結城夏野は混乱していた。
本来、彼は三方を山に囲まれた田舎にいたはずだ。それが気付いた時には街並みがやや古臭いとはいえ、都会にいる。
沈む太陽が放つオレンジは既に薄まり、街は薄青い黒に覆われつつある。
立ち並ぶ家々が夕餉の時間を告げ、オフィスには日没後もそれぞれの業務に従事する人々がいることを外部に知らせる。
これまでの経緯を思い出しながら、夏野は歩く。
身体の中で、正体不明の何かが身を捩り、物欲しげな鳴き声を上げる。
日光がその力を弱めていく度に感覚が明瞭になっていき、髪の先、爪の先にまで精気が行き渡る。
やがて、自分の中に未知の情報が入力されている事を知ると、困惑はますますその色を強めた。
慌しく歩き回る思考を押さえつけ、夏野は夜の街へ繰り出した。
☆
当てもなく街を走り、辿り着いたのは人気のない公園。
雑踏は遠く、街灯があちこちに濃い闇を作る。彼方に建つ建物の明かりが、色とりどりの蛍みたいだ。
≪でてこい、俺のサーヴァント…≫
街灯と肩を並べる街路樹の脇をすり抜け、植え込みの陰に飛び込む。
片膝を立てて座り、背中を密集する草木に押されながら、これから出会う者に念を飛ばす。
やがて茶髪の男が目の前に姿を現した。
年恰好は夏野と同じくらいだが、最奥に硬質の光を宿す瞳が歩んだ年月の凄まじさを示す。
「クラスは…」
「アーチャー。で、名前は須田恭也。…よろしくな」
しゃがんだ少年の表情が柔らかくなり、暗い黄緑の半袖からのびる腕が夏野に向けられた。
ちらと眼を向けた夏野は、仏頂面で差し出された手を握る。
「それで、これからどうすんだ?マスター」
手を離し、小さく一度頷いた恭也は問いを投げる。受けた夏野は、煩わしそうに眉をひそめた。
「マスター、何て呼ぶな。…結城夏野」
「名前は不味いんだろ」
「じゃあ、あんたでも、お前でもいい。…とにかくマスターなんて呼び方はやめろ」
言うだけ言うと、夏野は怪訝そうな顔から視線をそらす。恭也は二人を包む闇に意識を向ける。
やがて視線が座り込んだ少年に据えられると、恭也は片眉を上げたが、場所を移しただけで言葉を発する事はなかった。
夏野にしてみれば初対面の相手から"主人"なんて、気持ちが悪かった。まだ、二人称の方がましだ。
たった3回命令を下せるだけで、自分より力のある相手より上に立ったとは、どうしても思えない。
「……なんだ?」
隣に座りこんだ恭也が夏野を見ている。
無言で探る様に見つめられるのは、村で出会った少女を否応なく思い出させ、不快だったので受けて立つ事にした。
「あぁ、…他にもいろいろ話すこと、あるんだろうけどさ。……一ついい?」
遠慮がちに尋ねる恭也に、夏野が頷く。
「…あんたってさ、ひょっとして人間じゃない?」
金槌で殴られたように首が揺れた。見開いた眼が、夏野の反応を窺うように細められた視線とぶつかる。
恭也は来歴ゆえ、怪物の気配には敏感だった。
夏野はこれまで遭遇した異形とは違い、人間そのままの姿だったが、彼らに近い気配を感じる。
聖杯戦争なんて初めてだったし、他のマスターと比較したわけではないので確信はなかったが、今の反応でそれを得た。
「別に、……好き好んで起き上がったんじゃない」
「起き上がる?」
緑の絨毯に視線を落とす。いきなり核心を突かれるとは思わなかった。
――起き上がり。
夏野は聖杯戦争に招かれる以前に死んでいる。今こうしているのは決して生き返ったからではなく、死んだまま動くようになったからだ。
このわずかな時間で見抜いた所から見て、彼はそういった事象に慣れているのだろう。
化け物と知った後も、すぐさま手にした刀で斬りかかってくる風でないあたり、自分の身に起こった事を話しても大した問題にはならないはず。
しかし初対面の相手に全てを打ち明けるのは、まだ抵抗があった。
夏野の逡巡を見て取ると、恭也は話題を変えた。
