豪奢な屋敷の敷地を、瑠璃色の魔法陣が囲っている。
時刻は深夜二時、草木も眠る丑三つ時。
都心から離れたこの地区では、こんな時間に外を出歩いている人間はほとんど居ない。
人の目がない場所で密かに蠢くのは、神秘と怪異の特権だ。
そして今、夜闇を見目麗しく照らし出している光の正体は、正真正銘まっとうな『神秘』である。
「上手いもんだねぇ、魔術師ってのは」
「このくらい出来なきゃ、英霊になんてなれないさ」
サーヴァント・キャスター。
とある世界に技術革新をもたらした、優秀なる魔術師。
彼は今、自分達の拠点を結界で改造する作業を行っていた。
通常、結界といえば外部からの干渉を退けたり、外敵の存在を探知する、等が主な役割だ。
言うなれば、基本は防御寄りの術理。
拠点の自衛のために展開される、実体の伴わないバリケード。
……その点、彼らの完成させようとしているそれは明らかな異形の術だった。
防御の役目ももちろん果たすが、単なる盾には終わらない。
何故ならこれは、自ら他者を攻撃する。
キャスターとそのマスター以外のあらゆる魔力反応を自動探知して攻撃する、結界の姿を取った遠距離狙撃砲台。
彼の宝具によって製作された、攻防一体の凶悪兵器に他ならない。
強いて欠点を挙げるとすれば、準備に時間が掛かること。
一般人に目撃され、要らない情報を流出させてしまいかねないのは厄介だったが……その点は、マスターに割り振られたロールに感謝せねばなるまい。
郊外に住まう、裕福な家庭の一人娘。
両親は既に他界しており、今は一人でこの大きな屋敷に住んでいる。
立派な拠点と恵まれた立地、まさに幸運と呼ぶしかない境遇だ。
それをありがたく活用し、彼らはこうして、人知れず対サーヴァント用の結界を編み上げていた。
「そういやさ、ずっと聞きたかったんだけど」
マスターの少女が口を開く。
キャスターは視線こそ向けないが、「うん?」と首を傾げてみせた。
出会って間もない間柄ではあるものの、彼女達の間には、悪しからぬ信頼関係が築かれていた。
「あんたは、聖杯を手に入れて……どうするの?」
「もちろん、願いを叶えるよ」
「そうじゃなくて……あんたは聖杯を手に入れて、一体何を願う気なのよ?」
魔術師の悲願といえば、一番簡単に思い付くのはやはり根源への到達だ。
聖杯戦争という催し自体、元々は魔術師達が根源に至る為に始めたものだと聞いた覚えがある。
魔術師の思考を理解できない彼女にしてみれば、何とまあ欲のないことで、と思ってしまうのだが。
質問を投げられたキャスターは、面食らったように苦笑した。
それから、「少し恥ずかしい話なんだけどね」と前置いて、彼は語り始める。
「君も知っての通り、オレは天才だ」
「いや、知らないけどね」
「ハハ、そいつは手厳しい。……とにかく、オレは物心ついた時から他人の何歩も先を歩いていた。
オレが本気で取り組んで、出来ないことなんてごく少なかったよ。魔術師になってからもね」
ただ、とキャスターは表情を曇らせた。
口元だけが笑っている。
目は、笑っていない。
少女はそこから、彼の願いの真剣さを読み取った。
「そのオレが、一つだけどうにも出来なかったことがある。
……戦争だよ。オレは家族や友人、大っ嫌いだった奴らが死んでいくのを、どう頑張っても止められなかった。
魔術なんてもの、国単位の争いの前じゃあ手品でしかない。それを思い知らされて――オレは初めて『絶望』したんだ」
聖杯戦争とは違う、本物の戦争をキャスターは知っている。
空には鋼鉄の鳥が飛び、海を鋼鉄の城が走る。
地上は炎と瓦礫に埋め尽くされ、愛する者の顔をした屍に蛆が這い回る。
そんな地獄絵図を、キャスターはかつて見た。
そして絶望した――それは戦争が終わり、病床の中で息絶えるその時まで、ついぞ消えることはなかった。
「オレの願いは歴史の改竄だ。最初で最後の、あの絶望を消去する。そうしないとオレは、いつまで経ってもゆっくり眠れない」
瑠璃色の光に照らされて、キャスターは笑う。
誰もが禁忌と呼ぶ歴史の改竄を、この魔術師は成そうとしていた。
彼と少女の住まう世界は、言葉通りに違う。
彼の言う『戦争』が人類史上最大の被害を記録したあの戦争だとしても、少女の世界でその歴史が動くことはきっとない。
