人間は、頑強さと脆弱さの入り混じった奇妙な生物だ。
余命宣告を受けるほどの重篤な病から理屈を無視した回復を遂げてみたかと思えば、時には体より先に心が壊れ、自ら死を選ぶことすらある。
尋常ならざる勢いで身を苛む、身体的・精神的な苦痛。
常人の枠組みから逸脱した精神力の持ち主であればそんな生き地獄に耐え続け、乗り越えることも出来るのかもしれない。
だが、そんな人間はごくごく稀だ。少なくとも、普通ではない。
普通の人間にそれだけの苦痛を浴びせかけたならその精神は止むことない心身の激痛に摩耗し、ほとんどの場合、本人の意思さえ無視して自壊に向かう。
―――例えば、恒久的に苦痛と恐怖を与えられ続け、それから解放される未来がないことを知っている人間が居たとする。
生きることは希望ではない。
生きれば生きただけ、絶望ばかりが積もっていく。
一縷の光もない、またこれから射し込むこともない、無機質な四角い地獄の中で、あと何十年続くかも分からない余生を今後も送らされる人間が居たとする。
この人間に一分間の自由を与えたなら、果たしてどんな行動を取るだろう。
……考えるまでもない。
部屋の角、床、金具の尖った部分、最悪素手でも構わない。
どうにかして自分の命を終わらせることで、この生き地獄から抜け出そうと考えるはずだ。
それは当然の行動であって、軟弱な逃避でも、未来を悲観しすぎた早合点でも決してない。
どれだけ生き延びたとしても、絶対に、そう絶対に。その生涯に、希望らしいものが生まれることだけはあり得なかったのだから。
事実は小説よりも奇なり、と誰かが言った。
それと同様に、現実は大抵虚構よりも残酷である。
恒久的な苦痛の中、生が続く限りの絶望を約束された人間。
小さな、小さな少女だった。
年齢は二桁に届いているだろうか。届くか届かないかの瀬戸際のラインに見える。
病院用の寝台に拘束された少女の表情は、あらん限りの恐怖に彩られている。
彼女はその性質ゆえ、薬物による苦痛の緩和という救いすら与えられず、嬲られ続けていた。
此処の獄卒どもの言葉を借りるなら、『処置』を施され続けていた。
どんな暴漢でも解けないような拘束を少女の華奢な体で解けるわけは、当然ない。
舌を噛み切ることによる自殺も、あらゆる手段で先回りして防がれている。
此処から彼女が逃れる手段は、ない。
生命を終わらせるという最後の手すら奪われて、今日も地獄の時が来る。
―――記憶処置が意味を成さなくなったのはいつからだろう。
それはとても強烈な目眩がして、意識が暗転した……その日の『処置』の前からだった。
新鮮な恐怖だけが積み重なっていく。
苦痛の記憶だけが、消えることもなく連続する。
幼い精神が、救いの存在を本能的に否定し始めるまでは遠くなかった。
『処置』は凄惨だ。
冷徹であり続け、常に合理を優先する獄卒たちが吐き気を催したり、精神に異常を来し始めるほど、彼女の受ける行為は酸鼻を極める。
『処置110-モントークを開始します』
響く、声。
聞こえる、足音が。
鋼鉄製扉の向こうから、防音の壁だと分かっているのに足音が聞こえる。
幻聴だ。極大の恐怖は、少女に幻聴症状さえ引き起こさせていた。
やがて扉が開くと、無表情の男達が何人も、何人も入ってくる。
少女の悲鳴は聞き届けられない。
この施設において、彼女は人間ではない。
『
SCP-231-7』という記号で称されるだけの、世界的脅威。
彼女の境遇を地獄たらしめているのは、幼い体には明らかにアンバランスな、その腹部の膨らみだった。
彼女は妊婦だ。
そして彼女の他に、六人の母が居た。
彼女達が出産をする度、大勢の命が失われた。
死が重なる度に、起こる事態は重大化している。
もしも最後の母、第七の花嫁が『出産』に至ったのなら―――
世界規模の災害が起こる。
彼らは、それを止めようとしていた。
出産を食い止めるために、少女に地獄を与えていた。
世界と一人の少女の人権を天秤にかけたなら、結果は分かり切っている。
それが、彼女の置かれている地獄の正体。
『収容』という名の、世界の為の慈善事業。
「……おい! なんだこりゃ、こんな刺青こいつにあったか!?」
今日の『処置』は、いつもと少しだけ違った。
男の一人が何かに気付いて、慌ただしく叫んでいる。
それを聞き付けると何人かの白衣が部屋に駆け込んできて、少女の腕をまじまじと観察し始めた。
その顔には、冷たい汗が伝っているように見える。