自己紹介から、聖杯戦争について。
聖杯に招かれた以上、お互いに抱えている願いがあるはず。
話が過去から未来に移ると、夏野は口元にさっと苦みを走らせる。
「願いならある。…けど、……殺しなんてできるか」
清水の墓を暴いている最中、襲い掛かってきた屍鬼を昏倒させた時も、打ち据えた感触が掌から消えなかった。
口封じのために差し向けられた屍鬼――徹ちゃんに杭を打ち込むことは、遂に出来なかった。
勝手な都合で殺戮を正当化する連中から、自衛するくらいは夏野にも十分できる。
しかし、望まず殺し合いに放り込まれた者達を刈り取って回る事までは、到底できそうもない。
大体断りもなしに人―少なくとも、化け物として振る舞う気はない―を聖杯戦争に招き入れ、願いを持っているからと言って、殺し合いを強いるやり方が気に食わない。
唯々諾々と従って、不特定多数の他人に重大な傷害を与える。それは決して許されない事だと皮膚感覚が判断する。
「そっか」
「アーチャーはどうなんだ」
「俺?俺もなぁ、…願いはあるんだけど、殺し合いは流石にさ」
今度は夏野から話を振った。恭也は微かに眉を上げ、腕を組み、渋い顔で静かに唸る。
やがて、面倒なことになったな、という倦みと、仲間を見つけた、という安堵が混じった笑みを、隣の少年に向けた。屈託ない様子だが、内心穏やかではなかった。
――恭也は美耶子を求めて、異界を彷徨い歩いていた時にここに呼ばれた。
倒した異形は数知れず、時間の感覚も溶けていく中を、交わした約束だけを抱えて進み続けていた。
俺は既に死んでしまったのだろうか?道半ばにして…。
そんな覚えはないが、羽生蛇村を越えてからの記憶は、劣化した古写真のように曖昧になっている。
聖杯を使えば確実に美耶子を助けられるのかもしれないが、深く悲しませる事になるかもしれない。考えなしに手を伸ばすのは躊躇われた。
「ま、とりあえず今日は帰ろうぜ。…親も心配するだろ?」
雑念を振り払う様に声を上げて恭也は立ち上がると、固い表情のマスターに気安い微笑を向けた。
記憶を探ると、たしかに自宅が割り当てられているらしいことがわかり、皮肉な気分になる。
親なんだ。他人の集まりじゃない、本物の家族。
しかめっ面で夏野も立ち上がり、眼の前を歩く背中に続く。モスグリーンのシャツの上で、背負われた小銃が僅かに揺れた。
【クラス】アーチャー
【真名】須田恭也
【出典作品】SIREN
【性別】男
【ステータス】筋力C 耐久C 敏捷C 魔力B+ 幸運B 宝具A++
【属性】
中立・善
【クラススキル】
対魔力:C+
第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。
アーチャーは精神干渉に対して、強力な耐性を持つ。
単独行動:B
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
ランクBならば、マスターを失ってから二日間現界可能。
【保有スキル】
幻視:A
同ランクの気配感知の亜種スキル。
範囲内にいる人物の視覚や聴覚を盗用できるが、距離が遠いほど鮮明さが失われる。
血の契約:A
美耶子と交わした約束。
宇理炎の副作用を無効化するほか、瀕死の傷でも戦闘を可能とし、危機的な局面において優先的に幸運を呼び寄せる。
同ランクの精霊の加護と戦闘続行の効果を内包する特殊スキル。
【宝具】
『狩猟用狙撃銃』
ランク:E 種別:対人宝具 レンジ:1~30 最大捕捉:1人
屍人ノ巣で入手した狙撃銃。
使い魔程度なら十分相手にできるが、接近されると真価を発揮できない。
クラス補正によって宝具に昇華されたが、所詮現代の品でしかないため、神秘性は最低ランク。
その分、消費が軽く、弾丸を魔力で補充できる。
『冥府の扉が開くとき(煉獄の炎)』