歴史が変われば、世界が変わる。
それで世界が、彼の望んだ通りになるかは分からないが――そうなったらいいねと、少女は笑った。
キャスターもそれに釣られて笑った。
襲来は、微笑みが交わされた次の瞬間のことだった。
空に輝く月の光。
今日は満月だ。
それが一瞬、翳る。
その一瞬を見逃さなかったキャスターが顔を上げた時にはもう、空からの攻撃は放たれた後だ。
何色ともつかない、透明に限りなく近い光――それは触れた地面を焦がし、蹂躙していく。
「……これは……月光……!?」
そんな馬鹿な話はない。
本来、あり得ない。
仮に今の時間が昼間で、降り注いだのが太陽光だったとしても、これほどの殺傷力を持つのは不自然だ。
だが、なまじ解析に優れた魔術師であった彼は、その事実を一瞬で見抜いてしまった。
これは紛れもなく、月の光だ。
夜天を白い翼で飛翔する、『サーヴァント』が放った攻撃だ。
「―――悪いな。あんまりつまらねえ小話だったもんでよ。野次の代わりだと思ってくれや」
天使。
空で嘲笑うサーヴァントを見て、少女が抱いた最初の感想がそれだ。
彼の背から生えた二枚の翼はどんな鳥のものより細やかで、その白色には一切の混じり気がない。
だがその顔に貼り付けた笑みの形は、およそ人を救う者の浮かべるそれとはかけ離れていた。
「マスター、すぐに結界の内側へ! 既に、オレの宝具は完成している!!」
茫然としていた少女はその一言にはっとなり、急いで結界の内に退避する。
完成したばかりの結界が、空を舞う白翼のサーヴァントを撃墜すべく光を放つ。
放つ、放つ――だが一発として彼に届かない。
その白翼がはためくだけで光は弾かれ、勢いを保ったまま見当違いの方向に逸れていく。
何食わぬ顔で地面に降り立ったサーヴァントは、結界の内へ踏み込もうとして、舌打ちをした。
英霊級の魔術師の結界へと準備もなしに侵入を試みたのだ、当然そんなことが可能な筈がない。
結界の先の地面を踏む手応えの代わりに、体に走った微量な痺れ。
……それだけで済んでいるということが、まず既に異常なのだが。
とにかく、食い止められているならやりようはある。
キャスターだって、何もこの一芸しか持たないわけではない。
本格的な戦闘態勢に入れば、結界で足止めを食っている相手に一方的に攻撃が出来る。
そこに手持ちの対軍宝具を叩き込むだけでも、撃退くらいは可能なはずだ。
彼は、自分の結界を破られるとは微塵も思っていなかった。
実際、彼が組み上げた結界は見事なものだ。
高ランクの宝具の真名解放を直撃しても、余程でない限り破られない。
あらゆるエネルギーの波長を遮断する結界の内に居る限り。キャスターに負けはない。
「……確か、人生で一度の絶望とか言ってたな」
そして、それがいけなかった。
『常識』的に考えれば、結界を突破されるはずがない。
キャスターはこのサーヴァントを、『常識』で定義しようとしてしまった。
その時点で――彼と彼女の未来は確定される。
「じゃあ、もう一度ここで絶望しろコラ」
白い翼が大きくはためく。
結界は彼の攻撃を前に、薄氷ほどの役割も成さなかった。
あらゆるものを遮断する結界を貫通して、白翼が一瞬で内側の主従を薙ぎ払う。
盛大な爆発音の後、白翼のサーヴァント……もとい、白翼のキャスター。
否々、『白翼の超能力者』が不落の城へと悠々進軍する。
『希望』を望んだ魔術師と、それを応援したがった少女が昭和時代から退場したのは、それから三分と経たない内のことだった。
「あらゆる力の波長を解析、遮断する。……ハハ、便利な能力じゃねェかよ。だが――」
キャスターの宝具である遮断結界は、確かに破格の防御性能だった。
あれを正攻法で砕くには、相当の火力が必要になる。
その癖キャスターどころか結界自身が攻撃を行えるのだから、並のサーヴァントでは突破は不可能。
「俺の『未元物質』に、常識は通用しねえ」
彼が持つ唯一にして最大の宝具、『未元物質』。
ダークマター。
この世に最初から存在しないはずの物質を作り出す『超能力』。
だからキャスターは、彼の翼を遮断できなかった。
定義の外側から飛来した未確認物質を解析する間もなく、塵のように消し飛ばされた。
サーヴァントとマスター、両方の死亡を確認すれば、超能力者は踵を返して歩き始める。