少女は眼球だけを動かして、自分の左手を見る。
……確かに、刺青があった。
真っ赤で変な形をした、不思議な刺青。
昨日までは彼らの言う通り、こんなものはなかった。
「まさか、新たな特性……? いや、だが他の六体の時には、こんなものは……
……急いでO5の指示を仰ぎます。皆さんは予定通り処置110-モントークの実施を。
SCP-231-7に対しての調査はその後に行いましょう。…………くそ、最近は記憶処置の効きも不自然に悪いと思っていたが………」
ブツブツと何か喋りながら、部屋を出ていく白衣。
実行役の男達の表情は、気味の悪いものを見るように歪められていた。
彼らは皆、嫌な予感を感じている。
元凶悪犯という以外には何の特筆した個性もない彼らだが、直感的に感じ取っていたのだ。
この部屋に漂い始めた、嫌な空気。正しくは、嫌な気配を。
しかしだからと言って処置の実施を拒めば、自分が最悪殺される羽目になる。
嫌がる少女に『いつものように』手を掛け、その両足を開き、そして―――
「―――いや……」
少女が、消え入るようにそう呟いた途端。
脳裏に響く声がある。
尊大で老獪な、底知れないものを感じさせる声だった。
『救いを 望むか?』
とてもじゃないが、救いというワードと結び付くような声ではなかった。
少女は幼いながらに直感する。
この声は、悪い人、悪いものの声だと。
しかしそんなことは、少女にはもう関係ない。
どんな悪でもよかった。
正義のヒーローなんかじゃなくて構わなかった。
人殺しでも圧政者でも反逆者でも、復讐者なんかでもいいし……
悪の大魔王でも、なんでもいい。
少女はただ、欲しかった。
この場所から出るための手段が欲しかった。
『ならば呼ぶがいい、わしの名を! このわしを この地に呼び寄せよ!』
様子の変化に気付いた男が、手を止める。
誰かが後退りした。
別室でそれを見ていた白衣が、緊急警報のサイレンを鳴らした。
けたたましい音に支配される、閉め切られた防音室の内部。
そんな部屋だから、彼女の呼んだ『名前』を聞くことの出来た者は一人もいないだろう。
「……たすけて、バーサーカー」
それが、終わりの始まりだった。
虚空から姿を現した存在は、巨大にして荘厳。
かつて一つの世界を征服しかけた、大いなる英雄譚の始まりを担った『大魔王』。
彼は、竜だ。あらゆる魔物を平伏させ、その上に君臨した大竜種―――
「―――わっはっはっはっはっ!! よくぞわしを呼んだ、小娘よ!!
わしこそは、王の中の王!! いずれこの世に現れる聖杯を一滴残さず飲み干す、最強のサーヴァントである!!」
尻尾を振るえば、厳重な設備が砕け散る。
炎を吐き出せば、地獄の獄卒たちが脂っこい肉の塊になった。
慌てて鎮圧に駆けつけた援軍など、相手にもなりはしない。
竜の硬い肌は鉛の弾なんて通さないし、爆薬の熱くらいでは火傷だってさせられない。
いや、きっとそれ以前の問題だろう。
彼らは、この竜に勝てない。
王の中の王を自称する、一個の英雄譚の題名にさえなった彼。
人の世界を蹂躙し、征服せんとした、人の天敵である『竜王』に。
……勇者の心も持たない人間が敵うはずなど、最初からどこにもなかったのだ。
―――所変わって、冬木市某所。
聖杯戦争の舞台となる街の、ある廃マンションに、その少女は居た。
大きくなった腹をさすり、静かな時間を過ごす少女。
自分の名前があるのかさえ定かではない、世界の終わりをもたらす大淫王の子供。第七の花嫁。
「ほほう、では……そなたは聖杯の力を全て、このわしに譲るというのだな?」
「はい」
「わっはっはっはっ、欲のない娘じゃ。だがそれならそれで、わしも都合がいい……」
竜王もといバーサーカーは今、ローブをまとった神官のような姿をしていた。
あの時大暴れをしてみせた竜の姿とは、似ても似つかない。
それどころか彼のステータスも、少女の目からは全く違うものに写っている。
彼によると、スキルの一つ、ということだったが―――便利なものなんだなあと思う。
彼女は聖杯戦争の善し悪しだとか願いだとか、そんなことはどうでもよかった。
いや、願いがないといえば嘘になる。しかしその願いは、もう叶ってしまった。
此処から出たい。自由になりたい。
それだけの、しかし全てを捧げてもいいほどの大きな願望を、この竜王というバーサーカーはいとも簡単に叶えてしまった。
「一度は討たれた我が身、我が野望。そなたには、わしの復活を完全なものとするために協力してもらおう!
