜ける突風のみだ。
 屋上には強化剤の白い煙だけが残り、やがて薄れていった。

 彼の名は東八郎――いや、彼の名は8マン。弾丸よりも速い鋼鉄の男。
 彼女の名はナタ――蓮の化身として転生した、斉天大聖と並ぶ少年英雄。

 死した後に復活を望まれた男と、父にさえ死を望まれた少女の行き先は、まだわからない。


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【元ネタ】封神演義、西遊記、Fate/GrandOrder
【CLASS】ランサー
【マスター】東 八郎
【真名】ナタ
【性別】女性
【身長・体重】140cm・35㎏
【属性】混沌・善
【マスターとしての願い】
 マスターの救済、聖杯戦争の終焉。
 父親との真の意味での和解。
【ステータス】筋力A 耐久B 敏捷B+ 魔力D 幸運D 宝具B
【クラス別スキル】
対魔力:C
 二工程以下の詠唱による魔術を無効化する。
 大魔術、儀礼呪法等、大がかりな魔術は防げない。
 保有スキル『変容』による魔力の値によって上下する。

【固有スキル】
変容:B
 能力値を現在値から状況に応じて振り分け直す、宝貝人間ゆえの特殊スキル。
 ランクが高い程総合値が高いが、AからA+に上昇させる際は2ランク分必要となる。

勇猛:B
 威圧・混乱・幻惑といった精神干渉を無効化する能力。
 また、格闘ダメージを向上させる効果もある。

圏境:A
 気を使い、周囲の状況を感知し、また、自らの存在を消失させる技法。
 極めたものは天地と合一し、その姿を自然に透けこませる事すら可能となる。

【宝具】
『火尖鎗(かせんそう)』
ランク:B 種別:対城宝具 レンジ:1-99 最大補足:999人
 ナタが振るう真紅の槍。その名の通り、燃え盛る炎の穂先を有している。
 この炎は霊的なものでナタの意のままに熱量、距離を変化させ、敵軍を薙ぎ払う。
 ただし無辜の存在が巻き添えになるのを是としない為、平時は対人宝具規模に抑えてある。
 原典においては火尖槍で足止めをし、乾坤圏で仕留めると言った風に使われていた。

『混天綾(こんてんりょう)』
ランク:C 種別:対軍宝具 レンジ:1-50 最大捕捉:500人
 ナタの全身を彩る真紅の綾布。
 触れた水を操る能力を秘めており、水中はもちろん大気中においても効果を発揮する。
 真名を開放することにより天候を操り、水流を引き起こし、水気を奪い、あるいは増やす。
 また生物に直接巻きつけた場合は、体内の水気を制御する事が可能になっている。
 ナタはこの効果で気の流れを正し、あらゆる肉体的バッドステータスに抵抗・軽減を行う。

【Weapon】
  • 乾坤圏(けんこんけん)』
 両腕に装着される一対の黄金腕輪。力(チャクラ)の象徴。
 投擲すると何処までも対象を追尾し、その頭を砕いて手元に戻るとされる。
 本来は宝具に相応しい宝貝だが、ランサークラスのため威力が減退している。

  • 風火輪(ふうかりん)
 両足に装着される一対の車輪。火と風の力を秘めている。
 火炎を噴射させながら高速回転し、空中を駆け抜ける事ができる。
 本来は宝具に相応しい宝貝だが、ランサークラスのため威力が減退している。

  • 如意黄金宝塔(にょいおうごんほうとう)
 ナタの感情を制御できる宝塔。
 令呪と異なり意思や肉体を操作することはできず、ただ落ち着かせるだけに留まるが、
 所有者が念じる限り、ナタの精神的バッドステータスを完全遮断する。
 現在はマスターである東八郎が保有している。

【解説】
『封神演義』『西遊記』などで活躍する少年英雄。蓮の化身として造られた宝貝人間。
 幼い時から強大な力を持っていたナタは、あやまちから竜王の息子を殺してしまい、
 後顧を恐れた父に殺されかけたため、自らの骨と肉を両親に返上して自害を遂げた。
 釈迦如来の慈悲により蓮の化身として蘇ったナタは、父への復讐心を抱いていたものの、
 如来が父に与えた如意黄金宝塔の法力によってそれを抑えこまれ、辛うじて和解。
 以後は九十六洞の妖魔退治、易姓革命への助成など、天界の守護者として力を振るう。
 天界で厩番の孫悟空が暴れた時も彼を取り押さえるべく参上し、激戦の末に敗れた。
 その後、孫悟空が玄奘三蔵法師の西遊に同行すると彼ら一行を陰ながら支援し、
 青牛怪との戦いにおいては天界より軍勢を率いて現れ、孫悟空に加勢した。
 やや苛烈な性格ではあるが清廉潔白を地で行く正当な英霊であると共に、
「人質に取られた父母のために自害した」という伝承もあることから自己犠牲的性格。
 決して表には出さないものの、父に対する複雑な感情を抱いている。

