「契約が!馬鹿な!」
はじまりは陶器がひび割れるような音。
男が事態を察した時、身を守るはずの鎧はその力を急速に弱めていた。
恐怖と絶望、一欠片の生への執着が喚起した窒息感の中、唸り声に顔を向ければそこには人間一人容易く切断する死の刃。
もつれる足で離れようとした彼を、万力のような力で抱きとめるものがある。
それは狼狽える彼をもう覚えてはいないらしい。
震えるほど冷たい衝撃が首に突き刺さる。
鎧はもはや影すら消えつつある。身を捩っても、叫んでも、助けがよこされることはない。
咀嚼――咀嚼――何を?
ゆっくりと肉体を侵略する圧潰の痛みと引き換えに、感覚がどこか計り知れない場所へ散っていく。
身を切る叫びが空に溶けて消える。
肉―咀嚼音。骨―砕く。金。咀嚼。スリル。痛い。超常の力が失われた手では、捕食者を引き離すことなどできない。
小さくなっていく男の細い指が、銅色の殻を空しく引っ掻く。
クライマックスが近づき、破砕音は水気を伴って一際大きくなる。
そして彼を構成していた記憶が消え、本能に近くなった思考の残滓が消え、……最後には延々と伝達され続けていた感覚すら消えた。男が確かに存在した事を示す痕跡は、頭髪一本残っていない。
☆
目を覚ました須藤の身体は、湯浴みをした直後さながらだった。
汗があらゆるところから噴き出している。
不快に張り付く布団を払い除けて、ベッドサイドの時計に目を遣る。現在4時47分。起きるには早すぎる。睡魔は既に吹き飛んでいた。
カーペットに足をつけた須藤は生まれたままの姿だ。寝巻を着るのはこの街に来てからやめた。
悪夢の滓がこびりついた身体を引きずるようにして、洗面所へ足を運ぶ。
☆
バスタオルで汗を拭い、人心地がついた須藤は冷蔵庫から500mlのミネラルウォーターを一本取り出し、キャップを思い切りよく開けた。
須藤は中身を一気に流し込む。口当たりが軽く、このまま一本空けられそうな程飲みやすい。
3/2を飲み干した時点で口を離すと、ちゃぷちゃぷと音を立てるペットボトルを片手にリビングまで歩き、革張りのソファに腰かける。
両膝に肘を乗せて身じろぎ一つしない男は全裸ではなく、今は無地のバスローブを着用している。
玄関扉が開閉する音。まもなく、けたたましいベル音が彼の耳をついた。
すぐに音は止み、廊下の方からこそこそとした話し声が聞こえてくる。
それもまたすぐに止み、軽快な音がこちらに近づく。
玄関の方に目を向けていた須藤の前に、音の主が現れた。
「あぁ、須藤さん。珍しいですね、……こんな時間に」
「…どうしました、ドッピオ君?」
「はい、ボスから電話です」
音の主は気弱そうな少年だった。
彼が差し出した掌には携帯電話が握られている。
須藤は気のない様子でそれを受け取り、受話口を耳に押し当てると男の声がした。
「どうしました」
「三騎のサーヴァントを捕捉した」
須藤が契約したサーヴァントは、とても風変わりなアサシンだった。
初召喚の際、目の前に姿を現したのは本人ではなく、隣で須藤―おそらくはその向こうにいるボス―の顔色を窺う少年だった。
そしてつい先ほどと同じように渡された携帯電話を介して、やり取りを行った。
その内容は、
真名を明かすつもりはない事。
極力マスターの前には姿を見せない事。
今後は生前の部下であり、今は宝具となったドッピオを仲介役とする事。
以上の約束を一方的に宣告され、須藤もそれを一も二もなく了承した。
自身も秘密を抱えた身であることから、接触をとりたがらないサーヴァントはまぁ、都合がよかった。
「クラスは分かりますか?」
「1騎は幻獣を駆っていたことから、ライダーと推測できる。残りの2騎は特徴となるような物を見せてはいない。詳しい話はドッピオからさせる」
ドッピオに電話をかわる。
口元に手を当てて、電話の向こうのボスとやり取りをしている。
それが終わると彼は手元の携帯を消し、ショルダーバッグを持って須藤の隣に腰を下ろす。
カバンの中から幾つかの写真を取り出した彼は、須藤に今日一日の成果を語り始めた。
まずは早朝の住宅街。
立ち並ぶ家屋の真上を、鷲の頭をもった馬に跨って飛行する姿が映っている。
花をモチーフにした軽装の鎧を着込み、形の良い足に履いているのは…ニーソックス?それにスカート。
騎乗物を除けば、コスプレイヤーにしか見えない。
装飾に用途が偏った衣装は、彼女―写真でみる限りは―の魅力を最大限に引き立てている。
もっとも須藤からすればこうして捕捉されている以上、愛らしい顔立ちも侮蔑の対象にしかならないが。
つぎに正午、飲食店の行列に並ぶ二人連れ。