なあに、心配する必要などどこにもない。わしは最強であり、無敵のサーヴァントじゃ」
彼が復活を遂げたのなら、この世界はきっと過去に類を見ないくらいの大混乱に見舞われるだろう。
世界はひっくり返る。そしてバーサーカーがそれを望んでいることは、彼女にも分かった。
だけど、それでもいい。
善悪なんてものは、やはり関係なかった。どうでもよかった。
仮に彼が、世界に仇なす大魔王だったとしても―――
『第七の花嫁』にとっては、まばゆい救いの光だったのだから。
【クラス】
バーサーカー
【真名】
竜王@DRAGON QUEST
【ステータス】
筋力D 耐久C 敏捷C 魔力A+ 幸運C 宝具EX (第一形態)
筋力A+ 耐久A++ 敏捷C 魔力A+ 幸運B 宝具EX (第二形態)
【属性】
混沌・悪
【クラススキル】
狂化:E
凶暴化することで能力をアップさせるスキルだが、理性を残している為バーサーカーは恩恵をほぼ受けていない。
【保有スキル】
形態変化:A
竜王は第一形態と第二形態の二つの姿を持ち、自身のクラスを形態ごとに変化させることが出来る。
第一形態時の竜王はキャスターのクラススキルである「道具作成:C」「陣地作成:A」を所持し、他のサーヴァントやマスターからもキャスターとして認識される。
第二形態では真の姿である巨大な竜種の姿となり、クラスもバーサーカーに変更。
攻撃性を増す代わりに、第一形態ほど器用に魔法を扱うことが難しくなっている。
更に魔力の負担も事実上倍増。第二形態から第一形態へと戻るのにも、相応の魔力を要する。
魔法:A
厳密には、魔術師の世界で言う所の魔法とは似て非なるもの。
火炎系の魔法から回復、ステータス異常など様々な効果を持つ魔法を行使できる。
カリスマ:A+
大軍団を指揮・統率する才能。ここまでくると人望ではなく魔力、呪いの類である。
【宝具】
『竜王』
ランク:EX 種別:対文明宝具 レンジ:- 最大補足:世界の全て
一つの世界を征服すべく名乗りを上げた、竜種の王たる第二形態の肉体そのもの。
平和な世界を恐怖の底に陥れ、自身の死後に至るまでその影響を残し続けた始まりの悪。
『人』の属性を持つサーヴァントと相対する際、彼のステータスは全て1ランク上昇する。
特に耐久の上昇値は凄まじく、生半可な装備や魔法では、竜王を人が討ち倒すことは出来ない。
人の文明を脅かした魔族の王を象徴する、人類の天敵たる宝具。
『竜の甘言 偽りの王冠』
ランク:D+++ 種別:対人宝具 レンジ:1 最大補足:1
彼が一対一で敵と相対する際にのみ、この宝具は機能する。
この宝具は形を持たない、竜王が敵対者に持ちかけるとある『提案』である。
その内容は共通して、『自分の味方になれば、お前に世界の半分をやる』というもの。
これにもしも頷いてしまった場合、それがサーヴァントであれ人間であれ関係なく、即座に聖杯戦争から退場させられる。
しかしその存在は英霊の座に還ることなく、もう半分の世界―――闇の世界へと送還される。
闇の世界から脱出する手段は存在せず、この宝具を喰らってしまえば最後、永遠にそこから抜け出ることは叶わない。
更に送還されたサーヴァントの宝具や装備は形を持つものは全て竜王に奪われ、彼の宝具となる。
無論、提案を断った場合この宝具は一切の効果を発揮しない。
【weapon】
魔法、肉体
【人物背景】
ひかりのたまを奪ってアレフガルドを恐怖のどん底に叩き落した張本人。
その爪は鉄を引き裂き、吐き出す炎は岩をも溶かす。
魔物たちを統率して世界征服を目指すという、きわめてシンプルな悪の権化。
【サーヴァントとしての願い】
受肉して、この世界を征服する
【運用法】
形態変化を上手く使いこなしつつ、暴れる時は暴れて大胆に数を減らしていくのが吉。
幸いマスターの魔力量が優良なので、燃費については気を付ける必要はほぼないだろう。
【マスター】
SCP-231-7@The SCP Foundation
【マスターとしての願い】
『自由』
【weapon】
特になし
【能力・技能】
彼女が『出産』した時、世界に甚大な厄災が降り注ぐ。
そのこととの関係性は不明だが、彼女が持つ魔力の量は極めて膨大。
魔術の心得がない人間にしてはあり得ないほどの魔力量を、その小さな体に秘めている。
彼女ほどの魔力プールの持ち主でなければ、燃費が最悪に近い真の姿のバーサーカーを従えることはほぼ不可能。
【人物背景】
処置110-モントークと称される、非人道的な手段で管理される妊娠した幼い少女。
その実態はKeterクラスのSCPオブジェクトで、彼女の出産は何としても回避せねばならないとされている。
【把握媒体】
バーサーカー(竜王):
原作ゲームもしくはプレイ動画。
台詞をまとめたサイトもあるため、それでも可。
SCP-231-7:
ttp://scpjapan.wiki.fc2.com/wiki/SCP-231 ←のリンクで把握可能。
最終更新:2016年07月06日 00:14