――――――その男たちは、筋肉(マッスル)だった。
白いマットのジャングルに汗と血を飛沫させながら、がっぷり四つに組んでの大立ち回り。
筋骨隆々とした体躯は勿論のこと、奇妙なのはその男たち全員が覆面を被っていることだ。
いや、奇妙とは言えないかもしれない。
この覆面こそは男たちの矜持であり、誇りであり、武威であり、そして顔なのだから。
『さあいよいよ最終ラウンド! 冬木市多目的ホール興行を制するは、正義か、悪か!』
観客席に詰めかけた冬木市民たちがウオォォォッと声をあげた。
悪逆非道、
ルール無用のレスラーどもに、敢然と立ち向かう二人の男。
一人はすらりとした体躯に筋肉を纏った野獣の如き肉体の、虎の覆面を被った男。
一人は見上げるほどの巨体に筋肉を纏った巌の如き体躯の、拘束具を身につけた男。
彼ら二人は戦いで負った傷を隠そうともせず、堂々と対峙する敵に向かって咆哮する。
「力が正義なのではない! 正義が力なのだ!」
「ここより反逆の始まりだ。覚悟を決めろッ!」
「「 ゆくぞぉっ!! 」」
* * *
古代メキシコのアステカ文明において、真に偉大な戦士は仮面を被ったという。
その伝統は今日にまで受け継がれ、ルチャ・リブレに挑む選手たちは自らの顔を覆面で覆う。
それは神聖不可侵な儀式であり、彼らは生涯にわたって決して覆面の下を知られてはならない。
敗北して地に伏し、覆面を剥ぎ取られたのならば、もはや二度と立ち上がることは許されない。
そんな過酷な戦士の道を、自ら選ぶことこそが第一の試練。
その上で、亜久竜夫はさらなる試練を自らに課した。
10年前に姿を消した英雄タイガーマスクの覆面を被り、自らを後継者と任じたこと。
そして生まれ育った孤児院を救い、日本プロレス界の自由と平和をまもるため、
恐るべき侵略者である海外勢力、宇宙プロレス連盟に敢然と戦いを挑んだのだ!
「ええい、くそ! 宇宙プロレス連盟め、なんてことをしやがるんだ……!」
しかし今、タイガーマスク2世は窮地に立たされていた。
一人控室で怒り狂う彼の目前では、時計が試合開始時間まで、刻一刻と時を刻み続けている。
宇宙プロレス連盟の送り込んできた新たなる刺客と2対2のタッグマッチ。
タイガーマスクはプロレスラーである。プレスラーはどんな挑戦でも受けて立つ。
冬木市で行われる地方巡業でのこの対決も、タイガーマスクにとっては望む所だった。
「これ以上、試合の開始を遅らせるわけには……!」
しかし、いくら待ってもタイガーマスク2世のパートナーは姿を見せない。
怯えて逃げたのか? まさかプロレスラーたるものが、そんな無様をするわけもない。
事故にあったのだ。
それもこれも全ては、あらゆる手段で勝利を狙う宇宙プロレス連盟の策略に違いなかった。
尊敬すべき先輩レスラーや、友情を結んだ同胞に声をかければ、きっと彼らは手を貸してくれるだろう。
だが……。
(馬場さんや猪木さんにばかり頼ってはいられない……)
かくなる上は2対1しかない。
堂々と胸を張ってリングに飛び込み、奴らに目にもの見せてやろう。
.
そう彼が誓ったその時だった。
「――――ッ!?」
右手に熱が走ったかと思うと、カッと目も眩むような閃光が控室を満たしたのだ。
すわ宇宙プロレス連盟の妨害工作か!? と思ったのも束の間、どうやらそうではないらしい。
光が消え失せた時、タイガーマスクの目の前には驚くべき筋肉を持った巨漢が佇んでいたのだから。
「―――――バーサーカー、スパルタクス」
男は堂々と自らの名を名乗った。
バーサーカー、狂戦士。
自らの異名を堂々と名乗る姿に、タイガーマスクの覆面の下で亜久竜夫はごくりと唾を呑んだ。
「さっそくで悪いが、君は圧制者かな?」
スパルタクスの目は異様にギラついており、しかし曇りなく真っ直ぐだった。
それは例えるならば磨き上げた鏡を覗き込むようなものだ。
強面いっぱいの笑みも相まって、その男が纏う異様な雰囲気は、只者でないと直感させる。
(圧制者、とはなんだ……?)