ランク:A++ 種別:対城宝具 レンジ:1~20 最大捕捉:20人
宇理炎を使い、前方に巨大な火柱を発生させて、目前の敵にぶつける。
神霊や魔物など人外の性質を持つサーヴァントに対して絶大な威力を発揮する。
宇理炎が魔力炉を備えている為、アーチャー自身が消費する魔力量はごくわずかだが、再発動には10秒のクールタイムを必要とする。
『暗黒の空を青に染めて(鉄の火)』
ランク:A++ 種別:対軍宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:200人
宇理炎を使い、上空から青い炎を雨のように降り注がせ、レンジ内の敵を殲滅する。
神霊や魔物など人外の性質を持つサーヴァントに対して絶大な威力を発揮する。
宇理炎が魔力炉を備えている為、アーチャー自身が消費する魔力量はごくわずかだが、再発動には120秒のクールタイムを必要とする。
【weapon】
「焔薙」
神代家の家宝。眞魚岩から採取された隕鉄を精錬して鍛えられた刀。クラス補正により、刀身に木る伝を宿す事が出来ない。
「宇理炎」
"力が生まれたときに同時に生まれる、相反する力"を操る神の武器。不死者すら永遠に滅ぼす事が出来るが、副作用として使用者の生命を求める。
アーチャーは保有スキルにより、これを猶予されている。
「ポータブルオーディオプレーヤーとヘッドフォン」
ハードロックを聞きながら、アーチャーは異界を彷徨い歩く。
【人物背景】
中野坂上高等学校に通っていた16歳の少年。
羽生蛇村で起こった虐殺事件の噂をネットで目にした彼は、夏休みを利用してマウンテンバイクで村にやってきた。
訪れた先で奇妙な儀式を目撃にした後、怪異に巻き込まれてしまう。
盲目の少女「美耶子」と怪物が跋扈する村を逃げ回る中で永遠の命を得て生還した恭也だったが、ついに現世に帰還する事は叶わず、異界を彷徨い続けることになった。
【聖杯にかける願い】
全てを終わらせて、美耶子と再会する。聖杯に惹かれる気持はあるが……。
【マスター名】結城夏野
【出典】屍鬼(アニメ版)
【性別】男
【Weapon】
なし。
【能力・技能】
「人狼」
屍鬼の襲撃を受けた後、完全に死亡することなく超常の力を得た人々。極稀に生まれる屍鬼の変異種。
不老、高い治癒力や襲った人間への暗示、夜目が利くといった屍鬼と同じ能力を備え、彼らと違い、人間の食事で生命を維持できる。
くわえて昼間でも活動でき、体温や脈拍を生前と変わらず保ち、呪物への高い耐性を持つ。
循環する血液を力の源としており、心臓や頭部の破壊によってのみ殺害する事が出来る。
原作中では屍鬼の完全体なのだろうと推測されている。
【ロール】
高校生
【人物背景】
都会から過疎の村「外場」に引っ越してきた高校生。
両親が入籍していない事に加え、夫婦別姓という複雑な家庭環境から、クールでドライな性格に育った。
戸籍上は母方の「小出夏野」。
村の生活を嫌っており、都会の学校へ進学する為に勉強を欠かさない。
外部から入り込んだ屍鬼の暗躍にいち早く気づき、元凶である桐敷を探っていたが、屍鬼となった親友・武藤徹を差し向けられる。
自作の杭とハンマーで対抗しようとしたが、結局使う事はできず彼の襲撃を受け容れた。
死亡したかに思われたが、屍鬼の亜種「人狼」となって甦る。
18話終了後から参戦。
【聖杯にかける願い】
屍鬼の根絶。ただ、殺人に加担するのは……。
【把握媒体】
アーチャー(須田恭也):
SCEIから発売されたホラーゲーム。PS2アーカイブスでもプレイ可能。
第一作目の主人公の一人であり、第二作目でも本筋に関わらない形で登場します。
結城夏野:
全22話。
DVD、Blu-rayで視聴可能。
漫画版でもかまいませんが、後半から原作小説に沿った展開になります。
最終更新:2016年07月02日 20:18