【行動方針】
 風火輪で高速機動しつつ乾坤圏を投擲して牽制し、火尖槍で仕留めにかかるのが基本戦術。
 ただ周囲への被害と魔力消耗の関係から、余程でない限り対城規模での行使はしない。
 彼女自身は極めて好戦的な傾向があるため、積極的なマスターとの相性は良い。
 しかし敵対者の生死に関しては頓着しないため、言われれば自重する程度。
 またある意味「力押し」しかできない以上、よりパワーのある相手や搦手を使う相手は苦手。



【マスター】
 東 八郎(あずま はちろう)@8マン
【マスターとしての願い】
 生ける死者としての終焉
【性別】男
【年齢】外見25歳、実年齢40歳以上
【外見】ダブルのスーツを着用した青年
【令呪の位置】右手甲
【Weapon】
 ・フォノンメーザー
  高速戦闘サイボーグの通信会話用高圧指向性超音波。
  装甲を無視して神経、脳細胞を直接攻撃し、破壊する事ができる。

【能力】
 ・8マンボディ
  ハイマンガンスチール製のスーパーロボット。
  出力10万kwの小型原子炉で稼働しており、時速3,000kmで活動可能。
  X線照射による透視装置、超音波も感知する聴覚など五感も強化されている。
  さらに顔面の特殊プラスチックを変形させることで、あらゆる人間に変装可能。
  彼自身の意思により原子炉からの放電攻撃以外に武装らしい武装は持っていないが、
  切り札として指向性超音波で脳を直接攻撃するフォノンメーザーを内蔵している。
  弱点は電子頭脳。火炎放射による加熱、強力な電磁場による異常などに弱い。
  故障した場合は両肩にある予備電子頭脳が作動するも、性能は大幅に低下する。
  また電子頭脳のオーバーヒートを防ぐため、タバコ型の強化剤を服用する必要がある。
  平常時で一日4本、戦闘などで加熱された場合はさらに摂取しなければならない。

【人物背景】
 警視庁捜査一課に所属する刑事は全部で49人。7人ずつ7つの班を作っている。
 そのどれにも属さない八番目の刑事――それが8マンである。
 彼は田中捜査一課長の要請に応じ、最先端科学を悪用した犯罪に完全と戦いを挑む。
 かつて優秀な刑事だった東八郎は、強盗団との銃撃戦の末に非業の死を遂げるも、
 谷博士によってその人格を電子頭脳に転写され、スーパーロボットとして蘇った。
 しかし自分が生ける死者であること、ロボットであることに苦悩し続けていた東八郎は、
 魔人ゴズマとの戦いで自らの正体が明るみに出ると共に、友人たちの前から姿を消した。
 善悪に関わらず全ての人を助けようとするその行動は、彼が死者であるからこそだという。
 味覚はなく、睡眠の必要もなく、男性機能も無く、生者としての喜びは消え失せた。
 さらに死という安息さえ許されないにも関わらず、今日も何処かで8マンは走り続ける。

【把握媒体】
 ランサー(ナタタイシ)
  『封神演技』:原作小説 またこれを原作とした漫画作品
  『西遊記』:原作小説
  『Fate/GrandOrder』:「星の三蔵ちゃん、天竺に行く」
   現在イベントのみの登場キャラクターなため、プレイ動画などで確認が可能。

 マスター(8マン)
  『8マン』:原作コミック アニメ
  『8マン Before』:実写映画版のノベライズ。1巻で完結している為、これだけで把握が可能。
  『エイトマンへの鎮魂歌』:ttp://www.ebunko.ne.jp/eightmana.htm 原作者によるエッセイ。

※ナタの作成に関しては『皆で考えるサーヴァント』版ナタを参考にさせて頂きました。

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最終更新:2016年06月30日 23:32