それは恐らく、弱者を押さえつける者どものことだ。
力こそが正義と言って憚らない奴らのことだろう。
「いいや、違う。俺は……俺は、虎だ。虎になるんだ!」
「虎……」
「俺はタイガーマスク、タイガーマスク2世だ!」
だからこそ彼は虎の覆面を被った。
かつて自分のことを育ててくれた、伊達直人の遺志を継ぐためにだ。
「そして俺からも聞きたい」
タイガーマスクはまっすぐに、その巨漢の純粋な瞳へと視線を重ね、手を差し出した。
「君は、プロレスラーだな!」
それ以上の言葉は不要だった。
しっかりと握り合った拳と拳。そこから伝わる熱い血潮と想い。
相手が悪逆非道、ルール無用のファイトをするのなら、こちらは正々堂々受けて立つ。
正義の怒りをぶちかますためにも、真正面から立ち向かわなければ真の勝利は掴めない。
これこそが第三の試練。
しかしこれに挑むと決めた時、男たちは互いに互いが何者であるかを理解した。
男たちは骨の髄までプロレスラーだった。
そして―――――その男たちは、筋肉(マッスル)だった。
* * *
.
「無事か、スパルタクス!」
「大丈夫。ほら、傷口も笑っている」
刺客レスラー、マスター&アサシンのツープラトンを受けたスパルタクスを、タイガーマスクは引き起こす。
激戦を経て疲労困憊しているはずのスパルタクスだが、その顔面には満面の笑み。
負けていられないとタイガーマスクもまた笑みを浮かべる。熱いファイトに心は奮い立つものだ。
「よし、なら行こう!」
「うむ、行こう! ――圧制者よぉおぉぉっ!!」
雄叫びと共に飛び出したスパルタクスに、相手レスラーに一瞬動揺が走る。
それこそが命取りだった。
『おお、これは……あの体勢は! 出るか、出るのか!?』
そして再びの大歓声。
スパルタクスの巨腕が、対戦者二名をまるごとガッシリと抱え込んだのだ。
「受け取るが良い、圧制者よ! 我が抱擁、我が愛を!」
ぎしぎしと体が悲鳴を上げる中、彼らは懸命に藻掻いて脱出を試みる。
だが難しい。
今まで散々に打撃を浴びせたはずのスパルタクスの両腕は、小動ぎもしない。
そうこうしているうちに足がふわりとマットから浮かび上がる。持ち上げられたのだ。
そして――
「ま、待て、待て! よせ、やめろ!!」
「これこそが――――愛だッ!!」
――そのまま後方へと叩きつけられる!
『クライング・ウォーモンガーだぁあぁぁぁッ!!』
文字通り、殺人的な威力のジャーマン・スープレックスである。
二人纏めてマットに墜落した刺客レスラー達は、悲鳴も上げられずに体を弾けさせた。
勢いを殺しきれず、ロープさえも超えてリング外へと転げ落とされてしまったのだ。
よたよたと覚束ない調子で立ち上がろうとする二人の姿を、タイガーマスクは見逃さない。
『そしてそして、おおっとタイガー助走! これは……』
次の瞬間、文字通りタイガーマスクは宙を舞った。
一飛びにコーナーポストを飛び越えた彼は空中で体を捻り、虎の如く躍りかかったのだ。
「ダアァァァァッ!!」
『スペース・フライング・タイガー・ドロップーッ!!』
観客席へ飛び込むようにして放たれた体当たりは、文字通り二人をなぎ倒し、打ちのめす!