「キャ、キャスターさん……どうでしたの?」
「見りゃ分かんだろ。片付けた」
その彼に、駆け寄る少女の姿があった。
金髪にカチューシャのよく似合う、小さな女の子だ。
そして彼女の右手には、赤い文様がある。
令呪。幼い容姿に似合わないその禍々しさは、彼女がただの幼女でないことの証明だ。
彼女はマスター。
聖杯戦争に参加し、サーヴァントを召喚した人間。
彼女に、何ら変わった力はない。
精々が人を陥れるトラップを張り巡らす才能程度のもので、概ね普通の一言で片付けてしまえるようなただの子供だ。
だが、聖杯戦争の何たるかを知った彼女は、自分のサーヴァントにこう言った。
『……お願いします。どうか私と一緒に戦ってくださいまし、キャスターさん』――と。
その時は多少肝の据わったガキ程度にしか思わなかったが、こうして共に戦いを続ける中で、見えてきたことがある。
……此奴は、本気で聖杯を求めている。
『会わなきゃならない人』とやらのために、聖杯が降臨するまで戦う覚悟を決めている。
キャスターとしても、マスターが乗り気であるのに越したことはない。
もし聖杯戦争には乗らない、聖杯も要らないなどとほざいていたなら、本気で鞍替えを考えなければならなかった。
マスターが聖杯を強く望んでいればいるほど、キャスターは自由に戦える。
その強力無比な超能力を惜しみなく振るい、思う存分に敵を殲滅することが出来る。
「そうでしたの……さすがは私のサーヴァントさんですわね」
「……それで? 今日はどうする、俺はもう少し雑魚狩りに勤しんでも問題ねえが」
「それは頼もしいですが、今日は此処までにして切り上げましょう。叔父さまに抜けだしたことがバレたら、お叱りを受けてしまいますわ」
「…………そうかよ」
重ねて言おう。
学園都市第二位の超能力者、垣根帝督を召喚した少女――北条沙都子は、ただの一般人だ。
生前、長いこと都市の暗部に身を置いていた垣根だからこそ、分かる。
ただの一般人である彼女が聖杯戦争にこれほど乗り気なのは、覚悟が決まっているからではない。
彼女は、狂っているのだ。
垣根が召喚されたその時、沙都子は自らの叔父に苛烈な暴力を奮われていた。
たかだかNPC風情がマスターを殺傷するとは思えなかったが、垣根は念には念を入れた。
何も理由はそれだけじゃない。
単純に、この虐待が日常的に続いて、マスターに精神病にでもなられては困る。
余計なトラブルを生む前に、目障りな障害物は消しておくに限る。
垣根は面倒臭そうに未元物質を発現させ、一撃で彼女の叔父をこの世から消し飛ばした。
……そう、確かに消し飛ばしたのだ。
「明日も早起きして、叔父さまのご飯を作りませんと……」
にも関わらず、これだ。
沙都子は今も、自分の叔父が生きていると思い込んでいる。
これだけなら、まだいい。
酷い時はありもしない叔父の幻影に怯え、喚き散らすこともあった。
児童の心理は脆いものだ。
幼くして寄る辺もなしに虐め尽くされたなら、幻覚や幻聴を聞くこともあるかもしれない。
だが、違う。北条沙都子に限っては、そうじゃないと垣根は思っている。
北条沙都子は狂っている。
精神病なのか、それとももっと別なものが原因なのかは知らないが、彼女は確実にまともではない。
垣根は裏の世界の人間の中では、比較的良識派だ。
人格者とまで言えば言い過ぎだが、公共への被害が出ることをなるべく避けるなど、最低限度の社会性や倫理観は持ち合わせている。
それでも、彼は悪党だ。
目的のために邪魔な人間を排除し、気怠げに欠伸が出来るような悪人だ。
垣根帝督は、北条沙都子を憐れだとは思う。
同情も少しはしているし、その生い立ちに少なからず興味を抱いてもいる。
しかしそれらは全て、聖杯を手に入れるという大いなる目的のためなら、一秒も迷わず切り捨てられる程度の感情でしかない。
「……第二候補(スペアプラン)は、早めに見繕っておくか」
甘いマスクに強大な力。
しかし、彼は決して『ヒーロー』にはなり得ない。
闇の底で力を振るい、自分の都合で他人を殺す。
暗部の人間の例に漏れず、そうした血の道を往く彼もまた、やはりこう呼ばれるべきなのであろう。
―――クソッタレの悪党、と。
【クラス】
キャスター