恰幅の良い青年と、見かけ小学生くらいの男子。
サーヴァントは青年の後ろで、退屈そうに周囲の景色を眺めている。
男子は整った顔立ちをしており、写真の中で通行人の何人かが、彼に熱のこもった視線を送っている。
青年の方に目を向けると、これが男子と比較するのは残酷とすら呼べる容姿の持ち主だった。如何にも不似合いな主従であり、真っ当な警官なら声をかけてもおかしくない。
判明している情報から推察すれば、アサシンの線は薄い気がする。仮に違ったなら、このサーヴァントは全く乗り気でないのだろう。
最後は夕暮れのショッピングモール。
学生服の少女と褐色の男。
男はかなりの長身であり、彼の研鑽の程はビジネススーツごし―そのうえ写真を通している―でも須藤を緊張させる域にある。
三騎士クラスと推測できるが、それよりは制服の少女に関心を向けるべきだろう。
マスターと思しき少女に擦れた雰囲気はなく、写真から素行不良の兆候は見受けられない。
また2枚目に目を落とすと……男と手を繋いでいる。これまた暢気な主従だ。
3騎とも気付いた様子はないらしい。
ドッピオの言を鵜呑みにする気はないが、未だ襲撃らしい襲撃はうけていない。
彼の規格外のステルス能力が為せる離れ業だった。
説明が終わると、ドッピオは撮影した写真を須藤に渡す。
曰く、これらの手がかりを活用してマスターを捕捉せよ、とお達しがあったそうだ。
それだけ告げると、ドッピオはリビングを出て行った。
彼の桁外れの気配遮断術を活かすなら住民に紛れる方が良いというアサシンの判断から、彼は極端な時間にはまず出歩かない。
残された須藤は10枚近い人物写真を扇子のように広げ、…戻す。
真っ向から戦うつもりはない。その一点はアサシンとも共通している。
まずは情報収集を行い、暗殺、……事故…、
(デッキがあれば……)
ペットボトルをぐいっと傾け、空にした。台所に向かって放る。壁にぶつかったペットボトルは、フローリングの上に音を立てて転がった。
もはや終わった事だ。終わった……ここで終わらせる。
万能の願望器の力さえされば、あの悪夢を見ることも無くなるだろう。
かつて参加した戦いに、大した意気込みはなかった。
不意のトラブルに陥った須藤は、差しのべられた手をただ掴んだだけに過ぎない。
助け舟を出したのが悪魔だったとしても、汚れ事に手を染めていた彼からすれば問題にはならない。
頂点を極め、更なる栄光を掴む。戦う理由はそれだけだった。
だが、今は真剣そのものだ。
何としても蘇りたい。そして……自分が死んだ瞬間の記憶を消し去りたい。
五体の全てが噛み砕かれ、意識が暗黒に溶けるイメージに耐えられる人間などいるはずはなく、万が一いたとしても、須藤はそうではなかった。
私は絶対に生き延びる。
リモコンを操作してテレビの電源を入れる。
既に朝5時を過ぎており、若いキャスターが爽やかな笑顔で一日の始まりを告げる。
もう少しすれば空も白み始めるだろう。
(コーヒーでも入れましょう……)
須藤は台所に向かった。
【クラス】アサシン
【真名】ディアボロ
【出典作品】ジョジョの奇妙な冒険 Part5 黄金の風
【性別】男
【ステータス】筋力D 耐久D 敏捷D 魔力A 幸運D 宝具A
ドッピオ 筋力E 耐久E 敏捷E 魔力B 幸運D 宝具A
【属性】
混沌・悪
【クラススキル】
気配遮断:EX(C)
サーヴァントとしての気配を絶つ。
後述宝具によって自身の存在を完全に隠蔽する事が出来る。
ドッピオは攻撃態勢に移らない限り、気配を感知されることが無い。攻撃態勢に移った後も、ドッピオ個人の気配が発せられるのみ。
ディアボロが表に出ている間はCランク。
【保有スキル】
怯懦:E~C
他人に怯え、過去に怯え、運命に怯える男であること。臆病さ。
劣勢に回ると低確率で恐慌に陥り、行動判定にマイナス修正がかかる。
ドッピオはこのスキルをCランクで保有しており、ディアボロが表に出る程、ランクが落ちていく。
心眼(偽):B
視覚妨害による補正への耐性。第六感、虫の報せとも言われる天性の才能による危険予知。
正体秘匿:A(-)
マスター以外の人間からパーソナルデータを閲覧される事を防ぐ。
ただし「ディアボロ=ドッピオ」と知る者、Aランク以上の真名看破スキルの持ち主に対しては、効果を発揮しない。
ディアボロが表に出ている間は効果が消滅する。
【宝具】
『首領と僕(マイネーム・イズ・ドッピオ)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人(自身)
第二の人格、ヴィネガー・ドッピオ。