タイガーマスクの重力を無視したかのような軽々とした動きは、観客の心を尚も熱狂させる。
『でたぁ~っ!! 四次元殺法ッ!! 強い! 強いぞタイガーマスク、スパルタクスッ!!』
そして此処でゴング。
鳴り響く鐘の音さえかき消すほどの大歓声が、冬木市多目的ホールを揺るがした。
「良いファイトだった」
「……ああ、素晴らしかった!」
1980年、日本プロレス斜陽の時代はまだ遠い時代。
プロレスラーは、プロレスでしか伝えられないものがあると信じてリングへ登る。
リングで戦い続けるその限り、聖杯など無くとも叶わぬ願いはないのだろう。
その胸に、闘魂ある限り。
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【元ネタ】
【CLASS】バーサーカー @Fate/Apocrypha
【マスター】亜久竜夫
【真名】スパルタクス
【サーヴァントとしての願い】
なし
【性別】男性
【身長・体重】221cm・165kg
【属性】中立・中庸
【ステータス】筋力A 耐久EX 敏捷D 魔力E 幸運D 宝具C
【クラス別スキル】
狂化:EX
パラメーターをランクアップさせるが、理性の大半を奪われる。
狂化を受けてもスパルタクスは会話を行うことができるが、
彼は“常に最も困難な選択をする”という思考で固定されており、
実質的に彼との意思の疎通は不可能である。
【固有スキル】
被虐の誉れ:B
サーヴァントとしてのスパルタクスの肉体を魔術的な手法で治療する場合、
それに要する魔力の消費量は通常の1/4で済む。
また、魔術の行使がなくとも一定時間経過するごとに傷は自動的に治癒されていく。
【宝具】
『疵獣の咆吼(クライング・ウォーモンガー)』
ランク:A 種別:対人(自身)宝具 レンジ:0 最大捕捉:1人
常時発動型の宝具。
敵から負わされたダメージの一部を魔力に変換し、体内に蓄積できる。
体内に貯められた魔力は、スパルタクスの能力をブーストするために使用可能である。
強力なサーヴァントなどと相対すれば、肉体そのものに至るまで変貌していくだろう。
【解説】
古代ローマの剣闘士であり、スパルタクスの反乱と言われる奴隷戦争の指導者。
ほぼ烏合の衆に過ぎない反乱軍をよくまとめ、強力なローマ軍に連戦連勝したことから、
その人望や戦争指揮能力は卓越したものであったと考えられる。
だがそれ以上に彼が人望を集めた要因は"必ず逆転によって勝利する"英雄だったこと。
反乱軍の兵士にとって戦況が絶望的であればあるほど、その先にある勝利は確かなものだった。
反乱は鎮圧されたものの、彼の名は虐げられた人間の希望として歴史に刻まれた。
バーサーカーとして召喚されたスパルタクスは、一見は正常な思考を持つように見える。
極めて高度な言葉を流暢に喋り、マスターに襲い掛かることもないからだ。
しかし彼は"常に最も困難な選択をする"という思考で固定されている。
マスターの命令や周囲の指示を全く聞かず、令呪の縛りもあまり効果がない。
聖杯を求める確かな動機はなく、ただ戦いの場に赴くことだけを悲願する。
被虐者を救済し、加虐者に反逆することだけを志すに彼にとって、
戦場こそ弱者と強者しかおらず、常に求めてやまない苦痛と試練に満ちあふれた場所なのである。
ひとまずはマスターに付き従うだろうが、わずかでも「マスターらしい」態度を見せれば、
途端に彼は喜び勇んで叛逆を企てるに違いないため、油断ならないことに変わりはない。
なお、風呂の湯に浸けておけば大人しくなる。
【運用】
プロレスさえしていれば恐らくマスターと仲違いすることはないと思われる。
【マスター】亜久竜夫@タイガーマスク2世
【マスターとしての願い】
なし
【性別】男
【身長・体重】173cm・98kg
【年齢】20前後
【外見】冴えない新聞記者/虎の覆面を被ったプロレスラー
【令呪の位置】右手
【Weapon】
「プラズマGT」という真紅のスポーツカー。
タイガーマスク活動時はパネルを裏返して虎柄にし
「タイガーハリケーン」として運用している。
【能力】
地上最強の格闘技を身につけた偉大な戦士たち。
一般人より身体力、精神力が高く、そして有名人である。
ストロングスタイルを基盤に全米プロ空手、ルチャリブレを織り交ぜたスタイル。
リング狭しと飛び回り、次々と空中から華麗な攻撃を繰り出していく。
【人物背景】
日の出スポーツのお人好しで冴えない新聞記者。
しかしその実態は「虎の穴」出身の覆面レスラー・タイガーマスク2世である。
生まれ育った孤児院のため、日本プロレス界の自由を脅かす宇宙プロレス連盟の侵攻に対し、
謎の失踪を遂げた初代タイガーマスクの後継者を自称、正統派レスラーとして戦いを挑む。
最終更新:2016年06月30日 23:43