【真名】
垣根帝督@とある魔術の禁書目録
【ステータス】
筋力E 耐久D+ 敏捷A 魔力A+ 幸運E 宝具A++
【属性】
混沌・悪
【クラススキル】
陣地作成:-
このスキルを、キャスターは持たない。
道具作成:A++
自身の宝具を素材に、特殊な性質を持った道具や人体部品を作り出すことが出来る。
魔術ではなく科学の領分での作成だが、その完成度は魔術師のそれを凌駕している。
【保有スキル】
超能力者:A+
学園都市に七人しか居ないとされる超能力者(レベル5)の一人。序列は第二位。
このスキルを持つサーヴァントは脳の回路が異常であるため、魔術を行使するのに多大なリスクを負う。
しかしその代わり、自身の能力行使による魔力の燃費を極限まで抑えることが出来る。
彼が戦うことによるマスターへの負担はほぼ皆無。
軍略:C
一対一の戦闘ではなく、多人数を動員した戦場における戦術的直感力。
自らの対軍宝具の行使や、逆に相手の対軍宝具に対処する場合に有利な補正が与えられる。
悪党:C+
学園都市の暗部を生きてきた者としての強固な精神性。
悪行や非道な行為に心を痛めることがなく、同ランクまでの精神効果を無効化する。
【宝具】
『未元物質(ダークマター)』
ランク:A++ 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:1
キャスターが持つ能力そのもの。
この世に存在しない素粒子を生み出し、操作する能力。及びそれによって作られたこの世に存在しない素粒子。
この宝具によって呼び出される物質は物理学が定義するところのダークマターとは異なり、本当にこの世界には存在しない物質である。
そのためこの世の物理法則に生み出された素粒子は従わず、相互作用した物質も独自の物理法則に従って動き出す。
彼が使用する際は、基本的に天使を連想させる白い六枚羽の形を取る。
飛行はもちろんのこと防御、打撃、斬撃、烈風、衝撃波、光攻撃など応用の幅は広く、その他にも多彩な攻め手を持つ。
彼は生前、実質的な最後の戦いで自分の力を正しく理解した。
令呪一画を費やすことでその力を解放し、宝具強化を行うことが出来る(強化を行った場合、打って変わって燃費が悪化する)。
強化後は翼が数十メートルにも及ぶ長さに拡大され、能力は強さを増す。曰く、神が住む天界の片鱗。
【weapon】
宝具
【人物背景】
暗部組織『スクール』のリーダーにして、学園都市第二位の超能力者。
アレイスター・クロウリーとの直接交渉権を求めて都市の裏側で暗躍を重ねていた。
しかし第一位・一方通行に敗北。能力を吐き出すだけの塊と成り果てる。
今回召喚された垣根帝督は、この時点の人格を基礎としている。
【サーヴァントとしての願い】
受肉
【運用法】
宝具による直接戦闘から自己回復まで、幅広くカバーすることが出来る。
キャスターにしては珍しく接近戦も得意としており、低燃費でかなりの高火力を実現可能。
しかし彼は良くも悪くも場慣れした人物である。
明らかに狂気の片鱗が覗いている沙都子を、彼が見捨てない保証はどこにもない。
【マスター】
北条沙都子@ひぐらしのなく頃に解
【マスターとしての願い】
強くなって聖杯戦争を制する。そして、にーにーに帰ってきてもらう
【weapon】
特になし
【能力・技能】
トラップマスターと呼ばれるほど、トラップを仕掛けるのが巧い。
その腕前たるや、ホームグラウンドの裏山でならば一流の特殊部隊を手玉に取れるほど。
【人物背景】
『皆殺し編』より参戦。
叔父の虐待で心を擦り切れさせ、雛見沢症候群という風土病が着々と進行している。
彼女は強くなることで失踪した兄が帰ってきてくれると信じており、過酷な現状の中で助けを求めるということをしない。
【把握媒体】
キャスター(垣根):
原作十五巻のみで把握可能。
新約五巻でも活躍するが、この垣根帝督の人格ではないため、必須ではない。
北条沙都子:
最低限の把握は『皆殺し編』で可能。
ただ、『祟殺し編』『目明し編』も大いに描写の参考になるのでお勧め。
本作は漫画版の出来が非常にいいので、原作ゲームではなく漫画版で把握するのが最も手早いと思われる。
最終更新:2016年06月30日 23:35