ディアボロは通常、彼の内側に隠れており、ディアボロ側の働きかけでのみ人格の交代が行われ、容姿もそれに応じて変化する。
ドッピオ時はステータスが専用のものになり、怯懦スキルがCランクまで上昇。宝具に制限がかかるために戦闘力が低下する。
代わりに最高ランクの正体秘匿スキルと規格外の気配遮断スキルによってずば抜けた隠密性を発揮。余程の相手でなければ正体を看破されることは無い。
ドッピオ本人は自分をディアボロの部下と思いこんでいるが、実際は同一人物であるため「キング・クリムゾンの両腕」と『碑に刻まれた名は(エピタフ)』を自由に行使できる。
また二人のやり取りは「電話」を介して行われる。宝具発動中はドッピオとのみ、念話が可能。
ちなみにこの宝具が失われた場合、正体秘匿スキルそのものが消滅し、幸運値が永続的にワンランクダウンする。
『孤独な王の宮殿(キング・クリムゾン)』
ランク:A 種別:対人宝具(対界宝具) レンジ:1~5(時飛ばし:全世界) 最大捕捉:1人(時飛ばし:上限無し)
ディアボロが保有するスタンド。
簡単な説明をすると最大で十数秒先の、未来の時間に飛ぶことが出来る。
能力を発動する事で、指定した時間をスキップする。時間そのものは消費される為、整合性が崩れることはない。
「時飛ばし」に気付くには精神判定に成功する必要があり、失敗すれば何事もなかったと認識する。
仮に気づいても、消し飛んだ時の中で起こった変化はディアボロにしかわからない。
時が飛んでいる間、物体はディアボロに対して一切干渉することが出来ず、ディアボロから干渉する事もできない。
スタンド共通の
ルールとして、宝具へのダメージはディアボロ自身にも反映される。
生前とは異なり能力の発動には魔力が消費され、指定した時間に応じて消費量は上がる。
一瞬消すだけなら消費は少なく、最大の十数秒全て消すなら消費は相当に重くなる。
スタンド体はサーヴァントに換算して、ステータスは筋力:A 耐久:D 敏捷:Cに相当。
『碑に刻まれた名は(エピタフ)』
ランク:A 種別:対人宝具、対界宝具 レンジ:- 最大捕捉:1人(自身)
ディアボロが保有するスタンド。
キング・クリムゾンの補助能力だが、単体でも使用可能なことから、一個の宝具に昇華された。
十数秒後までの未来を「到達率100%」に書き換えたうえで、映像として投射する。
上述宝具と併用することでディアボロは絶対的な回避能力を発揮できるが、サーヴァント化した現在はそれぞれの使用に魔力消費が課せられる。
生前同様にスタンドを操るのは、潤沢な魔力供給を受けていない限り難しい。
【weapon】
「電話」
ディアボロとドッピオの交信手段。
生前は耳に当てられるものを「電話」と誤認させていたが、サーヴァント化した現在はドッピオがベル音を口走った直後、彼の手の中に携帯電話が出現するようになった。
「レクイエム」
自分を倒した少年に与えられた呪い。
本来なら永遠に「死に続ける」運命にあるディアボロだが、サーヴァントとなったことで一時的に除去されている。
【人物背景】
ギャング組織「パッショーネ」のボス。本名不詳の二重人格者。
自分の正体を知られることは暗殺に繋がるとして、あらゆる自分に関する情報を全て抹消してきたし、過去を探ろうとする者は皆殺しにしてきた。
よって彼の人物像を知る者は組織の内外含めて、一人もいない。
【聖杯にかける願い】
完全な状態で復活する。
【マスター名】須藤雅史
【出典】仮面ライダー龍騎
【性別】男
【Weapon】
なし。
【能力・技能】
「悪徳警官」
立場を隠れ蓑にして犯罪行為に耽る。
犯した罪は原作において、殺人、拉致、脅迫などが確認されている。
「死の記憶」
須藤は今回の戦いに類似したバトルロイヤルに参戦していた。
聖杯戦争に招かれたのは「契約していたミラーモンスターに食い殺された」須藤雅史である。
マスター資格を得てから、死んだ瞬間の記憶に苛まれ続けている。
【ロール】
刑事。
【人物背景】
連続失踪事件を追っていた刑事。
実は悪事を働いており、裏の仕事仲間を報酬で揉めた末にカッとなって殺害。その死体を埋めていた時にライダーバトルへの参戦資格を得た。
参戦後はライダーの頂点を目指し、契約モンスター「ボルキャンサー」に一般人を襲わせていた。
死亡後から参戦。
【聖杯にかける願い】
完全な状態で復活する。
【把握媒体】
アサシン(ディアボロ):
原作コミックス。
須藤雅史:
テレビシリーズ全50話。須藤自身は第6話で退場。
DVD、Blu-ray、ニコニコチャンネルなどで視聴可能。
最終更新:2016年07月13日 18:15